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平成22年1月11日

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原子レベルで化学反応の可視化に成功

-高分解能の電子顕微鏡観察でフラーレン分子の化学反応の仕組みを解明へ-

<ポイント>

○ フラーレン分子をカーボンナノチューブ内に閉じ込め、低加速電圧、収差補正、数学的な画像処理の組み合わせで原子レベルの観察が実現。

○ 分子の向きや濃度、温度、金属原子の有無、系のエネルギーなどを変えて反応を制御。

○ 反応機構の解明、分子間相互作用の動的な解析、分子設計などへの幅広い応用が期待される。

独立行政法人 産業技術総合研究所(理事長 野間口 有、以下「産総研」という)ナノチューブ応用研究センター(研究センター長 飯島 澄男)カーボン計測評価チーム(研究チーム長 末永 和知)越野 雅至 研究員、岡﨑 俊也 主任研究員およびナノテクノロジー研究部門 自己組織エレクトロニクスグループ 片浦 弘道 研究グループ長は、独立行政法人 科学技術振興機構(以下「JST」という)新見 佳子 技術員、国立大学法人 東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 中村 栄一 教授と共同で、フラーレン注1)分子の二量化注2)反応について、その反応性と選択性を原子レベルで解析することに成功した。

今回、単層カーボンナノチューブ注3)中にフラーレン分子を閉じ込め、密度、温度、金属原子の効果、与えるエネルギーなどを変化させて反応性を最適化し、収差補正機構注4)を備えた電子顕微鏡による高分解能観察技術を用いて、反応の可視化に成功した。一つひとつの分子の向きが反応に直接影響することなどが明らかになった。今後このナノテク分析技術を応用して、さまざまな反応機構の解明や新薬の開発といった分子設計などに幅広く応用されることが期待される。

なお、この研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「中村活性炭素クラスタープロジェクト」(研究総括:中村 栄一 教授)および同事業 チーム型研究(CREST)「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)における研究課題「ソフトマターの分子・原子レベルでの観察を可能にする低加速高感度電子顕微鏡開発」(研究代表者:末永 和知 研究チーム長)によって得られたものである。研究成果の詳細は、2010年1月11日 午前3時(日本時間)に英国科学雑誌「Nature Chemistry」のオンライン速報版に掲載される。

<開発の社会的背景>

化学反応とは、呼吸、消化といった生命活動に欠かせない身近なものから化学合成、エネルギー変換などの近代産業を支えるものまでさまざまである。分子の中でどの部分が最も反応しやすいかは理論からある程度予測できるが、実際の化学反応には予測が非常に難しいものもある。いくつもの異なる化学反応が同時に起こったり、多様な生成物が得られるフラーレン分子の融合反応がその一例である。実験的に調べようとしても従来の化学分析手法が非常に多数の分子の平均的な挙動を解析するものであるため、多様な生成物が混在する反応に対してはあまり有効でなかった。これに対し、新しいナノテクノロジーの分析技術を用いると、個々の分子の挙動を1つずつ解析してその反応を明らかにできると考えられている。特に、化学反応の途中の原子情報が得られれば、これまで分からなかったさまざまなことが明らかになると期待され、そのような新たな分析技術の開発が待たれている。

<研究の経緯>

有機分子は炭素などの軽い元素でできている。これまでこのような軽い分子の動きを原子レベルで観察するのは非常に困難であった。しかしここ数年、小さい有機分子1つをナノメートルスケールの内部空間を持つカーボンナノチューブに閉じ込めることで分子の動きを観察できるようになり、分子レベルの挙動解析に応用できることが示されてきた。次の目標の1つは、化学反応する一つひとつの分子を原子レベルで可視化することである。これにより他の分析手法では得られなかった知見が得られるとともに、原子レベルでの反応の理解や反応機構の解明に貢献できると期待される。

今回、カーボンナノチューブに閉じ込めたフラーレン分子を低加速電圧注5)、収差補正機構といった電子顕微鏡技術と、高速フーリエ変換注6)を用いた画像処理技術を組み合わせることにより、原子レベルで反応過程を観察することに成功した。また電子顕微鏡技術の開発により極低温(セ氏-269度)や低加速電圧(80kV)といった、さまざまな環境における高分解能観察が可能になり、分子の挙動や化学反応をコントロールできることを見いだした。

<研究の内容>

フラーレン分子2個に電子線を照射すると二量化反応が起こることが知られている。本研究では、フラーレン分子(直径0.7~0.8nm、図1)をカーボンナノチューブ(内径約1.2~1.5nm)の中に閉じ込め、収差補正機構を備えた電子顕微鏡を用いて、フラーレン分子の二量化反応の様子を原子レベルで観察した。

図2に示すように、カーボンナノチューブの中に閉じ込めたC60 フラーレン分子の電子顕微鏡像は、透過像であるため透かし絵のように見える。分解能が上がりよく見えるようになると、カーボンナノチューブ自身の縞模様がC60フラーレン分子自身の模様と重なって現れ、構造解析の妨げとなってしまう。この画像に数学的な処理(高速フーリエ変換など)を施すとチューブの縞模様だけを消すことができ、C60フラーレン分子の模様だけが浮かび上がり、原子レベルでの観察が可能となった。なお、C60フラーレン分子の上下にある2本の線はカーボンナノチューブの壁である。

電子線を照射して二量化反応によって融合していくC60フラーレン分子の変化を観察した電子顕微鏡像を図3に示す。左から右にかけて同じ分子に電子線を照射していくと、二量化反応が進行していく。aの各画像からコントラスト(明暗)を強調した各画像bでは分子の中の模様が浮かび上がっている。下段の各画像cは反応中に分子がどのように向き合っているかを示すモデル図である。

電子線を照射してまず最初に分子がくっつくとき、どこの面で結合が形成されるのか、C60フラーレン分子の5角形部分か6角形部分か、あるいは頂点の炭素原子なのか、といった反応途中の情報を得る分析手法はこれまでなかった。実際の顕微鏡像(図3a、一番左の図)と電子顕微鏡像のコンピューターシミュレーションの比較を行ったところ、二量化反応の初期段階は、いくつかの結合様式が予想される。多数の構造が考えられる中、図3cに示す[2+2]環化縮合注7)のモデル構造が実験像をうまく説明できることが分かった。これは左側の分子の5角形と6角形の間の辺、右側の分子の6角形と6角形の間の辺どうしが環状の結合を形成した構造をしている。

徐々に電子線を照射して反応がさらに進むとC60フラーレン分子が融合したピーナツ構造が観察された(図3a、左から2番目)。この構造には、5つの異なるモデル構造が予想されたが、分子の中に現れるコントラスト(明暗の模様)から、モデル構造の1つ(図3c、左から2番目)に絞り込むことができた。

さらに電子を照射していくとピーナツ型の分子はチューブ状に変化した(図3a、右から2番目)。チューブはその巻き方(網目模様)から、金属的あるいは半導体的な性質を示すことが知られている。観察されたチューブのコントラストから、金属的性質を示すジグザグ型のチューブであることが分かった。最終的には、最初に生じたピーナツ型よりも少し大きなピーナツ型に変化したが(図2a、一番右)、その像のコントラストはモデル構造から予想されるシミュレーション像のコントラストとよく一致した。

このように、C60フラーレン分子の二量化反応が進むにつれて2つの分子の電子顕微鏡像が変化していく様子から、分子同士が初めに接触した後どのように相互作用し、さらにどのように結合の再構成が起こるかを明らかにすることができた。

これらに加えて、カーボンナノチューブ内に閉じ込めた分子の数(濃度)や温度、金属原子の有無、反応に使われるエネルギーの大きさなど、さまざまな外部要因が化学反応に与える影響を詳細に調べることにより、いろいろな実験条件で原子レベルでの化学反応の可視化が可能であることを示した。

<今後の予定>

化学反応を原子レベルで観察し、温度、濃度、分子の向き、金属原子の存在、与えるエネルギーなど実験的な環境を調整することで、分子一つひとつの反応を制御し解析できるようになった。今後はこの技術を有機分子や生体分子へ応用することにより、生命の鍵を握る個別分子の反応機構の解明、分子間相互作用の動的な解析、さらには新薬開発など構造化学に基づく分子設計などの幅広い分野での発展が期待される。

<参考図>

図1

図1 C60フラーレンのモデル図

2つの分子がくっつくとき、5角形、6角形どの頂点あるいは辺でくっつくのだろうか?

