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平成21年5月14日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学 大学院理学系研究科
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環境調和型高効率酸素酸化反応の連続プロセス化を達成

 JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院理学系研究科の小林 修 教授らは、酸素を酸化剤として用いる環境調和型酸化反応を連続的に行う技術を新たに確立しました。
 酸化反応は還元反応と並んで基本的で重要な官能基変換反応であり、実験室レベルだけでなく工業的にも汎用的に用いられています。現在用いられている酸化剤としては酸化クロムや二酸化マンガン、ジメチルスルホキシド、超原子価ヨウ素化合物などが挙げられますが、大量の重金属塩が副生したり悪臭や爆発の危険性を伴うなど問題点を数多く含んでおり、より安全・低環境負荷のシステムの創成が求められています。
 本プロジェクトではごく最近、高分子に担持させた金触媒で酸素のみを酸化剤とする環境調和型酸化反応を促進させることに成功し、この触媒が繰り返し使用できることを明らかにしています。しかし、繰り返し使用するためには、反応終了後ろ過による目的物と触媒との分離、洗浄、乾燥などといった煩雑な操作が必要であり、プロセス化への妨げとなっていました。
 今回、この触媒をガラスキャピラリーに担持する方法を新たに開発し、連続的に酸化反応可能なシステムを創成することに成功しました。触媒をキャピラリー壁面に均一に固定化することにより、基質との接触が高効率で行われるようになり、わずか1.5分の反応時間で望みの酸化反応がほぼ定量的に進行します。また、触媒の不活性化も起こることなく、長時間にわたり使い続けることができます。ガラス製キャピラリーは、束ねるだけで積層化が容易、流路体積/支持体積が高いことから装置の小型化が可能などの利点を有しています。本成果は、マイクロ反応装置が並ぶ化学プラントの実現に大きく近づけたものと言えます。
 本研究成果は、ドイツの科学誌「Angewandte Chemie International Edition(応用化学誌 国際版)」のオンライン速報版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト 「小林高機能性反応場プロジェクト」
研究総括 小林 修(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間 平成15年11月~平成21年3月
 JSTはこのプロジェクトで、化学反応が起こる“場”をナノスケールで精密にデザインすることにより、反応場自体に高度な機能を付与し(高機能性反応場の構築)、これを活用した高効率かつ環境調和型の新プロセスの開発を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 酸化反応の中でも、アルコールをケトンやアルデヒドといったカルボニル化合物に変換する酸化反応は、工業的にも広く用いられています。酸化剤としては古くから利用されている酸化クロムや二酸化マンガン、Swern酸化で知られるジメチルスルホキシド、超原子価ヨウ素化合物などが挙げられますが、酸化クロムや二酸化マンガンの場合有害な重金属塩が副生したり、ジメチルスルホキシドを酸化剤とした場合はそのものが還元されてできるジメチルスルフィドが悪臭であったり、超原子価ヨウ素の場合には試薬自体が高価な上、爆発の危険性を伴うなど問題点を数多く内包しています。また、基本的にこれらの酸化剤は基質に対して等量以上必要であり、より安全・低環境負荷のシステムの創成が求められています。
 その観点から酸素を酸化剤として用いる酸化反応は、副生成物として水が生成するのみであり、理想的な酸化反応と言えます。これまでは酸素自体の反応性があまり高くないため反応が進行しにくいと考えられていましたが、直径数ナノメートル程度の金属ナノクラスター注1)が酸素を用いた酸化反応を活性化させることが明らかにされて以来、酸素を酸化剤とする酸化反応の不均一系触媒が精力的に開発されています。一方ごく最近、本プロジェクトで開発されたマイクロカプセル化注2)金触媒を用いたアルコールの酸素酸化反応が見いだされ、高い活性を維持しつつも取り扱いが容易で、回収・再使用で活性を失わないなどの利点を有していることが判明しています[Angew. Chem. Int. Ed., 2007, 4151.]。しかし、繰り返し使用するためには、反応終了後ろ過による目的物と触媒との分離、洗浄、乾燥などと言った煩雑な操作が必要であり、プロセス化への妨げとなっていました。
 反応釜を用いたバッチプロセス注3)は実験室だけでなくプラントでも主流であり、目的物を大量に欲しい時は大きな反応釜を用いるか、中程度の反応釜で同じ反応を繰り返す必要があります。この問題を解決するため、原料を連続的に流すことにより反応を行うフローシステム注4)が期待されています。このシステムのメリットとして、混合・反応時間・反応停止のタイミングなどを厳密に制御できるため、バッチプロセスにおける反応釜の違いによる製品の純度の違いの問題などを回避することができる点などが挙げられます。
 一方、近年この反応容器をマイクロメートル以下の大きさまで小さくするマイクロリアクターが注目されています。容器の大きさを小さくすることで、混合時の濃度の不均一性や温度の不均一性など、従来からのフラスコを用いる反応では見逃されがちだった反応のファクターを制御することで、副反応の抑制や収率、選択性の向上などが可能となるからです。このマイクロリアクターの特徴とフローシステムの特徴を生かした、「マイクロフローリアクター」を用いれば、高い反応性や選択性を維持しつつ、厳密な条件下で連続的に目的物を得ることが可能となり得ると考えられます。加えて、このマイクロフローリアクターは微小空間で反応を行うため、用いる溶媒量や試薬量が少なくて済み、環境調和型のプロセスとなるばかりか、欲しい時に必要なだけ目的物を合成することが可能となるため、毒性の強い中間体などを保存する際の危険性を低下させることもできます。バッチプロセスの場合、反応スケールを大きくすると最適な収率を得るために反応条件の再検討を行う必要がしばしばありますが、マイクロフローリアクターならば、一度決定した最適条件を単純に積層(ナンバリングアップ)させることで、必要な際に必要なだけ供給することもできます。
 酸素酸化反応は水素還元反応に比べ反応性が乏しいため、触媒をより多く固定化させる技術が必要でしたが、今回、先に述べたマイクロカプセル化金触媒をキャピラリー上に固定化し、キャピラリー内で連続的な酸素酸化反応を実現することに成功しました。

