1.独立行政法人 物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄、以下NIMS)と独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:北澤 宏一、以下JST)は、鉄系超伝導を用いた超伝導線材の簡便な作製方法の開発に成功した。この成果は、NIMS超伝導材料センター(センター長:熊倉 浩明)ナノフロンティア材料グループの高野 義彦 グループリーダーらの研究によって得られた。
2.2008年初頭、東京工業大学の細野教授のグループによって、鉄系超伝導体LaFeAsO系が発見された。この発見を契機に、類似化合物であるSrFe2As2系やLiFeAs系、Fe(Se,Te)系など、新しい超伝導体が次々発見され鉄系超伝導ブームが巻き起こった。この鉄系超伝導体を応用していくために、超伝導線材の試作が求められている。超伝導線材に流れる超伝導電流注1)は、ロス無く電気を運ぶことができるため、環境エネルギー問題解決の切り札として期待されている。最近、中国のグループにより、LaFeAsO系とSrFe2As2系超伝導体を用いた線材の試作が行われたが、どちらも通電試験において超伝導電流が流れていない。
3.我々のグループが本研究に用いた鉄系超伝導体は、最も単純な結晶構造を持つFe(Se,Te)である。鉄系超伝導体の主成分である鉄は豊富に存在し、現在、広く使われている材料である。その特徴を生かして、超伝導線材のシース材に鉄を用い、同時にシース材注2)が超伝導物質の材料を兼ねるという簡便な超伝導線材の作製方法を開発した。FeSe系を用いた線材の試作は世界で初めてであり、鉄系超伝導体を用いた線材で超伝導臨界電流を流すことに成功したのも今回が世界で初めての例である。
4.本発見のプロセスは、多芯化や長尺化が容易で、それを用いた超伝導マグネットなどへの応用が考えられる。圧延しながら熱処理するホットプレスなどを用いることで、性能の向上が期待される。また、製造プロセスが容易であるため、今後より多くの研究者が研究開発に参画することなどが見込まれ、応用研究に弾みがつくものと期待される。
5.本研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 研究領域「新規材料による高温超伝導基盤技術」(TRiP、研究総括:福山 秀敏、東京理科大学 理学部 教授)の研究課題「鉄セレン系超伝導体の機構解明と新物質探索」(研究代表者:高野 義彦)の一環として得られた。
<研究の背景>
2008年初頭、東京工業大学の細野教授のグループによって、新たに鉄系超伝導体LaFeAsO系が発見された。その発見を契機にして、類似化合物であるSrFe2As2系やLiFeAs系、Fe(Se,Te)系などの超伝導体が次々と見出され、超伝導転移温度Tc注3)もこれまでに56K注4)まで上昇した。それ故、この鉄系超伝導体は、新しい高温超伝導体の鉱脈と期待され、現在、JST 戦略的創造研究推進事業 研究領域「新規材料による高温超伝導基盤技術」(TRiP)を中心に、積極的に研究開発が進められている。
超伝導材料の重要な応用の1つとして超伝導線材の開発があげられる。超伝導状態になると、電気抵抗が完全に無いゼロ抵抗状態になり、全くロス無く超伝導電流を流すことができる。超伝導材料を細長い線材状に加工することができれば、エネルギーをロス無く輸送することがでるため、地球環境問題への取り組みの一環である省エネルギー技術の切り札になる可能性がある。
最近発見された鉄系超伝導体についてもこれを応用していくために、超伝導線材の試作が求められている。最近、中国のグループにより、LaFeAsO系とSrFe2As2系超伝導体を用いた線材の試作が行われたが、いずれの場合も、通電試験において超伝導電流が流れておらず、未だ、鉄系超伝導体を用いた超伝導線材の作製に成功していない。
<成果の内容>
当研究グループが本線材研究に用いた鉄系超伝導体は、最も単純な結晶構造を持つFe(Se,Te)系である。鉄系超伝導体の主成分である鉄は豊富に存在し、現在広く使われている材料であるので、線材の主成分となるシース材に鉄を用い、シースの役割と同時に鉄系超伝導物質の原料を兼ねるという簡便な超伝導線材の作製方法を開発した。FeSe系超伝導体を用いた線材の試作は世界で始めてである。この方法は、プロセスが大変シンプルなため、多芯化や長尺化が容易であると考えられる。
作製方法は、直径約6mm鉄製シースパイプに、予め用意したSeTe化合物を詰め、溝ロールや平ロールを用いて細長く圧延する(図1)。得られた線材を4~5cm程度に切断し、試験片を石英ガラス管に封入し熱処理を施す(図2)。するとシースの鉄と内部のSeTe化合物が反応し、Fe(Se,Te)超伝導体がシース内部に形成される。得られた線材の断面写真を図3に示す。線材の両端の部分に超伝導体がシースと密着し隙間無く充填している良好な状態が得られた。
線材の試験片に電極を設け、通電法による超伝導臨界電流密度の評価を行った結果、臨界電流密度は12.4A/cm2と求まった。鉄系超伝導体を用いた線材において、通電法により臨界電流密度が観測されたのはこれが始めてである。得られた臨界電流密度は、現在のところまだ小さな値であるが、これは、線材の中央の部分においてシースと超伝導体の間に空壁が生じていることなどが主な原因であると考えられる。今後、加圧しながら加熱することができるホットロールなどを用い、充填率の向上やシースとの結合を改善し、多芯線化、ピニングサイトの導入などを試みることによって、臨界電流密度が増加するものと考えている。当研究グループでは、これまでに、新しい鉄系超伝導体Fe(Te,S)を発見している。この超伝導体を用いた線材の試作も現在進めている。
<波及効果と今後の展開>
本超伝導線材の製造プロセスは、鉄シースを超伝導体の原料に用いた単純簡便なものである。この手法は、多芯化や長尺化が容易であり、同時に超伝導体形成の熱処理プロセスを改善し充填率の高い線材が得られれば、臨界電流密度の大きな向上が期待される。今後、より超伝導転移温度が高く臨界電流密度の高い超伝導線材が開発され、環境エネルギー問題解決のための一助となることを期待したい。
<用語解説>
注1)超伝導電流
超伝導体の中を損失ゼロで流れる電流。
注2)シース材
筒状のさやであり、線材の外形を成すもの。本プロセスではシース材が超伝導体の原料を兼ねている(図1)。
注3)超伝導転移温度Tc
超伝導体を超伝導転移温度Tc以下に冷却すると、ゼロ抵抗状態が出現する。ゼロ抵抗状態では、まったくロスなく電流を流し続けることが可能で、将来の環境エネルギー材料として注目されている。その他、将来の超伝導コンピューターに応用可能なジョセフソン効果やマイスナー効果なども、超伝導にのみ現れる特別な現象である。なお、臨界電流密度とは、ゼロ抵抗状態で流す事ができる最大の電流密度である。
注4)K(ケルビン)
絶対零度(-273.15℃)をゼロ度と定義した温度の単位。絶対零度より低い温度は存在しない。参考として、液体ヘリウム温度は約4.2K、液体窒素温度は約77K、室温は約300Kである。