一般に物質の「表面」は、物理的にも応用上も極めて重要です。例えば、半導体の表面には電子や正孔の局在状態が形成され、これらを制御することでLSIの基本となるトランジスタが実現されます。また、金属表面では表面プラズモンと呼ばれる電子と光の混成状態が形成され、バイオセンサーなどへの応用が進められています。
本研究グループは今回、大面積において構造的に頑丈で注2)、全ての光の偏光状態にも対応可能な究極的な光材料である3次元フォトニック結晶の「表面」に着目しました。まず、3次元フォトニック結晶の表面に光が安定して存在しうることを実証しました。続いて、3次元フォトニック結晶の表面構造を変化させることにより、任意の表面位置に光を点状に強く局在させることが可能であることを見いだしました。結晶表面であるにも関わらず、光の閉じ込めの強さを表すQ値注3)は9,000以上にも達し、3次元フォトニック結晶を用いた光共振器の中で、世界最大の光閉じ込め効果を実現しました。
なお、これまでにも3次元フォトニック結晶による光制御の重要性は認識されていましたが、結晶の「内部」に光を閉じこめることが不可欠と考えられていました。今回、外部からさまざまなアクセス・操作が可能な「表面」において、光の局在・制御の可能性を実証したことは、3次元フォトニック結晶における柔軟かつ新たな光制御の道を開くものです。
さらに、この結晶の表面では金属表面とは異なり、吸収の影響を受けない光閉じ込めが可能になることから、高感度かつ高度な光―物質相互作用が得られるものと考えられます。
このように今回の成果は、従来よりも格段に優れた信号処理能力を持つ光回路、全く新しい光機能素子やその高効率化、さらには極めて高い感度を持つバイオセンサーの実現などにつながるものと期待されます。
本研究成果は、2009年7月16日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature」に掲載されます。
(1)JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 | : | 「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」 (研究総括:伊達 達夫 東京工業大学 理事・副学長) |
研究課題名 | : | フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発 |
研究代表者 | : | 野田 進(京都大学 大学院工学研究科 教授/同校 光・電子理工学教育研究センター センター長) |
研究期間 | : | 平成17年10月~平成23年3月 |
(2)文部科学省グローバルCOEプログラム
拠点名 | : | 光・電子理工学の教育研究拠点形成 |
拠点リーダー | : | 野田 進(京都大学 大学院工学研究科 教授/同校 光・電子理工学教育研究センター センター長) |
期間 | : | 平成19年6月~平成24年3月 |
<研究の背景と経緯>
光を微小な領域に蓄えたり必要なところへ伝搬させる、または光を効率よく外部へ放出したり必要な場所に効率良く導くといった“光を自在に制御する技術”は、次世代の超効率光デバイスの実現など、光科学の進展にとって極めて重要な技術です。この技術により、例えば現在、世界的にも重要となっている光エネルギー・電気エネルギー変換デバイス(太陽電池、LEDなど)の飛躍的な発展が期待されます。また、環境中に含まれる極微量の有害物質の検出や、血液中に含まれる物質の検出など、環境・医療面を中心に高感度のバイオ・環境センサーなどへの展開も期待されます。
このような光の制御に最適な構造体として、3次元フォトニック結晶があります。この結晶は、光の波長程度の周期で誘電体が3次元的に並べた人工的な立体構造です。適切な周期構造を構築すると、その周期に対応する波長を持つ光が結晶内に進入するのを、どの方向からも遮ります。この領域をフォトニックバンドギャップと呼びます。一方で、この結晶の周期構造の中の一部を崩す(欠陥)ことにより、光を閉じ込めることもできます。このような周期構造の設計・制御による光の操作が半導体中での電子の制御と類似していることから、3次元フォトニック結晶は“光の半導体”とも呼ばれています。
これまで、この3次元フォトニック結晶の分野では、結晶「内部」に欠陥や発光する物質を埋め込むことで、光の自在な操作を目指してきました。しかしこの手法は、外部からのアクセスが困難であるなどの欠点を持ち、必ずしも得策とは言えません。
そこで本研究グループは、3次元フォトニック結晶の「表面」に着目しました。表面は一方が自由空間となるので、さまざまな物質と光を相互作用させることが極めて容易になります。また、3次元の結晶は2次元の結晶などと比べて大面積でも構造的に頑丈になるとともに、全ての光の偏光状態にも対応できるため、広い面積で一括した高度な光操作が可能になります。さらに、一般に透明材料で作製可能なため、金属表面などと比べて光閉じ込め効果が劇的に増大し、化学的なセンシングなどの特性も大きく向上させることができます。このように、光の操作のさまざまな局面において3次元フォトニック結晶の表面は有効性が高いのですが、これまで3次元フォトニック結晶の表面における光操作は、全く検討されていませんでした。
<研究の内容>
本研究では、まず3次元フォトニック結晶表面における光操作が可能か、3次元結晶の表面に実際に光の状態が形成されるかを理論検討しました。図1(a)は3次元フォトニック結晶の模式図です。この図には、光のさまざまな伝播方向が示されています。図1(b)は表面が存在しない場合、すなわち3次元フォトニック結晶の大きさが無限であると仮定した場合のバンド図です。この図から、周波数0.29~0.34(c/a)近傍において、光の状態が存在しないフォトニックバンドギャップが形成され、結晶中に光が存在できないことが分かります。しかし、表面を形成した場合には図1(c)のように、これまでフォトニックバンドギャップが形成されていた周波数域に赤色で示される状態が形成されること、またこの状態では同図・左の挿入図が示すように、光が確かに表面に存在していることが分かります。これは、不純物の添加(ドープ)によって半導体が導電性を持つ状態になるのと同様な現象です。
このような理論的予測を実証するため、完全なフォトニックバンドギャップを持つ3次元フォトニック結晶の表面に、光の局在状態が形成されるかどうかを実際に調べました。図2(a)のような実験系を用意し、フォトニック結晶表面の極近傍(~0.5μm)に、プリズムを配置します。プリズムに入射した光は底部で反射され外部へ出て行きますが、底部にはわずかに光が染み出した状態(減衰波)ができます。もし、フォトニック結晶の表面に光の状態が存在したならば、この染み出した光はフォトニック結晶の表面に結合し、結果としてプリズムからの反射光強度が減少するものと予測されます。実際、図2(b)のように、ある特定の入射角(θ=52.3°)で特定の周波数(~0.36c/a)の入射光に対して反射率が減少する現象が見られました。これは、まさしくフォトニック結晶の表面に光が結合したことを意味します。図2(c)は、このような測定をさまざまな光の入射角と周波数を測定した結果ですが、確かにフォトニック結晶表面に光の状態(光のモード)が形成される(光が局在する)ことが分かりました。
この結果を踏まえて、フォトニック結晶の表面を用いて光を自在に制御する方法を検討しました。そのためには、例えば任意の表面位置に光を強く閉じ込めることなどが自由自在にできるようになることが重要です。そこで今度は、まずフォトニック結晶表面に全く光の状態が存在しない状況「表面モードギャップ」を形成することを考えました。さまざまな試行錯誤の結果、図3(a)のようにフォトニック結晶表面の構造を変化させる方法が有効なことを発見しました。具体的には、もともとのストライプ状の表面に対して、これと直交する方向に誘電体を付加した、格子状の表面にすると有効であることを見いだしました。図3(b)から(d)は、実験結果を示しています。図3(b)は、もともとの表面構造ですが、この場合は全ての周波数域(波長域)に表面状態が存在しますが、図3(c)のように幅0.08μmの直交する誘電体を付加すると、波長1.3~1.4μm域に表面モードギャップが形成されることが分かりました。さらに、図3(d)のように、幅0.2μmの誘電体を付加すると、波長1.4~1.5μm域に、表面モードギャップが形成されることが分かりました。このように、表面に光が全く存在できない状態を作り上げることに成功しました。
続いて、一部分だけ構造を乱して人為的な「表面欠陥」を形成すると、その位置に光が局在するとの予想から、実際に表面を変化させてみました(図4(a))。具体的には、誘電体の幅をわずかに増加させました。シミュレーションを行ったところ、図4(b)のように幅を増加させた部分にだけ光が点状に局在することが分かりました。そこで実際に、幅をもとの0.2μmから0.275μmに増加させた欠陥構造を作製し、実験を行いました。図4(c)は、人為的に導入した欠陥を中心とした領域について、光の局在の様子を観察した結果です。わずか数マイクロメートル以下の非常に狭い欠陥領域のみに、光が局在していることが確認できます。
さらに、さまざまな大きさの欠陥を作製したところ、図4(d)のように欠陥の大きさに依存して異なる波長の光を欠陥部に蓄えることが分かり、Q値は最大で9,000以上にも達しました(図5)。この値は、3次元フォトニック結晶として世界最大です。表面を利用したにもかかわらず、フォトニック結晶の中に埋め込んだ場合よりもよい性能が得られたことは予想を上回る結果でした。今回の結晶の積層数は8層ですが、この積層数を増やしていくと指数関数的にQ値が増大していくものと期待されます。例えば、積層数を16~18層程度にすることなどにより、Q値は1000万近くに達するものと期待されます。以上の結果は、表面の構造を工夫することにより、さまざまな光制御の可能性が広がることを示しています。
<今後の展開>
本研究では、3次元フォトニック結晶の表面を用いた光制御が可能性であることを初めて明らかにしました。本研究グループはこれまで、フォトニック結晶を用いたさまざまな光制御の可能性を実証してきましたが、今回の成果はフォトニック結晶の応用範囲と自由度を格段に広げるもので、全く新しい光機能素子の開発につながるものと考えられます。最近注目を集めている光起電力素子やLEDなどの効率向上などにも寄与する可能性があります。また、金属における表面プラズモンとも類似性があるため、物理的にも大変興味深い内容です。金属表面の欠点である光吸収の影響が完全に排除できることから、高感度かつ高度な光―物質相互作用が実現でき、従来よりも桁違いに高い感度を持つバイオセンサーなどへの応用も考えられます。さらに、NEMSと呼ばれる微小な機械素子と3次元フォトニック結晶表面との融合により、ナノオプトメカニカル素子の実現など新たな分野開拓も期待されます。
<参考図>

図1 3次元フォトニック結晶の構造とバンド構造

図2 3次元フォトニック結晶の表面モード(状態)の存在の実験的検証

図3 3次元フォトニック結晶の表面構造の制御による表面モードギャップの形成

図4 人為的な表面欠陥モードの導入とその特性

図5 さまざまな表面局在モードのQ値の測定結果
<用語解説>
注1)フォトニック結晶
フォトニック結晶とは、一般に光の波長と同程度の周期的な屈折率分布を持つ光ナノ構造で、周期に対応する波長の光が結晶の内部に存在できずに、一切排除されることが特徴です。このような波長域をフォトニックバンドギャップと呼びます。この特徴を生かすことで、光の伝搬や発生を自在に制御できることから、究極的な光ナノ材料として近年大きな注目を集めています。
注2)構造的に頑丈
フォトニック結晶は、3次元的な立体構造を持つ3次元フォトニック結晶以外にも、薄い板に2次元状に周期構造が形成された2次元フォトニック結晶スラブがあります。この構造は、薄板構造の周囲を空気などの屈折率の低い媒質で囲んだ場合には、非常に強い光の閉じ込めが得られることが分かっています。しかし、光の波長よりも十分に薄い板状の構造をしているため、構造的な耐久性などの課題もあり、どのような環境でも使用できるわけではありません。また、一方向には周期的ではないため、完全に好きな方向だけに光を取り出したりするような光の操作は難しいと考えられます。
注3)Q値
Quality FactorのQをとって、Q値と呼ばれます。これは、光閉じ込めの良さを表す値であり、どのぐらい強く光を閉じ込めることができるのかの目安になります。Q値が大きいほど閉じ込める光の波長幅が狭く、時間軸上ではより長く光を閉じ込めることができるようになります。
<論文名>
“Manipulation of photons at the surface of three-dimensional photonic crystals”
(3次元フォトニック結晶表面による光子操作)
doi: 10.1038/nature08190
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
野田 進(ノダ ススム)
京都大学 大学院工学研究科 電子工学専攻
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2315 Fax:075-383-2317
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<JSTの事業に関すること>
廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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