<研究の内容>

1、ガラスキャピラリー上にマイクロカプセル化金触媒を固定化する技術の開発
 マイクロカプセル化触媒をマイクロキャピラリー内のガラス壁面に担持する方法は、すでに水素ガスを用いる固-液-気三相系の還元反応で確立しているものの、今回の触媒に適用し酸素酸化反応を行ったところ、使用しているうちに担持した触媒がはがれてくる現象が観測され、長時間の使用は困難でした。当研究室において開発した、マイクロカプセル化金触媒を用いるアルコールの酸素酸化では、反応を円滑に進行させるために炭酸カリウムを添加する塩基性条件が必要です。そのため、これまで用いてきたガラスの表面修飾による触媒担持法では、ガラス表面と修飾剤との比較的弱い化学結合が加水分解され、触媒がはがれ落ちてしまうと考えられました。そこで、より強固な担持法を探索したところ、ポリシロキサン注5)を内壁に塗布した市販のGCキャピラリー(GLサイエンス社製:InertCap® 225)を用いた方法が有効であることを発見しました(図1)。

2、触媒活性の評価
 反応条件の設定および反応の評価のためのシステムの外観を図2に示します。基質溶液と炭酸カリウム水溶液をコネクターT1を介して合流させ、混合溶液はさらにコネクターT2において酸素と合流させます。コネクターT2の出口にマイクロカプセル化金触媒担持型キャピラリーの一端を接続し、この部分のみをホットプレートで加温するようにします。キャピラリーのもう一端を溶媒で満たしたサンプル瓶に浸し、目的物を捕集しました。
 モデル基質として1-フェニルエタノールを用いて酸化反応を試みましたが、反応は円滑に進行し、4日間連続使用しても活性を失うことなく使用でき、生成物中に漏れ出す金も全く検出されませんでした。すなわち、半永久的に使用できる酸化反応システムが構築されたと言えます。

