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平成22年2月22日

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細胞内にたんぱく質が異常蓄積することで
酸化ストレスからの防御システムが活性化される仕組みを解明

(がん細胞が獲得した生存戦略の解明にも迫る成果)

JST目的基礎研究事業の一環として、東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所の小松 雅明 副参事研究員らは、がん細胞などで確認される細胞内凝集体注1)酸化ストレス注2)に対する生体防御システムを活性化する仕組みの解明に成功しました。

細胞内の自己たんぱく質を分解するオートファジー(自食作用)注3)の障害は、p62注4)たんぱく質の異常な蓄積・凝集化を伴って、防御作用に関係する抗酸化たんぱく質群の遺伝子発現を誘導します。これらの現象は、肝細胞がん注5)グリオーマ注6)などの悪性腫瘍の病態特性とよく似ています。しかし、その詳しい仕組みや病態生理学的意義は不明のままでした。

今回の研究は、細胞内凝集体の構成成分であるp62たんぱく質が、細胞内の酸化ストレスを巧みに制御していることを分子レベルで新たに見つけたものです。つまりp62たんぱく質が、細胞の酸化ストレスを感知するたんぱく質に直接相互作用することを発見しました。この相互作用により、抗酸化たんぱく質群の遺伝子発現を促す転写因子の分解が阻害されていることを確かめました。その結果、p62が細胞内に過剰に蓄積すると、間接的に、抗酸化たんぱく質群の遺伝子発現が誘導されるというストレス防御システムがあることが分かりました。この仕組みは今まで知られていませんでした。

肝細胞がんやグリオーマなどでは、オートファジーの障害ないしはp62遺伝子の発現上昇によりp62たんぱく質が過剰に蓄積されます。それを起因に、新しく知られたストレス防御システムを恒常的に活性化させ、自身を酸化ストレスから守るという生存戦略がとられていると考えられます。従って、p62たんぱく質の発現を制御する化合物が新しい抗がん剤の創薬候補になることが期待されます。

本研究成果は、東北大学 大学院医学系研究科の山本 雅之 教授らのグループとの共同研究で得られたもので、2010年2月21日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Cell Biology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「代謝と機能制御」(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名 「オートファジーによる選択的代謝経路とその破綻による病態発生」
研究者 小松 雅明(東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所 副参事研究員)
研究実施場所 東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所
研究期間 平成18年10月~平成22年3月

JSTはこの領域で、細胞内の代謝産物を解析し、効率的な細胞機能の制御を可能とする基盤的な技術に関して、個人の独創的な発想に基づく革新的な技術の芽の創出を目指しています。

上記の研究課題では、オートファジーにより代謝されるたんぱく質p62の分子から個体レベルの研究を包括的に推進し、神経変性疾患やがんに関与するp62のモニター系の確立およびその代謝を制御する化合物の同定を行い、病態発症メカニズムの解明および発症予防・治療方法の確立を目指しています。

<研究の背景と経緯>

生命活動を維持するためには、一旦合成されたたんぱく質を適切に分解処理する必要があり、そのメカニズムの破綻や異常はさまざまな疾患の発症原因となります。真核生物には2つの主要な細胞内たんぱく質分解経路、ユビキチン・プロテアソーム系とオートファジー・リソソーム系が存在し、この2つの分解系が独立に、時には協調的に働くことにより細胞の恒常性は維持されています。ユビキチン・プロテアソーム系は、分解されるべきたんぱく質にユビキチンと呼ばれる小さなたんぱく質が結合し(ユビキチン化)、ユビキチン化されたたんぱく質が分解装置複合体であるプロテアソームに運ばれて分解される選択的なたんぱく質分解経路です(図1)。一方、オートファジーは自食作用とも呼ばれ、細胞質の一部が隔離膜によって取り囲まれたオートファゴソームが形成される過程と、オートファゴソームがリソソームと融合したんばく質などの細胞質成分を分解する過程からなる、一般に非選択的な(分解する対象を選ばない)たんぱく質分解経路です(図1)。

