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平成21年9月1日

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生きた細胞内のATP濃度をリアルタイムに可視化する技術を開発

(細胞のエネルギー状態を可視化することに成功)

 JST目的基礎研究事業の一環として、JSTの今村 博臣 研究者は、大阪大学産業科学研究所の野地 博行 教授と共同で、生きている細胞中のアデノシン三リン酸(ATP)注1)濃度を計測するための蛍光性たんぱく質プローブの作成に成功しました。
 ATPは、全ての生物に共通する「細胞のエネルギー通貨」と呼ばれる化合物です。私たちが食べた食物のエネルギーは、いったんATPを合成するために消費されます。そして、ATPに蓄えられたエネルギーは、たんぱく質合成・神経細胞の活動・筋肉の収縮などエネルギーを必要とする反応のために消費されます。このように、細胞はエネルギーをATPというかたちでやりとしていることから「細胞のエネルギー通貨」と呼ばれています。
 今村研究者らは、ATPを特異的に結合するたんぱく質注2)の両末端に水色および黄色蛍光たんぱく質をつなげることで、ATP濃度に応じて蛍光色が変化するたんぱく質「ATeam」注3)を作成しました。そして、ATeamの遺伝子を細胞に導入することで、ATeamたんぱく質が細胞内で合成され、その蛍光色から生きた細胞のATP濃度をリアルタイムで観察することに成功しました。この観察の結果、細胞内部のATP濃度は均一ではなく、たとえばミトコンドリアは細胞質と比べてATP濃度が低く保たれていることを新たに発見しました。また、ATeamを改造することで、いろいろなATP濃度での計測に適した改変型ATeamを作成することにも成功しました。
 これにより、生きた細胞1個1個のATP濃度を知ることが可能となり、ATPの新しい役割が解明されると期待されます。
 本研究成果は、文部科学省 ポストシリコン物質・デバイス創製基盤技術アライアンスプロジェクトの北海道大学電子科学研究所の永井 健治 教授らとの共同研究によって得られたもので、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2009年8月31日の週(米国東部時間)に公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 「代謝と機能制御」
(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名 蛍光ATPプローブを用いたATP代謝の解析
研 究 者 今村 博臣(JST さきがけ研究者)
研究実施場所 大阪大学産業科学研究所 高次細胞機能研究分野
研究期間 平成19年10月〜平成23年3月
 JSTはこの領域で、細胞内の代謝産物を解析し、効率的な細胞機能の制御を可能とする基盤的な技術に関して、個人の独創的な発想に基づく革新的な技術の芽の創出を目指しています。
 上記の研究課題では、蛍光によって細胞内のATP濃度をモニターする手法を確立して、ATPの細胞内での振る舞いを調べ、さらにATPの合成・分解が制御される機構を明らかにすることを目指しています。

<研究の背景と経緯>

 生物が秩序だった複雑な構造を維持し、増殖し、生き続けていくためには常にエネルギーが必要です。ただし、生物は外部から獲得したエネルギー物質の持つエネルギーをそのままのかたちで使うことはできません。物質の持つエネルギーの大部分は、細胞の内部で一度ATPというかたちで蓄えられてから用いられます。ATPの持つエネルギーを利用することで、生物は通常進行しないような化学反応をいともたやすく達成しています。
 ATPは80年前にカール・ローマン博士によって筋肉の抽出物中から発見された化学物質で、その後盛んに研究されてきました。現在では、ATPは細胞のエネルギー通貨として、筋収縮などはもとより、細胞運動、細胞内輸送、膜を介した物質輸送、生体高分子の合成、代謝反応など、多種多様な場面で用いられていることが明らかになっています。細胞内ATP濃度は代謝反応速度や細胞の運動に直接影響を与えており、ATPの空間・時間分布そして制御機構を理解することは細胞の活動を考える上でも重要です。しかし実際は、細胞内ATPの時間的・空間的な分布・変動についての基本的な知見はほとんど分かっていません。それは、従来細胞中のATPを分析する際には、細胞を壊して組織抽出液中に含まれるATPを測定するため、個々の細胞の持つ情報が失われてしまっているからです。例えば、細胞集団の一部のみにATP濃度変化が存在する場合や、個々の細胞内ATPが独立に変動する場合、それを検出することはほとんど不可能です。同様に、ATPが細胞内部に一様に分布しているのか、それとも異なる分布を示すのかも分かっていません。こうした細胞内ATPの基本的な性質を明らかにするためには、一つひとつの細胞内部のATPを高い空間・時間分解能で測定するための技術が必要でした。

