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平成22年1月26日

自然科学研究機構 生理学研究所(せいりけん)
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てんかん発症の鍵となるタンパク質複合体の働きを解明

―特発性部分てんかんの発症メカニズムの理解へ―

てんかんは、人口の1%程度に発症する頻度の高い神経疾患であり、様々な種類のものが知られています。てんかんは神経細胞の異常な興奮によるものと考えられていますが、未だに原因解明は進んでおらず、根本的な治療法に至っているものは多くありません。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の深田 正紀 教授と深田 優子 准教授の研究グループは、神経細胞と神経細胞のつなぎ目であるシナプスにある特殊なタンパク質「分泌タンパク質LGI1」をなくした遺伝子改変マウスでは、重度のてんかん発作が起こることを明らかにしました。さらに、正常マウスでは、LGI1タンパク質が他の2種類のタンパク質ADAM22、ADAM23と「抗てんかんタンパク質複合体」をつくり、脳内のシナプス伝達を精緻に調節し、てんかん発作が起こらないようにしていることをつきとめました。ヒトのある種の“家族性特発性部分てんかん注1)”患者でLGI1の変異が見つかっていることから、ある種の“家族性特発性部分てんかん”は、LGI1遺伝子かLGI1タンパク質の補充により治療可能であることが示唆されます。前記の研究内容は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2010年1月25日の週(米国東部時間)に公開されます。

<プレスリリース内容>

研究グループは、シナプスのタンパク質である分泌タンパク質LGI1に注目。今回、このLGI1タンパク質が、てんかん関連タンパク質として知られている2つのタンパク質ADAM22とADAM23に結合すること、そして、この3つのタンパク質が結合すると「抗てんかんタンパク質複合体」となって、シナプス機能を正常に保ち、てんかん発作が起きないようにしていることをつきとめました。逆に、今回の遺伝子改変マウスのようにLGI1タンパク質がなくなってしまうと、このタンパク質複合体ができなくなってしまい、これによってシナプスの働きが異常になり、てんかん発作が引き起こされることがわかりました。とくに、記憶を司る脳の海馬では、LGI1タンパク質が存在しなくなることで、シナプスの信号の伝わり方が異常になることを証明しました。

これまでの研究で、ヒトの“家族性特発性部分てんかん”を示す約30家系の調査により、LGI1遺伝子に変異があることはわかっていました。今回の発見により、このてんかん発作はLGI1遺伝子から作られる正常なLGI1タンパク質の量が少なくなることが原因で、これによってシナプスの機能異常が起きていることが示唆されました。これまで知られているヒトのてんかんの原因遺伝子の多くはシナプス伝達に直接関わるイオンチャネルタンパク質そのものでした。一方、今回の研究で明らかとなったLGI1は分泌タンパク質(リガンドと呼びます)であり、受け手である受容体タンパク質(ADAM22とADAM23)に結合し、シナプス伝達を間接的に制御していると考えられます。今後このリガンド・受容体複合体の機能がさらに詳細に解明されれば、このリガンド・受容体複合体を標的としてシナプス伝達を修飾するような薬剤の開発が期待されます。

深田 正紀 教授は「今回の発見から、“家族性特発性部分てんかん”の症状が、LGI1タンパク質の補充で改善できる可能性が示唆されます。また、今回のLGI1遺伝子欠損マウスが、今後ヒトの“家族性特発性部分てんかん”のモデルマウスとなることが期待され、てんかん治療薬の評価を検討する上でも有用と考えられます」と話しています。

本研究は、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校のロジャー・ニコル教授らとの共同研究で行われました。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「生命システムの動作原理と基盤技術」研究領域(研究総括:中西 重忠 大阪バイオサイエンス研究所 所長)における研究課題「シナプス強度を決定する基本原理の解明」(研究代表者:深田 優子)の一環として行われました。

また、本成果の一部は文部科学省科学研究費補助金 若手研究(S)(研究代表者 深田 正紀)の支援を受けて行われました。

<今回の発見>

  1. 1) シナプスから分泌される特殊なタンパク質「分泌タンパク質LGI1」をなくした遺伝子改変マウスでは、重度のてんかん発作が起こることがわかりました(図1)。
  2. 2) LGI1とADAM22およびADAM23が結合して、抗てんかんタンパク質複合体を作ることがわかりました(図2)。
  3. 3) このLGI1-ADAM22-ADAM23からなる抗てんかんタンパク質複合体は、シナプスに存在し(図3)、シナプスの働きを精緻に調節し、てんかん発作が起こらないようにしていることがわかりました(図4)。

