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平成21年11月26日

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部
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遺伝子を上書きし逆巻きの巻貝を作成

(生物の左右性を決定する新たなメカニズムの解明)

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院総合文化研究科の黒田 玲子 教授らは、巻貝の発生初期段階に物理的操作をすることにより逆巻の貝を作ることに成功し、体の左右を決定するメカニズムを明らかにしました。

巻貝は通常、右巻もしくは左巻のどちらかを示しますが、発生初期の段階で、それぞれ右旋的・左旋的な細胞配置をとることは、すでに1世紀以上前に観察されていました。しかし、これが巻型の決定にどのように関わっているのかは不明でした。

黒田教授らは、左右両巻型が存在する巻貝の一種、ヨーロッパモノアラガイ(Lymnaea stagnalis)を用い、発生初期の第3卵割期(4細胞期から8細胞期に移る時)に、微小なガラス棒で細胞の分裂パターンを本来とは逆の方向、つまり、右巻胚を左巻胚様の、左巻胚を右巻胚様の細胞配置パターンに物理的に変化させました。これらの胚を培養したところ、それぞれから、殻の巻型、内臓の形態・配置が左右逆転した逆巻きの貝が生じました。また、これらの胚では、ヒトをはじめとする脊椎動物と共通する、発生後期の左右性決定に関わる遺伝子であるnodal, Pitxの発現部位も左右逆転していることを示しました。一方、第2卵割期(2細胞期から4細胞期に移る時)に同様の操作をしても、逆巻きにはなりませんでした。これらのことから、いまだ同定されていない巻型を決定する一個の遺伝子は、第3卵割期の細胞分裂パターンを制御することにより、8細胞期という発生の早い時期で左右の巻型を決定していると推論できます。物理的操作はその遺伝子の働きを上書きしたのです。

今回の成果は、左右性の決定が発生初期にあることや、nodalPitxといった脊椎動物と共通する分子が関わることから、巻貝のみならず、さまざまな生物種の左右決定にも重要な知見を与えることが期待されています。

本研究成果は、2009年11月25日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO-SORST)

研究課題名 「カイロモルフォロジー:物質界・生物界における分子から分子集合体の構築」
研究代表者 黒田 玲子(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
研究期間 平成16年10月〜平成22年3月

上記研究課題では、生物カイロモルフォロジー研究として巻貝の巻型決定因子の解明を、また分子カイロモルフォロジー研究として固体状態でのキラリティー(左右性)の認識、制御、転写、増幅などの新しい固体化学の展開、固体試料のキラリティー測定装置の開発を行っています。

<研究の背景と経緯>

巻貝は形態の非対称性が最も発達した種の1つで、内臓のみならず外部形態である殻も右巻もしくは左巻らせんを形成し、体の三軸(頭尾軸、背腹軸、左右軸)すべてにおいて非対称性を有しています。巻貝の巻型のキラリティー(左右性)については、1920年代に行われた交配実験により、母性効果注1)を示す一遺伝子によって制御されていることが示されていますが、いまだにこの巻型決定遺伝子の単離・同定はなされていません。発生初期のらせん卵割注2)期において、右巻の種の貝と左巻の種の貝とでは互いに鏡像対称的な割球配置をとることがすでに百年以上前に報告されており、発生のかなり早い段階で貝の巻型が決定されている可能性が以前から指摘されていました。そこで黒田教授らは、同種内に左右両巻型が存在する淡水産巻貝ヨーロッパモノアラガイを用いて初期卵割の観察を行った結果、この種においても、右巻貝は右旋性の、左巻貝は左旋性のらせん卵割を生じること、しかし、その卵割の仕方は完全な鏡像関係にはなく、優勢右巻貝のみが第3卵割期の中期に、割球のねじれた突出(SD=Spiral deformation)および紡錘体の傾き(SI=Spindle inclination)を示すという定説を覆す発見をしました(Current Biology, 14, 1462-1467, 2004, 雑誌の表紙の図に採用され、紹介記事Dispatch Articleが同じ号に掲載される)。さらに優性左巻種であるサカマキガイ(Physa acuta)においては、右巻ヨーロッパモノアラガイと鏡像対称のSDとSIを示すことも観察しました。このことは、巻貝初期胚の割球配置と殻の巻型との対応関係は種間でも種内でも認められたことを意味し、多くの淡水産巻貝の左右性が発生初期に制御されている可能性が極めて高いことが予想され、実験による解明が鍵を握ると考えられました。

<研究の内容>

黒田教授らは今回、巻貝の8細胞期における割球配置が巻型の制御に関わっている可能性を直接的に検証するため、その割球配置の物理的な逆転を試みました。具体的には、第3卵割期に、分裂中の4つの細胞それぞれを微小なガラス棒で押し、本来とは逆の方向に分裂させることで8細胞期の割球配置を変化させました。このようにして作られた、左巻タイプの割球配置をした右巻胚と右巻タイプの割球配置をした左巻胚は、続く第4卵割においても本来とは逆方向に分裂し、さらに発生を続けると遺伝子に決められたものとは逆の巻型を示す稚貝が得られることが確かめられました(図1)。これらの稚貝を成貝まで育てその内臓の形態・配置を調べたところ、いずれも左右性の逆転が認められました。