<研究の内容>

 今村研究者らは今回、ATP濃度に応じて色が変化する蛍光プローブ「ATeam」を開発しました。ATeamは、オワンクラゲ由来緑色蛍光たんぱく質(GFP)注4)を改変して作成された水色蛍光たんぱく質(CFP)と黄色蛍光たんぱく質(YFP)を、細菌のATP合成酵素を構成するたんぱく質の1つであるε(イプシロン)サブユニットを介して遺伝子工学的に連結させた人工たんぱく質です(図1)。ATPが低濃度の時には、εサブユニット部分は開いた構造をしており、ATeam中でCFPとYFPの距離は離れています。この状態でCFPを励起する光を当てると、CFP由来の水色の蛍光が主に発せられます。ところがATP濃度が上昇するとεサブユニット部分がATPを結合して、開いた構造から閉じた構造へと大きく構造が変化し、ATeam中でCFPとYFPの距離が縮まります。その結果、CFPを励起する光を当ててもCFPからYFPへの蛍光共鳴エネルギー移動が起こり、CFP由来の水色の蛍光が減少してYFP由来の黄色の蛍光が主に発せられるようになります。それによって、ATeamが発する色を解析すればATP濃度を知ることが可能になりました。また、1種類のATeamでは測定できるATPの濃度範囲が限定されてしまいますが、今回、たんぱく質工学の手法を用いて、異なる濃度範囲を測定できる一連のATeamを作成することにも成功しました。
 次に、ATeamを用いて、動物細胞の内部ではATPは一様に存在しているわけではなく、濃度の高い場所と低い場所があることを明らかにしました。まず、ヒトがん由来細胞にATeamを細胞内の特定の場所に発現させました(図2)。光学顕微鏡を用いて、ATeamを発現させた生きた細胞の蛍光画像を取得し、その蛍光色からATPの濃度を見積もることができます。その結果、ミトコンドリアのATP濃度が細胞質や核と比較してかなり低く保たれているということが分かりました(図2)。ミトコンドリアの主な機能は酸化的リン酸化によってATPを作り出すことなので、この結果は一見矛盾しているようにも見えますが、おそらく作られたATPを素早く外部にくみ出し、効果的にATP合成反応を進めていると考えられます。
 さらに、ATeamを発現する細胞の蛍光画像を連続的に取得し、単一の生きた細胞内部のATP濃度を経時的に測定することにも成功しました(図3)。細胞内でのATP合成は、主に解糖と酸化的リン酸化の2つの代謝経路によって担われています。筋肉細胞などでは酸素濃度に依存して2つの経路への依存度が変化しますが、多くのがん細胞では酸素濃度に関係なく解糖に依存しているとされています(Warburg効果)。そこで、実際にヒトがん由来細胞に酸化的リン酸化の阻害剤を加えてみたところ、ATP濃度にほとんど変化は見られませんでした(図3下、青線)。このことは、解糖だけで十分なATPをまかなえることを示しています。一方で、解糖の阻害剤を加えたところ、ATP濃度が徐々に減少する様子が観察されました(図3下、緑線)。また、解糖と酸化的リン酸化の阻害剤を同時に加えると、解糖の阻害剤だけを加えた場合よりもATP濃度の減少速度が増加しました(図3下、赤線)。以上の結果から、ヒトがん由来細胞のATP合成の大部分は解糖が担っているものの、酸化的リン酸化も補助的な役割をしているということが分かりました。
 これまでの研究から、がん細胞の培地中のグルコースをガラクトースに置き換えると解糖によるATP合成が抑制され、酸化的リン酸化が亢進することが示唆されていました。そこで今回、グルコースをガラクトースに置き換えた培地で培養したヒトがん由来細胞を酸化的リン酸化の阻害剤で処理し、上の実験と同様にATP濃度の経時変化も測定しました。その結果、細胞内ATPは阻害剤添加後10分程度の間にほぼ枯渇する様子が観察されました(図4)。これにより、培地中の炭素源を切り替えることで、がん細胞のエネルギー代謝も解糖依存的なATP合成から酸化的リン酸化依存的なATP合成に切り替わることが明らかとなりました。

<今後の展開>

 蛍光ATPプローブ「ATeam」の作成によって、一つひとつの生きた細胞内部のATP濃度を直接調べる方法を確立しました。この方法から初めて時間的・空間的にATPの振る舞いを調べて理解することが可能になりました。多細胞の平均を調べる従来の方法では見いだせなかったような現象が、単一の細胞に着目した測定で新たに見えてくるはずです。ATPはエネルギー代謝の中心なので、ATP代謝の理解が深まれば、細胞のエネルギー代謝をより深いレベルで理解することにつながると期待されます。
 近年、ATPはエネルギー通貨としての役割だけではなく、細胞内外で情報を伝える役割を持つことも知られるようになってきています。ATeamを用いた計測で、情報伝達物質としてのATPの役割もより詳細に明らかになると期待されます。

