JSTトッププレス一覧共同発表 > 別紙
別紙

小さなRNAが働く仕組みを解明―小さなRNA設計の新手法を見いだす
詳細説明資料


 生命の部品であるタンパク質は、DNAが持つ遺伝情報をもとにしてつくられます。この際、DNAの持つ情報は一時的にRNAにコピーされ、タンパク質の設計図として働きます。しかし、ここ十数年の間に、タンパク質の設計図としては働かないような、21-24塩基程度の「小さなRNA(small RNA)」が、植物や動物の遺伝子発現を調節するのに大きな役割を演じていることが明らかになってきました。

 小さなRNAに属するmicroRNA(miRNA)は、多くの真核生物のゲノムに組み込まれており、異なる種間でも保存されています。miRNAには自分自身の塩基配列と対合できる標的部位を持つ様々な遺伝子の翻訳(RNAを設計図としてタンパク質が作られること)を抑制する働きがあり(図1)、これによって、生物の発生のタイミングや形態形成、細胞増殖や癌化など、非常に重要な生物学的機能を緻密に制御していることが知られています。これまでに、動物、植物、ウィルス等において10,000個近くのmiRNAが報告されていますが、ヒトだけでも2,000個程度は存在し、遺伝子全体の1/3以上の働きを調節していると予測されています。

 しかし、miRNAが実際にどのような仕組みで働くのか、ということに対する研究は、驚くほど進んでいないと言えます。miRNAは、それ単独で働くわけではなく、いくつものタンパク質と相互作用し、複合体を作って初めて機能を発揮します。この複合体のことを、RNA-induced silencing complex(RISC)と呼びますが、miRNAがどのようにしてRISCを形成するのかということは、これまでほとんど分かっていませんでした。

 miRNAは、ゲノムから長い前駆体として転写(DNAからRNAが作られること)されたあと、2段階の切断を受け、最終的に22塩基程度の長さの成熟体miRNAが作り出されます。この途中でmiRNA/miRNA(スター)二本鎖と呼ばれる22塩基程度の長さのRNAがペアに成ったような中間体が作られます。miRNA/miRNA二本鎖のうち、一方の鎖のみが選択的にRISCに取り込まれ(この鎖が成熟体miRNAに相当します)、もう一方の鎖はRISCには取り込まれずに分解されてしまいます(この鎖がmiRNA鎖に相当します)。

 RISCの中心を成すのは、Argonaute (Ago)と呼ばれるタンパク質です。私たちはmiRNA経路のモデルと位置づけられるショウジョウバエのAgo1というタンパク質に着目し、RISCの形成過程を、アガロースネイティブゲルと呼ばれる生化学的な手法によって直接検出できるシステムを初めて確立しました。そして、miRNAがAgo1に取り込まれRISCが作られるまでの道筋を詳しく調べました。

 その結果、miRNA/miRNAは、まず二本鎖のままの状態でAgo1ヘと取り込まれることが分かりました。その際、エネルギーであるATPが必要であること、また、miRNA/miRNA鎖のミスマッチ(塩基対が形成されないこと)が中心部分(9-11番目)に存在すると、Ago1により効率よく取り込まれることが明らかとなりました(図1)。私たちは以前、RNA干渉を引き起こすsmall interfering RNA(siRNA)がAgo2を核とするRISCに取り込まれる際には、中心部分のミスマッチが嫌われるということを見いだしていましたが、Ago1とAgo2は全く逆の(相補する)「好み」を持っているということになります。

 次に、miRNA/miRNA鎖からmiRNA鎖のみが選択されmiRNA鎖が分解される過程(この過程のことをunwinding [巻き戻し]と呼びます)を調べました。これまで、unwindingにはATPを利用して、二本鎖RNAをほどく様な巻き戻し酵素(helicase)が関わっていると考えられてきましたが、驚くべきことに、実際にはATPは全く必要なく、miRNA/miRNA二本鎖の2-8番目(seed領域)あるいは12‐15番目(3'-mid領域)の塩基にミスマッチが存在することが、成熟型Ago1-RISCの形成に必要であることが分かりました(図1)。

 興味深いことに、unwindingの際に「ミスマッチが必要」な領域は、miRNAが標的mRNAを認識する際に「塩基対形成が必要」な領域と、全く同じものでした。これは、miRNA/miRNAからmiRNAが選択される過程と、miRNAが標的mRNAを認識する過程が、鏡写しの関係にあるということを表しています。つまり、これは、これまでは全く別物であると考えられてきた2つの過程が、共にArgonauteというタンパク質の中でRNAが取り得る特殊な構造により説明できるということであり、従来の考え方を大きく変えることになります。

 今回の発見により、miRNAがRISCを形成する複雑な過程が初めて明らかになったと同時に、miRNA遺伝子が特定の領域に持つミスマッチが重要な役割を果たしていることを見いだしました。実際、天然に存在するmiRNA遺伝子の構造を調べたところ、ほとんどのものが、今回我々が見いだしたRISC形成に必要な要件(特定の領域にミスマッチが存在すること)を満たしており、それは様々な生物種で保存されていることが分かりました。すなわち、なぜmiRNA遺伝子が進化の過程において特定の領域に多くのミスマッチを持ち続けているのかということを、生化学的に説明することが可能になったわけです。さらに、これを応用することで人工的なmiRNA遺伝子を設計することも可能になると考えられます。

 近年、癌をはじめとする様々な疾患とmiRNAとの関連性が強く指摘されています。これまで疾患の原因の主役であると考えられてきたタンパク質ではなく、それらタンパク質の発現を緻密にコントロールするmiRNAこそが、疾患の「真の支配者」であるという新概念も生まれています。今回の研究で、miRNAが働く仕組みの一端が明らかになり、また人工miRNAのデザインが可能になったことにより、miRNAが関与する疾患の機構解明や、その治療に向けた研究がさらに進むことが期待されます。

<参考図>

図1

図1