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平成21年12月14日

京都大学
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科学技術振興機構(JST)
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たんぱく質合成のオン・オフスイッチを開発

(ヒトの細胞内で標的となるたんぱく質の生産を自在に制御
〜未来型の細胞機能制御テクノロジーの確立に向けて)

JST目的基礎研究事業の一環として、京都大学 大学院生命科学研究科の井上 丹 教授、齊藤 博英 助教らは、特定の性質をもった細胞内において、標的遺伝子の発現を自在に制御できる「人工翻訳制御システム」を開発しました。

近年、ヒトをはじめとするさまざまな生物種で、mRNAの情報をたんぱく質に変換する段階、すなわち翻訳レベルでの遺伝子発現の制御が、がん化の抑制や神経の形成、細胞分化のコントロールなどに重要な役割を果たすことが明らかになってきました。そのため、翻訳レベルでの制御を人為的に行い、病気を治療することを目指す研究が世界中で進められています。これまでにも、RNAi注1)や抗生物質などの低分子を利用する翻訳制御システムが考案されていますが、標的以外の細胞にも働いてしまうことや細胞毒性注2)などの問題があり、そのような弊害のない新しい翻訳制御システムの開発が望まれていました。

本研究グループは今回、上記問題を克服できる翻訳制御システムとして、特定のたんぱく質の発現量に応じて、標的とする他の遺伝子の翻訳をオン・オフ制御できる「人工RNPスイッチ」注3)の開発に世界で初めて成功しました。このシステムでは、L7Aeたんぱく質と、それに結合するRNAモチーフを利用した方法で、標的となる遺伝子の翻訳を抑制(オフ)または活性化(オン)させています。高精度の制御が可能であり、2つの異なるターゲット遺伝子の一方を抑制し、他方を活性化させることもできます。また、L7Aeを「分子タグ」として利用し、細胞内の特定のたんぱく質とL7Aeとを融合させれば、標的たんぱく質の発現を、融合たんぱく質の発現に応じて自在に制御することも可能です。なお、今回開発した「オフスイッチ」はヒト細胞内においても、RNAiに匹敵する高い翻訳抑制効果を発揮し、かつ特定の細胞でのみ機能することを見出しています。さらに、細胞内で作られる特定のたんぱく質の発現量に応答して、標的たんぱく質の生産量を定量的に調節できるシステムを開発しました。

今回の成果は、標的とする細胞に対して特異的に遺伝子の発現制御を行える技術を提供するものであり、がん細胞のみの死滅化を図る副作用の少ないがん治療法や、がん細胞でのみ作られるマーカーたんぱく質の発現を検知するがん診断法、さらには、定量的なたんぱく質生産レベルの調節が可能であることを利用した、ES細胞やiPS細胞などの細胞分化のコントロールへの応用が期待できます。

本研究成果は、2009年12月13日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Chemical Biology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ICORP)

プロジェクト名 「RNAシンセティックバイオロジープロジェクト」
研究総括 井上 丹(京都大学 大学院生命科学研究科 教授)
研究期間 平成18年10月〜平成24年3月

本プロジェクトでは、機能性人工RNAやRNA−たんぱく質複合体(RNA)などの生体分子を人工的に作り出す基盤技術を確立し、これを独自の細胞機能の制御技術へと発展させることを目的として研究を推進しています。

<研究の背景と経緯>

たんぱく質や核酸(DNAやRNA)は、生命の基本的な構成分子です。細菌からヒトに至るさまざまな生物は、DNA上に書き込まれた遺伝子の情報を元に、mRNAを介してたんぱく質を合成し、生命機能を維持しています。遺伝子情報を元にたんぱく質を合成する(遺伝子発現)際には、高度な制御機構が働いていることが理解されるようになって、人為的な遺伝子発現制御の研究が誕生し、発展してきました。

遺伝子の発現制御には、DNAからmRNAへの転写レベルでの制御、mRNAからたんぱく質への翻訳レベルでの制御、たんぱく質レベルでの制御など、いくつかの段階での制御が考えられます(図1上)。翻訳レベルでの制御が、発生や細胞分化、神経形成などの過程において、生体内で重要な役割を果たすことが明らかになるにつれ、たんぱく質の発現量を翻訳レベルで制御する手法の開発が期待されるようになりました。従来からRNAiや抗生物質による翻訳制御が精力的に開発され利用されてきましたが、これらの従来型の翻訳制御では標的以外の細胞でも無差別に翻訳制御が引き起こされてしまう問題が指摘されており、標的細胞特異性の高い翻訳制御手法の確立が求められていました。

<研究の内容>

本研究グループは今回、世界に先駆けて特定のたんぱく質を発現する標的細胞内でのみ、目的遺伝子の発現を制御できる新システムを開発することに成功しました(図1下)。発現するたんぱく質の存在下でのみ作動するように工夫を行うことによって、特定の細胞だけで制御機構が働く細胞特異性の高い遺伝子発現制御システムを構築することにも成功しました。これにより、がん細胞等の特定細胞内でのみ標的遺伝子の発現を制御することが可能と考えられます(図2)。

