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平成21年10月16日

大阪大学免疫学フロンティア研究センター
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糖鎖の新たな働きを発見

(膜タンパク質の細胞内輸送を調節・難病解明にも期待)

JST目的基礎研究事業の一環として、大阪大学免疫学フロンティアセンターおよび同校微生物病研究所の木下 タロウ 教授らは、生命維持に重要な役割を果たす一群の膜タンパク質の輸送が糖脂質注1)である「GPIアンカー」注2)によって調節されていることを発見しました。

細胞の表面にはGPIアンカーで表面膜につなぎ止められている一群のタンパク質があり、GPIアンカー型タンパク質注3)と呼ばれています。ヒトにはおよそ150種類のGPIアンカー型タンパク質が存在し、発生・免疫・神経形成などに必須の役割を担っています。これまで、GPIアンカー型タンパク質が合成されてから、細胞表面へ運ばれる間にGPIアンカーの糖鎖注1)部分の構造が変化することが推定されていましたが、その実体と意義については不明でした。

本研究グループは、GPIアンカー型タンパク質の輸送が遅くなる異常細胞を見つけ、異常を起こす原因の遺伝子を発見しました。原因遺伝子PGAP5はGPIアンカーの糖鎖部分の構造を変化させる酵素の遺伝子であることが分かりました。さらに、PGAP5による糖鎖部分の変化は、GPIアンカー型タンパク質の小胞体注4)からの効率的な輸送に必須の役割を果たしていることも明らかとなりました。

今回の成果は、タンパク質の合成後に修飾された糖鎖の構造が膜タンパク質の輸送を調節しているという点で新しい発見であり、小胞輸送注5)における積み荷選別機構に新たな知見を提示するものです。さらに、GPIアンカー型タンパク質が欠損すると、難治性の貧血、静脈血栓などを起こすことが知られており、今回の発見は類似の疾患の解明につながることが期待されます。

本研究は、大阪大学微生物病研究所の藤田 盛久 特任助教と前田 裕輔 准教授、東京大学 大学院医学系研究科の田口 良 教授と羅 紋眞 研究員、理化学研究所 基幹研究所の山口 芳樹 チームリーダーと共同で行われました。

本研究成果は、2009年10月16日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Cell」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」
(研究総括:谷口 直之 大阪大学産業科学研究所 教授/理化学研究所基幹研究所
ケミカルバイオロジー研究領域 システム糖鎖生物学研究グループ グループデイレクター)
研究課題名 「糖鎖の動態-機能相関への統合的アプローチ」
研究代表者 木下 タロウ(大阪大学免疫学フロンティア研究センター 糖鎖免疫学 教授/大阪大学
微生物病研究所 免疫不全疾患研究分野 教授)
研究期間 平成16年10月~平成22年3月

JSTはこの領域で、糖たんぱく質、糖脂質、プロテオグリカンといった生体分子群の有する糖鎖の新たな生物機能を解明し、その利用技術を探索するための研究に取り組んでいます。上記研究課題では、糖鎖の構造変化、局在変化、存在様態を合わせた「糖鎖の動態」と「糖鎖の機能」の相関の理解し、生体機能や疾患の制御法開発への展開を目指しています。

<研究の背景と経緯>

細胞の表面には、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれる糖脂質によって細胞膜につなぎ止められた一群のタンパク質(GPIアンカー型タンパク質)が存在します(図1)。GPIアンカーによるタンパク質の修飾は真核生物で広く保存された翻訳後修飾注6)の1つで、ヒトなどの哺乳動物では、発生・免疫反応・神経形成などに重要な役割を担っています(図2)。GPIアンカーの欠損は難治性の血液疾患である発作性夜間血色素尿症(PNH:Paroxysmal nocturnal hemoglobinuria)や遺伝性GPI欠損症と呼ばれる難治性の貧血、静脈血栓を引き起こすことが知られています。また、過剰なGPIアンカー型タンパク質の合成は、がん化を引き起こすことも示唆されています。これらのことから、GPIアンカー型タンパク質の合成や制御を理解することは、こうした疾患の発症機構の解明や治療方法の開発、診断に極めて重要であると考えられます。

GPIアンカーの生物学的な重要性は、修飾したタンパク質に特徴的な性質を付与することです。たとえば、GPIアンカー型タンパク質は脂質ラフト注7)と呼ばれる特殊な膜ドメイン濃縮されることが知られています。また、上皮細胞などの極性を持った細胞ではGPIアンカー型タンパク質は頂端部に運ばれます。これらの性質はタンパク質の局在や活性制御に重要であり、細胞の恒常性を維持していると考えられます。

GPIアンカーは小胞体で合成され、タンパク質へ修飾されます。できあがったGPIアンカー型タンパク質はその後、小胞体から、ゴルジ体を経て細胞膜へと運ばれます。最近になって、GPIアンカーがタンパク質に修飾された後、GPIアンカーの糖鎖や脂質の構造が変化することが分かってきました(図3)。こうした構造変化を受けた完成型のGPIアンカーが、タンパク質の局在や輸送を制御していると推測されていました。

<研究の内容>

本研究グループは今回、哺乳動物細胞株から、GPIアンカー型タンパク質の輸送が遅延する異常細胞株を見つけました。この異常細胞株では、GPIアンカー型タンパク質の小胞体からゴルジ体への輸送が特異的に遅くなり、GPIアンカー型タンパク質が小胞体内に蓄積していることが分かりました(図4)。異常細胞株の原因遺伝子を同定したところ、機能未知の遺伝子を取得し、PGAP5(Post-GPI Attachment to Protein 5)と名付けました。PGAP5はGPIアンカーの糖鎖構造を改変する活性、すなわちGPIアンカーの2つ目のマンノースに付加されたエタノールアミンリン酸を除去する役割を果たしていました(図5)。

PGAP5によるGPIアンカー部分の改変はGPIアンカー型タンパク質の小胞体からの効率的な輸送に必須の役割を果たしており、GPIアンカーの糖鎖部分の構造が小胞体からの輸送シグナルとして働いていることが明らかになりました(図6)。

今回の成果は、真核生物で広く保存された翻訳後修飾であるGPIアンカー付加の生理的意義をはじめて明らかにする重要な発見となりました。また、糖鎖の構造が一群の膜タンパク質の輸送を調節しているという点で、小胞輸送における積み荷選別機構に新たな知見を提示するものです。

<今後の展開>

先に述べたように、GPIアンカーが欠損するとPNHや遺伝性GPI欠損症を引き起こすことから、今回の発見によって類似する疾患の原因解明につながることが期待されます。また、PGAP5の機能を阻害することで、GPIアンカー型タンパク質の過剰な活性化を防ぎ、がん化の抑制や治療法の開発につながる可能性があります。今後は同定した遺伝子PGAP5を欠損させたモデルマウスを解析することで、個体におけるGPIアンカーの糖鎖構造の重要性を明らかにしたいと考えています。

<参考図>

図1

図1 GPIアンカー型タンパク質とは

  1. (右図) 細胞を外界から隔離している膜である細胞膜は、環境の変化や外界からの刺激を感知し、その情報を細胞内へと伝えています。これらの情報をキャッチするキー・プレイヤーとして働いているのが、細胞膜上に存在する様々なタンパク質です。これらのタンパク質の中にはGPI(グリコシルホスファチジルイノシトール)と呼ばれる糖脂質によって膜上に局在する一群のタンパク質(GPIアンカー型タンパク質)が存在しています。
  2. (左図) GPIによるタンパク質への修飾は、酵母のような単細胞生物から、植物、ヒトを含む哺乳動物まで広く保存された翻訳後修飾です。GPIは糖鎖部分と脂質部分から成り立っています。
図2

図2 ヒトのGPIアンカー型タンパク質

ヒトの細胞膜上には、受容体や細胞接着因子、補体制御因子、酵素などおよそ150種類の様々なタンパク質がGPIアンカー型として存在しており、胚発生、免疫反応、神経形成に必須の役割を果たしています。

図3

図3 GPIアンカーのタンパク質に付加された後の構造変化

GPIアンカーは小胞体で合成されて、タンパク質へと付加されます(翻訳後修飾)。しかし、小胞体でのGPIアンカーの構造と細胞表面に運ばれたGPIアンカー型タンパク質の構造では、糖鎖部分・脂質部分に違いが見られます。このうち脂質部分についてはタンパク質に付加された後、構造が変化することが明らかとなっています。糖鎖部分については、小胞体では2つ目のマンノースにエタノールアミンリン酸が付加されているのに対して、細胞表面に到達したGPIアンカーの構造にはほとんど見られません。このことから糖鎖部分についても構造の変化があるのではと推定されていましたが、その実体と意義については明らかではありませんでした。