オートファジーの最も基本的な役割は、飢餓への適応です。オートファジーは実際に栄養飢餓に応じて激しく誘導され、エネルギー産生やたんぱく質新生のために、細胞内のたんぱく質を分解し、たんぱく質の原料であるアミノ酸を供給します。一方、小松研究員らは、オートファジーは栄養が十分に存在する状況においても少しずつ起こっており、この恒常的なオートファジーが神経変性疾患や肝炎の発症を抑制していることを明らかにしてきました(参考文献1、2、3)。

さらに、オートファジーは一般に非選択的な分解経路であると考えられてきましたが、小松研究員らは、オートファジーにより選択的に分解されるたんぱく質「p62たんぱく質」の同定に成功し、選択的オートファジーという新しい経路が存在することを明らかにしました。そしてp62の動態を解析した結果、p62はオートファジーが弱まると、細胞内に異常蓄積し、凝集体を形成することも分かりました(参考文献4、図2)。ここで重要なことは、オートファジー欠損で確認されるp62の過剰蓄積と凝集化は、悪性腫瘍をはじめとしたさまざまなヒト疾患で観察されていることです(図3)。しかし、このp62の過剰蓄積・凝集化の病態生理学的意義は不明のままでした。小松研究員らは、これまでの研究で肝臓のみでオートファジーを欠損させた遺伝子組み換えマウスを世界で初めて作出し、p62たんぱく質の異常蓄積に依存して抗酸化たんぱく質群の遺伝子発現が激しく誘導されることを見つけました。

<研究の内容>

多くの抗酸化たんぱく質の遺伝子発現は転写因子Nrf2注7)たんぱく質によって制御されることが知られています。非ストレス下では、Nrf2はユビキチンリガーゼKeap1注8)たんぱく質に結合してしまい、プロテアソームにより恒常的に分解されています。そのため、通常の環境下においては、抗酸化たんぱく質の遺伝子発現は抑制されています。しかし、細胞がストレスにさらされると、Keap1たんぱく質が修飾を受けて、構造変化を起こし、Nrf2との相互作用が抑制されます。その結果、Nrf2は蓄積して細胞核に移行し、一連の抗酸化たんぱく質および解毒酵素の遺伝子発現を誘導します(図4、ストレス応答型)。肺がん患者および肺がん細胞株において、Nrf2ないしはKeap1の体細胞変異があることが報告されています。これらの変異は、総じてNrf2とKeap1という2つのたんぱく質の相互作用を抑制し、Nrf2の恒常的安定化、それに引き続く抗酸化たんぱく質や抗がん剤を細胞外に排出する多剤トランスポーターの遺伝子発現を上昇させます。すなわち、ある種の肺がん細胞はNrf2活性化によるストレス回避および抗がん剤耐性を獲得しています。

今回の研究では、p62とKeap1が直接結合することを見いだしました。さらに、生化学的および構造学的解析から、p62が結合するKeap1の領域は、Nrf2が結合する領域と同じ領域にあることを明らかにしました。この結果、p62が細胞内に過剰に蓄積した場合、Keap1とNrf2の結合が競合的に阻害されてNrf2は分解されずに安定化され、それに引き続いて抗酸化たんぱく質が誘導されるという新しい生体防御活性化機構が存在することを証明しました(図4、p62応答型)。

p62は肝細胞がんやグリオーマなどの悪性腫瘍において過度に蓄積・凝集することが報告されています(図3)。このことは、肝細胞がんやグリオーマにおいてはオートファジーの不活化ないしはp62の遺伝子発現の増大によりp62応答型の生体防御システムを恒常的に活性化させることで自身を酸化ストレスから守り、がん細胞の生存戦略に利用している可能性を強く示唆します。

<今後の展開>

今回の研究成果から、オートファジーもしくはp62が新たな治療薬開発の標的になると考えられます。p62選択的オートファジーの活性化もしくはp62とKeap1の相互作用を阻害することにより、Nrf2の分解促進が可能であり、肝細胞がんやグリオーマの増殖や抗がん剤耐性を抑制できると考えられます。現在、p62の過剰蓄積とNrf2活性化を併せ持つ複数の肝細胞がんの細胞株を同定し、それら細胞株を用いたp62とKeap1の相互作用を阻害する化合物のスクリーニングを開始しています。この阻害剤を見いだせれば、新たな抗がん剤開発につながる可能性が高いと考えられます。

