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平成22年2月2日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学
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抗体の親和性を高める新しい方法を開発

(抗原キャリア複合体を用いずに、低分子認識抗体による検出性能を飛躍的に向上)

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の上田 宏 准教授らは、抗体の親和性向上のための新しい方法を開発しました。抗体は、疾病などの診断・治療においてウィルスやがん細胞などの抗原を検出する際に広く利用されています。本方法は、従来法と比べて数百倍の検出感度を与えるもので、医療などの基礎的な新技術として、各種免疫診断や新規抗体医薬の開発につながると期待されます。

従来法で、低分子の抗原を認識可能な抗体を得るためには抗原側であるホルモンや環境物質などをもとに抗原キャリア複合体を作るという過程を経る必要がありました。しかし、このように抗原キャリア複合体を用いて作製する抗体(低分子認識抗体)には抗原自身に親和性を持たない不良品が多く、必要な抗体を作製するのに手間と時間を要しました。

上田准教授らは今回、オープンサンドイッチ現象を低分子認識抗体の作製に応用して、抗原キャリア複合体を使わない方法を初めて開発し、低濃度の抗原に対して数百倍に検出感度が向上した抗体断片を得ることに成功しました。また、得られた抗体断片は抗原に対して高い親和性を示し、この方法で抗体の親和性向上が可能なことも明らかにしました。その結果、骨粗鬆症などの骨疾患のより迅速な早期診断が可能になります。

本研究成果は、生体内外を問わず抗原キャリア複合体を用いずに低分子認識抗体を選択した初めての例です。低分子認識抗体の親和性・特異性向上を通して今後、医療・診断分野のみならず、食品衛生や環境保全などの分野にも幅広く役立つものと考えられます。

本研究成果は、2010年2月1日(英国時間)に英国科学雑誌「Protein Engineering, Design and Selection(PEDS)」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「構造機能と計測分析」
(研究総括:寺部 茂 兵庫県立大学 名誉教授)
研究課題名 二量体検出原理による新規免疫測定法の開発
研究者 上田 宏(東京大学 大学院工学系研究科 准教授)
研究実施場所 東京大学 大学院工学系研究科
研究期間 平成16年10月〜平成20年3月

JSTはこの領域で、新現象の発見と解明のために欠くことのできない計測・分析技術に関して、個人の独創的な発想に基づくこれまでにない革新技術の芽の創出を目指しています。

上記の研究課題では、自ら考案した非競合的免疫測定法である「オープンサンドイッチ法」を発展させ、環境汚染物質などの小分子からたんぱく性高分子までを、1ステップで高感度に検出可能な新しい測定法の開発を目指してきました。

<研究の背景と経緯>

抗体はたんぱく質などの高分子のみならず、分子量1000以下の低分子も幅広く認識できるため、現在広く疾病の診断や治療、さらには環境汚染物質の検出などに利用されています。しかし約100年前のABO式血液型の発見者Landsteinerに見いだされて以来、低分子抗原に対する抗体は、抗原をキャリアたんぱく質に結合させた複合体(抗原キャリア複合体注1))を用いて動物を免疫しなければ作ることができないとされてきました。これは近年治療用ヒト型抗体の選択によく用いられる、抗体断片を提示させたファージ注2)などを用いた試験管内選択法の場合でも全く同じであり、ほとんどの場合キャリアたんぱく質などに結合させ、さらに固定化した抗原を用いた選択が行われています。しかしこのような固定化抗原を用いて選択を行う結果、抗原キャリア複合体には結合するが目的とする抗原には十分な特異性・親和性を持たない抗体、あるいは単に発現の良い抗体がファージ上に多数提示されたものなどが多く選択されてくる問題がありました。

