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平成21年12月14日

理化学研究所
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科学技術振興機構(JST)
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植物ステロイドホルモンによる葉緑体制御の司令塔「BPG2」を発見

-ケミカルバイオロジー研究で、ブラシノステロイドのシグナリング機構を解明-

<本研究成果のポイント>

BPG2の破壊で、葉緑体中の多くの種類のタンパク質合成量が激減

BPG2が司令塔として働き、双葉の緑化や光合成タンパク質を調節

○ 葉緑体の機能増強で大気中CO2削減し、「低炭素社会」実現への貢献に期待

独立行政法人 理化学研究所(以下理研、野依 良治 理事長)と独立行政法人 科学技術振興機構(以下JST、北澤 宏一 理事長)は、植物が持つステロイドホルモン注1)の1種「ブラシノステロイド注2)」が葉緑体の活性化を調節する際に働く遺伝子「BPG2」を同定し、この遺伝子が葉緑体制御の司令塔役として機能することを発見しました。理研 基幹研究所(玉尾 皓平 所長)中野植物化学生物学研究ユニットの中野 雄司 ユニットリーダー(JST さきがけ研究者 兼務)、小松 知之 ジュニアリサーチアソシエート(東京農工大学 大学院連合農学研究科 博士課程、現・日本たばこ産業株式会社・葉たばこ研究所)、東京大学 大学院農学生命研究科の浅見 忠男 教授(理研 基幹研究所 客員主幹研究員 兼務)、理研 植物科学研究センターの松井 南 チームリーダー、東京農工大学 大学院共生科学技術研究院の川出 洋 講師らによる共同研究の成果です。

植物にはブラシノステロイドと呼ぶステロイドホルモンが存在します。その増加は、茎を長くしたり、葉を大きくするなど「体の形作り」を促進し、その減少は、光合成を行う重要な器官である葉緑体を活性化します。つまりブラシノステロイドは、体の形作りと光合成の調節という植物の成長に大変重要な役割を担っています。

研究グループは、このブラシノステロイドの生合成を阻害する薬剤「ブラシナゾール(Brz)注3)」を用いて、シロイヌナズナの葉緑体を過剰に発達させ、CO2(二酸化炭素)の吸収で重要な働きを担うタンパク質を、通常の150%の量に増加させることなどに成功しました。また、ブラシノステロイドが葉緑体の活性化を抑制する機構の解明のため、ケミカルバイオロジー注4)研究法を駆使し、シロイヌナズナの変異体種子8,000種の中から、Brz存在下(ブラシノステロイドの抑制下)でも双葉の緑色が薄い変異体を探索しました。その結果、1つの変異体bpg2を発見し、その原因遺伝子「BPG2」を同定することに成功しました。実際、このBPG2を破壊するだけで、葉緑体の中のリボゾームRNAに異常が生じ、その結果、多種類のタンパク質合成の激減や、葉緑体の内部構造や双葉の緑色が薄く見える異常が起きることを確認しました。ブラシノステロイドによる葉緑体活性化の調節機構で、このような「司令塔役」となる遺伝子を発見したのは世界で初めてのことです。

この研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の研究領域「代謝と機能制御」における研究課題「ブラシノステロイド情報伝達による発生と自然免疫制御の分子機構」(研究者:中野 雄司)、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」における研究課題「有用物質・遺伝子・形質の探索と応用を目指した植物ケミカルバイオロジー研究」(研究代表:国立大学法人 東京大学 大学院農学生命科学研究科 浅見 忠男 教授)の一環として得られ、英国の科学雑誌『The Plant Journal』オンライン版に近く掲載されます。

1.背景

ステロイドホルモンは幅広い生物種が持つホルモンで、ほ乳類における男性/女性ホルモンやコレステロールから、昆虫における脱皮ホルモンのエクダイソンなど、進化的に共通に保存されてきた生理活性化合物の1種です。ほ乳類のステロイドホルモンに関する研究は、女性の妊娠の維持や男性の筋肉増強など、主に「体の形作り」の調節について進められています。1980年代には植物にもこのステロイドホルモンが存在することが明らかにされ、ブラシノステロイドと呼ばれています。ブラシノステロイドの研究も、植物の茎の長さや葉の大きさの決定など、主に植物の「体の形作り」の調節について進められていました。

2002年には、理研の研究グループが、ブラシノステロイドの生合成を阻害する化合物「ブラシナゾール(Brz)」を人工合成することに成功し、Brzの濃度や添加する時期を操作することで、多くの植物のブラシノステロイド産生を自在に増減して、植物の形を大きくしたり小さくしたりすることに成功し、植物の形作りにかかわる遺伝子を発見しています。(Cell, Dev Cell、2002年4月19日 理研プレスリリース:http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2002/020419/index.html)。

また、研究グループは、Brzの持つ「体の形作り」への生理的機能の操作に加えて、通常は、暗い所で芽生えをした植物の双葉の中の葉緑体は未発達のままとどまっているのに対して、Brz処理によってブラシノステロイドのシグナルを抑制することで、暗い所でも葉緑体を発達させることに成功しました。さらに、通常の野生型植物は、暗い条件で発芽させるともやしのように徒長注5)しますが、Brz存在下の暗い条件で発芽させると、あたかも光が当たっているかのように太く短くしっかりとした成長形態「暗所光形態形成」を示すとともに、葉緑体内の光合成酵素タンパク質の発現や葉緑素(クロロフィル)注6)の生合成が活発になっているなど、葉緑体が活性化していることを観察していました(Planta, 2000)。

これらの成果から植物は、太陽光があたる昼間はブラシノステロイドのシグナルを抑制することで葉緑体を活性化して光合成を起こし、植物の体の材料であるでんぷんなどを製造する一方、夜はブラシノステロイドのシグナルを活性化して、でんぷんなどの材料を組み立てて体を形成する、というメカニズムで成長していると考えられています。しかし、ブラシノステロイドがどのような仕組みで葉緑体の活性化を調節しているのか、その具体的な仕組みは不明で、司令塔的な役割を果たす遺伝子もまったく分かっていませんでした。

2.研究手法と成果

研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、光を当てる環境でBrzを添加してブラシノステロイド含量を減らすと、Brzが無い場合に比べて葉緑素(クロロフィル)が130%、光合成酵素タンパク質が150%、光合成光受容タンパク質が130%、光合成光化学系タンパク質が130%に増えて葉緑体が活性化するとともに、肉眼で見ても双葉の緑色が濃く見えることを明らかにしました(図1左)。特に光合成酵素タンパク質の1つルビスコ(RuBisCo)は、光合成においてCO2を吸収・固定する第一段階の反応を触媒する酵素で、植物の緑葉にある可溶性タンパク質の15%を占め、地球上で最も多量に存在するといわれる重要なタンパク質です。

さらに、この葉緑体が活性化する機構を解明するため、研究グループは、理研が保有するシロイヌナズナの変異体ライブラリー8,000種の中から、Brz存在下で双葉の緑色が濃くなる条件でも、緑色が濃くならない突然変異体を探索しました。その結果、たった1つの変異体bpg2を見いだし、その原因遺伝子である「BPG2」を同定することに成功しました。(図1右)このことは、ブラシノステロイドが葉緑体の活性化を調節するシグナル伝達経路に、BPG2がかかわっていることを意味します。次に、このbpg2変異体の内部ではどのような現象が起きているのかを調べるため、葉緑体内のタンパク質合成に重要な働きをするリボゾームRNA(rRNA)注7)に着目し、野生型植物とbpg2変異体のrRNAの長さを電気泳動注8)で測定し比較しました。その結果、野生型の葉緑体にあるrRNAでは、成熟した適切に短い長さのrRNAが発現しているのに対し、bpg2変異体の葉緑体にあるrRNAでは、未成熟な異常に長いrRNAの状態でとどまっていることを明らかにすることができました(図2)。電気泳動の結果、葉緑体の中の多くの種類のタンパク質合成量が激減していることが明らかになるとともに、さらに、葉緑体の内部構造に異常が生じていることが電子顕微鏡による詳細な観察で分かりました(図3)。BPG2というたった1つの遺伝子に変異が起きると、多数の光合成酵素タンパク質、光合成光受容タンパク質、光合成光化学系タンパク質の合成に異常を引き起こしていることになります。つまり、ブラシノステロイドによる葉緑体の活性化の調節において、BPG2が「司令塔役」となっていることが分かりました。

これまで、ブラシノステロイドのシグナルを抑制することによって、光合成に関する遺伝子の発現が上昇する現象はすでに知られていましたが、これらの遺伝子は、シグナル伝達経路のいわば下流で働く実働担当役のような遺伝子たちでした。ブラシノステロイドの刺激に応答し、シグナル伝達経路の上流で機能しているBPG2という「司令塔役」の遺伝子の発見は世界で初めてです(図4)。これはまた、ブラシノステロイドを介した葉緑体活性化の調節機構の重要性を改めて示したことになるとも考えられます。

3.今後の期待

葉緑体は、光とCO2と水から、酸素と炭水化物を生産する光合成反応の場であり、生命の食物連鎖の基点となるだけでなく、地球大気の酸素/CO2調節の要となる重要な細胞内小器官です。近年、地球温暖化の進行は深刻な問題ですが、この温暖化進行の原因とされているのが大気中のCO2濃度の上昇です。「低炭素社会」の実現のために、CO2排出量の削減は、人類が取り組むべき重要な課題とされています。葉緑体を活性化させることができると、CO2削減の促進を促すことにつながります。BPG2遺伝子単独の働きで葉緑体を活性化できるかどうかは、現在の基礎的な分子レベルでの研究では未知数です。しかし、少なくとも生理学レベルでは、ブラシノステロイドのシグナルを調節して葉緑体を活性化することができることについてはかなり明瞭で、強い効果が期待できます。将来、このブラシノステロイドが直接作用する司令塔遺伝子BPG2を制御して葉緑体を活性化し、大気中のCO2の削減をもたらす効果を生み出すことが期待できます。

また、ケミカルバイオロジー研究の手法によって新たな遺伝子を発見したことは、この手法がさらなる新たな遺伝子の発見に寄与する可能性があることを示しています。今後もケミカルバイオロジーの研究手法を植物遺伝子の研究に適用することで、地球環境の改善に役立つ新しい遺伝子を見いだすことができると期待できます。

<参考図>

図1

図1 野生型と変異体bpg2におけるBrzの効果

野生型:Brzによって双葉の緑化が促進し、葉緑体の光合成タンパク質合成が活性化する。

bpg2変異体:BrzがあってもBPG2が破壊されているため、双葉の緑化も、葉緑体の光合成タンパク質合成も激減した状態になる。

図2

図2 葉緑体rRNAの遺伝子構造(図上部)と、野生型(WT)とbpg2変異体(bpg2-1bpg2-2)の葉緑体中rRNAの電気泳動パターン(図下部)

