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平成21年8月31日

科学技術振興機構(JST)
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千葉大学
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脂肪組織の老化が糖尿病の発症に重要であることを発見

(加齢による糖尿病発症メカニズムの解明へ期待)

JST目的基礎研究事業の一環として、千葉大学医学部附属病院の南野 徹 助教らは、脂肪組織の老化が糖尿病の発症に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

細胞は分裂を繰り返すと、染色体の両端にあるテロメア注1)が短縮することによって染色体の不安定化が引き起こされて老化します。また、細胞は活性酸素による染色体の傷害によっても老化します。これら細胞の老化の過程においては、がん抑制遺伝子として知られているp53注2)の活性化が重要であること、加齢に伴って老化した細胞が体内に蓄積していくことが示されており、これらの老化細胞の蓄積が個体の寿命や加齢に伴う疾患の発症に関与しているのではないかと推測されていました。

南野助教らは今回、テロメアの短縮しているマウスモデルでは、糖尿病やメタボリック症候群の発症に重要な病態であるインスリン抵抗性注3)を引き起こしており、その機序に脂肪組織の老化が関与していることを明らかにしました。また、2型糖尿病注4)マウスでも脂肪組織が老化しており、その老化を抑制することによって2型糖尿病の発症が抑制され、逆に脂肪老化を促進するとインスリン抵抗性が引き起こされることを明らかにしました。

さらに、2型糖尿病患者の内臓脂肪も老化していたことから、ヒトの糖尿病においても脂肪の老化がその病態に関与している可能性があります。

本研究成果は、2型糖尿病やメタボリック症候群に対して、脂肪の老化制御による新たな治療戦略の開発につながるばかりでなく、加齢に伴うこれらの疾患の発症機構を知る上で重要な知見となりうるものと考えられます。

本研究成果は、2009年8月30日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Medicine」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「代謝と機能制御」
(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名 老化シグナルにより制御される代謝ネットワークの解明
研究者 南野 徹(千葉大学医学部附属病院 循環器内科 助教/JST さきがけ研究者)
研究実施場所 千葉大学 大学院医学研究院 循環病態医科学
研究期間 平成19年10月~平成23年3月

JSTはこの領域で、細胞内の代謝産物を解析し、効率的な細胞機能の制御を可能とする基盤的な技術に関して、個人の独創的な発想に基づく革新的な技術の芽の創出を目指しています。

上記の研究課題では、細胞レベルの老化シグナルが組織の老化をもたらし、さらにその変化が全身の主要臓器の代謝を変化させ、老化に伴うさまざまな疾患の病態に関与するという仮説をもとに、網羅的な解析によって、老化シグナルにより制御される代謝ネットワークを明らかにすることを目指しています。

<研究の背景と経緯>

細胞は一定の増殖後老化し、不可逆性の分裂停止状態となります。この過程で重要な役割を果たしているのがテロメア(図1)です。テロメアは染色体の両端にあり、TTAGGGという6塩基配列が繰り返されるもので、染色体の安定性に寄与しています。細胞分裂の際には、両端のテロメアは完全に複製されないため、分裂に伴って徐々に短縮します。ある一定の長さまで短縮すると、DNAダメージとして認識され、p53依存性のシグナルが活性化し、細胞は老化します。テロメアを付加する酵素がテロメレースですが、ほとんどの細胞には微量しか存在しないため、分裂に伴いテロメアは短縮します。最近では、酸化ストレスによる染色体の傷害もp53依存性のDNAダメージシグナルを活性化し、細胞老化を促進することが分かってきました。

これまでに、細胞の老化と個体の老化の関連を示唆する研究結果がいくつか報告されています。例えば、高齢者や早老症候群の患者から得られた細胞の寿命は短いこと、ヒトの加齢に伴いテロメアが短縮すること、テロメアの短縮しているヒトの集団では寿命が短いこと、加齢に伴って老化細胞が蓄積することなどが知られています。南野らは以前より、テロメア短縮などによる細胞の老化が血管の老化・動脈硬化に関与することや、p53依存性のシグナルが心不全を促進することを報告してきました。

