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平成21年9月23日

京都大学
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科学技術振興機構(JST)
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フッ素磁気共鳴信号をオフ・オンスイッチングすることのできる新原理を発見

(特定たんぱく質のMRI画像診断技術革新への第一歩)

 JST目的基礎研究事業の一環として、京都大学の浜地 格 教授らは、特定のたんぱく質に応答してフッ素磁気共鳴信号をオフからオンへと完全にスイッチングできる全く新しい原理を世界で初めて発見しました。
 従来、磁気共鳴画像診断(MRI)注1)では、体内の水分子の磁気共鳴信号を増感剤によって増幅して観察するため、血管や組織などの形態の異常は検出できても、特定たんぱく質の異常など詳細で微妙な体内情報を感度よく検出できず、また、生体内に大量に存在する水の信号がバックグラウンドノイズとなることも高精度診断を妨げていました。より高感度で、特定のたんぱく質や酵素の局在や量、機能などを選択的に画像化する技術が次世代機能性MRIとして望まれています。次世代技術の中でも、特にフッ素原子を対象としたMRIは、高い感度と低いバックグラウンドのために期待されていますが、適切なシグナルオフ・オンのスイッチング原理がなかったため、進展が遅れていました。
 本研究グループは今回、分子構造の一部にフッ素原子を導入した自己組織性分子を設計し、これを用いてナノメートルサイズの自己組織化ナノクラスター(ナノ集合体)を構築し、フッ素原子の磁気共鳴信号の変化を観測しました。その結果、設計した分子のみではナノクラスターを形成してフッ素原子の信号が全く検出されない(オフ)のに対し、標的たんぱく質が結合した場合は、ナノクラスター構造が崩壊することで信号が強く検出される(オン)ことを見いだしました。
 このようなナノメートルサイズの集合体の形成と崩壊に伴うフッ素MRI信号のオフ・オンスイッチングは全く新しい原理であり、創薬開発や異常たんぱく質の検出による病気の診断などを実現するための次世代フッ素MRIの開発を加速するものと期待されます。
 本研究成果は、2009年9月23日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Chemistry」のオンライン速報版で公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」
(研究総括:入江 正浩 立教大学 理学部 教授)
研究課題名 動的応答特性を有するナノ構造体の構築と精密バイオ機能化
研究代表者 浜地 格(京都大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間 平成20年10月〜平成26年3月
 JSTはこの領域で、自己組織化に代表される従来のボトムアッププロセスに、分子レベルでの精緻な機能を利用して自己構造化や自己修復などの新たな手法を取り込んで一段の高度化を図ることによって新規高機能ナノ構造体の創出を目指しています。上記研究課題では、細胞の内部に侵入しその状態を精密にセンシングしたり、その働きを制御することができる動的なナノ構造体の創製を目標に研究を展開しています。

<研究の背景と経緯>

 たんぱく質や酵素は生命維持をはじめ、あらゆる生命現象を支える主役の1つであり、それらの異常は直接病気につながることが多いことが知られています。従って、たんぱく質や酵素の状態変化や異常を正確に検出・分析することは、病気の診断や予防にもつながると考えられています。最近では、その働きを理解し、異常を(場所や程度を含めて)正確に検出するために、それらを尿や血液から試験管の中に取り出して検査するだけでなく、実際にたんぱく質や酵素が存在し、機能を発揮している体の内部で、直接見て診断することが望まれるようになってきています。
 MRIは、生体内を直接画像化して診断できる技術として広く一般の病院でも普及している技術です。しかし、これまでのMRIでは、体内の水分子(水素原子)の磁気共鳴信号を造影剤によって画像化しているため、血管や組織などの形態の異常は検出できても、特定のたんぱく質などの詳細な異常を感度よく検出することはできませんでした。また、生体内に大量に含まれる水の信号がバックグラウンドノイズとなることも感度の良い診断を妨げていました。このような中、フッ素原子を対象としたMRIは、フッ素原子が高い感度を有すること、また生体内にフッ素原子がほとんど存在しないためにバックグラウンド信号が無いことなどから、高感度の次世代MRI技術として期待されてきています。ところが、フッ素原子を用いたMRIでは、特定のたんぱく質に応答して強い信号を出すようなスイッチングの方法論が、これまでほとんどありませんでした。