<参考図>

図1

図1 ユビキチン・プロテアソーム経路とオートファジー・リソソーム経路

ユビキチン・プロテアソーム経路は、多様な生体反応を迅速に、順序よくかつ一方向に決定する合理的な手段として生命科学のさまざまな領域(細胞周期、DNA修復、たんぱく質品質管理、免疫応答など)で中心的な役割を果たしている細胞内のたんぱく質分解経路です。一方、オートファジー・リソソーム経路は、細胞の非常事態(栄養飢餓や細菌感染など)に対応して発動し、外環境の変化に対応(アミノ酸供給、殺菌)する生存戦略と考えられます。しかし、最近、高等動物においてオートファジーは十分に栄養が供給された状態でも恒常的に働き、細胞の恒常性維持に重要な役割を担うこと、即ち選択的な分解経路の存在が明らかになりつつあります。

図2

図2 オートファジー選択的基質p62

  1. A: p62は、PB1ドメイン(PB1)、ジンクフィンガードメイン(Zinc)、TRAF6結合ドメイン(TB)、LC3認識配列(LRS/LIR)やKeap1結合領域(KIR)を介しCaspase-8、TRAF6、LC3、Keap1などの複数のたんぱく質と相互作用します。また、N末端側のPB1ドメインを介して、PB1を持つ他のたんぱく質(aPKC、Nbr1、p62自身)とヘテロオリゴマーもしくはホモオリゴマーを形成し、C末端側のユビキチン会合ドメインを介してユビキチン化たんぱく質と結合します。
  2. B: オートファジーによる選択的なp62の代謝過程。
  3. C: オートファジー欠損肝臓におけるp62の動態。Atg7F/F:Mx1マウス(腹腔内polyinosinic acid-polycytidylic acid(pIpC)投与依存的にオートファジー必須遺伝子Atg7を欠損するマウス)肝臓における、p62とLDH抗体によるウエスタンブロット。左パネルは界面活性剤可溶性分画、右パネルは界面活性剤不溶性分画。
  4. D: Atg7F/F:Mx1マウス肝臓における、p62抗体による免疫染色。オートファジー欠損肝臓におけるp62の蓄積・凝集化が確認されます。
図3

図3 p62の蓄積・凝集化を伴うヒト肝細胞がん

ヒト肝細胞がん組織とオートファジー欠損組織を用いたp62特異的抗体による免疫染色。肝細胞がんにおいて激しいp62の蓄積・凝集化がみられます。オートファジー欠損により同様のp62陽性の凝集体が形成されます。アルコール性肝炎、α1―アンチトリプシン欠損症などの肝臓病、アルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患においてもp62陽性凝集体が確認されます。茶色に染まっている構造体がp62陽性凝集体。

図4

図4 ストレス応答システムNrf2―Keap1経路

抗酸化たんぱく質、解毒酵素や多剤トランスポーターの遺伝子発現を誘導する転写因子Nrf2は、通常ユビキチンリガーゼ複合体のKeap1によりトラップ・ユビキチン化され、26Sプロテアソームにて恒常的に分解されています。細胞が親電子性物質や酸化ストレスに暴露されると、Keap1のいくつかのシステイン残基が修飾を受け、構造変換が起こります。その結果、Keap1とNrf2の相互作用が解除され、Nrf2は蓄積・核移行し、抗酸化たんぱく質、解毒酵素や多剤トランスポーターの遺伝子発現を誘導します(既存の「ストレス応答型」経路)。今回の研究から、オートファジーの減弱やp62の遺伝子発現の上昇に伴いp62たんぱく質レベルが過剰になった場合、p62はKeap1のNrf2結合領域に相互作用し、Keap1によるNrf2のユビキチン化を阻害することが明らかになりました。その結果、Keap1の修飾がなくともNrf2は安定化・核移行し、抗酸化たんぱく質、解毒酵素や多剤トランスポーターの遺伝子発現を誘導します(今回[p62応答型]経路と命名)。

