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平成21年11月17日

理化学研究所
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科学技術振興機構(JST)
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魚の胚発生における増殖と分化のパターンが生きたまま丸見え

-ゼブラフィッシュで機能する蛍光性細胞周期の可視化プローブzFucciの開発-

<本研究成果のポイント>

○ 個体レベルで、細胞周期進行の時空間パターンをリアルタイムで可視化

○ 多くの生物種に存在する細胞周期依存的ユビキチン修飾に着目

○ 魚の胚発生における増殖と分化との複雑な絡み合いの解明に貢献

独立行政法人 理化学研究所(以下理研、野依 良治 理事長)と独立行政法人 科学技術振興機構(以下JST、北澤 宏一 理事長)は、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構・生理学研究所(岡田 泰伸 所長)と共同で、広く生物種に共通する細胞周期注1)依存的タンパク質の分解機構を基に、魚類動物の細胞周期の進行を可視化する蛍光プローブ「zFucci」を開発し、胚発生の増殖と分化が違う色で浮かび上がる魚個体(ゼブラフィッシュ)の作製に成功しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川 進 センター長)の細胞機能探索技術開発チームの宮脇 敦史 チームリーダーとJST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「宮脇生命時空間情報プロジェクト」(研究総括 宮脇 敦史)の阪上(沢野) 朝子 研究員らを中心とする研究グループによる成果です。

研究グループは2008年に、ほ乳類細胞周期の蛍光プローブ「Fucci:Fluorescent, ubiquitination-based cell cycle indicator」を開発しました。Fucciは、2つのタンパク質(ヒトCdt1注2)とヒトGeminin注3))が、細胞周期に依存しながらユビキチン修飾注4)を受けて交互に分解していく現象を活用した蛍光プローブです。研究グループはこれまでに、Fucciを発現する形質転換マウスを作製し、このマウスの切片から、ある時点での細胞周期の空間情報を得ることを可能にしてきました。また、マウスから組織や細胞を採取し、人工的な環境下で培養しながら、細胞周期の進行をリアルタイムに追跡することにも成功しています。その一方で、生物の個体を丸ごと生かしながら、その中で起こる細胞周期の進行をリアルタイムに観察することが強く求められてきました。そこで、透明性が高く母体外で胚発生が進む魚類に注目し、実験動物モデルとして遺伝学的アプローチが適用できるゼブラフィッシュを選び、細胞周期の可視化に取り組みました。

具体的には、細胞周期依存的ユビキチン修飾が、ほ乳類動物細胞と非ほ乳類動物細胞とで微妙に異なる現象に着目し、ゼブラフィッシュCdt1とゼブラフィッシュGemininを用いて、魚類細胞で機能する蛍光性細胞周期プローブzFucciを開発しました。さらに、zFucciを全身に発現する形質転換ゼブラフィッシュを作製し、「Cecyil(Cell cycle illuminated; 細胞周期が丸見えの個体)」と名づけました。このCecyilを使って蛍光タイムラプスイメージング(経時的画像取得)を行ったところ、胚発生の形態形成過程で、細胞の増殖と分化が協調しながら進む様相を初めて解析することができました。特に、網膜と脊索の発生に関する詳細な観察を実現しました。

本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2009年11月16日の週(米国東部時間)に公開されます。

1.背景

一般的に真核生物細胞では、DNA複製の進行にかかわるタンパク質の「Cdt1」と「Geminin」が、細胞周期進行に伴って活性化されるユビキチンリガーゼ-プロテアソーム系注4)によって交互に分解されます。Gemininは、細胞周期のG1期に活性が高いユビキチンリガーゼのAPCCdh1によって分解され、G1期以外の細胞周期(S/G2/M期)で蓄積します。一方、Cdt1は、S/G2/M期に活性が高まるユビキチンリガーゼのSCFSkp2とCUL4Ddb1によって分解され、S/G2/M期以外の細胞周期(G1期)で蓄積します。ほ乳類における細胞周期の進行を可視化するために、研究チームは、ヒトGemininとヒトCdt1から、それぞれAPCCdh1結合部位およびSCFSkp2結合部位を取り出して、異なる色の蛍光タンパク質で標識化した蛍光プローブ「Fucci」を開発しました(2008年2月8日 理研プレス発表: http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2008/080208/index.html)。このFucciを全身に発現する形質転換マウスを作製したところ、体中の細胞の核が細胞周期に従ってオレンジ色(G1期)あるいは緑色(S/G2/M期)に染まることを確認しました。

