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平成20年3月11日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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脳の発達の仕方が脳部位によって異なることを発見

 JST基礎研究事業の一環として、大阪大学 大学院生命機能研究科の藤田 一郎 教授らは、サルをモデル動物として扱った実験で、脳神経回路を構成するシナプス注1)について、個体の誕生時における数、発達過程での生成と減少の度合い、そして大人になってからの数が、脳の場所によって異なることを明らかにしました。
 脳の精密な神経回路は、生後、シナプスを生成したり、取り除いたりすること(刈り込み)で完成します。これまでは、脳神経細胞の発達過程において、「使うシナプスほど強化され、使わないシナプスは削除する」という見解が広く受け入れられてきました。しかし、本研究グループは今回、サルの大脳皮質の3つの領域におけるシナプス数の生後変化を調べることで、より高度な情報処理に関わる脳の部位ほど、生まれた時から多くのシナプスを持ち、生まれた後により多くのシナプスを形成し、さらにその後、より多くのシナプスが刈り込まれるということを突き止めました。これらのことから、神経回路の精密化の過程は、脳の中の場所によって異なることが示されました。
 このような、シナプス生成や刈り込みの発達の経過を知ることは、脳神経回路の精密化過程の理解を進め、さらに発達障害注2)の原因の理解とその治療に役立つものと期待されます。本研究は、オーストラリアの認知神経科学研究センターのガイ・エルストン博士との共同で行われたものです。
 本研究成果は、2009年3月11日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Journal of Neuroscience」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」
(研究総括:津本 忠治(独)理化学研究所脳科学総合研究センター グループデイレクター)
研究課題名 大脳皮質連合野の機能構築とその生後発達
研究代表者 藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)
研究期間 平成17年10月〜平成23年3月
 JSTは、この領域で脳機能発達と学習メカニズムに関する独創的、先進的研究が進展し、その結果、教育や生涯学習における諸課題解決に対する示唆を提供することによって、研究成果を社会に還元することを目指しています。上記研究課題では、霊長類の大脳皮質の構造や機能、その生後発達過程を解明することで、ヒトの発達障害や神経疾患の改善・改良の基盤となる知見を提供することが期待されます。

<研究の背景と経緯>

 ヒトの脳は1000億個を超える神経細胞からなり、個々の神経細胞は数百から数万の他の神経細胞から情報を受け取ります。この情報の受け渡しは、シナプスと呼ばれる細胞同士の接合部で起きます。シナプス結合の相手、数、強さを制御することにより、精密な神経回路が作られます。神経回路は、ヒトや動物が生まれた時には未成熟で、生後、シナプスを新たに生成したり、不要なシナプスを「刈り込む」ことで完成します。この過程は、知能、感覚、運動能力が生後に著しく発達する霊長類(ヒトやサル)で特に大事であり、回路形成の異常はさまざまな発達障害の原因と考えられています。シナプス生成や刈り込みの発達の経過を知ることは、脳神経回路の精密化過程の理解や発達障害の原因の理解を進める上で重要です。

<研究の内容>

 研究グループは、サルの大脳皮質の3つの領野におけるシナプスの生成と刈り込みの過程を調べました。
 大脳皮質の神経細胞の7〜8割は、錐体細胞と呼ばれる細胞です(図1)。錐体細胞は、他の神経細胞から入力を受ける樹状突起と呼ばれる、木の枝のように複雑に分岐した突起と、その細胞の情報を送り出す軸索と呼ばれる突起を持ちます。樹状突起にはたくさんの小さな突起(スパイン)があり、その一つひとつが平均して1個のシナプスを持っています。研究グループは、サルの大脳皮質の3つの部位(前頭葉連合野、視覚連合野、一次視覚野)注3)において樹状突起の形態を詳しく調べ、スパインの数を数えることで、錐体細胞1つが持つシナプスの数の生後変化を推定しました(図2)。
 その結果、視覚情報処理の初段の一次視覚野よりも後段の視覚連合野の方が、また、視覚連合野よりも多感覚を扱う連合野である前頭葉連合野の方が、多くのシナプスを持っており、多くのシナプスを新生し、また多くのシナプスを刈り込むことが観察されました。このような発達過程を経て、大人の一次視覚野細胞では、誕生時に比べ、シナプスの数が半分以下に減少します。一方、視覚連合野や前頭葉連合野は、誕生時より、大人の細胞の方が多くのシナプスを持つようになります。これらのことから、神経回路の発達の仕方は、脳の部位によって大きく異なっていることが示されました(図3図4)。
 本研究では、不要なシナプスを削除する過程が、これまで考えられていたよりもはるかに大規模に起きていることも分かりました。3つの領域はいずれも、生後3.5ヵ月齢まではスパインの数を増やしますが、3.5ヵ月齢から4才齢に向けてシナプスの数を減らしていきます。この過程で、一次視覚野の1つの細胞は3,000個、視覚連合野細胞は4,200個、前頭葉細胞は7,400個ものシナプスを刈り込むことを見いだしました。前頭葉細胞1つが刈り込むシナプスの数は、大人の一次視覚野細胞の実に8個分に相当します(図4)。

