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平成21年10月8日

慶應義塾大学 医学部
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科学技術振興機構(JST)
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転写因子traffic jam遺伝子が産生する2種類の機能分子による
生殖幹細胞形成維持因子Piwiの機能制御機構の発見

慶應義塾大学 医学部 分子生物学教室の塩見 春彦 教授、塩見 美喜子 准教授らは、生殖幹細胞の形成維持に必須な因子Piwi注1)の機能が、traffic jam遺伝子注2)から産生される2種類の機能分子―タンパク質と小分子RNA―によって巧妙に制御されていることを明らかにしました。piwi遺伝子の制御は生殖幹細胞維持、すなわち種の保存に必須です。本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「生命システムの動作原理と基盤技術」研究領域(研究総括:中西 重忠)における研究課題「RNAサイレンシングが司る遺伝子情報制御」(研究代表者:塩見 美喜子)の一環として行われました。

この研究成果は、2009年10月7日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版において発表されます。

<1.研究の成果>

2009年10月、慶應義塾大学 医学部 分子生物学教室の塩見 春彦 教授、塩見 美喜子 准教授らは、ショウジョウバエをモデル生物として用い、生殖幹細胞形成維持因子Piwiが、大Maf転写因子traffic jamから作られる2種類の機能分子―TJタンパク質注3)PIWI-interacting RNA(piRNA)注4)―によって機能制御を受けていることを明らかにしました。traffic jam遺伝子が産生するTJタンパク質は転写因子としてpiwi遺伝子の発現を正に制御します。また、TJタンパク質と共に細胞内で発現するtraffic jam転写産物由来の小分子RNAであるpiRNAは、Piwiタンパク質と複合体を形成し、細胞間接着因子fasciclin Ⅲ注5)などの遺伝子発現を負に調節します。この分子機構の喪失は、生殖巣内の生殖細胞と体細胞の空間的分配に異常を来たし、ひいては生殖巣の発生分化の進行を妨げ、最終的には生殖能力不全(不稔)を引き起こすことが判明しました。また、本研究において塩見研究グループはpiRNA生合成機構注6)にも焦点をあて、zucchini遺伝子注7)が重要な役割を果たしていることも実験的に証明しました。

<2.意義や背景>

先行研究において塩見研究グループは、生殖幹細胞形成維持因子PiwiとpiRNAからなる複合体が転移性DNA因子であるトランスポゾン注8)などを負に制御することを明らかにしました。piwi遺伝子の機能が失われると生殖幹細胞維持形成が異常になり、その個体は不稔となります。また、独立した解析からtraffic jam遺伝子も生殖細胞発生分化に必須な因子であることが分かっていました。しかし、これら遺伝子の相互関係は不明のままでした。本後続研究において塩見研究グループはpiwitraffic jam遺伝子の相互関係を分子レベルで明確にしたのみならず、1つの遺伝子(traffic jam)が同時に2種類の分子を産生しうること、また、それら両分子がPiwi機能の制御機構において個別の作用点で働くという「複合制御経路」を成していることを明らかにしました。さらに本研究では、traffic jam遺伝子と同様にpiwi遺伝子を欠いても生殖巣内の生殖細胞‐体細胞の空間的分配が異常になることを明確にしました。精子や卵の形成には生殖巣で体細胞が生殖細胞(生殖幹細胞とその娘細胞)を取り巻く位置に配向することが不可欠です。この意味においても本研究の新規性、重要性は充分高いと言えます。

<3.今後の展望>

Piwi機能喪失は生殖巣の発達障害、ひいては不稔性を引き起こします。これはショウジョウバエに特異な現象ではなく、マウスpiwi相同遺伝子(miwi)やゼブラフィッシュpiwiziwi)の機能欠損はそれぞれの個体において同様の結果を導くことが分かっています。これらの研究成果を踏まえると、ある特定のヒト不妊性疾患にpiwi相同遺伝子(hiwi)の機能喪失が関わっているのではないかと推測されます。よって今後もショウジョウバエなどのモデル生物を上手く利用し、piwi遺伝子機能、およびその発現制御機構を分子レベルで理解することは、不妊治療等にもつながる可能性を充分秘めており、今後の研究に大きな期待が持たれます。

<参考図>

図:生殖巣(体細胞)

<用語説明>

注1) Piwi
生殖巣で発現するRNA結合タンパク質の1つ。piRNAと結合することによってトランスポゾンなどの発現を抑える機能を持つ。Piwiの機能欠損は生殖能不全を引き起こす。
注2) traffic jam遺伝子
哺乳類大Maf転写因子のショウジョウバエ相同体。本研究によりtraffic jam遺伝子は2種類の機能分子(TJタンパク質とpiRNA)を産生することが分かった。
注3) TJタンパク質
traffic jam遺伝子がコードするタンパク質。
注4) PIWI-interacting RNA(piRNA)
Piwiタンパク質相同体および類以体に結合する小分子RNA。トランスポゾンやtraffic jam転写産物を由来とする。
注5) 細胞間接着因子fasciclin Ⅲ
細胞と細胞の間で接着に働く因子の1つ。
注6) piRNA生合成機構
piRNAを作り出す分子機構。小さなRNAを作る分子機構は未解明な部分が多く、世界的に注目されている研究対象である。
注7) zucchini遺伝子
piRNAの形成に必須な遺伝子の1つ。しかし、具体的な役割は不明である。
注8) トランスポゾン
転移性DNA因子。いくつかの疾患の原因となる一方で、生物進化の促進に寄与したと考えられる。

<お問い合わせ先>

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塩見 美喜子(シオミ ミキコ)
慶應義塾大学 医学部 分子生物学教室 准教授
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<JSTの事業に関すること>

廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
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