図4

図4 GPIアンカー型タンパク質の輸送遅延を示す異常細胞株の解析

  1. (左図) 哺乳動物細胞株より、GPIアンカー型タンパク質の輸送が遅延する異常細胞株を見出し、解析を行いました。異常細胞株では、小胞体からゴルジ体へのGPIアンカー型タンパク質の輸送が特異的に遅いことが分かりました。
  2. (右図) 正常細胞または異常細胞に蛍光タンパク質を融合したGPIアンカー型タンパク質を発現させて、局在を観察しました。正常細胞ではGPIアンカー型タンパク質のほとんどが細胞表面(図では細胞の周囲)に観察されたのに対して、異常細胞では加えて、小胞体にGPIアンカー型タンパク質が蓄積していることが分かりました。
図5

図5 PGAP5の役割

質量分析装置による異常細胞のGPIアンカーの構造解析および精製したPGAP5での酵素活性測定により、変異株の原因遺伝子PGAP5は、GPIアンカーの糖鎖部分の構造を改変する活性を有していることが分かりました。具体的にはGPIアンカーの2つ目のマンノースに付加されているエタノールアミンリン酸を除去する活性があることが明らかとなりました。

図6

図6 GPIアンカーの糖鎖構造がタンパク質の輸送を調節する

PGAP5によるGPIアンカー糖鎖の改変(リモデリング)がGPIアンカー型タンパク質の小胞体からゴルジ体への効率的な輸送に必要であることが分かりました。これによって生じたGPIアンカー糖鎖構造がタンパク質の小胞体からの輸送シグナルとして機能していることが明らかとなりました。

<用語解説>

注1) 糖鎖、糖脂質
糖鎖はブドウ糖やガラクトース、マンノースなどの単糖が鎖のようにつながったもの。糖脂質は、「糖鎖」がセラミドやリン脂質といった「脂質」に結合したもの。糖鎖は、DNA、タンパク質に次ぐ「第三の生命鎖」とも呼ばれ、細胞間のコミュニケーションやウィルスの感染、がんの転移などに深く関わっている。
注2) GPIアンカー
グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカーの略で、細胞膜にタンパク質を結合させる糖脂質性のアンカー(錨=いかり)のこと。GPIはマンノース、グルコサミンなどの糖やエタノールアミンリン酸から成る「糖鎖部分」とイノシトールリン脂質から成る「脂質部分」から構成されている。
注3) GPIアンカー型タンパク質
GPIを結合し、これをアンカー(錨=いかり)として膜につなぎ止められている一群のタンパク質のこと。GPIアンカーによる修飾は、酵母や原虫のような単細胞生物から昆虫、植物、脊椎動物まで真核生物で広く保存された翻訳後修飾の1つ。
注4) 小胞体
核膜の周りを中心に存在し、細胞の膜系の半分以上を占める細胞内小器官である。小胞体は脂質の合成、糖鎖の合成や、タンパク質の合成、糖鎖の付加、折りたたみが行われている。合成されたタンパク質や脂質は小胞体から他の細胞小器官へと輸送される。
注5) 小胞輸送
小胞体、ゴルジ体、ライソゾームなどの細胞内小器官が相互に小さな膜(輸送小胞)を介して、特定のタンパク質を目的の細胞内小器官に輸送する機構のこと。
注6) 翻訳後修飾
タンパク質が合成された後(翻訳後)に、タンパク質へ付加される様々な修飾のこと。リン酸化、メチル化、脂質修飾、糖鎖付加などが知られている。これらの修飾によって、タンパク質の活性化、安定化、局在が調節されている。
注7) 脂質ラフト(lipid rafts)
細胞膜には、ラフト(筏=いかだ)と呼ばれる糖脂質やコレステロールで構成された微小領域(マイクロドメイン)があり、シグナル伝達やタンパク質の選別輸送に中心的な役割を担っている。ラフトは10~200nm(ナノメートル)のいくつかの性質の異なるマイクロドメインから構成されている。

<論文名および著者名>

“GPI-glycan remodeling by PGAP5 regulates transport of GPI-anchored proteins from the ER to the Golgi”
(GPIアンカー型タンパク質の小胞体-ゴルジ間輸送はPGAP5による糖鎖リモデリングによって制御される)
藤田 盛久、前田 裕輔、羅 紋眞、山口 芳樹、田口 良、木下 タロウ
doi: 10.1016/j.cell.2009.08.040

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

木下 タロウ(キノシタ タロウ)
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 糖鎖免疫学 教授/大阪大学微生物病研究所 免疫不全疾患研究分野 教授
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<JSTの事業に関すること>

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