自己組織化により水中で組み上がるナノメートルサイズの人工的なかご状分子の内部空間へ、DNAやRNA断片を閉じ込めることで、DNAやRNAの極めて小さな二重鎖を作り出すことに成功した。本成果は、2009年2月22日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Chemistry(ネイチャーケミストリー)」創刊号のオンライン速報版で発表される。
【発表内容】
デオキシリボ核酸(DNA)やリボ核酸(RNA)とは、A・T(U)・G・Cの4種類の塩基が連なった生体高分子である。これらは通常、水中で2本の鎖から、AはTとGはCと相補的な塩基対を作り、その塩基対が数十~数万個上下に積み重なることで大きく安定化され、二重らせん構造となる。DNA鎖が非常に短い場合には二重鎖にはなれずに、水溶液中でバラバラな状態となることが知られている。ところが、タンパク質のナノサイズの酵素ポケットの中では、3塩基対以下の非常に短い二重鎖構造が巧みに作り出され、それによって遺伝情報の複製や発現が行われている。
本研究では、3塩基対以下の極めて小さなDNAやRNAの二重鎖構造を、人工的に作られたナノ空間の中で再現することに世界で初めて成功した。すなわち、有機分子と金属イオンの自己組織化により、ナノメートルサイズのかご状分子を水中で組み上げ、そのかご状分子の持つ内部空間へDNA断片(もしくはRNA断片)を取り込ませることで、わずか1、2塩基対から成る最小の二重鎖構造を安定化することに成功した。今回実現した、ナノメートルサイズの人工かご状分子内での極小のDNA(RNA)二重鎖の安定化は、生体の巧みなシステムを人工分子によってうまく再現した希有な例であり、また今後、分子情報を変換・複製する新たな機能システムへの発展が期待される。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 | : | 「ナノ界面技術の基盤構築」 (研究総括:新海 征治 崇城大学工学部 教授/九州大学 名誉教授) |
研究課題名 | : | 「自己組織化有限ナノ界面の化学」 |
研究代表者 | : | 藤田 誠(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授) |
研究実施場所 | : | 東京大学工学部5号館 |
研究期間 | : | 平成19年10月~平成25年3月 |
<研究の背景と経緯>
DNA二重鎖の安定性に関する研究は、生命の遺伝の仕組みに直接関わるため、これまでに詳しく調べられてきた。通常、水中で2本のDNA鎖が、水素結合注1)によってAはTとGはCと相補的な塩基対を作り、その塩基対が数十~数万個上下に積み重なることで大きく安定化され、自発的に二重らせん構造になる。しかし、DNA鎖が非常に短い場合、一般に4塩基よりも短いDNA断片では、たとえ相補的な配列であっても無数にある水分子による妨害の影響が無視できなくなり、二重鎖には成れずに水溶液中でバラバラな状態となる。生体内の酵素には、水分子が容易には接近できないようなナノメートル注2)サイズのポケットがあり、その中で3塩基対以下の非常に短いDNA二重鎖構造が巧みに作り出され、遺伝情報の複製や発現が行われている。
近年では、この様な生体の優れた仕組みを解明するだけではなく、模倣して人工分子による高度な機能システムを作り出すことが次世代のテクノロジーとして期待されている。藤田誠教授のグループでは、合理設計した有機分子と金属イオンを水中で自己組織化注3)させるという独自の手法により、様々な形状・大きさのかご状分子を作り出してきた。その様なかご状分子には、生体の酵素のように、ナノサイズの疎水性の空間がある。
本研究では、理想的な人工ナノ空間を設計し、3塩基以下の極めて小さなDNAやRNA断片の不安定な二重鎖構造を人工的に再現することを検討した。
<研究の内容>
生体分子であるDNAやRNAを人工分子によって水中で認識し、コントロールするためには、DNAやRNAの特異な形状や大きさ、性質に由来する様々な問題点を克服する必要があった。そこで我々はまず、RNA断片を2つ閉じ込めることができるような理想的なかご状分子を設計し、有機分子と金属イオンの自己組織化によって構築した。そして、そのかご状分子のもつ内部空間へ、水中でAとUのRNA断片を"ペアで"取り込ませることでAとUの間に水素結合を生じさせ、わずか1塩基対から成る最小のRNA二重鎖構造を安定化することに成功した(図1)。
また、構築した二重鎖構造を分子レベルで詳細に解析することに成功し、かご状分子のナノ空間内では、"フーグスティーン型"と呼ばれる向きでペアが安定化されていることを明らかにした(図2)。さらにこの時、かご状分子とRNAペアの間では、静電的な相互作用や疎水性の分子同士が集まる性質(疎水性相互作用)、RNAペア間の水素結合などといった、様々な弱い相互作用による安定化のメカニズムも明らかになった。
さらに、上下に拡張した自己組織化かご状分子を使うことで、2塩基対から成るDNA二重鎖の安定化についても達成した。T・Aの配列のDNA鎖を水中で、かご状分子のナノ空間内へ取り込ませてみると、2つのフーグスティーン型のA・Tペアが形成し、極小のDNA二重鎖へと安定化されることが確かめられた(図3)。
<今後の展開>
本研究では、極めて小さなDNA・RNA断片から二重鎖構造を安定化した。将来、長いDNA・RNA鎖からターゲットの数塩基の配列だけを部分的に人工かご状分子内に取り込ませることにより、細胞内で行われる遺伝情報の複製や発現のON/OFFを自在にコントロールできるようなテクノロジーへと発展することが期待される。
本研究では、DNAやRNAに化学修飾を施すことなく、DNAやRNAをそのまま人工ナノ空間の中でとり扱う独創的な手法を用いた。今後、生体内に存在する様々な長さや種類のDNA・RNA化合物の中から、目的の性質や機能を有する部位のみを切り出しナノ空間内で利用することで、低コスト・簡便な遺伝子診断や化学分析、高効率な反応への応用が期待できる。
次世代のテクノロジー技術として、生体に匹敵するような精密な分子情報の変換・複製といった高度な人工分子機械・人工分子機能システムへの発展も期待される。
<参考図>

図1 かご状分子および安定化された最小のRNA二重鎖(構造式)


図2 左:かご状化合物内で安定化された最小のRNA二重鎖の様子(結晶構造)、
右:RNA二重鎖部分の拡大図(空間充填表示)

図3 拡張したかご状分子と、その内部で安定化された2塩基対の二重鎖(構造式)
<用語解説>
注1)水素結合
負電荷を帯びやすい原子の間に、水素原子が介することで生じる弱い結合。1つの水素結合自体は非常に微弱であるが、同時に複数の水素結合が関与することで、強さかつ選択性が生じる。生体内のタンパク質やDNA鎖は、無数の水素結合により、構造体の形成や、分子同士の精密な認識、また高選択的な反応を実現している。
注2)ナノメートル
1メートルの10億分の1の大きさ。フラーレンやカーボンナノチューブなどの比較的大きい化合物がその大きさに対応する。
注3)自己組織化
複数の分子が分子間での弱い相互作用により自発的に組織や高次構造を作り出すこと。例えば、生体内で、タンパク質は複数の高分子鎖が自己組織化によって折りたたまれ、一定の立体構造に作られる。
<掲載雑誌名および論文名>
Nature Chemistry "Minimal nucleotide duplex formation in water through enclathration in self-assembled hosts"
(自己組織化ホスト化合物内への包接を利用した水中での最小ヌクレオチド二重鎖の形成)
doi: 10.1038/nchem.100
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
藤田 誠(フジタ マコト)
東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授
Tel:03-5841-7259 Fax:03-5841-7257
E-mail:
金子 博之(カネコ ヒロユキ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail: