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平成21年7月21日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

東京大学医学部附属病院
Tel:03-5800-9188(パブリック・リレーションセンター)

骨髄異形成症候群の新たな分子メカニズムの発見

-がん抑制遺伝子ががん遺伝子に変化する仕組みを解明-

 JST目的基礎研究事業、および東京大学医学部附属病院が推進する「大規模ゲノミクスによるオーダーメイドがん診療技術の開発」事業の一環として、東京大学医学部附属病院 キャンサーボードの小川 誠司 特任准教授と真田 昌 特任助教らは、CBL注1)と呼ばれるがん抑制遺伝子の異常が、骨髄異形成症候群と呼ばれる血液がんの発症原因の1つとなっていることを突き止めました。
 骨髄異形成症候群(MDS)は、血球形態の異常と治療抵抗性の貧血を特徴とし、しばしば急性骨髄性白血病へと進展する難治性の血液がんの一種です。近年日本でも増加の傾向にありますが、現時点では骨髄移植以外に有効な治療法が知られていません。
 本研究グループは、「SNPアレイ注2)」と呼ばれる解析装置を用いて、200例を超えるMDSおよびその関連疾患由来のゲノムの異常を網羅的に解析しました。その結果、11番染色体長腕に存在するCBL遺伝子がMDSではしばしば変異していることを見いだしました。遺伝子変異が起きると、C-CBLが本来有する酵素活性(ユビキチンリガーゼ注3)活性)が損なわれた異常なCBLたんぱくが生成されます。C-CBLたんぱくは本来、細胞内のさまざまなチロシンキナーゼ注4)たんぱくを分解調節することにより、細胞の増殖を抑制する働きを持ちますが、異常なC-CBLはこの働きを失った結果、本来のがん抑制遺伝子から造血細胞の増殖を促進するがん遺伝子へと変化し、これがMDSの発症に関わっていることを明らかにしました。
 本研究結果は、がん抑制遺伝子が遺伝子変異によってがん遺伝子に変化するという巧妙なメカニズムによって造血器腫瘍が誘発されることを明らかにしたユニークな研究です。またCBLが変異してしまったために活性が抑えられなくなったチロシンキナーゼを特異的に阻害する薬剤が将来開発された場合、CBL変異を有する難治性MDSの有効な治療薬剤となる可能性も示唆されます。今回の発見はMDSに対する新たな治療薬剤の開発、という観点からも興味深く、今後の研究成果が期待されます。
 本研究成果は、2009年7月20日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業によって得られました。
(1)JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」
(研究総括:笹月 健彦 国立国際医療センター 名誉総長)
研究課題名 Whole Genome Association解析によるGVHDの原因遺伝子の探索
研究代表者 小川 誠司(東京大学医学部附属病院 キャンサーボード 特任准教授)
研究期間 平成16年10月~平成22年3月
 JSTはこの領域で、ゲノム情報を活用した創薬・個々人の体質に合った疾病の予防と治療―テーラーメイド医療―の実現を目指し、その基盤となる研究に取り組んでいます。上記研究課題では、疾患の原因となる遺伝変異を50万個の遺伝子マーカーを用いた全ゲノム関連解析により明らかにすることで上記医療の実現に貢献することを目的としています。
(2)文部科学省特別教育研究推進経費「がん大規模ゲノミクスによるオーダーメイドがん診療技術の開発」
研究代表者 武谷 雄二(東京大学医学部附属病院 病院長)

<研究の背景と経緯>

 骨髄異形成症候群(MDS)は、血球形態の異常を伴う治療抵抗性の貧血を呈し、しばしば急性骨髄性白血病へ進展する難治性の造血器疾患です。実際には表1に示すような臨床病態の異なるさまざまな疾患群・亜型の総称です。これらに共通するのは、血液をつくる元になる造血細胞に次々と遺伝子の変化(変異)が生じた結果、正常に血液を作る機能が障害され、血球の減少や異常な増殖が引き起こされ、ついには急性白血病に至たります。現在までにMDSの発症に関わるさまざまな遺伝子の変化が報告されていますが、未だにこれらの遺伝子変化の全体像は分かっていません。現時点では、副作用の強い骨髄移植以外にMDSを根治する手段は知られていませんが、しばしば移植が行えない高齢者で発症します。そのため、MDSの原因となっている遺伝子の変異を明らかにして、MDS特異的に作用する副作用の少ない薬剤を開発することが望まれています。