近年、これらの循環器疾患の発症基盤として、糖尿病やメタボリック症候群といった代謝性疾患が重要視されています。これらの疾患では、肥満に伴う内臓脂肪の蓄積と、それによって引き起こされるインスリン抵抗性がその病態の基盤にあると考えられています。しかし、蓄積した内臓脂肪がどのようにしてインスリン抵抗性を引き起こすのか、また、なぜ加齢に伴ってこれらの疾患が増えるのかについては、明らかとなっていません。そこで、本研究では、脂肪の老化と糖尿病やメタボリック症候群の関係の解明に取り組みました。

<研究の内容>

まず、テロメアの短縮により脂肪が老化すると、糖尿病になりやすいかどうかを調べました。京都大学 大学院生命科学研究科の石川 冬木 教授より提供された「テロメレース欠損マウス」を用いて検討した結果、以下のことが分かりました。

  1. (1) 高脂肪食を与えると、インスリン抵抗性が引き起こされ、血糖が上昇しました(図2)。
  2. (2) 血中の悪玉アディポカイン注5)も増加しており、その上昇がインスリン抵抗性の原因となっていました。
  3. (3) 脂肪組織では脂肪の老化が進んでおり、p53の活性化や炎症性細胞の浸潤、悪玉アディポカインの産生増加などを認めました(図3)。
  4. (4) 老化した脂肪を取り除くとインスリン抵抗性が改善すること、逆に老化した脂肪を正常の野生型マウスに移植するとインスリン抵抗性が引き起こされることなどから、脂肪が老化すると悪玉アディポカインの産生が増加し、糖尿病発症に至ることが分かりました(図4)。

次に、2型糖尿病モデルマウスの脂肪を調べ、以下のことが分かりました。

  1. (1) p53依存性の老化シグナルが活性化しており、炎症性細胞の浸潤や悪玉アディポカインの産生増加などを認めました。
  2. (2) 脂肪では酸化ストレスが亢進していました。その亢進が脂肪を老化させている原因であると考えられます。
  3. (3) 脂肪組織のp53を欠失させることによって脂肪の老化を阻害すると、悪玉アディポカインの産生は低下し、インスリン抵抗性は改善しました(図5)。逆にp53を過剰発現することによって脂肪の老化を促進すると、悪玉アディポカインの産生が増加し、インスリン抵抗性が悪化しました。

2型糖尿病患者の内臓脂肪には、p53の発現の亢進や悪玉アディポカインの産生増加などがみられたことから、ヒトの糖尿病においても脂肪の老化がその病態に関与していることが考えられます(図6)。

<今後の展開>

本研究により、脂肪の老化、特に脂肪組織におけるp53依存性の老化シグナルの活性化が、インスリン抵抗性に関与することが明らかになりました。

このような脂肪の老化とインスリン抵抗性の関係は、加齢に伴って増加する糖尿病の発症メカニズムの解明につながります。また、脂肪組織のp53を欠失させても脂肪組織が悪性疾患化する頻度は少なく高い安全性を期待できることからも、今後の研究により脂肪におけるp53シグナルを標的とした糖尿病の安全で新しい治療戦略開発につながる可能性があります。

さらに、p53はがん抑制遺伝子として有名ですが、そのシグナルが過剰になると細胞は老化し、加齢に伴うさまざまな疾患への関与が予想されます。脂肪の老化が炎症を引き起こすメカニズムを詳細に解明することによって、p53によって制御される分子を標的とした治療の開発が可能となり、がん化の危険性の少ない「加齢に伴うさまざまな疾患治療」につながる可能性があります。

<付記>

本研究成果は、千葉大学 大学院医学研究院の小室 一成 教授らとの共同研究で得られました。

<参考図>

図1 テロメアの短縮と細胞老化

図1 テロメアの短縮と細胞老化

テロメアは染色体の両端に存在するTTAGGGリピートで、投げ縄様のループ構造を取ることによって安定化している。短縮したテロメアはDNAダメージと認識され、p53依存性のシグナルの活性化が引き起こされることによって細胞は老化する。

図2 テロメレース欠損マウスのインスリン抵抗性

図2 テロメレース欠損マウスのインスリン抵抗性

野生型マウスとテロメレース欠損マウスに正常食または高脂肪食を与え、インスリン負荷試験と糖負荷試験を行ったところ、高脂肪食負荷のテロメレース欠損マウスではインスリン抵抗性が引き起こされていた。

図3 テロメレース欠損マウスにおける脂肪の老化

図3 テロメレース欠損マウスにおける脂肪の老化

細胞老化染色(ベータガラクトシターゼ染色)により、テロメレース欠損マウスの脂肪においては、多数の老化細胞(青色)が存在することが分かった(上段)。また、老化した脂肪では、p53の発現や悪玉アディポカイン(TNFα、MCP-1)の産生、炎症性細胞浸潤(CD68)が増加していた(下段)。

図4 脂肪の老化とインスリン抵抗性

図4 脂肪の老化とインスリン抵抗性

脂肪が老化すると、悪玉アディポカインの産生などの液性因子を介して、全身性のインスリン抵抗性が引き起こされると考えられる。

図5 脂肪組織特異的なp53の欠失

図5 脂肪組織特異的なp53の欠失

脂肪組織特異的にp53を欠損したマウスに高脂肪食を与えると、糖尿病の発症が抑制された。

図6 糖尿病患者の内蔵脂肪

図6 糖尿病患者の内蔵脂肪

糖尿病患者から得られた内蔵脂肪を細胞老化染色(ベータガラクトシターゼ染色)すると、多数の老化細胞(青色)が存在することが分かった(上段)。これらの老化した脂肪では、p53の発現や悪玉アディポカイン(TNFα、MCP-1)の産生が増加していた(下段)。

<用語解説>

注1) テロメア
染色体の両端に存在するTTAGGGリピートで、テロメア結合たんぱくとともに染色体の安定性に寄与しています。テロメアとその結合たんぱくは、投げ縄様のループ構造をとることによって安定化していますが、細胞分裂時の不完全なDNA複製のために徐々に短縮し、最終的にはその構造が維持できなくなります。このような構造変化は、DNAダメージと認識され、p53依存性のシグナルの活性化が引き起こされることによって細胞は老化します。老化を免れた細胞は、がん細胞となることがあることから、このような細胞老化のメカニズムは不死化(がん化)に対するバリアであるとも考えられています。
注2) p53
最も重要ながん抑制遺伝子として知られている転写因子です。DNAダメージのほか、低酸素や栄養飢餓などさまざまなストレスによって活性化されることが知られています。その標的遺伝子は多岐にわたり、細胞老化や細胞死の誘導、DNA修復作用、血管新生の抑制作用などに関与しています。p53を全身で欠損するマウスでは悪性腫瘍が多発することによって寿命が短縮するのに対して、p53の活性化マウスモデルでも早老症の形質を示すことが報告されています。
注3) インスリン抵抗性
インスリン受容体のシグナル伝達が抑制されることによって、インスリンによる血糖降下作用が低下している状態のことを指します。さまざまな原因が想定されていますが、悪玉アディポカインによるインスリン受容体結合分子のセリン残基のリン酸化も関与していると考えられています。糖尿病やメタボリック症候群の基盤病態として重要であると考えられています。
注4) 2型糖尿病
糖尿病にはいくつかのタイプ(型)がありますが、2型糖尿病は膵臓から分泌されるインスリンの量が不足したり、インスリンの効き方が弱いために、血糖値が高くなるのが特徴で、日本人の糖尿病の大部分を占めます。遺伝的な体質に加えて過食、運動不足、肥満などの生活習慣が原因で起こると考えられています。
注5) 悪玉アディポカイン
肥満などに伴って蓄積した内臓脂肪から分泌される炎症性のサイトカインで、腫瘍組織壊死因子(TNFα)や単球走化活性因子(MCP-1)、インターロイキン6(IL-6)などが知られています。糖尿病やメタボリック症候群においては、これらのサイトカインが脂肪組織への炎症性細胞浸潤を引き起こし、浸潤した細胞がさらに炎症性分子を産生するといった悪循環が生じることが知られています。善玉のアディポカインとして知られているのが、アディポネクチンで、肥満に伴ってその産生は減少すると報告されています。

<論文名>

“A critical role for adipose tissue p53 in the regulation of insulin resistance”
(脂肪組織におけるp53のインスリン抵抗性調節に対する重要性)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

南野 徹(ミナミノ トオル)
科学技術振興機構 さきがけ研究者
(千葉大学医学部附属病院 循環器内科 助教)
〒260-8670 千葉県千葉市中央区亥鼻1丁目8番1号
Tel:043-226-2555 Fax:043-226-2096
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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