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平成21年3月27日

科学技術振興機構(JST)
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九州大学
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白血球の一種「好中球」が感染源に向けて動く際の基本原理を解明

(炎症性疾患の治療応用に期待)

 JST基礎研究事業の一環として、九州大学生体防御医学研究所の福井 宣規 教授らは、白血球の一種・好中球注1)が細菌などの感染源に向かって動く際、2種類のリン脂質注2)を使ってDOCK2というたんぱく質の細胞内での位置を制御し、細胞の形態を変化させ、効率よく運動できるようにしていることを突き止めました。
 細胞が動く際には、進行方向に向かって仮足を伸ばすことが知られています。福井教授らは以前、DOCK2がRac注3)という細胞内シグナル伝達因子を活性化し、好中球の仮足形成に重要な役割を演じることを明らかにしました。しかし、DOCK2の細胞内局在を制御するメカニズムは不明でした。
 このメカニズムについて、本研究グループは今回、緑色蛍光たんぱく質(GFP)を融合することによってDOCK2の細胞内での動きを可視化できるようにした好中球を用いて解析し、ホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)というリン脂質が産生されるとDOCK2が細胞膜に引き寄せられ、続いてホスファチジン酸(PA)という別のリン脂質を介してDOCK2が局所に集積するという、2段階の制御機構が働いていることを世界で初めて明らかにしました。
 好中球は生体防御において重要な役割を演じていますが、一方で自己免疫疾患やアレルギー疾患の発症・増悪にも関わっています。今回の成果は、このような炎症性疾患の新しい治療法の開発に役立つことものと期待されます。
 本研究成果は、2009年3月26日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Science」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題と、文部科学省ターゲットタンパク研究プログラムおよびゲノムネットワークプロジェクトによって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」
(研究総括:菅村 和夫 東北大学大学院医学系研究科 教授)
研究課題名 細胞骨格制御シグナルを標的とした免疫難病治療の新戦略
研究代表者 福井 宣規(九州大学生体防御医学研究所 教授)
研究期間 平成20年10月〜平成26年3月
 JSTはこの領域で、アレルギー疾患や自己免疫疾患を中心とするヒトの免疫疾患を予防・診断・治療することを目的に、免疫システムを適正に機能させる基盤技術の構築を目指しています。上記研究課題では、細胞骨格制御に重要な役割を演じるDOCK2をはじめとするCDMファミリー分子群の機能・構造・シグナル伝達機構を包括的に解析し、免疫難病の新しい治療法を開発することを目的としています。

<研究の背景と経緯>

 好中球は感染局所に速やかに集積し、病原微生物を貪食し、活性酸素を産生することでその除去に働く、いわば生体防御の最前線で機能する白血球です。好中球は感染源を感知すると、その方向に向かって仮足を伸ばします。この仮足は、細胞骨格であるアクチン繊維注4)により構成されており、アクチン繊維が網目状の構造を形成していくことで、仮足の伸張と細胞の推進力を生み出していることが知られています(図1)。このようなアクチン繊維の再構成は、細胞内で「分子スイッチ」として働くRacというたんぱく質により制御されており、このRacと協調して機能するのが、感染源からの刺激を受けて産生されるホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)というリン脂質です。九州大学生体防御医学研究所の福井 宣規 教授らは以前、好中球においてRacのスイッチを“on”にする分子がDOCK2であることを突き止め、DOCK2が細胞の進行方向前端(先導端)に集積することで局所的にアクチン繊維の再構成を促すことを明らかにしました。しかし、DOCK2の細胞内局在を制御するメカニズムは不明でした。

<研究の内容>

 これまで多くの細胞において、Racのスイッチを“on”にする分子はPIP3によって先導端にリクルートされ、Racの活性化を局在化させることで仮足を形成すると考えられてきました。しかし、本研究グループの福井教授と同研究所の錦見 昭彦 助教らは今回、PIP3産生に必要なPI3キナーゼγと呼ばれる酵素が欠損した好中球を用いてDOCK2の局在を検討し、PIP3を産生できない好中球ではDOCK2の細胞膜への移行が部分的に障害されるものの、最終的にDOCK2が先導端に集積し、仮足が正常に形成されることを見いだしました(図2)。このことから、DOCK2の最初の細胞膜への移行はPIP3によって担われているものの、これに続く先導端への集積はPIP3以外の分子によって制御されていると考えました。
 そこで、この分子の同定を目的に研究を行った結果、ホスファチジン酸(PA)というリン脂質の産生を担うホスホリパーゼD(PLD)という酵素の活性を阻害すると、DOCK2の先導端への集積と仮足の形成が障害されることが分かりました(図3)。DOCK2を発現する好中球にPAを添加するとアクチンの重合が起こりますが、DOCK2を欠損した好中球ではこのような変化が起こりません(図4)。このことから、PAはDOCK2を介してアクチン繊維の再構成を制御していると考えられます。さらに、DOCK2のPAと結合する領域を特定し、この領域に変異を入れてPAとの結合能を失わせたDOCK2では、仮足を形成する能力が低下し、好中球の運動を引き起こせないことも実証しました。
 これらの結果から、PIP3とPAという2種類のリン脂質が、順序立てて産生され、DOCK2を適切な時期に適切な位置に導くことにより、好中球が仮足を伸張して運動する際に必要なアクチン繊維の再構成を時間的・空間的に制御していることが明らかになりました(図5)。