<用語解説>

注1) 細胞内凝集体
アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症などさまざまな神経変性疾患における脳内の病変所見で確認されるたんぱく質が凝集した不溶性の構造体。たんぱく質の異常凝集過程がこれらの疾患の発症に深く関係していると考えられています。肝細胞がんやグリオーマなどの悪性腫瘍においても同様な細胞内凝集体が確認されてきましたが、その病態生理学的意義は全く不明です。
注2) 酸化ストレス
酸化ストレスは生体内で生成する活性酸素群の損傷力と生体内の抗酸化システムの差として定義されます。活性酸素群は本来、エネルギー生産、侵入異物攻撃、不要な細胞の処理、細胞情報伝達などに際して生産される有用なものですが、生体内の抗酸化システムで捕捉しきれない余剰な活性酸素群が生じる場合、生体の構造や機能を担っている脂質、たんぱく質・酵素や、遺伝情報を担う遺伝子DNAを酸化し損傷を与え、生体の構造や機能を障害します。
注3) オートファジー(自食作用)
細胞内の自己成分を図1に示すように「オートファゴソーム」という膜構造体を介して包み込み、オートファゴソームが多数の加水分解酵素を含むリソソームと融合することにより自己成分を分解する仕組み。
注4) p62
図2に示すよう多彩なドメインを介して複数のたんぱく質と相互作用し、炎症シグナルや細胞死を制御します。オートファジーによりp62たんぱく質レベルは規定されており、オートファジー活性が弱まると、激しく蓄積・凝集化します。図3に示すようp62を含む凝集体は、アルコール性肝炎、α1-アンチトリプシン欠損症などの肝臓病、アルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患、さらには肝細胞がんやアストロサイトーマなどの悪性腫瘍においても確認されています。
注5) 肝細胞がん
肝臓に発生する悪性腫瘍の1つです。原発性肝がん(最初から肝臓の組織に発生するがん)の90%以上を占め、80~90%が肝硬変又はその前段階である慢性肝炎に合併して発生します。男女比は約3対1で男性に多い疾患です。日本や東アジアで欧米よりも肝細胞がんの発生率が高いのはもともと地域的にC型肝炎ウイルスの感染率が高いことが原因と考えられています。
注6) グリオーマ
脳の中で神経細胞を支えているグリアという細胞が腫瘍化したもので、10万人あたり3人程度に発生する代表的な脳腫瘍です。その悪性度はさまざまで、比較的良性のものから悪性度の高い膠芽腫(グリオブラストーマ)まで多くの種類があります。しかし、いずれも脳という重要な臓器に浸潤性に進展し、その機能障害をもたらすという点で臨床上悪性といえる性質を持っています。仮に良性であっても、進行すれば脳ヘルニアや脳幹の直接損傷により致命的となるため、早期診断・適切な治療が必要です。
注7) Nrf2
酸化ストレス応答系酵素群の遺伝子発現を活性化する転写因子。
注8) Keap1
酸化ストレスを感知するセンサーであり、また、転写因子Nrf2の安定性を制御する因子としても機能します。図4で示すようKeap1はNrf2のユビキチン化を促すことで、最終的にプロテアソームによるたんぱく質分解を行います。一方、細胞が酸化ストレスに暴露されると、Keap1がそのシグナルを感知してNrf2分解が抑制され、結果的に安定化して自由になったNrf2が核へ移行し、酸化ストレス防御酵素群の遺伝子発現をオンにして、酸化ストレスに対する生体防御応答が活性化します。今回の研究により、p62によるKeap1活性の抑制を介したNrf2活性化経路、すなわち新しいストレス防御の仕組みが明らかになりました。

<論文名>

“The selective autophagy substrate p62 activates the stress responsive transcription factor Nrf2 through Keap1-inactivation”
(オートファジー選択基質p62は、Keap1の不活化を介してストレス応答性転写因子Nrf2を活性化する)
doi: 10.1038/ncb2021

<参考文献>

参考文献1:Journal of Cell Biology、169巻425-435頁、2005年

参考文献2:Nature、441巻880-884頁、2006年

参考文献3:Proc. Natl. Acad. Sci. USA、104巻14489-14494頁、2007年

参考文献4:Cell、131巻1149-1163頁、2007年

<お問い合わせ先>

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小松 雅明(コマツ マサアキ)
東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所 副参事研究員
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原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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