生体のたんぱく質合成は、たんぱく質合成装置であるリボソームが、mRNAと相互作用することにより行われます。そのため、リボソームとmRNAの相互作用を制御すれば、たんぱく質の合成を制御することが可能と考えられます。今回の研究では、リボソームとmRNAの相互作用の制御方法として、「RNA−たんぱく質(RNP)相互作用モチーフ」注4)を利用して、リボソームとmRNAとの相互作用を制御する戦略を採りました。具体的には、古細菌が持つリボソームたんぱく質の1つである「L7Ae」と、L7Aeに特異的に結合するRNAである「キンクターンRNA」注5)を利用します(図2)。このキンクターンRNAを導入したmRNAはL7Aeと複合体(RNP)を形成するので、L7Ae存在下ではリボソームとmRNAの相互作用が阻害され、たんぱく質の合成が妨げられます。たんぱく質合成をオフにするスイッチなので「オフスイッチ」と呼びます。また、同様の仕組みを利用することで、目的遺伝子の翻訳を活性化(オン)する「オンスイッチ」を構築することにも成功しました(図3)。オンスイッチには、L7Aeとも標的のmRNAとも結合できる「人工レギュレーターRNA」を利用します。人工レギュレーターRNAは、L7Ae非存在下では標的mRNAに結合し、リボソームとmRNAとの相互作用を妨げるため、たんぱく質の発現を抑制しますが、L7Ae存在下ではL7Aeと優先的に結合し、mRNAから外れてしまうため、本mRNAからのたんぱく質発現が起こります(図3)。これらオフスイッチとオンスイッチは高精度であり、オンスイッチとオフスイッチの制御を同時に引き起こし、2つの異なるターゲット遺伝子の一方を抑制し、他方を活性化させることもできます(図4)。

本研究成果では、上記オン・オフスイッチに加えて、L7Aeを他のたんぱく質に融合させる技術を用いて、そのたんぱく質を発現する特定細胞でのみ標的となる遺伝子の発現を制御することにも成功しました。このたんぱく質融合の技術を用いれば、特定の細胞内でのみ生産されるさまざまなたんぱく質を引き金とする翻訳制御が可能と考えられます。

実験では、DsRed(赤く光る)を発現する細胞でのみGFP(緑に光る)の発現が抑制される系を用いて、本制御システムの検証を行いました(図4)。DsRedとL7Aeの遺伝子とが融合した遺伝子(DsRed−L7Ae)と、「キンクターンRNA」を導入したGFPのmRNAを用いると、DsRed−L7Aeたんぱく質が発現した時にのみ、標的遺伝子であるGFPの生産を抑制します。つまり、この実験では、細胞にDsRedが発現して赤く光る時は、GFPの発現(緑)が抑制されて、細胞は赤く光るように見え、DsRedが発現しない時はGFPが発現するため、緑に見えると予想されます。実験結果を見ると、確かにDsRed−L7Aeの生産レベルに依存して、GFPの発現が弱くなっていました(図5)。すなわち、赤いたんぱく質の生産レベルが、直接、かつ定量的に緑のたんぱく質の翻訳を抑制するシステムの構築に成功したことが分ります。

この人工翻訳制御システムは、感度が高く内在性のたんぱく質を検知することができるので、外部から大量にたんぱく質を導入した時のみならず、ゲノムに組み込まれた遺伝子を利用する場合でも同様に機能します(図2)。加えて、汎用性の高いシステムなので、キンクターンRNAを任意のたんぱく質のmRNAに挿入するだけで、任意のたんぱく質を検知し、目的遺伝子の発現を制御する仕組みが構築できます。種を超えて利用することのできるシステムであり、ヒト細胞だけでなく細菌の翻訳系でも同様に機能させることもできます。

<今後の展開>

このシステムは、特定の性質を持った細胞内で標的遺伝子の発現を制御することを可能とする技術です。L7Aeを融合したたんぱく質を検知して、さまざまな遺伝子の発現を制御することが可能なので、がん細胞におけるマーカーたんぱく質の発現に応じ、がんの診断を行うことや、がん細胞のみを自殺や増殖抑制に導く、新しいがん治療法やがん化制御法の基盤技術になる可能性を秘めています。また、たんぱく質の発現量を翻訳レベルで精密に調節することが可能なため、ES細胞やiPS細胞分化の制御技術に応用されることも期待できます(図6)。

一方、本システムは任意のたんぱく質の濃度に依存して、標的たんぱく質の発現をオン・オフ制御することから、「たんぱく質からたんぱく質への人工情報変換システム」と考えることもできます。今回の技術は、細胞内の情報ネットワークを自在に操る未来型の細胞機能制御テクノロジーの確立に役立ち、分野全体の研究活性化につながるものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 開発に成功した人工RNPスイッチの概念図

標的遺伝子近傍に挿入したRNP相互作用モチーフを利用して、標的遺伝子の発現を翻訳レベルで制御する。キンクターンRNAモチーフにL7Aeが結合すると、リボソームがmRNA上を移動することができず、リボソームによるたんぱく質合成が阻害される。

