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平成21年10月6日

大阪大学免疫学フロンティア研究センター
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細胞内小器官の新たな働きを発見

−ペルオキシソームがタンパク質の糖脂質による修飾に必要−

JST目的基礎研究事業の一環として、大阪大学免疫学フロンティア研究センターおよび同校微生物病研究所の木下 タロウ 教授らは、ペルオキシソーム注1)という細胞内小器官がタンパク質の修飾構造の1つであるグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー注2)の生合成に働いていることを突き止めました。

GPIアンカーは別の細胞内小器官である小胞体注3)で、脂質のホスファチジルイノシトールに糖鎖が結合して生合成される糖脂質の一種で、タンパク質の修飾に用いられています。これまでに、GPIアンカーの生合成ステップの初期と後期で脂質部分の構造が異なること、すなわち生合成の過程で脂質部分の構造変化が起きていることが明らかになっていましたが、その機構は不明でした。

本研究グループは、ペルオキシソームの酵素を欠損した細胞株を用いてGPIアンカーの解析を行いました。その結果、これらの細胞ではGPIアンカーの構造変化が起こっていないことが分かり、小胞体でのGPIアンカーの生合成には、ペルオキシソームの働きも必要であることが明らかになりました。

ペルオキシソームの異常で、ペルオキシソーム病と総称される難病を発症します。今回の成果から、ペルオキシソームの異常がGPIアンカー型タンパク質の機能に影響することが予想され、ペルオキシソーム病の病態の理解や治療に役立つ可能性があります。

本研究成果は、東京大学 大学院医学系研究科の田口 良 教授との共同研究によって得られたもので、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2009年10月5日の週(米国東部時間)に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」
(研究総括:谷口 直之 大阪大学産業科学研究所 教授/理化学研究所基礎研究所ケミカルバイオロジー研究領域 システム糖鎖生物学研究グループ グループディレクター)
研究課題名 「糖鎖の動態−機能相関への統合的アプローチ」
研究代表者 木下 タロウ(大阪大学免疫学フロンティア研究センター 糖鎖免疫学 教授/大阪大学微生物病研究所 免疫不全疾患研究分野 教授)
共同研究者 田口 良(東京大学 大学院医学系研究科 教授)
研究期間 平成16年10月〜平成22年3月

JSTではこの領域で、糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンと言った生体分子群の有する糖鎖の新たな生物機能を解明し、その利用技術を探索するための研究に取り組んでいます。上記研究課題では、糖鎖の構造変化、局在変化、存在様態を合わせた「糖鎖の動態」と「糖鎖の機能」の相関の理解し、生体機能や疾患の制御法開発への展開を目指しています。

<研究の背景と経緯>

GPIアンカーは細胞内小器官である小胞体で脂質のホスファチジルイノシトール(PI)から生合成される糖脂質の一種であり、様々なタンパク質に結合して修飾し、GPIアンカー型タンパク質ができます(図1)。GPIアンカー型タンパク質は細胞膜のラフトと呼ばれるマイクロドメインに濃縮されており、生体防御や細胞間の情報伝達など様々な重要な役割を果たしています。GPIアンカーの脂質部分の構造(図2)は、生合成の初期の段階ではジアシル型ですが、第3ステップ後に大部分がアルキルアシル型に構造変化することが明らかになっています(参考文献1)。

これまでにGPIアンカーの脂質部分の構造の重要性については以下の様に報告されています。小胞体で生合成されるGPIアンカーの脂質部分は不飽和脂肪酸を持っていますが、小胞体からさらに別の細胞内小器官であるゴルジ体に運ばれ、不飽和脂肪酸に飽和脂肪酸が入れ替わります。この構造変化によって、GPIアンカー型タンパク質がラフトに集積されます(参考文献2)。また別の事例として、正常細胞ではGPIアンカーのイノシトール部分に結合した脂肪酸は除去されますが、この反応に異常があるマウスでは多くの胎児に顔面形成異常が認められ、生き残ったマウスでも雄マウスは、ほぼ不妊であることが報告されています(参考文献3)。これらの結果が示すように、生体内では脂質部分の構造が、GPIアンカーの機能に重要な役割を果たしています。これらの結果から類推して、GPIアンカー部分がアルキルアシル型の脂質であることが、GPIアンカー型タンパク質の機能に重要である可能性が考えられます。