<今後の展開>

 好中球は生体防御において重要な役割を演じていますが、一方で自己免疫疾患やアレルギー疾患の発症・増悪にも関わっています。今回の成果は、このような炎症性疾患の新しい治療法の開発に役立つものと期待されます。また細胞運動は、免疫応答以外にも器官形成や創傷治癒、がんの転移と深く関わっていることから、このような生理的あるいは病的現象の理解にも貢献する可能性があります。

<参考図>

図1

図1 好中球が運動する仕組み

 好中球は、未刺激の状態では球形をしていますが、感染源を感知するとその方向に仮足を伸ばして細胞を前進させます。仮足では、アクチン繊維が網目状に再構成され、これが細胞を動かす推進力となります。このような細胞形態の変化は、感染源を感知した受容体の下流でDOCK2が機能し、Racの活性化を介して、細胞の感染源に面した側のみでアクチンの重合が起こることに起因します。

図2

図2 野生型およびPI3Kγ欠損好中球でのDOCK2(緑)とアクチン繊維(赤)の局在

 PI3Kγを発現する好中球(野生型)を刺激すると、DOCK2は15秒後に細胞膜に移行し、30秒後には先導端に集積して、アクチン繊維の再構成を引き起こします。一方、PI3Kγを欠損した好中球では、15秒後の膜移行は障害されているものの、30秒後の先導端への集積と仮足の形成は正常に行われます。

図3

図3 PLD阻害剤による仮足形成の抑制

左:図2と同様の刺激を、PLD阻害剤の存在下で行い、DOCK2(緑)とアクチン繊維(赤)の局在を観察しました。PLD阻害剤で処理した好中球では、15秒後のDOCK2の細胞膜への移行は正常に観察されますが、30秒後の局所への集積と仮足の形成が障害されています。
右:微小な針(マイクロピペット)を用いて、菌体成分に含まれる走化性物質を局所的に注入した際の細胞の形態とDOCK2(白)の局在を観察しました。阻害剤を入れない場合は、先導端にDOCK2が集積して仮足が形成されますが、PLD阻害剤で処理するとDOCK2の集積は観察されず、極めて薄い不完全な仮足しか形成されません。

図4

図4 PAによるアクチン重合の促進と仮足の形成

 普通の好中球(野生型)にPAを取り込ませると、菌体成分に含まれる走化性物質で刺激した場合と同様にアクチンの重合や仮足の形成が観察されますが、DOCK2を欠損した好中球では、このような変化が全く起こりません。

図5

図5 PIP3とPAによるDOCK2細胞内動態の時間的・空間的制御機構

 1 未刺激の状態では、DOCK2は好中球の細胞質にほぼ均一に存在します。2 受容体が感染源を感知すると、PI3Kγの働きでPIP3が細胞膜で産生され、DOCK2が細胞膜に引き寄せられます。3 続いてPLDの働きによりPAが産生され、それとの相互作用の結果DOCK2が局在化します。DOCK2が集積した場所では、アクチン繊維の再構成が行われ、感染源に向けて仮足が伸張します。4 さらに、アクチン繊維の再構成が進み、細胞が前進します。

<用語解説>

注1)好中球
 感染局所にいち早く集積し、病原微生物を貪食し、活性酸素を放出するなどして感染源の除去にあたる白血球の一種。

注2)リン脂質
 リン酸エステルを有する脂質の総称で、細胞膜の主要な構成成分。細胞の内外を隔てるのみにとどまらず、シグナル伝達因子や生理活性物質としてさまざまな機能を担っています。

注3)Rac
 細胞内シグナル伝達因子の1つで、GDP(グァノシン二リン酸)が結合している時は「不活性型」、GTP(グァノシン三リン酸)が結合している時は「活性型」となるGたんぱく質です。「不活性型」から「活性型」への変換、あるいはその逆がスイッチの“on”と“off”に例えられ、シグナル伝達系において「分子スイッチ」として機能します。DOCK2はRacのスイッチを“on”に切り替える作用を持つたんぱく質で、“on”になったRacは、その下流でアクチンの重合を促進します。

注4)アクチン繊維
 細胞骨格の一種で、ほぼ球形をしている単量体アクチンが連なった数珠状の繊維が2本よじれたような構造をしています。個々の単量体アクチンが離合を可逆的に行い、網目状あるいは束状の構造を形成して、細胞の形態変化や運動に重要な役割を果たしています。

<論文名>

“Sequential regulation of DOCK2 dynamics by two phospholipids during neutrophil chemotaxis”
(2つのリン脂質を介した好中球遊走におけるDOCK2細胞内動態の連続的制御機構)
doi: 10.1126/science.1170179

<お問い合わせ先>

福井 宣規(フクイ ヨシノリ)
九州大学生体防御医学研究所 免疫遺伝学分野
〒 812-8582 福岡市東区馬出3−1−1
Tel:092-642-6827 Fax:092-642-6829
E-mail:

科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
金子 博之(カネコ ヒロユキ)
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