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平成21年8月5日

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東北大学
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レーザー光照射で有機絶縁体を金属に変化させる新手法を開発

 JST目的基礎研究事業の一環として、東北大学 大学院理学研究科の岩井 伸一郎 教授らは、光によって有機絶縁体を金属や超伝導物質へ瞬時に変化させる新しい仕組みを発見しました。
 従来、絶縁体を電気伝導性のある金属に変える方法として、原子置換による伝導キャリアの注入法が知られていました。一方、この伝導キャリアの注入を原子置換ではなく光照射によって行うことで、絶縁体を金属へ瞬時に変えることもできます。しかし、そのためには高強度の光照射が必要であり、レーザー照射による物質の温度上昇によって物質自体が損傷するなどの問題がありました。
 本研究グループは、12つの分子の対(二量体)を構造単位とする有機物質を用い、2特定の波長の光(近赤外光)を当てることによって、絶縁体−金属の制御を高強度の光照射を用いずに効率よく行うことに成功しました。今回見いだされた方法では、有機物質を構成する分子配列を変化させることによって、電子の動きやすさを決めている電子間のクーロン反発エネルギー注1)を光で直接変化させています。この技術は、従来の光キャリア注入法とは全く異なるものであり、今後、光誘起超伝導など新しい物理現象の開拓につながることが期待されます。
 本研究は、東北大学金属材料研究所の佐々木 孝彦 准教授らと共同で行われました。
 本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン速報版で近日中に公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」
(研究総括:伊藤 正 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授)
研究課題名 「先端超短パルス光源による光誘起相転移現象の素過程の解明」
研究代表者 岩井 伸一郎(東北大学 大学院理学研究科 教授)
共同研究者 佐々木 孝彦(東北大学金属材料研究所 准教授)
研究期間 平成20年10月〜平成26年3月
 JSTはこの領域で、高度な性能を持つ最先端レーザーに代表される各種の先端光源の特徴を徹底的に駆使した特色ある「物質と光の係わり」に関する研究を推進しています。
 上記研究課題では、光と物質の相互作用として、最も劇的で複雑な現象“光誘起相転移現象”の解明に挑みます。光が直接あるいは、相互作用を介してドライブする電荷、スピン、格子の素過程を明らかにし、物質の電子的性質を光で自由自在に変化させる方法への道を拓きます。

<研究の背景と経緯>

 モット転移注2)モット絶縁体注2)−金属転移)は、絶縁体−金属転移の代表的な例であり、その周辺で強誘電性、反強磁性、超伝導など多彩な相転移が観測されることからも活発な研究が行われています。モット絶縁体の重要な特徴は図1a)に示すように、電子間に働くクーロン反発エネルギーによって電子の運動が妨げられた結果、本来金属であるべき物質が絶縁体の状態になっていることです。モット転移は、このいわば“凍結”した電子が図1b)のように自由に動けるようになって、金属の状態に変わる現象です。通常のモット転移には、原子置換によるキャリア注入などの手法が用いられていますが、モット転移を光で起こすことができれば、絶縁体から金属へという劇的な電子状態の変化を瞬時(フェムト〜ピコ秒=10−15〜10−12秒)にスイッチングできるというだけでなく、強誘電性や磁性の効率的な光制御や、さらには光誘起超伝導への展開にもつながります。これまでに遷移金属化合物や有機伝導体において、光によるモット転移が報告されています。そのメカニズムは、物質中に多数の光キャリア注3)を生成することによると理解されています。しかし、モット転移が起こるほどの多数の光キャリア(1サイトあたり0.1個程度)を生成するためには極めて高強度の光照射が必要であり、光スイッチングへの応用は困難でした。また、そのような高強度レーザーを照射すると物質の温度が上昇してしまうため、強磁性や超伝導などの電子、スピンの秩序状態の生成を妨げ、有機物質では物質自体が損傷してしまうなど、多彩な電子物性の光制御への展開にとって大きな障害となっていました。

<研究の内容>

 東北大学 大学院理学研究科の岩井 伸一郎 教授と東北大学金属材料研究所の佐々木 孝彦 准教授らの研究グループは、有機二次元モット絶縁体κ -(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br(図2)を対象に、光誘起モット転移の新しいメカニズムとして、光によるキャリア注入とは異なり、弱い光でも実現できる高効率な方法を見いだしました。
 この方法の最も重要なポイントは、1対象物質として分子の二量体格子注4)図2b))を有する有機物質を用いたこと、2特定な波長の光(近赤外光)を選択することで二量体内部の分子配置を効率的に変え、サイト間を動き回る電子の動きやすさを向上させたこと(図3)です。物質の電気的特性を決めている電子間のクーロン反発エネルギーを光で制御したことが、この研究の特徴です。
 本研究では、クーロン反発エネルギーの光制御による絶縁体−金属転移を、フェムト秒中赤外ポンプ−プローブ分光図4注5)を観測することに成功しました。この光による相転移は、1光子/500分子程度の比較的弱い光で起こすことができ、図5に模式的に示すように、光子あたり約100分子程度に広がります。これは、従来のキャリア注入型の光モット転移で必要な光強度に比べ、1/50から1/100と桁違いに弱く、光キャリア注入法の問題点である高強度光は必要ありません。

<今後の展開>

 電子間のクーロン反発エネルギーは、固体中の電子の動きやすさを決める重要なパラメータの1つであり、絶縁体−金属−超伝導といった伝導性の劇的な変化を支配するものです。本研究により見いだされた光によるクーロン反発エネルギーの制御法は、単に光誘起相転移のメカニズムとして新しいというだけでなく、より一般的にモット転移自体のメカニズムとしても、従来のキャリア数制御法や加圧による原子/分子位置の制御法に次ぐ、第3のメカニズムということができます。光モット転移の方法としては、従来の光キャリア注入法よりも桁違いに弱い1/50から1/100の光で転移を起こすことができます。
 また今後、テラヘルツ光を用いることによって、エネルギーの高い電子励起状態を介さず直接、低エネルギーの分子間振動を励振して相転移を起こしうる可能性も本研究成果から示唆されます。この方法によって格子温度の上昇をさらに飛躍的に軽減できるため、光誘起超伝導などへの応用も期待できます。

<参考図>

図1

図1 a)モット絶縁体と、b)金属における電子の状態を表す模式図

 モット絶縁体では、電子はお互いの反発によって動けないため、電気が流れない。モット転移(モット絶縁体−金属転移)は、“凍結”して動けなかった電子がb)のように動けるようになることで、電気が流れるようになる現象である。電荷キャリアが電子ではなく正孔である場合についても、同じメカニズムで説明される。

図2

図2 a)有機二次元モット絶縁体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brの結晶構造と、b)その赤点線の枠内の伝導面内の分子配列

 b)の赤い点線は分子の二量体を示し、二量体の中心にある赤い円は、クーロン反発によって動けなくなった電子を表す。

図3

図3 光によるクーロン反発エネルギーの光制御の模式図

 光励起によって二量体内の分子配置が変化し(右側の図のオレンジの矢印)、その結果クーロン反発が弱くなるので、電子は動きやすくなる(金属化する)。また金属状態ができたあと、金属ドメイン壁はゆっくり(周期340ピコ秒)と振動する。

図4

図4 フェムト秒ポンプ−プローブ分光法の模式図

 ポンプ光によって、物質中に起こした変化をプローブ光によって測定する方法(注5参照)。

図5

図5 光誘起絶縁体−金属転移の模式図

 100分子程度の広がりを持つ金属状態が生成する。

<用語解説>

注1)クーロン反発エネルギー
 固体中の電子や正孔は、1つの原子や分子のみに属するのではなく、結晶全体を動き回る性質を持つ。一方、物質中にはたくさんの電子が存在するため、互いにクーロン力によって避け合う結果、自由に動けなくなってしまうことがある(図1参照)。電子が動き回る性質と避けあって動けなくなる性質は、それぞれ運動エネルギーとクーロン反発エネルギーによって特徴付けられる。これらの2つのエネルギーの相対的な大きさによって、その物質の電気的特性が絶縁体の状態になるか金属の状態になるのかが決まる。

注2)モット転移、モット絶縁体
 電子間に働くクーロン反発エネルギーによって絶縁体の状態になっている物質は、通常の絶縁体と区別して強相関絶縁体と呼ばれており(図1a))、その中でも特に一原子(一分子)あたりの電子(正孔)の数が1個である場合をモット絶縁体と呼ぶ。モット転移は、この“凍結”した電子に何らかのきっかけを与えることによって、図1b)のように再び自由に動けるようになる電子的な相転移現象である。
 モット転移を起こす物質では、しばしば強誘電性、反強磁性、超伝導などの多彩な物性が観測されている。

注3)光キャリア
 絶縁体中の電子は、原子の束縛力や電子間のクーロン反発によって動くことができない。光キャリアは、そのような拘束によって動けない電子にその束縛エネルギーよりも高い光エネルギーを与えることによって、再び運動できるようになった電子である。

注4)二量体格子
 分子2つの対(二量体)を、構造の単位(1サイト)とする結晶格子(図2b))。

注5)フェムト秒ポンプ−プローブ分光
 ポンプ光(励起光)を物質に照射することで起こされる電子状態や構造の変化を計測するため、続けてプローブ光(計測光)を物質に照射して反射率や透過率の変化を調べる方法をポンプ−プローブ分光法と呼ぶ。ポンプ光、プローブ光にそれぞれ幅10から100フェムト秒のパルス光を用いて、ポンプ光とプローブ光の照射時間差を光学遅延回路で制御することにより、超高速時間分解分光が可能になる(図4参照)。この計測法は、半導体中の光キャリアダイナミクスや分子の光解離ダイナミクス、光合成の初期過程などさまざまな光プロセスの素過程を明らかにするのに用いられてきたが、最近では光誘起相転移の観測にもしばしば用いられている。

<論文名>

 “Optical modulation of effective on-site Coulomb energy for Mott transition in organic dimer insulator”
 (有機絶縁体におけるクーロン反発エネルギーの光変調)
 doi: 10.1103/PhysRevLett.103.066403

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
岩井 伸一郎(イワイ シンイチロウ)
東北大学 大学院理学研究科 物理学専攻 教授
〒980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉6−3
Tel:022-795-6423 Fax:022-795-6362
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<JSTの事業に関すること>
河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
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