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平成22年1月25日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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体の左右非対称性をもたらす繊毛の回転運動、その仕組みを解明

JST目的基礎研究事業の一環として、大阪大学 大学院生命機能研究科の濱田 博司 教授らは、体の左右非対称性が生じる仕組みの一部を明らかにしました。これはマウスを使った研究で突き止めたものです。

受精卵の形は左右対称ですが、その状態は受精後約7.5~8日に破られて内臓の多くは左右非対称に位置、また左右非対称な形を取ります。この非対称性に異常があると心臓や大血管の奇形を引き起こし、新生児の死因となります。左右の対称性は、どのような仕組みで破られるのでしょうか? これまでの研究により、受精後7.5日頃のマウス胚は、体の中心部、腹側表面に「ノード」と呼ばれるくぼんだ構造を一時的に作ります。ノードを構成する数百の細胞には繊毛(ノード繊毛)が生えており、この繊毛が回転運動することによって生じる、左向きの水流が対称性を破ると考えられています。回転運動により左向きの水流が生じる理由は、繊毛の回転軸が体の尾側(後側)へと傾いているためです。

本研究グループは今回、ノード繊毛の回転軸が尾側へ傾く仕組みを突き止めました。ノード繊毛の回転軸が尾側へ傾く理由は、繊毛の基部に存在する基底小体注1)と呼ばれる細胞小器官が、ノード細胞内において尾側へ偏って位置するためでした。基底小体は、最初はノード細胞内においてランダムに位置していますが、発生が進行するに従って細胞の尾側へ移動することが分かりました。基底小体が移動しない変異マウスでは、回転軸が後傾せず左向きの水流ができません。細胞内極性注2)を決めることが知られているDvl注3)と呼ばれるたんぱく質を調べたところ、ノードの細胞内において尾側へ偏って位置していました。つまり、ノードの細胞は、頭尾の位置情報を感知してDvlたんぱく質を尾側へ配置することにより、基底小体を尾側へ移動し、その結果繊毛が尾側へと傾くことが明らかになりました。

ヒト新生児の心臓形成の異常の多くも、左右非対称性の異常で引き起こされていると考えられていることから、本研究はその病因の解明につながると期待されます。

本研究成果は、2010年1月24日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Cell Biology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
(研究総括:中西 重忠 (財)大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名 「生物の極性が生じる機構」
研究代表者 濱田 博司(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)
研究期間 平成18年10月~平成24年3月

JSTはこの領域で、生命システムの動作原理の解明を目指して、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生態情報の発現における基本原理の理解を目標としています。

<研究の背景と経緯>

内臓の多くは左右非対称に位置し、左右非対称な形を取ります。例えば、心臓、胃、脾臓などは体の中で1つしかない臓器ですが、左に偏って位置します。一方、肺は左右一対ありますが、形や大きさが左右で異なります。このような臓器の左右非対称性は、各臓器の機能を保つために必要なことです。臓器の非対称性の異常は臓器の逆位(多くの場合部分的な逆位)を引き起こし、生命を脅かす異常になります。特に、心臓や大血管の奇形を引き起こす場合には、新生児の死因となります。ヒト新生児の約1%は心臓形成の異常を発生し、その一部は左右の異常が原因です。

臓器の左右非対称性は、多くの遺伝子からなるプログラムによって決められています。とくに左右の対称性が破られる機構については多くの研究がなされ、体の中心部に位置する「ノード」と呼ばれる場所にある繊毛が回転運動することによって生じる、左向きの水流が対称性を破ると考えられています(図1)。繊毛の回転軸が垂直な場合は渦状の水流が生じますが、実際のノードの繊毛は体の尾側(後側)へ傾いているために、時計方向への回転により左向きの流れが生じることが分かっていました(図2)。しかし、ノード繊毛の回転軸が尾側へ傾く仕組みは、これまで不明でした。

<研究の内容>

本研究で、本研究チームのメンバーである大阪大学 大学院生命機能研究科 博士課程3年の橋本 昌和らは、ノード繊毛の運動、回転軸、水流を鮮明に観察することにより、ノード繊毛の回転軸が尾側へ傾く仕組みを突き止めました。ノード繊毛の回転軸が尾側へ傾いているのは、繊毛の基部に存在する基底小体と呼ばれる細胞小器官が、個々のノード細胞内において尾側へ偏って位置することが原因でした(図2)。生きたマウス胚を用いて基底小体の位置を観察すると、最初はノード細胞内においてランダムに位置していますが、発生が進行するに従って細胞の尾側へ移動することが分かりました(図3)。基底小体が移動しない変異マウスでは、回転軸が後傾せず左向きの水流ができません。細胞の極性を決めることが知られているDvlと呼ばれるたんぱく質を調べたところ、ノードの細胞内において尾側へ偏って位置していました(図4)。つまり、ノードの細胞は、頭尾の位置情報を感知してDvlたんぱく質を尾側へ配置することにより、基底小体を尾側へ移動し、その結果繊毛が尾側へと傾くことが明らかになりました。

本研究で得られた結果を以下に示します。

  1. (1)繊毛の回転軸が尾側へと傾くのは、繊毛の基部に存在する基底小体が、ノード細胞内において尾側へ偏るためです。
  2. (2)時間を追って基底小体の位置を観察すると、最初はノード細胞内においてランダムに位置していますが、発生が進行するに従って細胞の尾側へ移動します(図3)。
  3. (3)細胞の極性を決めることが知られているDvl遺伝子がなくなると、基底小体が尾側へ移動することができず、繊毛の回転軸が傾かないために左向きの水流ができません。
  4. (4)Dvlたんぱく質は、ノード細胞の全体に存在するのではなく、細胞の尾側へ偏って存在します(図4)。

<今後の展開>

ノードの細胞に限らず、私たちの体の多くの細胞は繊毛を持ちます。近年の研究により、この繊毛が驚くほど重要な機能をしており、繊毛が異常になることで多様な疾患に結びつくことが分かってきています。例えば、腎臓細胞の繊毛は、構造的・機能的に似ている、あるいは共通の遺伝子が必要とされるという事実からノードの繊毛に一番近いとされています。遺伝性の難病であるヒト嚢胞腎(のうほうじん)の原因遺伝子の1つであるPkd2が欠損すると、ノードの繊毛と腎臓の繊毛の機能が失われることが知られています。今回の研究成果は、繊毛が正しく形成される機構の理解に重要であると考えられます。本研究は上記のような病因の解明につながると期待されます。

このように、本研究は発生学における左右非対称性の理解にとどまらず、広く生物学に影響を与える一般的な原理へと発展するポテンシャルや社会的なインパクトも秘めています。

<参考図>

図1

図1 ノード繊毛の回転運動により、左向きの水流が生じる

  1. 左図:ノード細胞。Aは頭側、Pは尾側、Rは右、Lは左。赤い矢印は水流の方向。
  2. 右図:ノード細胞から生えている繊毛。
図2

図2 ノード繊毛の回転軸が尾側へ傾く仕組み

基底小体が細胞の尾側へ偏るために、繊毛の回転軸が尾側へと傾く。

図3

図3 頭尾の位置情報を感知して、Dvlたんぱく質が細胞の尾側へと配置される様子

生きたマウス胚のノードにおける基底小体(緑色のドット)を、時間とともに観察した。時間0:00~1:00の間は細胞の中心部に位置しているが、時間2:00には尾側へと移動し、その後はずっと尾側に位置している。

図4

図4 頭尾の位置情報を感知して、Dvlたんぱく質がノード細胞の尾側へと配置される

<用語解説>

注1) 基底小体
繊毛の根元に位置する細胞内小器官。繊毛が生える位置や方向を決める。
注2) 細胞内極性
個々の細胞が持っている極性。non-canonical Wnt シグナルを形成する因子などが、細胞の特定の場所に偏って配置されるために生じる。ニューロンがどちらの側に神経突起を出すか、内耳の音を感知する感覚細胞が細胞のどの位置に繊毛を生やすか、といったことを決定する因子である。
注3) Dvl
ショウジョウバエなどの生物で、細胞に極性を与えることが知られている遺伝子。私たち哺乳類においても、内耳の感覚細胞が持つ毛が正しく形成されるために必要。

<論文名>

“Planar polarization of the node cells determines the rotation axis of the node cilia”
(ノード細胞に生じた細胞内極性が、ノード繊毛の回転軸を決める)
doi: 10.1038/ncb2020

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

濱田 博司(ハマダ ヒロシ)
大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
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<JSTの事業に関すること>

廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
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