<参考図>

図1

図1 蛍光ATPプローブ「ATeam」の原理

 ATP非結合型(左)ではεたんぱく質が開いた構造を取っているため、CFPからYFPへの蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)がほとんど起こらない。その結果、ATeamは主に水色(475nm)の蛍光を発する。
 ATP結合型(右)ではεたんぱく質が閉じた構造を取っているためにFRETが起こり、ATeamは主に黄色(527nm)の蛍光を発する。
 ATP非結合型とATP結合型の存在比はATP濃度によって決まるため、水色蛍光と黄色蛍光の強度比からATP濃度を見積もることが可能となる。


図2

図2 細胞内の場所によるATP濃度の違い

 ATeamを細胞内の特定の場所に発現させ、蛍光顕微鏡で撮影した。YFP/CFP強度比で擬似的に色付けしてある。赤色がATP濃度の高い場所である。逆に青色に近づくほどATP濃度が低い。


図3

図3 ATP合成経路の阻害剤による細胞内ATP濃度の変化

(上) ATeamを発現した細胞の経時的な蛍光イメージ。図2と同様にATP濃度に応じて色付けしてある。数字はATP合成の阻害剤である2-デオキシグルコース(2DG)とシアン化カリウム (KCN)添加後の時間(分)。
(下) 各阻害剤添加後のATeamのシグナルの変化。KCN,青;2DG,緑;2DG+KCN,赤。

図4

図4 培養条件の違いによるATP合成経路の変化

 ATeamを発現した細胞に酸化的リン酸化阻害剤であるオリゴマイシンAを加えた時のATeamのシグナルの変化。2つの異なる細胞のシグナルを別の色で示している。

 (左)細胞を通常のグルコース含有培地で培養した場合。
 (右)グルコースの代わりにガラクトースを含有する培地で培養した場合。

 矢尻はオリゴマイシンAを加えたタイミングを示す。グルコースを含有する通常の培地からガラクトースを含有する培地に代えることで、酸化的リン酸化が主要なATP合成経路となることが分かる。


<用語解説>

注1)アデノシン三リン酸(ATP)
 私たちが食べた食物は、消化器官で消化され、例えばグルコースなどの小さな分子として血流で運ばれ、全身の各細胞に取り込まれます。そして、グルコースなどが持つ化学エネルギーは、細胞の中のミトコンドリアなどでATPを合成する反応に使われます。
 ATPは、ADP(アデノシン二リン酸)とリン酸(無機リン酸)を原料として合成されます。また、必要に応じて、たとえばたんぱく質合成・DNA合成・神経細胞の活動・筋肉の収縮のために再びADPとリン酸に分解されます。

注2)ATPを特異的に結合するたんぱく質
 ATP合成酵素のε(イプシロン)サブユニットと呼ばれるたんぱく質です。

注3)ATeam(エーチーム)
 ATP indicator based on Epsilon subunit for Analytical Measurements。
 ATP合成酵素のεサブユニットと蛍光たんぱく質を組み合わせ、蛍光たんぱく質間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した蛍光ATPプローブのことで、今村研究者らが開発しました。εサブユニットがATPの結合によって大きく構造変化する性質を利用したもので、改変を加えることで低濃度から高濃度までさまざまなATP濃度をカバーすることができます。ATeamを利用することで、一つひとつの生きた細胞中のATP濃度変化をリアルタイムに測定することが可能になります。

注4)オワンクラゲ由来緑色蛍光たんぱく質(GFP)
 2008年度ノーベル化学賞を受賞した下村脩により発見された蛍光たんぱく質で、蛍光標識として生化学の実験分野で広く用いられています。

<論文名>

“Visualization of ATP levels inside single living cells with fluorescence resonance energy transfer-based genetically-encoded indicators”
(単一の生きた細胞内のATP濃度を蛍光たんぱく質とATP結合たんぱく質を組み合わせて可視化)
doi: 10.1073/pnas.0904764106

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
今村 博臣(イマムラ ヒロミ)
科学技術振興機構 さきがけ研究者
〒567-0041 大阪府茨木市美穂ヶ丘8−1(大阪大学産業科学研究所)
Tel:06-6879-8481 Fax:06-6875-5724
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<JSTの事業に関すること>
原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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