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平成22年1月22日

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冷却原子気体の普遍的な熱力学関数の決定に成功

(高温超伝導などの理解を進める)

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院理学系研究科の上田 正仁 教授らは、極低温のリチウム原子Li気体を用いて、相互作用が極限まで大きくなった原子集団の普遍的性質を表す熱力学関数を、実験的に決定することに成功しました。

ビッグバン後のクォーク―グルーオンプラズマ注1)や星の最終状態である中性子星の内部では、構成粒子が高密度に凝縮し粒子間相互作用が大きい極限になっています。この状態は「ユニタリー極限」注2)と呼ばれ、熱力学的な振る舞いは中性子やクォークといった構成物質の性質には依存せず、温度と密度のみで記述され、これらの系では熱力学関数が普遍的な性質を持つものと考えられています。しかし、熱力学的振る舞いを理論的に求めようとしても強い相互作用のため数値計算でさえも困難で、現象の正確な理解を阻んでいました。

本プロジェクトは今回、ユニタリー極限にある原子気体を実験室の光学定盤上に実現し、その振る舞いを調べることを試みました。レーザーにより原子気体を極低温に冷却し、さらに粒子間の相互作用の大きさを外部の磁場で人工的に制御してユニタリー極限を実現しました。そして、この状態の熱力学量を精密に測定することで熱力学関数を決定することに成功するとともに、ユニタリー極限でのフェルミ超流動体注3)の普遍的性質を明らかにしました。

この成果は、素粒子から宇宙に至る幅広い範囲で見られるユニタリー極限の熱力学現象を普遍的に理解する上で最も基本的な情報を提供するものです。冷却原子気体からクォーク―グルーオンプラズマを含む強く相互作用する多粒子系の物理の定量的理解を可能にし、電子などが互いに強く作用する高温超伝導などの理解を格段に深め、研究を加速するものと期待されます。

本研究成果は、2010年1月22日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト 「上田マクロ量子制御プロジェクト」
研究総括 上田 正仁(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間 平成17年9月〜平成23年3月

JSTはこのプロジェクトで、極低温下における原子・分子を用いて、物質パラメーターの系統的制御、量子状態や不確定性関係の極限操作技術を開拓し、その基礎の上に、マクロ量子物質の制御する「マクロ量子制御」を通じて量子物理学の新たなフロンティアの開拓を目指しています。

<研究の背景と経緯>

近年、レーザー冷却注4)により原子や分子の気体を極低温に冷却すると、量子凝縮を起こすことができるようになりました。そして、この系を用いると量子現象を肉眼で直接観測できるため、量子現象の機構解明や新現象発見に用いようとする多くの試みがなされています。冷却気体では、構成粒子間の相互作用は弾性衝突によるものであり、その大きさは散乱長と呼ばれるパラメーターで表されます。そして、その大きさは外部から磁場を加えることで、人工的に制御できます。特にフェッシュバッハ共鳴注5)と呼ばれる現象を使うと、特定の磁場強度において粒子間の散乱長を無限大まで大きくできます。そこで、この冷却原子を利用して、散乱長が発散するユニタリー極限での熱力学的振る舞いを実験的に明らかにする研究が世界の主要研究機関で始まっています。しかし、冷却原子気体は真空中で保持する容器の形状に合わせて密度が空間的に変化し、原子気体の密度は均一ではありません。そこで、ユニタリー極限の普遍的な熱力学関数を導くため、空間的な平均操作が行われましたが、正確な熱力学関数の決定は困難でした。

<本研究の成果>

本プロジェクトのグループリーダーである電気通信大学 先端領域教育研究センターの 向山 敬 特任准教授と本プロジェクトの堀越 宗一 研究員らは、冷却気体の各位置における局所的な密度と温度および気体を閉じ込めているポテンシャルが正確に分かると、ユニタリー極限の場合には、ユニタリーガスの性質を利用することで、平均操作によらずに力の平衡条件から熱力学関数が求められることに着目し、実験を行いました。

具体的にはまず、フェルミ粒子のLiを原子種として選択し、光の容器注6)中で量子凝縮させました。光容器のポテンシャル形状は、気体の調和振動より正確に求めました。ユニタリー極限の極低温Li気体は、磁場をフェッシュバッハ共鳴まで掃引することで生成しました。そして、気体の密度と温度を決めるため、気体の光学イメージを観測しました。

次に、各点のポテンシャル高さを考慮し、温度、密度と内部エネルギーの関係を求め、普遍的な熱力学関数を決めました。なお、手法が新しいため、複数の検証実験を行いました。例えば、熱力学関数が理論的に求められている相互作用のない理想気体について、今回用いた手法を適用してみました。理想気体の状態は、散乱長が0となる磁場を加えることで実現しました。この他、ポテンシャルエネルギーと内部エネルギーの関係(ビリアル定理)を用いて手法の正しさを実証しました。

図1に、実験で求められたユニタリー領域と理想気体の普遍的な熱力学関数の温度依存性を示します。理想気体の結果は、理論より求められる実線と一致しており、この手法で正しい関数が求められることが確認できます。

この普遍的熱力学関数から、他の普遍的熱力学関数であるヘルムホルツ自由エネルギー、化学ポテンシャル、エントロピーの熱力学関数を導くことができます。それらを理想気体の結果と合わせて図2に示します。これらの熱力学関数より、ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)注7)が起きる相転移点における熱力学量を知ることができます。また、マクロな物理特性、例えば音速等の温度依存性、を決めることもできます。

ユニタリー領域に関連してBEC−BCSクロスオーバーとして、広く興味が持たれている課題があります。極低温のフェルミ原子気体で起きるボース・アインシュタイン凝縮では、2原子が結合した分子(ボース粒子)が量子凝縮する極限と多体効果として原子がクーパー対と呼ばれる対を形成し量子凝縮する極限の間を連続的に移り変わることができます。ユニタリー極限はその両極限の中間にあたり、その熱力学的性質に興味が持たれていました。図3は、ユニタリー極限におけるボース凝縮の割合の温度依存性を示すものです。

このように、今回、実験的に得られた結果は、今までに提案されたさまざまな理論モデルの試金石としても役立ちます。

<今後の展開>

ユニタリー極限における冷却原子気体の普遍的性質は、広い分野の研究者に関心を持たれている一方で、その超流動性を含めて未解明な本質的問題が数多く存在しています。今後も、ユニタリー極限気体の理解を深め、その可能性を拡大させるテーマについて研究を続けます。また、高い超流動転移温度を持つ冷却原子気体の観測により、高温超伝導の機構のヒントを見いだしたいと考えています。

<参考図>

図1

図1 内部エネルギーの普遍関数の温度依存性

調和振動子型ポテンシャルに閉じ込められた冷却気体について、密度分布の位置依存性より求めた普遍関数。緑は、気体の構成粒子間に相互作用がない理想気体の結果で、赤は散乱長が無限大の大きさとなっているユニタリー極限の結果です。点はいずれも実験より求められた結果で、点線は理想気体の理論より求められたもの、実線は実験結果をフィッティングさせた関数です。四角で示した点は、ボース・アインシュタイン凝縮を起こす転移温度を示しています。

図2

図2 各種熱力学関数の温度依存性

実験的に決定された内部エネルギー(A)、ヘルムホルツ自由エネルギー(B)、化学ポテンシャル(C)、エントロピー(D)の熱力学関数を示します。赤の実線はユニタリー極限のフェルミ原子気体についての熱力学関数、緑の点線は理想フェルミ気体の熱力学関数をそれぞれ示します。四角で示した点はボース・アインシュタイン凝縮転移する温度を示しています。

図3

図3 冷却するにつれてボース・アインシュタイン凝縮体の割合が増加する様子

横軸はユニタリー極限における原子気体の一原子あたりのエネルギーをトラップ中のフェルミエネルギーで規格化したものを、縦軸は原子気体におけるボース・アインシュタイン凝縮成分の割合を示しています。丸印は実験結果、点線はデータに対するフィッティングの曲線、縦の青実線は絶対零度におけるエネルギーを示します。また、ボース・アインシュタイン凝縮転移点が矢印で示されています。挿入図は横軸をトラップ中のフェルミ温度で規格化した温度でボース・アインシュタイン凝縮体成分の割合をプロットしたものです。

<用語解説>

注1) クォーク―グルーオンプラズマ
物質の基本構成要素であるクォークと、それらを結びつけているグルーオンが熱的に解離して運動している高温プラズマです。ビッグバン後の約10−5秒間1012K以上の超高温の物質で実現されていたと考えられています。現在、ヨーロッパCERNで稼働が始まった粒子加速器で、地上での実現を目指しています。
注2) ユニタリー極限
原子間の散乱長が無限大になる極限のこと。この時、散乱断面積が最大になり、相互作用が最も強い極限になっています。
注3) フェルミ超流動体
同じ状態を取ることができないフェルミ粒子の集りが、1つのエネルギー状態に量子縮退(ボース・アインシュタイン凝縮、注7参照)したものです。電子が対(クーパ対)を形成し、電気抵抗が0となった超伝導体が代表例です。そのほか、粘性が0の超流動となるHeの同位体であるHe(フェルミ粒子)がmK(10−3k)以下の温度でフェルミ超流動体となります。また最近の冷却原子気体の研究で、複数のフェルミ原子で超流動性が観測されるようになっています。なお、中性子星の内部では高密度のため高温でもフェルミ超流動体になるものと予想されています。
注4) レーザー冷却
気体原子に原子の共鳴に近いレーザー光を当てると、原子がその光を吸収して速度が変化します。温度とは原子や分子のランダムな運動エネルギーを表す量で、温度が高いと運動エネルギーが大きく、原子や分子は激しく動き回り、逆に温度が低いと運動エネルギーが小さく、原子や分子の動きは遅くなります。このことを利用して、レーザー光の波長などを高精度に制御して原子に照射し、その速度を遅くしていくことによって温度を下げることが可能です。さらに蒸発冷却などの技術も併用することで、原子をほとんど停まった状態、10−8Kという超低温に冷却することができます。
注5) フェッシュバッハ共鳴
原子が衝突の際に仮想的に分子を形成する過程で、原子の運動エネルギーと分子の内部励起エネルギーが等しくなる時に起きる共鳴現象です。共鳴時には分子と原子の交換が容易に行われ、原子から見た衝突の散乱長は無限大に発散します。外部磁場の強度を変えることで分子のエネルギー準位を原子のエネルギー準位に対して相対的に変化させることができ、共鳴状態を実現することができます。この時、散乱長は大きく変化し、極低温気体の研究において粒子間の相互作用を変える手段として利用されています。
注6) 光の容器
光が物を透過する時に、屈折率により光が曲げられると、曲げられた方向と逆の方向(反作用)の力が物に与えられます。この性質を利用すると光を使って非接触に物を移動させることも可能で、空間的に光強度が変化する状態を作ると物体を捕獲することができます。この原理は光ピンセットにも応用されています。
注7) ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)
複数の粒子が同じ1粒子状態を取ることができる「ボース粒子」を絶対零度付近まで冷却すると、系を構成するボース粒子のほとんどが同じ1粒子状態に存在するようになります。この状態をBECと呼び、全く同じ状態を取るようになったマクロ(巨視的)な数の粒子の波が重なりあって、あたかも1つの巨大な波のように振る舞う特異な現象として知られています。この現象は、多くの場合、超伝導や超流動を引き起こすメカニズムとなっています。

<論文名>

“Measurement of universal thermodynamic functions for a unitary Fermi gas”
(ユニタリーフェルミ気体の普遍的熱力学関数の測定)
doi: 10.1126/science.1183012

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

上田 正仁(ウエダ マサヒト)
東京大学 大学院理学系研究科 教授
(科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「上田マクロ量子制御プロジェクト」 研究総括)
〒113-8656 東京都文京区弥生2−11−16 東京大学工学部9号館 313号室
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<JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
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