<研究の内容>

本研究グループは今回、こうしたMDSの原因となっている遺伝子の異常を解明することを目的として、SNPアレイと呼ばれる先端的なゲノム解析の技術を用いてMDS検体のゲノムの異常を詳細に解析しました。その結果、以下のことが明らかになりました。
(1) MDSはゲノム異常の観点から特徴的ないくつかの亜系に分類できる(図1)。
(2) こうした亜系のうち、11番染色体長腕の異常を特徴とする一群の病型では、C-CBLと呼ばれる遺伝子が変異している(図2)。変異は、白血球の異常な増加や脾腫(ひしゅ)を特徴とする慢性骨髄単球性白血病(CMML)と呼ばれる病型にしばしば認められる。
(3) これらの腫瘍細胞では、ほとんどの場合、2つある正常C-CBL遺伝子のコピーがともに変異C-CBLで置き換わっており、正常C-CBL遺伝子がなくなってしまっている。
 C-CBLは、マウスにリンパ腫を生じさせる発がんウィルスに含まれるがん遺伝子「v-Cbl」の相同遺伝子として見いだされた遺伝子で、ヒトを含むほ乳類は、共通の祖先から枝分かれした、C-CBL, CBL-B, CBL-Cという互いによく似た3つの遺伝子を持っています。造血細胞の増殖は、サイトカインと呼ばれるさまざまな因子の刺激によって「チロシンキナーゼ」という酵素が活性化されることによって生じます。C-CBLはこのようにして活性化されたさまざまなチロシンキナーゼに結合してそのシグナルを下流に伝達します。一方、C-CBLは「ユビキチンリガーゼ」(ユビキチンをくっつける酵素)と呼ばれる機能を持っていて、この作用によってこれらのチロシンキナーゼをユビキチン化することにより、活性化されたチロシンキナーゼが速やかに分解されるのを促進しています(図3)。つまり、C-CBLはチロシンキナーゼのシグナルの伝達に携わると同時に、その分解も促して、過剰なシグナルの伝達が起こらないように調節しているわけです。実際、C-CBL遺伝子がなくなったマウスを作製すると、造血細胞が増加し、加えて他のがん遺伝子による白血病化が促進され、観察したすべてのマウスが悪性腫瘍を発症しました(図4)。このことから、正常のC-CBLは、がん抑制遺伝子として機能するということが分かりました。
 一方、今回見いだした「変異C-CBL」を細胞に導入すると、細胞はがん化してマウスに腫瘍を形成するようになります(図5)。すなわち、変異したC-CBLはがん抑制遺伝子としての機能がないばかりか、細胞のがん化を促進するがん遺伝子として作用するということが明らかになりました。さらに、これに続く一連の変異C-CBLの機能の解析を通じて本研究グループは、以下のことを実験的に示しました。
(1) MDSで認められる変異はC-CBLのユビキチンリガーゼとしての活性に重要な領域に集中して生じている(図2右パネル)。そして実際、変異C-CBLではユビキチンリガーゼの活性が著しく低下している。そればかりか、変異C-CBLは正常C-CBLのユビキチンリガーゼの活性を抑制する(図6)。その結果、変異C-CBLを導入した細胞では、導入していない細胞に比べて種々のサイトカイン刺激によるチロシンキナーゼの活性が長時間持続する(図7)。
(2) その結果として、正常の造血幹細胞に変異C-CBLを発現させることにより、これらの造血細胞のサイトカイン刺激による増殖が促進される。この効果はC-CBL遺伝子を欠落させた造血幹細胞で特に増強して表れる。また、この増強効果は、正常のC-CBLを発現させることにより、顕著に抑制される(図7)。
 正常なC-CBLを持つ造血細胞に変異C-CBLを導入した場合、変異C-CBLによって正常なC-CBLによるユビキチン化が抑制されますから、その結果としてチロシンキナーゼの活性化が長時間持続し、これによって細胞の増殖を促進する。これは期待されたとおりです。しかし、変異C-CBLの効果は正常のC-CBLを欠落させた造血細胞でずっと顕著に観察されるというのは意外な結果です。これらの細胞では変異C-CBLが抑制する正常C-CBLがそもそも存在しないからです。このことは、C-CBLの変異を有するMDSでは、ほとんどの場合、2つある正常C-CBL遺伝子のコピーがともに変異C-CBLに置き換わっており、これによって正常C-CBL遺伝子がなくなってしまっているという観察結果をよく説明します。
 正常なC-CBLの無い細胞に変異C-CBLを導入することによって認められるこのようなサイトカイン感受性の増強効果は、変異C-CBLの機能の喪失や正常C-CBLを抑制する効果では説明ができません。つまり、変異したC-CBLはもともとのC-CBLにはない機能を新たに獲得しているということになります。一般に、がん抑制遺伝子はその機能が消失するとがん化を促進してしまう遺伝子であり、C-CBLはこの意味で明確ながん抑制遺伝子です。しかし、変異したC-CBLは単に正常のC-CBLの機能を失うのみならず、新たな機能が加わってこれがMDSの発症に重要な役割を担っていると考えられます。今回は、その分子メカニズムの詳細については割愛いたしましたが、こうした「がん抑制遺伝子の変異による新たな機能獲得」という概念は、これまでp53というがん抑制遺伝子でだけ知られていたものですが、今回の研究によって、C-CBLも変異によって機能獲得が生ずるがん抑制遺伝子であることが明らかとなりました。

