JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成21年10月1日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

東京大学
Tel:03-5841-1790(工学部 広報室)

化学反応時の分子の構造変化をスナップショット観察

結晶内空間で達成:新反応開発に役立つ画期的成果

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の藤田 誠 教授らは、結晶性化合物の結晶内に空間を作り、その空間を化学反応の場として用いることにより、結晶の特性を活かして、出発物質が生成物に至るまでの「スナップショット」を精密に観測することに成功しました。

結晶性化合物は「単結晶構造解析」注1)という手法で、その構造を原子レベルで精密に解析することができます。しかし、この手法は対象の化合物が結晶配列(周期的な精密配列)していることが重要であるため、適用範囲はあくまで安定で結晶化しやすい化合物の静止した構造の観察に限られてきました。結晶の中で分子が大きく動いて変化する化学反応の過程を単結晶構造解析で観測することは研究者の長年の夢でしたが、「反応が起こると結晶配列が乱れ観測不能になる」という致命的なジレンマのため、特殊な例外を除いて化学反応の単結晶構造解析は不可能と考えられてきました。

本研究グループは今回、周期構造(結晶性)を持つ無数の微細な空孔が開いた物質(細孔性物質)の細孔に反応剤を注ぐことで、結晶の周期構造を維持したまま化学反応を進行させ、原料から非常に不安定な反応中間体注2)を経て、最終生成物に至るまでの各反応ステップを単結晶構造解析で直接観察することに成功しました。具体的には、最も基本的な有機反応の1つであるアミンとアルデヒドが、低温下でゆっくり反応中間体から最終生成物へと変化する様子を「スナップショット」を撮るように観測することができました。

この手法を機構が未解明の化学反応に適用することは、複雑な化学反応の機構解明につながる可能性があります。今後、この手法を用いて未知の反応中間体などを観測することによって、新反応の開拓、新薬の創成、分子レベルでのマテリアル設計など、多分野の発展に貢献するものと期待されます。

本研究成果は、2009年9月30日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「ナノ界面技術の基盤構築」
(研究総括:新海 征治 崇城大学 教授/九州大学 名誉教授)
研究課題名 自己組織化有限ナノ界面の化学
研究代表者 藤田 誠(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間 平成19年10月〜平成24年3月

JSTはこの領域で、異種材料・異種物質状態間の接合界面を扱う研究分野の融合によってナノ界面機能に関する横断的な知識を獲得するとともに、これを基盤として界面ナノ構造を自在に制御し、飛躍的な高機能化を可能にする革新的なナノ界面技術を創出することを目的としています。

上記研究課題では、独自技術をもって自己組織化構築される中空構造体の表面および内面で「有限系の界面化学」を展開し、新機能の創出や界面現象の解明を達成することを目標としています。

<研究の背景と経緯>

合成化学は、私たちの生活に必要なさまざまな物質・材料を創り出す上で欠かすことのできない工業の分野です。合成反応とはある化学物質を別の物質へと変化させることですが、その変化の過程では、安定な最終的にできる物質(生成物)以外にも、さまざまな化合物が生成しては反応し最終生成物に向かって化学変化を繰り返します。このような反応途中の生成物は反応中間体と呼ばれます。出発物質から、各反応中間体、最終生成物と進んで行く反応の各過程を「スナップショット」のように順番に捉えることができれば、その反応の原理・機構が分かり、他の反応への応用、ひいては新たな物質・材料の開発へとつながります。しかし、そのような反応中間体の多くは不安定なため、分離・精製はおろか、限られた手段で存在を証明するのだけでも非常に難しいものでした。一方、単結晶構造解析は、化合物の構造情報を得る際の最も強力な手法ですが、単結晶を得るためには、化合物の単離・精製・結晶化という過程を経る必要があるため、多くの不安定な反応中間体の同定には不向きであると考えられており、これまでは安定な最終生成物の同定にのみ用いられてきました。

藤田教授らはこれまで、細孔性物質の結晶の内部に反応物(試薬)を導入すると、周期性を持った固体(結晶)状態を保ったまま、溶液中のように反応が進行することを報告してきました。ここから、反応中間体が不安定で単離・結晶化ができないのであれば、この原理を利用して最初から結晶状態の化合物の内部に反応試薬を導入し、結晶状態を維持したまま反応を行うことで、反応中間体の結晶構造までもが得られると考えました。