図2

図2 ヒト細胞内における特定のたんぱく質を利用した翻訳制御システムの概念図

RNP相互作用モチーフのヒト細胞への適用を示している。細胞内で発現した特定のたんぱく質を検知し、その有無に応じて標的遺伝子の発現を制御することができる。特定のたんぱく質が存在する時のみ、標的となる遺伝子の翻訳を特異的に抑制できる。

図3

図3 翻訳オンスイッチの仕組み

mRNAにキンクターンRNAであるboxC/D配列と結合する配列(アンチセンスboxC/D配列)を導入し、加えてboxC/D配列を有する人工のレギュレーターRNAを用いて、オンスイッチを構築する。L7Ae非存在下では標的mRNAに人工レギュレーターRNAが結合することで、リボソームとmRNAとの正常な相互作用を妨げ、標的たんぱく質の発現を抑制する(上図の左)が、L7Ae存在下では、L7Aeと標的RNAがRNP相互作用により優先的に相互作用するため、リボソームとmRNAとの正常な相互作用が回復する(上図の右)。L7Aeを加えることでたんぱく質の発現がオンになるため、オンスイッチと呼ぶ。

図4

図4 RNPオン・オフスイッチの無細胞たんぱく質合成系による機能評価

L7Aeが、2つの異なるターゲット遺伝子の一方を抑制し、他方を活性化させることができることを示した図。実験では、L7Aeたんぱく質の量に応じて、GFPたんぱく質(緑)の発現を活性化する一方で、DsRedたんぱく質(赤)の発現を抑制できるようにシステムを設計した。このように、たんぱく質発現のオン・オフを自在に制御することが可能である。

図5

図5 本成果にかかわる発現制御システムのヒト細胞内での実験データ〜カメレオン細胞の構築

図2のシステムにおいて、発現すると緑に光るGFPを標的遺伝子に、入力因子である特定のたんぱく質の例として、L7Aeと結合した赤い蛍光たんぱく質(DsRed−L7Ae)を用いている。DsRed−L7Aeの発現レベルが多い程(細胞が赤いほど)、GFPの発現が制御されていることが分かる。L7Aeの少ない時には、GFPが発現し細胞が緑に光るが、DsRed−L7Aeの発現レベルが上昇すると(図左から右)、GFPの発現が抑制される。すなわち、赤い蛍光たんぱく質の発現が、緑のたんぱく質の発現を翻訳レベルで直接抑制できる。このように細胞内の環境(たんぱく質の発現)に応じて、細胞がカメレオンのように色を変化できるシステムとなっている。

図6

図6 翻訳制御による細胞運命のコントロールの概念図

がん細胞が死滅するように翻訳制御システムを組み込むことで、例えば、がん細胞特異的な悪影響を防ぐことが可能と考えられる。具体的には、細胞ががん化した時に特異的に発現するたんぱく質を検知して、細胞死を引き起こす遺伝子の発現を引き起こすシステムを組み込むことで、がん化した時にだけその細胞が死滅するようにプログラムすることが可能である。また、たんぱく質の発現レベルを翻訳フィードバック制御により定量的に調節することで、特定細胞のみを分化促進する技術の開発などが期待できる。

<用語解説>

注1) RNAi(RNA干渉)
人工的に二本鎖RNAを導入することにより、任意の遺伝子の発現を抑制する手法であり、発見者であるアンドリュー・ファイアーとクレイグ・メローはRNAi発見の功績より2006年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。最近では、RNAiを医薬品に応用する研究が進んでいる。
注2) 細胞毒性
細胞に対して死を引き起こす、または機能障害や増殖阻害の影響を与える薬剤などの物質の性質を言う。
注3) 人工RNPスイッチ
RNA−たんぱく質複合体(RNP)を基盤とした人工遺伝子発現制御スイッチ。RNAとたんぱく質が相互作用することで、目的遺伝子の発現を制御することが可能となる。
注4) RNA−たんぱく質(RNP)相互作用モチーフ
RNA−たんぱく質の相互作用の基盤となる、保存された配列と構造を持つRNPの構成ユニットのこと。このRNP相互作用モチーフは、比較的単純でそれ自身独立、かつ安定な立体構造を形成できる場合が多い。
注5) キンクターンRNA
リボソームRNA中で発見された、天然RNAの構造形成に重要な役割を果たすRNAモチーフの1つ。たんぱく質が結合することで、RNAの構造変化(キンク)が誘導される。このRNPは、結合親和性と特異性が非常に高く、安定な複合体を保持することが、本研究グループのこれまでの研究で分かっていた。

<論文名>

“Synthetic Translational Regulation by an L7Ae-Kink-turn RNP Switch”
(L7AeキンクターンRNPスイッチによる翻訳制御)
doi: 10.1038/nchembio.273

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

齊藤 博英(サイトウ ヒロヒデ)
京都大学 大学院生命科学研究科 遺伝子動態学 助教
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ICORP)
「RNAシンセティックバイオロジープロジェクト」 グループリーダー
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町 
Tel:075-753-3997 Fax:075-753-3996
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<JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
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