さらに、割球配置を逆転した胚の左右性の変化を分子レベルでも確認しました。多くの動物では、その左右性は発生過程において左右非対称に発現する遺伝子nodalとその下流因子Pitxなどによって制御されていることが知られています。近年、巻貝においてもこれらの遺伝子が左右非対称に発現していることが報告されたことから、黒田教授らは割球配置を逆転させた胚でこれらの遺伝子の発現パターンを調べました。その結果、逆転胚ではnodalPitx共に発現部位が左右逆転していることを確認しました。

さらに、黒田教授らは、戻し交配注3)を繰り返し行うことで、平均すると右巻きゲノムが0.8%、左巻きゲノムが99.2%というFコンジェニック系統注4)巻貝を作りました。この0.8%の中に巻型決定遺伝子を引き継いでいると右巻きの子供を産み、引き継いでいないと左巻きの子供を産みます。このような貝においても、右巻決定遺伝子を持っている貝が産む胚のみが上に記したSDおよびSIを示すことを確認するとともに、Fコンジェニック系統巻貝においても、右巻決定遺伝子を持っている胚は操作をしていないコントロールの巻貝と同じく、nodalPitx共に発現部位が正常であることを確認しました。

なお、発生のさらに早い段階である第2卵割期に同様の操作を行い、4細胞期の割球配向を逆転させてみましたが、左右どちらの胚もその後の卵割の旋性ひいては割球の配向に変化は生じませんでした。

これらのことから、巻貝の巻型は、8細胞期における細胞の相対的配置により、決定されていることがはじめて明らかになりました。

遺伝子に書かれた情報を物理的操作によって上書きされて逆巻になった貝は、正常で子供を産みますが、それは、遺伝子に書かれた巻型であることも確かめました。

<今後の展開>

8細胞期で決定する巻貝の左右性が、どのようにしてそのあとの左右非対称なnodalの発現につながるかについては、今後の大変面白い課題です。nodalシグナルによる身体の左右の決定は、わたしたちヒトを含めた脊椎動物など多くの生物種で保存された共通のメカニズムです。そのため、初期胚のキラルな割球配置が重要という今回の発見は、いまだ明らかにされていない動物の左右決定の最初のシグナル解明、ひいては生物の身体の構築メカニズムの解明に寄与すると期待されます。黒田教授らは巻型決定遺伝子の同定に取り組んでおり、今後も引き続き、その同定と生物の左右決定メカニズムの分子レベルでの解明を目指します。

<参考図>

図1

図1 第3卵割期に細胞配置パターンを物理的に操作し、逆巻の貝をつくる

<用語解説>

注1) 母性効果
子供の表現型が、子供自身の遺伝子型ではなく母親の遺伝子型によって決定される遺伝様式。卵内に蓄えられたたんぱく質や母親由来のmRNAの発現による効果。
注2) らせん卵割
卵割は動物発生の最初の段階で見られ、受精卵が分裂し割球と呼ばれるより小さな細胞を多数生じる。その分裂パターンは種によって異なり、巻貝はらせん卵割という様式で分裂を行う。これは細胞分裂面が卵の動植物軸に対して斜めに傾くために、分裂後に生じた割球がらせん様に配向することに起因する。
注3) 戻し交配
研究に用いた淡水産巻貝は雌雄同体であるが、相手がいると巻型が違っても精子を交換して交配することができる。連続戻し交配は次のように行った。左巻純系の個体をP(親)世代の母親、右巻純系の個体をP世代の父親として用いて巻型決定遺伝子をヘテロ接合型で持つF世代(右巻ゲノム50%、左巻ゲノム50%)を得る。これらの個体を父親として、左巻系統の個体と交配させF世代(右巻ゲノム25%、左巻ゲノム75%)を得る。このとき遺伝的組み換えにより巻型決定遺伝子を持つF個体(右巻の卵を産む)と持たないF個体(左巻の卵を産む)の2種類が生じる。このうち右巻きを産むF個体を父親に用いて、純系左巻系統の個体とさらに交配させることによりF世代(右巻ゲノム12.5%、左巻ゲノム87.5%)を得る。右巻由来のゲノムを1/2ずつ左巻ゲノムで置き換えていく、このような交配を繰り返すこと(連続戻し交配)により、F10コンジェニック系統巻貝(右巻ゲノム0.1%、左巻ゲノム99.9%)を作成することができる。本研究で用いたF世代では、右巻ゲノム0.8%、左巻ゲノム99.2%となる。
注4) コンジェニック系統
互いに染色体上のわずかな領域のみに差がある系統のこと。一般的に、ある遺伝子型の違いによる表現型への影響を調べる際に、調べたい遺伝子以外のすべての遺伝子が限りなく同一である2つの系統(すなわちコンジェニック系統)を用いて比較解析を行う。

<論文名および著者名>

“Chiral blastomere arrangement dictates zygotic left-right asymmetry pathway in snails”
(発生初期のキラルな割球配置が、巻貝の遺伝による左右形成過程を支配する)
黒田 玲子1,2,3、遠藤 文志郎、阿部 真典、清水 美穂

1:東京大学 大学院総合文化研究科、2:JST ERATO−SORST、3:東京大学 大学院理学系研究科

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

黒田 玲子(クロダ レイコ)
東京大学 大学院総合文化研究科 教授
〒153-8902 東京都目黒区駒場3−8−1
Tel/Fax:03-5454-6600
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
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