<この研究の社会的意義>

(1)“家族性特発性部分てんかん”のてんかん発作の症状改善に期待

本研究からLGI1タンパク質の減少が確かにてんかん発作の発生につながることが明らかになり、LGI1遺伝子の異常がある種の“家族性特発性部分てんかん”の症状発現の原因であると考えられます。そこで、LGI1遺伝子やタンパク質の補充で、症状が改善される可能性が示唆されます。

(2)LGI1タンパク質欠損遺伝子改変マウスを用いたてんかん治療薬の評価検討の可能性

本研究によって、LGI1タンパク質欠損マウスが、今後、ヒトの“家族性特発性部分てんかん”のモデルマウスとなることが期待され、てんかん治療薬の評価を検討する上でも有用と考えられます。

<参考図>

図1

図1 LGI1タンパク質をなくした遺伝子改変マウスは、てんかん発作を引き起こす

全身性間代性てんかん発作により、写真がブレ像となっています(上図)。最終的に強直状態となり、意識消失します(下図)。矢頭は強直により四肢が伸展している様を示しています。LGI1欠損遺伝子改変マウスは生後2週間頃より自発的に約1時間おきにこのような発作を起こします。

図2

図2 LGI1タンパク質とてんかん関連タンパク質ADAM22とADAM23が結合する

LGI1タンパク質につけた分子上の目印(分子タグ)を手がかりに、脳内でLGI1に結合しているタンパク質の構成について生化学的な解析を行ったところ、LGI1タンパク質と、てんかん関連タンパク質として知られるADAM22とADAM23が結合していることが明らかとなりました。

図3

図3 LGI1タンパク質とADAM22はシナプスで結合している

LGI1タンパク質(赤色)とADAM22(緑)の神経細胞での分布を調べたところ、神経細胞の表面の神経と神経のつながり部分であるシナプスのある場所に存在していました。

図4

図4 LGI1タンパク質複合体は、シナプスを正常に保ち、てんかん発作がおこらないようにしている

LGI1タンパク質はシナプスからその間隙の部分に放出され、ADAM22, ADAM23と複合体を形成していると考えられます。これがちょうど、シナプスを作る神経細胞同士をつなぐ「橋」となり、シナプスの働きを正常に保っているものと考えられます。LGI1タンパク質がなくなったりすると、3つのタンパク質の結合が減少し、シナプスの機能が異常となり、てんかん発作(ヒトではある種の家族性特発性部分てんかん)が引き起こされるものと考えられます。

<言葉解説>

注1) 特発性部分てんかん
てんかんは、脳の傷害などによって起こる原因のはっきりした「症候性」のものと、原因がはっきりしていない「特発性」のものに分けられ、さらにてんかん発作の様相から、発作が体の一部分から始まる「部分てんかん」と発作が体全体に起こる「全般てんかん」に分けられます。部分てんかんも最終的に全般化する場合もあります。「特発性てんかん」は「症候性てんかん」より頻度が高く約7割を占めます。最近、遺伝子レベルの研究の進歩により「特発性てんかん」の多くが何らかの遺伝子の変異によって起こることがわかってきました。「特発性部分てんかん」の中でも、LGI1遺伝子の変異が発見された患者は、幻聴、幻覚を伴うてんかん症状を示すことが知られています。

<論文情報>

“Disruption of LGI1-linked synaptic complex causes abnormal synaptic transmission and epilepsy”
Yuko Fukata, Kathryn L. Lovero, Tsuyoshi Iwanaga, Atsushi Watanabe, Norihiko Yokoi, Katsuhiko Tabuchi, Ryuichi Shigemoto, Roger A. Nicoll and Masaki Fukata
doi: 10.1073/pnas.0914537107

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

深田 正紀(フカタ マサキ)
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門 教授
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-59-5873 Fax:0564-59-5870
E-mail:

深田 優子(フカタ ユウコ)
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門 准教授
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-59-5873 Fax:0564-59-5870
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<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
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<広報担当>

小泉 周(コイズミ アマネ)
生理学研究所・広報展開推進室 准教授
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