<研究の内容>

本研究グループは今回、結晶性を持った細孔性物質の空間である「細孔」に反応剤を注ぐことで結晶の周期構造を維持したまま化学反応を進行させ、原料から反応中間体を経て最終生成物に至るまでの各反応ステップを単結晶構造解析によって直接観察することに成功しました。具体的には、最も基本的な有機反応の1つであるアミンとアルデヒドの脱水縮合反応を低温下の細孔性物質の内部で行うことによって、原料から通常は非常に不安定な反応中間体であるヘミアミナール注3)を経て、最終生成物のシッフ塩基注4)と呼ばれるC=N 2重結合を持った化合物へと変化して行く様子を単結晶構造解析で直接観察すること、つまり単結晶構造解析という手段を用いて反応の各段階の「スナップショット」を撮影することに成功しました。結晶性の細孔性化合物を用いて、その内部で反応を行うと、細孔内で化学反応が起こっても結晶の周期構造は維持されるため、終始を結晶構造解析で観察することが可能です。今回の「スナップショット」は、それぞれ他の分光学的な手法(赤外分光法)や計算化学の結果とも完全に一致したことから、この手法は非常に信頼性が高い手法であると言えます。

また、この手法では結晶性の細孔性化合物内部で反応を行うので、細孔内で化学反応が起こっても結晶の周期構造は維持されるため、終始結晶構造解析で観察することが可能です。そのため、通常は合成→単離→結晶化の過程で消失してしまうような不安定な分子も、生成した瞬間から結晶として扱えるため、通常は不可能と思われてきた単結晶構造解析による観察が可能になりました。

この手法は、細孔性化合物を混ぜる組み合わせを変えるだけで、同様に他の反応を観察することにも応用できます。

<今後の展開>

  1. 1今回、開発した手法を他の反応に応用することを目指します。特に、これまで途中の経路について詳しく分かっていない反応などに応用することで、その機構を明らかにします。反応の機構の解明は、その反応の改良や、新たな反応の開発につながります。
  2. 2通常の状態では爆発性や毒性があって危険な反応を、この手法を用いることで安全に扱います。化学の世界では、反応性が高く有用な化合物ほど私たちにとって毒性や爆発性が高く扱いが非常に困難であることがよくあります。この手法では結晶内で扱う化合物の量が極小量であることから、より安全に取り扱うことが可能であり、危険を冒すことなく、反応に関するさまざまな知見を得ることができます。
  3. 3細孔という空間で反応を行うことで、通常とは異なる、反応の制御や選択性が現れることが期待されます。多くの反応や高分子の重合では、単一かつ望む生成物だけを得ることは困難です。今回の手法は、そういった部分にも応用できると考えられます。

<参考図>

図1

図1 細孔性物質の分子レベルの構造
(ピンクと白は炭素原子、青は窒素原子、灰色は亜鉛原子、紫はヨウ素原子に対応している)

紙面垂直方向に向かって、無数の穴(細孔)が開いている。右上白枠内は実際の細孔性物質の結晶の写真。表面には目に見えない微細な穴が開いている。

図2

図2 反応の進行に伴う、分子の変化の様子

それぞれの分子は温度因子の図で示してあり、単結晶構造解析による正確な分子の像である。

<用語解説>

注1) 単結晶構造解析
結晶(化合物が規則正しく並んでできた固体)にX線(今回は波長1オングストローム弱の光)を照射し、得られた反射から、結晶内に含まれる化合物の正確な像を得る手法。
注2) 反応中間体
反応の途中で生成する、極めて短寿命の不安定な化合物。
注3) ヘミアミナール
アミン(アミノ基(-NH2:Nは窒素原子、Hは水素原子)を含む化合物)とアルデヒド(カルボニル基(C=O:Cは炭素原子、Oは酸素原子)を含む化合物)を混ぜ合わせると、ほんのわずかの間だけ生成する化合物の総称で、カルビノールアミンとも呼ばれる。非常に不安定で、水分子が脱離し、すぐにシッフ塩基と呼ばれる化合物へと変化してしまう。
どの教科書にも記載されている程の有名な化学種でありながら、反応性が非常に高いためにその構造を観測できた例がほとんどなかった。
注4) シッフ塩基
R1R2C=NR’(R,R’は炭化水素基)で示される化合物。アルデヒドまたはケトン(カルボニル基が2個の炭化水素基と結合しているカルボニル化合物)と、第一級アミンの縮合によって合成される。途中、中間体としてヘミアミナールを経るが、溶媒などの分子と接触することですぐに脱水してシッフ塩基へ変化してしまう。細孔内で反応を行って他分子との接触を断ったことが、今回の成功につながったと考えられる。
図

<論文名>

“X-ray observation of a transient hemiaminal trapped in a porous network”
(細孔性ネットワーク錯体内でのX線による不安定なヘミアミナールの観察)
doi: 10.1038/nature08326

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

藤田 誠(フジタ マコト)
東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
Tel:03-5841-7259 Fax:03-5841-7257
E-mail:
http://fujitalab.t.u-tokyo.ac.jp/

<JSTの事業に関すること>

廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報ポータル部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

東京大学 工学部 広報室
内田 麻理香(ウチダ マリカ)
〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
Tel:03-5841-1790 Fax:03-5841-0529
E-mail: