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平成21年7月14日

名古屋大学

科学技術振興機構(JST)

細菌が緑色を感じる仕組み

―色素たんぱく質の新しい色決定機構―

 この度、名古屋大学大学院理学研究科の須藤雄気准教授/博士課程二年・鈴木大介氏らは、JST目的基礎研究事業の一環として、名古屋工業大学大学院工学研究科の神取秀樹教授・東京工業大学資源化学研究所の藤井正明教授らの研究グループの協力を得て、細菌の色覚センサーの色決定メカニズムを世界に先駆けて明らかにしました。多くの生物は、青・緑・赤のいわゆる三原色を三種類のレチナールたんぱく質*注1を介して認識することが出来ます。研究グループは、2008年に発見した発現・精製・遺伝子改変が容易な細菌型・緑レチナールたんぱく質(センサリーロドプシンI:SRI注2)を用いて、SRIが、塩化物イオンを結合し、色を認識すること、発色団注3近傍のヒスチジン残基注4が結合に関与すること、結合がたんぱく質の活性化にも重要であることなどを世界に先駆け明らかにしました。この成果は、レチナールたんぱく質の色決定について色素近傍の塩化物イオンによる制御、及び結合によるたんぱく質の活性化という全く新しい情報を提供するものであり、人工色覚の研究や、色覚異常(日本全体で数百万人)の研究において基礎的な部分で貢献できるものと期待されます。
 この研究成果は、7月20日付発行の分子生物学誌「Journal of Molecular Biology」電子ジャーナル版に掲載されます。
*なお記者発表当日は、実際にたんぱく質を持参し、塩添加による色彩変化を実際にご覧頂く予定です。

<研究の背景と概要>

 ヒトをはじめとした「ほ乳類」は、青・緑・赤(三原色)を認識するために、三種類の受容体、青・緑・赤受容体を保持しています。その発色団注3は、ビタミンAのアルデヒド型であるレチナール分子です(図1)。細菌をはじめとした微生物界にも、レチナールを発色団とするたんぱく質(ロドプシン)が広く存在することが近年のゲノム科学の進展によりわかってきました。これらは三原色受容体以上に幅広い色を認識できます。このように、同じレチナール分子を持ちながら様々な色を認識できる性質は、科学的に大変注目されていますが、ほ乳類の受容体は光により容易に不活性化する、量が少ない、遺伝子改変が難しいなどの理由で研究上不利な点が多く、理解が遅れています。このような背景から、問題点を克服できる細菌型ロドプシンが注目されて来ています。実際、須藤准教授らは、古細菌由来の青緑受容体(センサリーロドプシンII:SRII注5)の解析を行ってきました(J. Biol. Chem., (2007) 282, pp.15550-15558、表紙としても掲載, Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2006) 103, pp. 16129-16134)。緑受容体(センサリーロドプシンI:SRI)は不安定な分子でしたが、2008年に真正細菌Salinibacter ruberから安定なたんぱく質を得ることに成功しました(J. Biol. Chem., (2008) 203, pp. 23533-23541)。今回、研究グループは、このたんぱく質を用い、分光学的・分子生物学的解析から、色素たんぱく質・ロドプシンの全く新しい色制御機構を明らかにすることに成功しました。この成果は7月20日付の分子生物学誌「Journal of Molecular Biology」電子ジャーナル版に掲載されます。

<ポイント>

・ 発色団近傍のヒスチジン残基への塩化物イオン結合という全く新しい色制御機構を明らかにした。
・ 塩化物イオンの結合が、たんぱく質の活性化においても重要であることを明らかにした。

<研究の内容>

 当研究グループは、先に見出したS. ruberのSRI(図2)をカラムクロマトグラフィー注6を用いて高度に精製し、その吸収波長が塩化物イオン依存的に長波長(赤色)側に変化することを発見しました(図3)。色の変化を指標に、様々な塩を用いて滴定実験を行ったところ、塩化物イオンだけでなく、ヨウ化物イオン、臭化物イオンや硝酸化物イオンなどの陰イオンが、その大きさにしたがってSRIに影響をすること、つまり、たんぱく質内部に適当な大きさの陰イオンを結合するポケットが存在することがわかりました(図3)。ゲノム情報をもとに、遺伝子工学的技術により、保存された塩基性アミノ酸残基の変異体を作成したところ、発色団レチナール近傍に位置するHis131→Ala及びHis131→Phe変異体で、イオン結合が見られなくことから、このヒスチジン残基が塩化物イオンの結合部位であること、つまり塩化物イオンのマイナス電荷と、ヒスチジン残基のプラス電荷が電気的に相互作用していることがわかりました(図4)。この発見は、生物界に広く存在するレチナールたんぱく質全般において、これまで考えられていなかった全く新しい波長制御機構であります(図5)。
 また、SRIは、緑光を吸収した後(活性化後)、別のたんぱく質に情報を伝達します。情報を効率良く伝達するため、活性型状態が長寿命化していることが知られています。興味深いことに活性化状態の寿命は、塩化物イオンが無い場合、13倍上昇することが分かりました(図6)。したがって、塩化物イオンの結合が、たんぱく質の活性化にも必須であると考えられます。
 以上の成果は、レチナールたんぱく質の色決定機構について発色団近傍への塩化物イオンによる制御、及び塩化物イオン結合に伴う活性制御という全く新しい情報を提供するものであります。

<今後の展開>

 レチナールたんぱく質は、360〜630 nm(紫〜赤)の幅広い色の光を吸収できますが、その色制御メカニズムは不明な点が多く存在します。今回、研究グループは、発色団近傍への塩化物イオン結合という、これまで知られていなかった全く新しい色制御メカニズムを明らかにしました。細菌には様々な色を認識できる受容体が存在しており、今後の研究から紫〜赤色領域での色決定機構が明らかになっていくと期待されます。また、応用面において、人工色覚の研究や、色覚異常(日本全体で数万人)の研究において基礎的な部分で貢献できる可能性があります。

<参考図>

図1

図1

 3原色受容体と発色団レチナールの分子構造。レチナールたんぱく質は、レチナールを発色団として取り込み、360〜630 nm(紫〜赤)の幅広い色の光を吸収することが出来る。

図2

図2

 今回材料として用いた真正細菌Salinibacter ruberの暗視野顕微鏡写真と、細菌に含まれる2つの色覚感覚応答ロドプシン(SRI, SRII)。緑光受容体の色決定機構について検討を行った。

図3

図3

 塩素イオン結合によるSRIの色変化。A)塩を除いたSRIに塩化ナトリウムを加えると、赤色(542 nm)から赤紫(556 nm)に色の変化が観察される。B)この色の変化は陰イオンの大きさにしたがって見られる(ホフマイスター系列)、つまり、SRIは適当な大きさの陰イオンが入れるような結合ポケットをもっていると考えられる。

図4

図4

 遺伝子工学的に様々な変異たんぱく質を作製し、塩化物イオンの結合に関与するアミノ酸残基を探索したところ、発色団レチナール近傍に位置する131番目のヒスチジンをアラニンや、フェニルアラニンに置換したもので、塩化物イオンによる吸収変化が見られなくなり、この部位に塩化物イオンが結合するものと結論づけた。

図5

図5

 これまで考えられてきたレチナールたんぱく質の色制御機構。新たにivが関わることを発見した。

図6

図6

 塩素イオンの結合によって活性型中間体が長寿命化する。SRIは緑色光を吸収すると、K・Mと呼ばれる中間体を形成する。M中間体はシグナル伝達を行う活性型状態である。塩が存在しないときに、M中間体の崩壊が、13倍加速し、情報伝達を正常に行う事が出来ないことが考えられる。

<用語説明>

注1)レチナールたんぱく質
 細胞膜中に存在し、外部からの光信号を受容するたんぱく質。ビタミンAのアルデヒド型であるレチナール分子をたんぱく質に取り込み、360〜630 nm(紫〜赤)の幅広い色の光を吸収することが出来る。

注2)センサリーロドプシンI(SRI)
 細菌の緑色覚受容を司るレチナールたんぱく質。ほとんど飽和の塩環境に生息する細菌から発見された。不安定なたんぱく質であったためあまり研究が進んでいない。

注3)発色団
 光受容たんぱく質に取り込まれ、色を発現する分子の総称。レチナールたんぱく質では、11-cis及びall-trans型レチナール。ノーベル賞で有名なGFPでは、パラヒドロキシベンジリデンイミダゾリノンがそれにあたる。

注4)ヒスチジン
 たんぱく質を構成する約20種類のアミノ酸の一種。

注5)センサリーロドプシンII(SRII)
 細菌の青緑色覚受容を司るレチナールたんぱく質。SRIの発見から数年後に発見され、SRI同様にほとんど飽和の塩環境に生息する細菌から見出された。

注6)カラムクロマトグラフィー
 物質(今回の研究ではたんぱく質)の純度を高める際に用いられる手法の一種。物質(たんぱく質)における分子の性質(吸着性)の違いを利用する。

<発表論文>

“Effects of Chloride Ion Binding on the Photochemical Properties of Salinibacter Sensory Rhodopsin I”
Daisuke Suzuki, Yuji Furutani, Keiichi Inoue, Takashi Kikukawa, Makoto Sakai, Masaaki Fujii, Hideki Kandori, Michio Homma and Yuki Sudo
Journal of Molecular Biology, July 2009
doi: 10.1016/j.jmb.2009.06.050
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りです。
独立行政法人科学技術振興機構(JSTさきがけ)
研究領域:光の利用と物質材料・生命機能<研究総括:増原宏、奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科 特任教授、台湾国立交通大学 講座教授>
研究期間:平成20年10月〜平成24年3月

<問い合わせ先>

<問い合わせ先>
須藤 雄気
名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻生体膜機能
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