<今後の展開>

 白血病やMDSのみならず、肺がん、乳がん、脳腫瘍をはじめとする多くのヒトのがんでは、チロシンキナーゼ自体の遺伝子増幅や変異によるチロシンキナーゼの活性の上昇が、発がんの重要な原因となっていることが知られています。今回の研究によって、MDSにおけるチロシンキナーゼの異常な活性化の新たなメカニズムが明らかになりました。また、診断と治療という観点からは、SNPアレイによる解析がMDSの詳細な病型の診断に有効であること、そしてC-CBL変異が生じている11番染色体の異常を有するMDSでは、活性化されたチロシンキナーゼに対する阻害剤の投与が有効な可能性が示唆されました。一方、今回のマイクロアレイの解析からは、MDSでは11番染色体に異常を有する病型のほかにも、さまざまな病型があると分かりましたが、今後こうした病型を特徴づけるゲノム異常の解析を通じて新たな診断・治療の標的分子が明らかにされることが期待されます。

<参考図・表>

表1 SNPアレイで解析したMDSの病型分類

表


図1

図1 SNPアレイ解析に基づくMDSにおけるゲノムの異常

 SNPアレイで同定されたゲノム解析の結果に基づいてMDSを共通するゲノム異常を有する複数の亜型に分類できます。オレンジはゲノムの増加、緑はゲノムの減少をあらわします。また、青で示したゲノムの領域では2つのゲノムのコピーが一方の親に由来するアレルだけになっていることを示しています。各症例ごと(右→左)に認められたゲノムの異常を1番染色体から22番染色体(上→下)の順に色分けして示しています。

図2

図2 MDSで認められるC-CBLの遺伝子変異

 11番染色体長腕の異常を有するMDSのほとんどの症例でC-CBL遺伝子の変異が生じています。これらの症例では1つの変異を有するアレルが正常アレルに置き換わることによって、2つの遺伝子のコピーがともに変異したC-CBLに置き換わっています。変異は、左の図の色をつけて示した進化上極めてよく保存されたアミノ酸で生じており(*の付いたアミノ酸)、これらは赤で示したユビキチンリガーゼの活性に重要な分子とインターフェイスを構成する部分に集中的に生じています。

図3

図3 C-CBLは活性化されたチロシンキナーゼの分解に携わる

 サイトカイン受容体にサイトカインが結合すると受容体のキナーゼがリン酸化され、増殖シグナルが細胞内に伝達されます。C-CBLはリン酸化された受容体チロシンキナーゼに結合し、シグナルを伝達するとともに、リン酸化された受容体をユビキチン化して、その分解を促進し、増殖シグナルが過剰に伝達され続けないように抑制します。

図4

図4 C-CBLのがん抑制作用

 C-CBLを欠失したマウス(c-Cbl-/-)では、脾臓の腫大(a)、骨髄および脾臓での造血細胞(LSK細胞やもっと未熟なCD34-LKS細胞)の増加(b)、および他の遺伝子による白血病発症の促進が認められ (c,d)、さらに、これらのマウスは全例、浸潤性の悪性腫瘍を発症します(e)。このことからC-CBLはがん化の抑制に作用するがん抑制遺伝子であることが分かります。dは死亡したマウスの骨髄の標本(拡大率600倍)でほぼすべて一様な白血病細胞でしめられています。e(拡大率200倍)の下段は腫瘍の検鏡写真で異型性の強いがん細胞の浸潤を認めます。

図5

図5 変異C-CBLの発がん活性

 変異C-CBLを導入した細胞は免疫不全マウスに腫瘍を形成します。下の数字は腫瘍のできた割合を示しています。このことから、変異したC-CBLはがん遺伝子であることが分かります。

図6

図6 変異C-CBLは正常C-CBLのユビキチン活性を抑制する

 正常C-CBLを導入するとチロシンキナーゼ(ここでは上皮細胞増殖因子(EGF)受容体)のユビキチン化が増強しますが、変異C-CBLを同時に導入すると、この活性が著明に抑制されます(a、b)。このことから、変異C-CBLは正常C-CBLのユビキチン活性を阻害することが分かります。また、同様の結果が他のチロシンキナーゼ(c-KIT、JAK2、FLT3)でも認められました。

図7

図7 変異C-CBLを導入した造血幹細胞のサイトカイン感受性の増強

 変異C-CBLを正常なマウスの造血幹細胞に導入すると、さまざまなサイトカイン刺激による細胞増殖が促進されます(青色)。C-CBLをもともと欠失した造血幹細胞でも、このような増殖の促進が認められますが、C-CBLを欠失した細胞に変異C-CBLを導入するとサイトカイン刺激による細胞増殖は著しく促進されます。

<用語解説>

注1)CBL
 造血細胞の増殖を促進するチロシンキナーゼと呼ばれる酵素の働きを調節するユビキチンリガーゼ(注3参照)と呼ばれる酵素をコードする遺伝子で、通常は細胞増殖の抑制に働く、がん抑制遺伝子と考えられている。

注2)SNPアレイ
 SNPは一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)を略したもの。個人によって異なるヒトゲノムの配列は多型と呼ばれるが、SNPはヒトゲノムの多型の中で最も普通に認められる多型。SNPはある程度共通に認められるものに限っても1,000万個以上あることが知られているが、こうしたSNPを解析することによって、個々人における病気のかかりやすさなどを予測することができるようになった。国際HapMap計画は、このSNPのカタログを作ることによって、SNPの研究基盤を構築する一大プロジェクトである。近年のゲノム解析の技術の格段の進歩によって、マイクロアレイと呼ばれる微小なチップを用いて1回の解析で百万個以上のSNPを解析することができる。こうしたチップはSNPアレイと呼ばれるが、その測定原理からSNPだけではなく、がんのゲノムに生じているゲノムのコピー数を解析することができる。正常のゲノムでは、どの遺伝子も通常2コピーだが、がんのゲノムでは、しばしばコピー数に変化が生じる。これががんの重要な原因となっていることから、ゲノムのどの部分が変化を起こしているかを調べることによって、がんの原因となっている遺伝子を見いだすことができる。本研究グループは、CRESTの一連の研究を通じて、がんゲノムのSNPアレイ解析から得られるデータを用いてがんゲノムにおけるコピー数の変化を高精度に解析することを可能にするソフトウェアを開発した。これは現在世界的にも汎用されているプログラムの1つだが、今回の研究はこの解析技術を用いて悪性リンパ腫のゲノムを解析することによって得られた研究成果。

注3)ユビキチンリガーゼ
 ユビキチンリガーゼは標的となるたんぱく質に結合し、これにユビキチンと呼ばれる小さなたんぱく質を付加する(ユビキチン化)。ユビキチン化されたたんぱく質はプロテオソームなどの働きにより、速やかに分解される。ユビキチン化とその後の分解の過程は、細胞内において不要になったたんぱく質の除去や、たんぱく質の量の調整に大変重要な役割を担っている。

注4)チロシンキナーゼ
 基質をリン酸化する酵素を一般に「キナーゼ」と呼び、その中でも基質のチロシン残基を特異的にリン酸化する酵素を「チロシンキナーゼ」と呼ぶ。チロシンキナーゼは一般に細胞の増殖を正に誘導する役割を果たしており、正常細胞内においてはその活性は厳密にコントロールされている。しかし、がん細胞においては、他のたんぱく質と融合したり、あるいは配列の突然変異によって常に活性化された状態となり「がん化」を導いてしまう。

<論文名>

“Gain-of-function of mutated C-CBL tumour suppressor in myeloid neoplasms”
(骨髄系腫瘍におけるがん抑制遺伝子C-CBLの機能獲得変異)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
小川 誠司(オガワ セイシ)
東京大学医学部附属病院 キャンサーボード 特任准教授
〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-3815-5411 Fax:03-5804-6261
E-mail:
※ 取材申し込みは、下記<報道担当>の東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンターまでお願いします。

<JSTの事業に関すること>
廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
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<報道担当>
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東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
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