これまでの研究で、GPIアンカーのジアシル型からアルキルアシル型への構造変化の機構は明らかにされていませんでした。GPIアンカーのアルキル構造の由来を解明することは、GPIアンカーの生理学的意義を解明する上でも重要でした。

<研究の内容>

細胞内小器官であるペルオキシソームは、長鎖脂肪酸、アミノ酸、プリンなどを酸化して代謝するとともに、脳や神経に多く存在するアルキルリン脂質を生合成します。GPIアンカーに含まれるアルキル構造が、ペルオキシソーム由来のアルキルリン脂質を使うのか、未知のアルキル生合成経路があるのかを確かめるために、本研究グループは、ペルオキシソームのアルキルリン脂質生合成経路の第1ステップ目のジヒドロキシアセトンリン酸アシルトランスフェラーゼを欠損する細胞、第2ステップ目のアルキルジヒドロキシアセトンリン酸合成酵素を欠損する細胞を用いて研究を行いました。アルキルの生合成が正常な野生株では、GPIアンカーにアルキルの存在を示すシグナルが得られましたが、上記のアルキル欠損細胞株では、GPIアンカーにアルキルの存在が確認できませんでした。さらに、原因となる遺伝子をアルキル欠損細胞株に発現させることにより、アルキルの存在を示すシグナルが得られました。以上の結果より、アルキル欠損細胞株でジアシル型のGPIアンカーしか生合成できなくなったことから、アルキルアシル型GPIの生合成には、ペルオキシソームのアルキルリン脂質の生合成経路が必須であることが明らかになりました(図3)。

さらに、アルキル欠損細胞株を用いてGPIアンカー型タンパク質であるCD59のGPIアンカー部分を質量分析法で分析しました(図4)。野生株では90%以上がアルキル型、アルキル欠損細胞株では、ほぼ総てがジアシル型GPIアンカーでした。この結果からも、ペルオキシソームのアルキル生合成経路がアルキルアシル型GPIアンカーの生合成に必須であることが分かりました。以上の結果より、小胞体でのアルキルアシル型GPIアンカーの生合成には、ペルオキシソームのアルキルリン脂質の生合成経路が必須であり、それぞれの細胞内小器官が関与していることが明らかになりました(図5)。

これまでにGPIアンカーの生合成系における初期の段階の中間体を質量分析で解析すると、ジアシル型からアルキルアシル型の中間体が増加することが明らかにされていました。本研究グループは今回、アルキル欠損細胞株を用いて、GPIアンカーの脂質部分が元々のアシル鎖から別の構造を持つアシル鎖に構造が変化するかを確かめたところ、アルキル欠損細胞株においても脂質部分の構造変化が見られました。

<今後の展開>

今回の研究成果によって、GPIアンカーの生合成経路に、これまで知られていなかったGPIアンカーの脂質部分の構造をアシルからアルキルに変える新たな反応ステップが存在することを明らかにしました。今後は、どの様なメカニズムでこの構造変化が起こるのか、その仕組みを解明することが重要な課題になります。さらに、アルキルアシル型GPIが欠損したときの細胞への影響を解析していきます。

<参考図>

図1

図1 GPIアンカー型タンパク質の構造

GPIアンカーはホスファチジルイノシトール(PI)にグルコサミン(GlcN)、マンノース(M)、エタノールアミンリン酸(PEtN)が結合した糖脂質の一種で、多くのタンパク質がGPIアンカーを介して細胞膜に結合している。

図2

図2 GPI生合成の中間体における脂質部分の構造

GPIアンカーの脂質部分はアルキルとアシルがあり、GPIアンカーの構造にはsn1-アルキル-sn2-アシル型GPI(左)と、sn1-アシル-sn2-アシルGPI(右)の2種類が存在する。哺乳動物の細胞膜に発現する多くのGPIアンカー型タンパク質はアルキルアシル型であることが知られている。