<今後の展開>

 「使うシナプスほど強化され、使わないシナプスは削除する」というのが広く受け入れられている脳発達の通説です。そうであるならば、動物が誕生して視覚を使うことによって、視覚に関わる大脳皮質のシナプスは増えると予想されます。しかし今回の研究結果はこの予想と異なり、一次視覚野の錐体細胞では生後、新規に作るシナプスよりも刈り込むシナプスの方が多く、結果として、シナプス総数が減少することを明らかにしました。一方、視覚連合野や前頭葉連合野の細胞は、同じ時期にシナプス数を増加させます。つまり、シナプスを生成するメカニズムと削除するメカニズムの貢献の度合いが、同じ年齢であっても一次視覚野と視覚連合野・前頭葉連合野では異なり、またそれぞれの領野においても、この2つのメカニズムの貢献度は発達に伴い変化していくと考えられます(図5)。このような領野間の差異を引き起こすメカニズムの解明は今後の重要な研究課題です。またこの違いが、一次視覚野や連合野で行われている情報処理にとってどのような意味を持つのかを解明することも重要です。神経回路構造と情報処理機構の関係を明らかにするヒントが得られるからです。さらに本研究の結果は、発達障害者の脳組織を調べる際に、どの時期のどの領野の組織であるかに十分留意して、健常対照群との比較解析を行わなくてはならないことを示しています。

<参考図>

図1

図1 錐体細胞とその樹状突起、スパイン、シナプス

 錐体細胞は大脳皮質の主要な細胞で、全細胞の7〜8割を占めます。ピラミッド型の細胞体から、脳表面に向かう尖端樹状突起と細胞体周辺を放射状に伸びる基底樹状突起の2種類の樹状突起を持っています。樹状突起にはスパイン(樹状突起棘 じゅじょうとっききょく )と呼ばれる小さな突起がたくさん付いています。スパインには他の細胞からの情報を受け取る場であるシナプスが形成されています。1つのスパインには、平均すると1つのシナプスがあります。本研究では、基底樹状突起のスパインの形成過程を調べました。

図2
図2

図2 サルの大脳皮質(上段)と錐体細胞の可視化(中段・下段)

 サルの大脳皮質は、異なった機能を果たす何十もの部位(領野と呼ばれます)からなります。本研究では、その中から、情報処理の初期段階の代表として第一次視覚野、同じく視覚に関わる最上位の処理段階である視覚連合野、さらに、視覚だけではなく多くの感覚情報や運動情報などが集まってきている前頭葉連合野の3つを選び、スパインの発達過程を比較しました。
 大脳皮質を250ミクロン(1ミリの1/4)厚のスライスにし、神経細胞の核をDAPIという色素で見えるようにします。DAPIで標識された核を目指して、極微小のガラス管からルシファーイエローと呼ばれる蛍光色素を注入し、樹状突起全体を可視化します。ルシファーイエローは蛍光寿命が短く、観察しているうちに消えてしまうので、DAB法という方法で、永久標本にします。図の下段は、一次視覚野、視覚連合野、前頭葉連合野で染色した神経細胞の写真です。

