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平成21年1月26日

東北大学電気通信研究所

科学技術振興機構(JST)

単一の光子による光ファイバーの屈折率変化の測定に成功

−光子を用いた量子通信・量子計算デバイスへの道を拓く−

 東北大学(総長:井上 明久)および科学技術振興機構(以下JST、理事長 北澤 宏一)の研究グループは、光ファイバーの中で単一の光子(光の量子)が引き起こす屈折率変化を世界で初めて測定することに成功した。この技術は、究極の光制御デバイスや量子通信・量子計算デバイスへの応用が期待される。
 近年、光通信ネットワークにおける情報通信量の飛躍的増大を受け、光で光を制御する「光制御デバイス」が注目を集めている。また、電子や光の量子力学的性質を利用して現在の情報通信技術の限界を突破する「量子情報通信技術」も注目されている。その基本となる技術の1つが、個々の電子や光子などの粒子が互いに影響を及ぼし合い、一方が他方の状態をコントロールする「量子ゲート」素子の実現である。様々な粒子のうち、特に光子は光ファイバーを用いて情報を遠方まで送る媒体として最も有望視されている。しかし、光子同士の間では相互作用がほとんどなく、そのままでは「量子ゲート」を実現するのは困難と見られていた。
 本研究では、フォトニック結晶ファイバーと呼ばれる特殊な光ファイバーを用い、光子をファイバー中のごく狭い領域に閉じ込めることで、1個の光子によって引き起こされる屈折率変化を観測可能なレベルまで増大させた。そして実際に、平均光子数が1個以下の光パルスによって光ファイバーに生じる屈折率変化を観測することに世界で初めて成功した。このことは、光ファイバーを仲立ちとした光子同士の相互作用が観測可能なレベルまで達したことを意味し、光子を用いた究極の光制御デバイスや、量子通信・量子計算デバイスへの道を拓く成果である。
 この成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「新しい物理現象や動作原理に基づくナノデバイス・システムの創製」(研究総括:梶村 皓二 (財)機械振興協会 副会長/同協会 技術研究所 所長)における研究課題「光電場のナノ空間構造による新機能デバイスの創製」(研究代表者: 石原 一 大阪府立大学 大学院工学研究科 教授)で行われた研究の一環として、東北大学電気通信研究所 枝松 圭一 教授、松田 信幸(東北大学 大学院工学研究科 博士後期課程3年、日本学術振興会 特別研究員)らの研究グループによって得られたもので、英国科学雑誌「Nature Photonics(ネイチャー・フォトニクス)」オンライン版で1月26日(日本時間)に公開される。

本研究は、以下のJSTの事業・研究領域・研究課題の一環として行われた。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「新しい物理現象や動作原理に基づくナノデバイス・システムの創製」
(研究総括:梶村 皓二 (財)機械振興協会 副会長/同協会 技術研究所 所長)
研究課題名「光電場のナノ空間構造による新機能デバイスの創製」
研究代表者石原 一(大阪府立大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間平成14〜19年度

<背 景>

 近年、光通信ネットワークにおける情報通信量の飛躍的増大を受け、光で光を制御する「光制御デバイス」が注目を集めている。また、電子や光の量子力学的性質を利用して現在の情報通信技術の限界を突破する「量子情報通信技術」も注目されている。その基本となる技術が、1つ1つの電子や光子などの粒子が互いに影響を及ぼし合い、一方が他方の状態をコントロールする「量子ゲート」素子の実現である。光子は光ファイバーを用いて情報を遠方まで送る媒体として最も有望視されているが、光子同士の間では相互作用がほとんどなく、非常に大きな相互作用が必要とされる「量子ゲート」を実現するのは困難と見られていた。
 一方、比較的弱い相互作用でも、「量子ゲート」動作を実現することを可能とする「量子バス(Qubus)」方式による量子計算機の実現方法が理論的に提案され、注目されている。この方式の量子計算機が実現可能かどうかは、単一光子によって生じる相互作用が実際に測定可能であることを実証する必要がある。これまで、単一光子レベルの微弱な光によって生じる相互作用の観測には、高度な光共振器中に閉じ込めた原子や半導体微小構造などを用いた例が知られているが、非常に複雑かつ精巧な技術が必要な上、動作速度が遅いなどの難点があり、より簡便・高速で信頼性の高い技術の開発が求められていた。