2008年のFucciの発表後、この技術をマウス以外の実験動物にも応用することが求められてきました。特に、胚発生における細胞周期進行の時空間パターンを個体丸ごと解析するために、遺伝学アプローチが適用可能な魚や昆虫などの実験動物を使って、Fucciを発現する個体を作製することが期待されていました。このため、研究チームは、まずFucciを全身に発現する形質転換魚類動物(ゼブラフィッシュ)の作製を試みました。ところがゼブラフィッシュ細胞では、ヒトGemininのAPCCdh1結合部位はユビキチン修飾による適切な分解制御を受けるにもかかわらず、ヒトCdt1のSCFSkp2結合部位はユビキチンリガーゼで分解されないことが判明しました。これにより、細胞周期依存的ユビキチン修飾における酵素(ユビキチンリガーゼ)と基質(Cdt1)の組み合わせが、ヒトやマウスを含むほ乳類動物細胞とそれ以外の動物細胞とで異なることを認識することができました。

2.研究手法と成果

(1)zFucciの開発

研究グループは、まず、ゼブラフィッシュのCdt1遺伝子を単離しました。ヒトCdt1と比較したところ、ゼブラフィッシュCdt1は、SCFSkp2認識部位を欠いており、その代わりにN末部分にPIP box と呼ばれるCUL4Ddb1認識部位を持っていることが分かりました。研究グループは、このPIP boxを含むさまざまな断片にオレンジ色蛍光タンパク質mKO2注5)をつなぎ、G1期に特異的な蛍光を示すものを探しました。その結果、mKO2-zCdt1(1/190)がG1期プローブとして最も適していることを見いだしました(図1A)。同様に、Geminin遺伝子もゼブラフィッシュから単離し、さまざまな断片に緑色蛍光タンパク質mAG注5)をつなぎ、S/G2/M期のプローブとしてmAG-zGeminin(1/100)が最適であることを見いだしました(図1B)。mKO2-zCdt1(1/190)とmAG-zGeminin(1/100)の組み合わせをzFucciと命名しました。zFucciを発現する魚の細胞の核が、G1期にオレンジ色、S/G2/M期に緑色の蛍光を発することを確認しました(図1C、D)。

(2)zFucciを用いた実験例

開発したzFucciを用いて、全身に発現するゼブラフィッシュCecyil(Cell cycle illuminated)を作製しました(図2)。Cecyilは、胚発生における増殖と分化を、緑とオレンジの蛍光で色分けすることができます。共焦点レーザー走査顕微鏡注6)を用いて蛍光タイムラプスイメージングを行い、高い空間分解能を達成しながらさまざまな器官形成における細胞周期進行を観察しました。その結果、脊索の分化に伴って頭部から尾部へ伝播する2つの細胞周期遷移の波を検出することに初めて成功しました(図3)。すなわち、G1期にある脊索前駆細胞の配列において、頭部から尾部に向かってG1-S遷移が起こり、その後G2期にしばらくとどまった後、頭部から尾部に向かってM-G1遷移が起こり脊索の分化が完了していく様子を詳細にとらえることに成功しました。

3.今後の期待

zFucci(プローブ)は、細胞機能探索技術開発チームから、2009年11月16日以降提供します。詳細はホームページ(http://cfds.brain.riken.jp/Fucci.html)に掲載しています。また、形質転換ゼブラフィッシュCecyilは、文部科学省が実施するナショナルバイオリソースプロジェクトのゼブラフィッシュ(http://www.shigen.nig.ac.jp/zebra/index_en.html)から近く提供を開始します。

zFucciやCecyilを活用して、以下のような研究が可能となります。

  1. (1) 適当な遺伝子発現調節機構を用いて、zFucciを特定の時期、特定の細胞種に限定して発現するゼブラフィッシュ形質転換個体を作製することができます。
  2. (2) 特定分子の機能を壊したゼブラフィッシュ変異個体や、特定の分化マーカーを発現するゼブラフィッシュ形質転換個体が数多く存在します。こうしたゼブラフィッシュ個体とCecyilや(1)に述べたzFucci形質転換個体とを掛け合わせることにより、新知見を視野に入れた研究を計画できます。
  3. (3) Cecyilから特定の細胞群を取り出して、通常のゼブラフィッシュ個体のさまざまな部位に移植する研究が可能です。

以上のような研究計画により、魚の胚発生における増殖と分化との複雑な絡み合いを解きほぐすことができると期待されます。さらに、広く生物種に共通する細胞周期依存的タンパク質分解機構に着目することで、Fucci技術がマウスやゼブラフィッシュ以外の実験動物モデルに応用される可能性が広がります。

<補足説明>

注1) 細胞周期
細胞は分裂を繰り返して増殖するが、この細胞分裂のサイクルを細胞周期と呼ぶ。細胞周期は、分裂が起こるM(Mitosis)期と、DNAの複製が起こるS(Synthesis)期、それぞれの間をつなぐG1(Gap1)期、G2(Gap2)期からなり、サイクルはG1→S→G2→M→G1→・・・の順に進む。
注2) Cdt1(Cdc10 dependent transcript 1)
DNA複製のライセンス化制御因子。真核細胞のゲノムは複数の染色体から構成されており、複数の複製開始点が存在している。それら複数の開始点すべてから、1回の細胞周期で回のみ複製が起こるように厳密に制御しているシステムが“ライセンス化”である。Cdt1は、G1期において複製開始点に局在しており、複製のライセンス化に非常に重要な役割を担っている。G1期に発現量が高く、それ以外の時期にはユビキンチン-プロテアソーム系により分解されている。
注3) Geminin
DNA複製のライセンス化阻害因子。S期に突入し、一度複製が開始されたゲノムの複製開始地点に再びライセンス化因子が結合しないように機能することで、正常なDNA複製の監視役をしている。S期に発現量が増加し、複製と同時にCdt1と結合して、複製開始地点からCdt1を引きはがすことで機能阻害をすると考えられている。M期からG1期にかけては、ユビキンチン-プロテアソーム系により分解されるため、Cdt1によるライセンス化が可能になる。
注4) ユビキチン修飾、ユビキチンリガーゼ-プロテアソーム系
ユビキチンは、タンパク質を分解に導く目印として作用し、プロテアソームはユビキチンで修飾されたタンパク質を選択的に破壊する細胞内装置である。タンパク質のユビキチン修飾には、各々のタンパク質を特異的に認識するユビキチン化酵素(ユビキチンリガーゼ)が働いており、細胞周期特異的に機能するものも多い。今回の研究では、G1期に特異的に働くユビキチン化酵素であるAPC/Ccdh1によりGemininの分解を導き、逆にS/G2/M期に特異的に働くユビキチン化酵素であるCUL4Ddb1によりCdt1の分解を促している。
注5) mKO2、mAG
mKO2(monomeric Kusabira-Orange 2)は、ヒラタクサビライシ(Fungia concinna)よりクローニングされた蛍光タンパク質で、オレンジ色の蛍光を発する。励起極大が548nm、蛍光極大が559nm。mAG(monomeric Azami-Green)は、アザミサンゴ(Galaxeidae coral)より単離された蛍光タンパク質で、緑色の蛍光を発する。励起極大が492nm、蛍光極大が505nm。共焦点レーザー走査顕微鏡(注6参照)に装着されている個体の長時間イメージングを視野にいれた固体レーザー473により、効率よく励起し、観察が可能となる。
注6) 共焦点レーザー走査顕微鏡
レーザー走査により、光学的スライス画像を取得する。高解像度での撮像が可能であり、厚みのある試料において威力を発揮する。3次元情報を再構築することでサンプル本来の姿を知ることができる。それらの画像をつなぎ合わせて動画を作成すると、生きた個体におけるさまざまな動態を“観る”ことができる。

<参考図>

図1

図1 zFucciの開発と性能評価

  1. A:(上)ヒトCdt(hCdt1)のSCFSkp2結合部位にオレンジ色蛍光タンパク質mKO2を連結したFucciプローブ。(下)ゼブラフィッシュCdt1(zCdt1)のCUL4Ddb1結合部位とオレンジ色蛍光タンパク質mKO2との融合タンパク質。mKO2-zCdt1(1/190)が選択された。
  2. B:(上)ヒトGeminin(hGeminin)のAPCCdh1結合部位に緑色蛍光タンパク質mAGを連結したFucciプローブ。(下)ゼブラフィッシュGeminin(zGeminin)のAPCCdh1結合部位と緑色蛍光タンパク質mAGとの融合タンパク質。mAG-zGeminin(1/100)が選択された。
  3. CとD:zFucci(mKO2-zCdt1(1/190))とmAG-zGeminin(1/100))を発現する魚の細胞の細胞周期プローブとしての性能を、蛍光タイムラプスイメージング(C)とDNA複製染色(D)によって評価。
図2

図2 zFucci形質転換ゼブラフィッシュCecyil(Cell cycle illuminated)

zFucci形質転換ゼブラフィッシュCecyil(Cell cycle illuminated)の体節形成期を蛍光タイムラプスイメージング。左上の灰色で囲った領域空間(3次元)を経時的に観察。成長とともに、緑色のシグナル(細胞増殖を示す)が減りオレンジ色のシグナル(細胞分化を示す)が増える。観察の後期においても、細胞増殖の盛んな器官(網膜や脳)に緑色のシグナルが検出される。

図3

図3 zFucci形質転換ゼブラフィッシュにおける脊索の共焦点レーザー走査顕微鏡イメージング画像

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

宮脇 敦史(ミヤワキ アツシ)
独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発研究チーム チームリーダー
Fax:048-467-5924

納富 さより(ノウドミ サヨリ)
独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター 脳科学研究推進部 企画課
Tel:048-467-9757 Fax:048-462-4914

<JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
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<報道担当>

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