図3

図3 大脳皮質の3つの領野の樹状突起とスパインの生後発達

 3つの脳部位、3つの年齢における錐体細胞の基底樹状突起を、脳の表面から眺めたときの様子。4.5歳齢の動物の細胞を生後2日齢の動物の細胞と比較すると、一次視覚野では、樹状突起の広がりは小さくなり、視覚連合野と前頭葉皮質では広がりが大きくなっています。3つの領野とも、スパイン密度は、生後直後は低く、徐々に上昇して3.5ヵ月齢で最大となり、その後、大人になるにつれ減少します。

図4

図4 細胞1つあたりの基底樹状突起上のスパイン総数の生後発達

 生後2日のごく若いサルにおいて、すでに、一次視覚野よりも視覚連合野の方が、視覚連合野よりも前頭葉連合野の方が多くのシナプスを持っています。その後、どの領野でも、シナプス数の増加が起き、3.5ヵ月齢で最大となります。その後、シナプスの総数は徐々に減っていきます。3.5ヵ月に向けてのシナプス数の増加の度合いも、その後の刈り込みの度合いも、一次視覚野よりも視覚連合野の方が、視覚連合野よりも前頭葉連合野の方が大きく、脳における情報処理の階層に従っています。このような発達の結果、成体の一次視覚野は2日齢に比べてシナプスの総数が半分に減少してしまうのに対し、他の2領野は、成体の方がはるかに多いシナプスを持つようになります。

図5

図5 スパインの生成と刈り込みの2つの過程がスパインの数を決定する

 スパインの数は、スパインを新生する過程(ジョウロで水を与えているサル)とスパインを削除する過程(植木ばさみで枝を刈り込む人)のバランスで決まります。本研究は、この2つの過程の相対的な貢献度が、一次視覚野と高次連合野(視覚連合野と前頭葉連合野)の間で異なり、また、それぞれの領野において生後発達の時期によって変化することを示しました。

<用語解説>

注1)シナプス
 神経細胞から別の神経細胞へと情報を伝達する接合部位。シナプスのほとんどは、情報を送る細胞の軸索の末端と、情報を受ける側の樹状突起の間に形成されます。錐体細胞への興奮性シナプスは、樹状突起のスパインと呼ばれる小突起に存在します。錐体細胞、樹状突起、軸索、スパインについては、図1を参照してください。

注2)発達障害
 子供の発育期に現れてくるさまざまな障害(感覚障害、言語障害、学習障害など)を一括して呼びます。ダウン症、自閉症候群、脆弱X症候群などにおいて、樹状突起やスパインの形成不全があると報告されています。

注3)前頭葉連合野、視覚連合野、一次視覚野
 大脳は、機能、構造の異なる何十もの領野に分かれています。感覚情報の最初の処理は、それぞれの感覚種に対応した一次感覚野でなされます。視覚の場合は、一次視覚野です。視覚連合野は視覚のみを取り扱うものの、一次視覚野よりは格段に進んだ情報処理段階を担当します。本研究では、その代表として、側頭葉にあるTE野と呼ばれる領域を解析しました。TE野は、物体の認識に重要な役割を果たしている脳領域です。前頭葉連合野は、さまざまな感覚情報を集めるとともに、行動の立案、短期記憶、遂行にかかわる領域です。本研究では、TE野から直接入力を受けている前頭葉連合野である12vl野を解析対象としました。

<論文名および著者名>

“Spinogenesis and pruning scales across functional hierarchies”
(スパインの新生と刈り込みは、大脳の機能的階層と対応している)
Guy N. Elston(ガイ・エルストン)、小賀 智文、藤田 一郎
doi: 10.1523/JNEUROSCI.5216-08.2009

<お問い合わせ先>

藤田 一郎(フジタ イチロウ)
大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
〒560-8531 大阪府豊中市待兼山町1−3
Tel:06-6850-6510 Fax:06-6850-6379
E-mail:
URL:http://www2.bpe.es.osaka-u.ac.jp/
http://www2.bpe.es.osaka-u.ac.jp/crest/

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
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