WTに比べbpg2変異体のrRNAの長さが長い状態で残っているものが多く見られる(図中赤矢印参照)。

図上部の葉緑体rRNAの遺伝子構造図中の赤、黄、青、水色、緑のラインで示す部分の電気泳動の結果が、図下部の各々の色の囲みに対応している。

図3

図3 野生型とbpg2変異体の表現型と電子顕微鏡写真

  1. 上:野生型に比べbpg2変異体の緑色が薄い。
  2. 下:bpg2変異体の葉緑体の内部構造に異常がある。
図4

図4 BPG2が司令塔役を担うブラシノステロイドのシグナリング機構

<補足説明>

注1) ステロイドホルモン
多細胞生物が種を越えて広く持っている生理活性化合物。ステロイド骨格と呼ばれる4員環骨格を持ち、ほ乳類においては筋肉などを作る男性ホルモンのテストステロン、妊娠の維持にかかわる女性ホルモンのプロゲステロン、昆虫において脱皮にかかわるエクダイソンが知られる。植物においてもステロイドホルモンは存在し、ブラシノステロイドと呼ぶ化合物が植物の成長や葉緑体の発達を制御していることが明らかになりつつある。このようにステロイドホルモンは、各生物種において、細胞伸長や細胞分裂など、生物種を越えた共通の生理活性を持つ一面と、ほ乳類における妊娠、昆虫における脱皮、植物における葉緑体など各生物種に固有の生理活性を持つ一面とが両立した化合物。
注2) ブラシノステロイド
1979年にアメリカ農務省の研究グループがアブラナの花粉から発見し、化学構造を決定した。アブラナの学名であるBrassica(ブラシカ)が名前の由来。6種類ある植物ホルモンの1つと定義されるが、ほかの植物ホルモンが植物に固有の化合物であり、また、葉緑体内で生合成される酵素反応の段階があるなど「植物に限定的」であるのに対して、ブラシノステロイドは生合成経路のすべてが細胞質で行われ、動物や昆虫にも類縁化合物が存在するなど「生物種間で普遍的」である点が特徴的である。植物に対しては、細胞伸長や細胞分裂の促進など細胞レベルの促進的作用や、子葉の開化、胚軸の伸長、維管束の分化、緑葉の上偏成長、葉柄の伸長、茎の伸長など器官レベルの制御作用、また、ストレス耐性の付与(耐冷、耐塩、耐乾燥)や植物病害抵抗性の促進(植物自然免疫の活性化)など、さまざまな生理作用を示す。
注3) ブラシナゾール(Brz)
植物体のブラシノステロイド生合成経路を阻害する化合物。1998年に理研植物機能研究室の浅見 忠男 博士(現:東京大学 大学院農学研究科)らが創製した。Brzを植物に処理することにより、生合成欠損変異体と同じような形・大きさを植物に与えることが可能である。従来の一般的な方法、つまり遺伝子を変異させてブラシノステロイド欠損状態にした植物を入手する方法では、成長の最初から最後まで、決まった量のブラシノステロイド欠損状態しか植物に与えることができない。しかし、このBrzを使用することにより、すべての植物のあらゆる成長時期や部位で、しかも量の多少を調節して、ブラシノステロイド欠損状態をもたらすことができる。この手法により、植物成長におけるブラシノステロイドの生理作用をより詳細に明らかにすることが可能となった。
注4) ケミカルバイオロジー
化学物質(ケミカル)の力により、生命の仕組み(バイオロジー)を明らかにすることを試みる研究手法。生物の形態やタンパク質の働きに対して生理活性を示す小分子化合物を人工的な有機合成により創製し、それを利用して標的タンパク質分子の同定やタンパク質の機能解明を目指す手法などをいう。有機合成化学を出発点とする点で、タンパク質の機能解明により生物自身が体内で合成する天然物の働きを明らかにすることを主に示す通常の「生化学的」手法とは区別して考えることが多い。
注5) 徒長
植物が暗い場所で発芽する場合、子葉(双葉)と根の間の器官である胚軸が、ひょろひょろと長く伸びる形態。「もやし」は大豆の徒長した胚軸を食する食品である。自然界においては、運悪く土の奥深くに埋まってしまった植物が、暗い土の奥底から陽の当たる地表面へ早く脱出しようと、子葉を閉じたままで土の中を伸びて行き、地表に出た所で子葉を開き次の本葉の展開につなげる、という生存戦略として使われている。
注6) 葉緑素(クロロフィル)
葉緑体に含まれる色素。光合成において最も重要なステップの1つである光の受容にかかわる。
注7) リボゾームRNA(rRNA)
タンパク質を合成する(翻訳する)装置であるリボゾームを構成するRNAの1種。
rRNAは長くつながったRNAとして転写された後、スプライシングというシステムによって短く整えられ「成熟」してリボゾームの中に存在し、tRNA(転写RNA)、mRNA(伝令RNA)と協調してタンパク質の合成に重要な働きをする。
「リボゾームの構造と機能に関する研究」を行った米エール大学のスタイツ教授ら3名には2009年のノーベル化学賞が授与されている。
注8) 電気泳動
アガロースゲル中に置いたRNAに電場をかけると、RNAがその長さに応じた速度でゲル中を移動する。この方法を活用したのが電気泳動で、簡単にRNAの分子量(大きさ)や分子数(多さ)を測定することができることから広く利用されている。DNAも、アガロースゲルに電気泳動する類似の実験法で測定出来る。タンパク質を測定する場合は、タンパク質をマイナス電荷の化合物でコーティングし、アクリルアミドゲル中に置いた上で電場をかける方法によって、タンパク質の分子量(大きさ)や分子数(多さ)を測定することができる。

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