3、基質一般性の検討
 基質を流す時間を24時間に固定し、基質一般性の検討を行ったところ、原料が2級アルコールの場合、芳香族アルコールに限らず、α,β-不飽和アルコール、複素環を有するアルコール、反応性はやや落ちるものの直鎖脂肪族アルコールでも高収率で目的のケトンを得ることができました。しかし原料が1級アルコールの場合、同じ反応条件下では過剰酸化に由来する副反応も進行してしまい、原料は消失しても目的物の収率が中程度となる問題点が分かりました。ごく最近、中心金属に金を含んだ合金を用いることで、塩基を必要としないより温和な条件下で酸素酸化反応が円滑に進行することを見いだしたため、この手法に基づき、パラジウム/金担持型キャピラリーを調製し反応を行ったところ、予期した通り反応は円滑に進行し高い収率でアルデヒドを選択的に得ることができました。

<今後の展開>

 本研究グループは今回、マイクロカプセル化金触媒をキャピラリー上に担持し、酸素を酸化剤として用いるアルコールの酸化反応を連続的に行うシステムの開発に成功しました。本触媒系は種々のアルコールをケトンあるいはアルデヒドに高収率で酸化することができます。また、少なくとも4日間の連続使用においても活性を失わず、金原子の漏れ出しもないことが確認されました。本反応は酸素を用いる酸化反応であり、低環境負荷型の工業システムへ展開できるものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 用いた市販のGCキャピラリーの構造

 今回用いたキャピラリーの断面図。ガラスキャピラリー(中央灰色の層)の内側に膜厚0.25μmのポリシロキサンが塗布されている。単純な表面修飾ではおよそ千分の一(1nm以下)程度であることから、ポリシロキサンの強固な網目構造により対薬品性に優れた表面が形成されている。

図2

図2 反応システム概要

 システムの概略図。図の右側のホットプレート上にマイクロカプセル化金触媒を担持したマイクロキャピラリーを乗せ、任意の温度で酸素酸化反応を行っている。キャピラリー入り口で酸素と基質溶液を合流させ(酸素は流量調節器を介して酸素ボンベから直接導入している)、キャピラリーの出口から目的物を回収している。それぞれの流速を変えることにより基質のキャピラリー内滞在時間を変えることができ、わずか90秒でも完全に原料が目的物に変換できることが明らかになった。

図3

図3 マイクロカプセル化金担持キャピラリーによる酸素酸化反応

 さまざまな化合物を連続的に酸化することができる。この酸化反応では副生するのが水のみのため、クリーンな反応と言える。

<用語解説>

注1)金属ナノクラスター
 数個から数百個の金属原子からなる集合体で金属ナノ粒子とも言う。バルク金属とは全く異なる挙動を示し、粒子サイズによって性質や機能が大きく異なることから、次世代の材料として注目されている。

注2)マイクロカプセル化(法)
 小林プロジェクトで独自に開発した、触媒を高分子に固定化する手法の一つ。金属触媒と高分子を有機溶媒中で混合し、調製する。

注3)バッチプロセス
 通常の反応釜を用いた実験手法のこと。釜を大きくすることで大スケールにも対応できるが、一般に反応時に発生する温度ムラや濃度ムラが顕在化するため、反応スケールを大きくするごとに改めて条件検討が必要となる。

注4)フローシステム
 フラスコなどの容器中で反応系を攪拌する通常のバッチシステムに対して、カラムなどの流路に反応系を流すシステム。

注5)ポリシロキサン
 シリコーン樹脂の基本構造。-Si-O-結合を基本骨格とし、ケイ素上の置換基を様々に変えることで耐熱性や耐薬品性、水や油へのなじみやすさ等を変えることができる。シリコンオイルやシリコン樹脂の他、洗剤の柔軟剤やコンタクトレンズの材料等、我々の日常でも良く使われている。

<論文名>

“ A Gold-Immobilized Microchannel Flow Reactor for Oxidation of Alcohols with Molecular Oxygen ”
(金担持型マイクロチャネルフローリアクターによるアルコールと分子状酸素での酸化反応)
doi: 10.1002/ange.200900565

<お問い合わせ先>

小林 修(コバヤシ シュウ)
独立行政法人 科学技術振興機構 ERATO小林高機能性反応場プロジェクト 研究総括
(東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻有機合成化学研究室 教授)
〒113-0033 文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-4790 Fax:03-5684-0634
E-mai:

小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
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