一方これまで上田准教授らによって、このような低分子認識抗体を断片化して用いることで、低分子であっても抗原キャリア複合体を用いずに非競合的に測定できる免疫測定法「オープンサンドイッチ免疫測定法(OS−IA)注3)」が開発されています。この方法は、抗体の抗原結合部位を構成する2個の断片(重鎖可変領域Vおよび軽鎖可変領域V)間の相互作用が、両断片への抗原分子の結合によって強められるオープンサンドイッチ現象注4)を利用してVとVとの結合を検出することで、各種低分子化合物やペプチドを競合法より高感度かつ広い濃度範囲で検出できることがこれまでに示されてきました。

今回は、低分子抗原として骨粗鬆症や骨がんなど骨代謝のマーカーとして知られる骨由来たんぱく質オステオカルシンのC末端ペプチド(BGP−C)を対象として免役測定の性能をさらに向上させることを目的に、OS−IAに用いたオープンサンドイッチ現象を利用して、「より低濃度の抗原結合による可変領域の安定化」を原理とする選択(オープンサンドイッチ選択)を試みました(図1)。

<研究の内容>

まず、低分子(BGP−C)認識抗体Vの配列を常法によりランダム化し、ファージ提示用のベクターDNAに組み込み、10程度の多様性を持つライブラリを作製しました。これを用いて常法に従いV断片を提示するファージライブラリを調製し、図1に示すように、少量(1ng/ml)の低分子抗原存在下でビオチン化MBP-V(マルトース結合たんぱく質融合Vたんぱく質)と結合するようなファージライブラリをストレプトアビジンビーズ注5)を用いて回収しました。回収したファージライブラリを大腸菌に感染させて増幅させる選択を数回行った結果、以下のことが分かりました。

  1. (1) 選択を数回(ラウンド1〜4)繰り返すことで、回収される低分子認識抗体Vとそれを用いて行った免役測定(OS−IA)の信号が顕著に増大しました(図2)。すなわち、十分な選択が行われた事が確認されました。
  2. (2) 選択後の低分子認識抗体Vの集団から、野生型(WT)(図3青線)と比較して約1/10の低濃度測定が可能な低分子認識抗体クローンO2AG2が得られました(図3紫線)。このクローンの持つ4つの変異箇所のうち、V/V界面にある1ヵ所(V37I)が実験結果と過去の他の抗体の親和性成熟の結果から見て特に重要と考えられました。
  3. (3) 次に、O2AG2の4ヵ所の変異箇所をさらにランダム化した飽和変異体ライブラリを作製し、同様の選択を繰り返したところ、野生型に比べて約1/300の低濃度の検出限界を示す、極めて感度の高い低分子認識抗体クローンR4A10が得られました(図3緑線)。R4A10においてもV37I変異は保存されていたことから、この変異の重要性が改めて確認されました。
  4. (4) 野生型と2つの低分子認識抗体可変領域の抗原結合能を表面プラズモン共鳴法により決定したところ、特に会合速度が向上した結果、結合定数も7.3 −> 11 −> 59 (x10/M)と顕著に増加しており、本法が抗体の親和性向上法として有効であることが示されました。
  5. (5) 比較のため行った同量のビオチン化ペプチドと未修飾MBP−V(抗原キャリア複合体)を用いた選択よりも、オープンサンドイッチ現象を利用した低分子認識抗体選択の方がより高いOS−IA信号が得られました。これはこの選択法が従来法より高い選択効率を持ち、迅速な目的抗体取得が可能なことを示唆していると考えられます(図4)。

<今後の展開>

本研究により、抗原依存的に相互作用が変化する抗体断片V/Vの性質を利用して、未修飾の抗原を用いて低分子認識抗体の抗原親和性を向上できる事が明らかになりました。

このような抗体選択法は、既存の抗体や免疫測定系のさらなる性能向上に寄与するのみならず、抗原非存在時においても結合するV/Vを除去するような適切な前選択と組み合わせることで、より大きなライブラリからの新規高性能抗体医薬開発につながる可能性があります。