図3

図3 アルキルアシル型GPIアンカーの検出

GPIアンカーのアルキルの有無を検討するために放射性同位体を用いてGPIアンカーを標識し、アシルがアルカリに対して感受性を示すという性質を用いてアルキルとアシルの判別を行った。アシルはアルカリによる処理で消失するが、アルキルはアルカリに対して耐性を示す。(A)はペルオキシソームのアルキルリン脂質生合成経路における第1ステップ目の酵素、(B)は第2ステップ目の酵素をそれぞれ欠損する細胞株について行った実験の薄層クロマトグラフィーである。アルカリ処理後、[5]レーンのアルキル欠損細胞株ではアルキル型のGPIアンカーが確認できなかったが、原因となる遺伝子をアルキル欠損細胞株に発現させた[6]レーンではアルキル型GPIアンカーの存在を示すシグナルが得られた。

[1]:野生株 CHO-K1 [4]:野生株 CHO-K1
[2]:アルキル欠損細胞株 [5]:アルキル欠損細胞株
[3]:原因遺伝子を発現させたアルキル欠損細胞株 [6]:原因遺伝子を発現させたアルキル欠損細胞株
[1]-[3]:未処理のサンプル [4]-[6]:アルカリ処理を行ったサンプル
図4

図4 野生株とアルキル欠損細胞株における質量分析結果の違い

野生株とアルキル欠損細胞株に発現させたGPIアンカー型タンパク質であるCD59のPI部分を質量分析した結果。野生株とアルキル欠損細胞株では、質量分析で得られたピークに大きな違いが見られた。

図5

図5 GPIアンカー型タンパク質の生合成の概略図:3つの細胞内小器官が必要

ペルオキシソームで生合成されたアルキルリン脂質が小胞体に輸送され、アルキルアシル型GPIアンカーの生合成に利用される。また生合成されたタンパク質は小胞体でGPIアンカーが付加され、ゴルジ体に輸送される。ゴルジ体でGPIアンカーの脂質部分のリモデリングが行われた後、GPIアンカー型タンパク質は細胞膜に輸送される。

<用語解説>

注1) ペルオキシソーム
ペルオキシソームは真核生物の細胞に見られる細胞内小器官の1つです。ペルオキシソームの働きには脂肪酸の酸化やアミノ酸の代謝など様々なものがあり、活発な代謝を行っています。
注2) GPIアンカー
タンパク質の翻訳後修飾のタイプの1つに、GPIアンカーという糖脂質の一種による修飾があります。GPIアンカーは糖脂質の一種で、多くのタンパク質がGPIアンカーを介して細胞膜に結合しています(図1)。これらGPIでアンカーされたタンパク質には、酵素、接着因子、補体制御因子、受容体などがあり、ウイルスや毒素の受容体、また生体防御や細胞の情報伝達に重要な役割を果たしているものがあります。GPIアンカーは広く真核生物に保存されており、その生合成は高等動物の発生に必須であるばかりでなく、真菌や原虫の増殖にも必須です。GPIのグリセロール骨格と脂肪鎖には、アシル鎖とアルキル鎖があり、sn1-アシル-sn2-アシルのジアシル型GPIと、sn1-アルキル-sn2-アシルのアルキルアシル型GPIがあります(図2)。多くのGPIアンカー型タンパク質のGPIの脂肪鎖部分は、アルキルアシル型であることが知られています。
注3) 小胞体
小胞体は真核生物の細胞内小器官の1つで、生合成されたタンパク質の折りたたみや糖鎖の修飾を行っています。また、生合成されたタンパク質の輸送の役割も担っています。

<掲載論文名>

"Peroxisome dependency of alkyl-containing GPI-anchor biosynthesis in the endoplasmic reticulum"
(小胞体でのアルキル型GPIアンカーの生合成はペルオキシソームに依存する)
doi: 10.1073/pnas.0904762106

<参考文献>

参考文献1:
Houjou et al. (2007) Changes in molecular species profiles of glycosylphosphatidylinositol anchor precursors in early stages of biosynthesis. J Lipid Res 48(7): 1599-1606.

参考文献2:
Maeda et al. (2007) Fatty acid remodeling of GPI-anchored proteins is required for their raft association. Mol Biol Cell 18(4): 1497-506.

参考文献3:
Ueda et al. PGAP1 knock-out mice show otocephaly and male infertility. (2007) J Biol Chem 282(42): 30373-80.

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

木下 タロウ(キノシタ タロウ)
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 糖鎖免疫学 教授/大阪大学微生物病研究所 免疫不全疾患研究分野 教授
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