<研究成果の内容>

 本研究では、フォトニック結晶ファイバーと呼ばれる、多数の空孔をもつ特殊な光ファイバー(図1)を用い、単一光子レベルの微弱な光パルスによって光ファイバ−に引き起こされる微小な屈折率変化を実際に測定可能なことを世界で初めて実証した。
 フォトニック結晶ファイバーでは、空孔で囲まれた中心(コア)部に光が強く閉じ込められる結果、光子によって引き起こされる屈折率変化が大きく増大する。また、レーザーから発生する超短パルスと組み合わせることによって、光パルス(ポンプ光)に含まれる光子を空間的にも時間的にも非常に狭い領域に閉じ込め、引き起こされる屈折率変化をさらに増大させることができる。このようにして生じた屈折率の変化は、検出に用いる光パルス(検出光)がファイバーを通過する際の位相の変化として検出される。
 図2はこのようにして測定した位相変化を、ポンプ光1パルスあたりの平均光子数に対してプロットしたものである。図からわかるように、ポンプ光の平均光子数が107(一千万)個程度の強い光から、平均光子数が0.1個程度のごく微弱な光に至る非常に広い範囲で、ポンプ光の平均光子数に比例した位相変化が測定されていることがわかる。さらに、この屈折率変化はポンプ光のパルス幅(1ピコ秒=1兆分の1秒)以下の非常に高速な時間内で生成および回復していることも確かめられた。
 この実験において、平均光子数が1個の時に生じる位相変化は10-7ラジアン(百万分の6度)程度と微弱であるが、その変化が非常に高速に起きていること、およびその変化を実際に測定可能であることを実証したことは、光子を用いた究極の光制御デバイスや、量子バスを用いた量子通信・量子計算デバイスへの道を拓く大きな成果である。

<今後の展開>

 今回の研究では、単一光子レベルの光によって光ファイバーに引き起こされる屈折率変化が実際に測定可能であることを世界で初めて示した。この研究では、屈折率変化を測定するために数秒程度の時間をかけているが、その中には多く(十億個程度)の検出パルスが含まれている。量子バス方式の量子計算機では、1つの検出パルスで観測できる程度の屈折率変化が必要であるが、そのためにはさらに一万倍程度大きな屈折率変化を生じる物質が必要である。量子計算機を実現するためには、今後、そのように大きな屈折率変化を生じる素子の開発を進めることが重要となる。本研究は、そのような量子計算機に用いる素子を開発するための指針を与え、その礎となる技術を開発したものと位置づけられる。

<参考図>

図1

図1 フォトニック結晶ファイバーの断面構造(例)
(出典: Crystal Fibre A/S - A part of NKT Photonics - www.crystal-fibre.com)


図2

図2 ポンプ光1パルスあたりの平均光子数(下)および平均パワー(上)に対する、プローブ光に生じた位相変化

ポンプ光子1個あたり、10-7ラジアン(百万分の6度)程度の位相変化が生じることがわかる。

<論文名および著者名>

「Observation of optical-fiber Kerr nonlinearity at the single-photon level」
(単一光子レベルで光ファイバーに生じるカー非線形性の観測)
Nobuyuki Matsuda, Ryosuke Shimizu, Yasuyoshi Mitsumori, Hideo Kosaka, and Keiichi Edamatsu.
doi: 10.1038/nphoton.2008.292

<本件問い合わせ先>

枝松 圭一(エダマツ ケイイチ)
東北大学電気通信研究所 教授
Tel:022-217-5070 Fax:022-217-5071
E-mail:

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
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