研究で対象としたガドリニウムオルソフェライト注1)(GdFeO3)は、ペロブスカイト型の構造(図1)を持つ酸化物として古くから知られている物質の1つです。室温では鉄の磁性のもとであるスピンが規則的に配列することで磁石としての性質(強磁性)を持つことは知られていますが、低温での電気的性質については詳しく調べられていませんでした。
本研究グループは今回、GdFeO3の単結晶試料を作製して低温での磁気的性質と電気的性質を詳しく調べることにより、この物質はガドリニウムのスピンが整列する温度(-271℃)以下で強誘電体になり、強磁性と強誘電性を併せ持つようになることを突き止めました。またこの物質は、磁場をかけると自発磁化の反転に伴い電気分極が変化するという性質を持つと共に、電場をかけると電気分極の反転に伴い磁化が変化するという例を見ない性質を持つことも判明しました。これらの新しく見つかった物性は、強磁性・強誘電状態でこの物質のドメイン壁注2)が複合ドメイン壁という特別な構造をとることで実現していると考えられます。
この結果は、電場により磁化を自在に制御できるマルチフェロイック材料の開発への重要な設計指針を与えるもので、将来的には低消費電力のメモリーデバイスなどへの応用が期待されます。
本研究成果は、2009年6月7日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Materials」のオンライン速報版で公開されます。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト | : | 「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」 |
研究総括 | : | 十倉 好紀(東京大学 大学院工学系研究科 教授) |
研究期間 | : | 平成18~23年度 |
<研究の背景>
強磁性体(磁石)と強誘電体は、それぞれハードディスクやメモリーデバイスなどのエレクトロニクス材料として広く応用されています。近年、この強磁性体と強誘電体との性質を併せ持つマルチフェロイックスと呼ばれる物質群が注目されています。これらの物質の中には、強磁性体と強誘電体の性質がお互い強く結びついているものがあり、これらの物質を用いれば電場によって磁化の方向を、磁場によって電気分極の方向を制御できる可能性を秘めています。また、電流による磁化方向を制御することも試みられていますが、これには大きな電流が必要で発熱量が大きく、高い電力消費を伴います。これに対し、電場による制御では電流を流す必要がなく、消費電力が小さいと期待されることから、マルチフェロイック物質を用いて電場により磁化を制御することができれば低消費電力のメモリーデバイスなどへの応用が期待されます。
しかし、マルチフェロイック物質については磁場による電気分極の制御に関しては数々の報告があるにもかかわらず、電場による磁化の制御については報告がありませんでした。本研究で対象としたGdFeO3は、ペロブスカイト型の構造(図1)を持つ酸化物としては古くから知られる物質の1つです。室温で弱い磁石としての性質があることは知られていますが、低温での電気的性質については詳しく調べられていませんでした。
<研究の成果>
GdFeO3では、ガドリニウムイオンも鉄イオンも磁性のもとになるスピンを持っています。室温ではガドリニウムのスピンはばらばらの方向を向いていますが、鉄のスピンは規則的に並んでいるので磁石としての性質を持ちます。温度を冷やしてゆくと、-271℃以下でガドリニウムのスピンが規則的に配列するようになります。
本研究では、鉄とガドリニウムのスピンが両方整列した時に、この物質が強磁性(磁石)としての性質だけではなく強誘電体としての性質をも併せ持つ強磁性体・強誘電体となることを見いだしました。また、この物質は磁場をかけると自発磁化の反転に伴い電気分極が変化するという性質を持つと共に、電場をかけると電気分極の反転に伴い磁化が変化するという特異な性質を持つことが明らかとなりました。
本研究で得られた主な成果を以下に示します。
<今後の展開>
今後は、強磁性磁壁や強誘電分域壁を直接観察することでより詳しく原理を検証するほか、さらに高い温度で動作するマルチフェロイック物質の開発を目指します。
<参考図>

図1 ガドリニウムオルソフェライト(GdFeO3)の結晶構造

図2 本研究で作製されたGdFeO3単結晶の磁化履歴(左)および強誘電履歴曲線(右)

図3 磁場による電気分極の制御および電場による磁化の制御

図4 電場による磁化変化のメカニズムの模式図
<用語解説>
注1)オルソフェライト
化学式RFeO3(Rは希土類またはイットリウムイオン)で表されるペロブスカイト型酸化物をオルソフェライトと呼びます。室温で弱い磁石としての性質を持ちます。
注2)ドメイン・ドメイン壁
強磁性体や強誘電体の内部において、磁化や電気分極が同じ向きを向いている領域をドメインと呼び、これらの方向が異なる領域との境界をドメイン壁と呼びます。通常の強磁性体中のドメインは磁区、ドメイン壁は磁壁と呼ばれています。強磁性体に磁場をかけると、内部の磁化が磁場方向を向いた磁区を拡大させるように磁壁が移動して結晶全体の磁化が磁場方向に揃えられます。これに対し、強誘電体におけるドメインは分域、ドメイン壁は分域壁と呼ばれています。強誘電体において電場をかけると、内部の電気分極が電場方向を向いた分域を拡大させるように分域壁が移動して結晶中の電気分極が電場方向に揃えられます。
<論文名>
“Composite domain walls in a multiferroic perovskite ferrite”
(マルチフェロイック特性を示すペロブスカイト型フェライトの複合ドメイン壁)
doi: 10.1038/nmat2469
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
金子 良夫(カネコ ヨシオ)
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」 技術参事
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1 理化学研究所 フロンティア中央研究棟208号室
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E-mail:
徳永 祐介(トクナガ ユウスケ)
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」 研究員
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1 理化学研究所 フロンティア中央研究棟208号室
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