オープンサンドイッチ原理による選択法は免役測定、特にOS−IA測定系の感度向上に適していることから、今後は本測定系の実用化への応用を中心に開発を進める計画です。

<参考図>

図1

図1 オープンサンドイッチ選択法のスキーム

回収したファージライブラリを大腸菌に感染させて増幅し、次のラウンドの選択に用いる。

図2

図2 オープンサンドイッチ選択で回収されたファージライブラリを用いたOS−IAの結果

縦軸は、抗原非存在時(灰色)と各濃度のBGP−C存在下でのファージライブラリのビオチン化MBP−Vへの結合量を示す信号強度(ペルオキシダーゼ標識抗ファージ抗体を用いて吸光度で測定)。ファージライブラリを用いて4回選択を繰り返した結果、ラウンド4で野生型(WT)に比べて顕著に高い値が得られた。

図3

図3 野生型(WT)、低分子認識抗体クローンO2AG2およびR4A10それぞれのVを用いたOS−IAの比較

横軸は抗原濃度、縦軸は信号強度を示す。縦軸0.02付近の検出限界の比較より、O2AG2(紫)では野生型(青)の約1/10、R4A10(緑)では約1/300の低濃度の検出限界が得られた。

図4

図4 オープンサンドイッチ選択によるOS−IAと、抗原キャリア複合体を用いた選択(従来法)によるOS−IAの比較

従来法に基づく選択(右)に比べ、オープンサンドイッチ選択(左)は、各濃度の信号強度が顕著に高い値を示していることが分かる。

<用語解説>

注1) 抗原キャリア複合体
高等動物の持つ獲得免疫系は、抗原(異物)としてたんぱく質のみならずたんぱく質に結合した低分子も認識することができます。これは、マクロファージなどの抗原提示細胞が、細胞内で分解した抗原断片(ペプチド)上の低分子も提示できる事に由来しますが、特に外来生物由来の糖鎖の認識と排除において有用と考えられます。ただし抗体産生細胞(B細胞)を活性化するためにはある程度大きなたんぱく質が必要なため、動物を用いてペプチドなどの低分子を認識する抗体を作製する際には、抗原キャリア複合体を作製し、これを免疫する方法がとられてきました。
注2) 抗体断片を提示させたファージ
試験管内で抗原に特異的に結合する抗体を選択するため、近年よく用いられる手法の1つ。抗体断片を大腸菌に感染するウィルスの一種である線維状ファージのコートたんぱく質と融合させて表面に発現させ、結合能(表現型)とその設計図(遺伝子型)を結合させることで結合能に優れたヒト型抗体取得などへの応用が可能となっています。
注3) オープンサンドイッチ免疫測定法(OS-IA)
免疫測定法の1つ。ある程度大きなたんぱく質であれば、これを認識する2種類の抗体を用いて抗原をサンドイッチして測定することが可能です(サンドイッチ法)。しかし、2つの抗体が同時に結合できない位小さい低分子の場合、サンドイッチ法は適用できず、これまではより感度の劣る競合法によって測定が行われてきました。OS-IAはこのような制限のない第三の免疫測定法として上田准教授らにより提案されたもので、抗体の抗原結合部位の抗原による安定化(オープンサンドイッチ現象)の程度を測定することで、低分子であっても非競合的に測定できる手法です。
注4) オープンサンドイッチ現象
OS-IAを可能とする現象で、1996年にリゾチームを認識する抗体で最初に発見されました。その後、各種低分子認識抗体でほぼ共通に見られる一般性の高い現象であることがわかりました。なお抗体以外でも、リガンド結合により(ホモあるいはヘテロ)二量体が安定化される受容体の例が多く知られています。
注5) ストレプトアビジンビーズ
ファージ選択などに用いる固相の一種で、ビオチン標識した抗原を効率よく結合させることができます。非特異的吸着が少なく、洗浄や回収操作も容易なため、選択操作においてよく用いられます。

<論文名>

“Antibody affinity maturation in vitro using unconjugated peptide antigen”
(未修飾ペプチド抗原を用いた抗体の試験管内親和性成熟)
doi: 10.1093/protein/gzp093

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

上田 宏(ウエダ ヒロシ)
東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 准教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
Tel/Fax:03-5841-7362
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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