<研究の内容>

 本研究グループは、次世代技術として注目を集めているフッ素MRIを用いた、たんぱく質や酵素を高感度に検出することのできる、全く新しい化学的原理を世界で初めて発見しました。さらにこの原理に基づく機能性プローブによって、細胞内に存在するたんぱく質をMRIによって可視化することにも成功しました。
 具体的には、以下に述べるような分子設計に基づいて両親媒性注2)の機能性プローブを化学合成しました。このプローブ分子は、たんぱく質に認識される部分(リガンド)と、MRIでの検出に必要なフッ素原子の部分(フッ素分子)で構成されています。ここで、「フッ素分子」は一般的に疎水的(水になじみにくい)性質を持ち、「リガンド」が親水的(水になじみやすい)な化学分子の場合には、作製されたプローブ分子は水に溶かすと両親媒性物質となるために、自己組織化してナノメートルサイズのクラスターを形成します。この自己組織化ナノクラスターは、それのみでは非常に大きな分子集合体であり、その場合フッ素原子由来のMRIシグナルが全く観測されません(オフ)。しかし、たんぱく質によってプローブ分子が認識されると集合体が崩壊し、MRIシグナルが強く観測されます(オン)。この新原理でのフッ素MRIシグナルのオフ・オンスイッチングによって、標的たんぱく質の存在を高感度に検出・可視化することを可能にしました(図1)。
  このたんぱく質検出の原理をより詳しく解析するために、プローブ分子が形成するナノクラスターを原子間力顕微鏡(AFM)注3)などで観察した結果、大きさが数百ナノメートルの均一なナノクラスターであることが明らかになりました(図2)。また、標的となるたんぱく質や酵素に応じてリガンド部分を変えれば、それに対応するたんぱく質を検出することができる一般性に優れた検出原理であることも確かめました(図3)。さらに、この原理は試験管の中での実験だけでなく、さまざまなたんぱく質が存在する細胞内でも適用可能なことから、赤血球細胞に存在する炭酸脱水酵素の可視化MRIイメージングにも成功しました。

<今後の展開>

 この原理の一般性のさらなる証明を行います。また、より実用的な展開としては、本原理に基づいた、フッ素原子を含むナノクラスターの高機能化を計画しています。具体的には、今のところ細胞内での比較的量の多いたんぱく質に関して成功しているMRI画像化を、より少量で、かつ、がん細胞など特定の病気に関与したたんぱく質を標的としたものへと展開する予定です。そのためには、オフオン原理の拡張、ナノクラスターのサイズ制御、標的化戦略の導入などが必要となると予想されます。さらにまた、フッ素原子MRI装置の発展も重要であり、これは京都大学 大学院工学研究科の松田 哲也 教授、白川 昌宏 教授とともに進める予定です。それらの知見の集積が、マウスやヒトなどの生体内での(種々のたんぱく質や酵素の存在や異常を高感度に画像診断できる)機能性フッ素MRIへつながると期待されます。

<参考図>

図1

図1 今回開発した機能性プローブによるたんぱく質検出のオフ・オンスイッチング機構の全体像


図2

図2 今回開発した機能性プローブの分子設計指針と実際の化学構造式、およびプローブ分子が形成する自己組織化ナノクラスターの原子間力顕微鏡(AFM)画像


図3

図3 機能性プローブが細胞内に侵入し、細胞内でナノクラスターが崩壊することで標的たんぱく質を検出する、より詳細な模式図

<用語解説>

注1)磁気共鳴画像診断(Magnetic Resonance Imaging; MRI)
 核磁気共鳴(NMR)現象を利用した生体内情報の画像化法のこと。通常のMRIとは水素原子(1H)のMRIのことであり、水分子の磁気的環境の違いを観察することで体内組織の異常を診断するなど、医療の分野で広く一般的に用いられる。

注2)両親媒性
 1つの分子内に水になじむ「親水基」と、油になじむ「疎水基(親油基)」を持つ性質。両親媒性の物質には界面活性剤、リン脂質などの生体内分子や両親媒性高分子などがある。これらの分子は水中では疎水基を隠す様にして凝集するため、自己組織化する。

注3)原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope; AFM)
 走査型プローブ顕微鏡の一種で、試料と探針の原子間に働く力を検出して画像を得る。原子間力はあらゆる物質の間に働くため容易に試料を観察することができ、生体試料などを自然に近い状態で測定できる。

<論文名>

“Self-assembling nano-probes displaying off/on 19F NMR signals for protein detection and imaging”
(フッ素磁気共鳴信号のオフ・オンスイッチングによってたんぱく質選択的な検出とイメージングを可能にする自己組織化ナノクラスター)
doi: 10.1038/nchem.365

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
浜地 格(ハマチ イタル)
京都大学 大学院工学研究科 合成生物化学専攻 教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2754 Fax:075-383-2759
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<JSTの事業に関すること>
河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
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