図2

図2 カーボンナノチューブの中に閉じ込めたC60フラーレン分子の電子顕微鏡像(上)とナノチューブの縞を消した像(下)

図3

図3

  1. (a) 電子線照射により二量化がすすみ融合していくC60フラーレン分子の変化を捉えた電子顕微鏡像。左から右にかけて電子線照射量が増加し、化学反応が進行している。
  2. (b) 分子のコントラスト(明暗)を強調した画像。
  3. (c) 分子のモデル構造。

<用語解説>

注1) フラーレン
フラーレン(fullerene)は多数の炭素原子で構成されるクラスターの総称である。1985年に最初に発見されたのは、炭素原子60個で構成されるサッカーボール状の構造を持ったC60フラーレンである。少し大きいC82などのフラーレンは大きな金属を内部に取り込むことができる。
注2) 二量化
二量体またはダイマー(dimer)は、2つの同種の分子やサブユニット(単量体)が物理的・化学的な力によってまとまった分子あるいは集合体をいう。二量体を形成することを、主に化学では二量化、生化学では二量体化という。
注3) カーボンナノチューブ
炭素によって作られる六員環のネットワークシートが、単層あるいは多層の円筒状になった物質。単層のカーボンナノチューブは直径が1~2nmほどで、内部空間にさまざまな物質を取り込むことができる。特に透過型電子顕微鏡ではチューブの内部が影絵のように見えるので、試験管の役割を果たすことが示されてきた。
注4) 収差補正機構
収差とは物が歪んだり、ぼけて見える原因で、それを補正する装置が収差補正機構ある。メガネのレンズなどは凸レンズの表面に収差を減らす凹レンズを加えて収差を減らしてよく見えるようにしている。電子顕微鏡のレンズは磁場で電子を曲げる磁界レンズを用いているため、ガラスの凹レンズに相当するものが作れなかった。しかし、近年のコンピューターの発達と計算手法の研究により、電子顕微鏡の磁界レンズの収差を補正する機構が開発されてきた。収差補正は電子顕微鏡の対物レンズのぼけの原因を補正する新技術で、分解能を向上させることができる。
注5) 低加速電圧
電子顕微鏡において、電子を加速して試料に照射するための電圧を加速電圧という。加速電圧が低いとエネルギーは低くなり、原子の弾き飛ばし現象などの試料ダメージを抑える効果がある。しかし、加速電圧が低いということは、電子の波長が長くなるため、分解能(小さいものを識別する能力)は低くなる。最近では上述の収差補正機構と組み合わせることで、高い分解能を保ったまま、低エネルギーの電子で観察することができるようになってきた。
注6) 高速フーリエ変換
フーリエ変換を計算機上で高速に計算する手法。フーリエ変換は、デジタル画像処理では2次元の画像情報の中の「位置」の関数としての物体を「波数」の関数としての回折図形に変換する操作に当たる。これにより、一定の周期を持つナノチューブの網目模様などの波数を消したりすることができる。
注7) 環化縮合
2つの分子が結合する際に、環状の結合を形成する化学反応。C60フラーレンが二量化する場合、6員環と6員環の間の辺、5員環と6員環の間の辺で環状の結合を作ると、計4種の異なる環化縮合した構造が生成する。

<論文および著者名>

“Analysis of the reactivity and selectivity of fullerene dimerization reactions at the atomic level”
(フラーレン分子の二量化反応における反応性と選択性の原子レベル解析)
M. Koshino, Y. Niimi, E. Nakamura, H. Kataura, T. Okazaki, K. Suenaga, S. Iijima,
doi: 10.1038/nchem.482

<お問い合わせ先>

<研究の内容に関すること>

越野 雅至(コシノ マサノリ)
独立行政法人 産業技術総合研究所 ナノチューブ応用研究センター カーボン計測評価チーム 研究員
〒305-8565 茨城県つくば市東1-1-1 中央第5
Tel:029-861-4424 Fax:029-861-4806
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<JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<プレス発表/取材に関する窓口>

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