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平成21年1月23日

北海道大学
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科学技術振興機構(JST)
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世界最大規模の光量子回路を実現

(量子コンピューターの実現に一歩)

 JST基礎研究事業の一環として、北海道大学電子科学研究所の竹内 繁樹 教授(兼 大阪大学産業科学研究所 招へい教授)らは、光子を用いた世界最大規模の光量子回路を開発しました。
 光の素粒子である光子は、量子コンピューターや量子通信における情報の伝達媒体として非常に有力です。これまでに、その操作に必要な基本素子である「ゲート」注1)の開発が進められてきていますが、ゲートを複数組み合わせることによって機能を発現する「光量子回路」の実現が望まれています。その1つとして竹内らは、2つの光子がある特定の量子もつれ合い(Quantum Entanglement)注2)状態にあるケースだけを抜き出す、「量子もつれフィルター」を提案していました。しかし、その回路は一般に複雑で、実現は非常に困難でした。
 本研究グループは、これまでに開発した特殊な半透鏡注3)を用いたうえ、光の干渉装置を工夫することで、特定の状態を抜き出せる量子もつれフィルターを実現しました。これは、用いられている量子ゲートの数(4)、古典干渉の数(3)ともに世界最大級の光量子回路です。今回の成果は、さらにさまざまな光量子回路が可能であることを示すと共に、将来の量子コンピューターや超長距離の量子暗号の実現につながるものです。
 本研究は、英国・ブリストル大学のオブライアン・ジェレミ教授、広島大学のホフマン・ホルガ准教授、北海道大学電子科学研究所の岡本 亮 助教(兼 大阪大学産業科学研究所 招へい教員)らと共同で行われました。
 本研究成果は、2009年1月23日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」
(研究総括:山本 喜久 情報システム研究機構 国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系 教授/スタンフォード大学 応用物理・電気工学科 教授)
研究課題名「光子を用いた量子演算処理新機能の開拓」
研究代表者井元 信之(大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授)
研究期間平成15〜20年度
 JSTはこの領域で、情報通信技術に革新をもたらす量子情報処理の実現に向けた技術基盤の構築を目指しています。上記研究課題では、光子を用いた量子情報処理を基本ゲートから機能的タスクまで実現することを目標とし、実験および理論の両面から追求しています。
 また本研究の一部については、総務省 戦略的情報通信研究開発推進制度、文部科学省 科学研究費補助金および科学技術振興調整費の支援を受けています。

<研究の背景と経緯>

 量子もつれ合いは、2つ以上の粒子に存在する量子力学的な相関です。量子もつれ合いは、物理的に盗聴を完全に排除できる「量子暗号」や、これまでのコンピューターでは時間がかかり過ぎて計算不可能だった問題を解くことができる量子コンピューターにおいてもカギを握る(光子などの粒子の)量子状態です。量子暗号については、その伝達距離は現在100km程度が限界と考えられていますが、量子もつれ合いを利用することで、その伝達距離を大幅に延長できると考えられています。また、もつれ合い状態にある粒子群を操作することで、量子コンピューターを実現する研究も活発に進められています。

<研究の内容>

 本研究グループは今回、2つの光子がある特定のもつれ合いにある状態だけを「抜き出す」装置を、現在世界最大級の光量子回路により実現しました。
 ある特定の状態を抜き出す装置は「フィルター」と呼ばれ、物質材料系だけでなく、電子回路や情報処理においてもなくてはならないものです。これは光子を用いた量子情報処理においても同様で、その典型として特定の偏光を持った光子のみを透過し、残りは吸収する「偏光フィルター」があります。偏光フィルターは光子の偏光状態の計測や、特定の偏光状態にある光子の生成に広く利用され、なくてはならない素子です。
 今回、本研究グループが実現した「量子もつれフィルター」は、2つの光子に対して働きます。2つの光子が両方とも垂直または水平の偏光を持っている場合には透過し、一方が水平で他方が垂直偏光の場合には吸収します。さらに特徴として、2つの光子が「両方垂直の偏光を持つ状態」と「両方水平の偏光を持つ状態」の重ね合わせ状態にある場合、その重ね合わせを壊さずにそのまま透過させる能力を持っています。この結果、量子もつれ合い状態にある光子は、その状態が壊されずにそのまま透過します。さらに、2つの光子が両方とも斜め45度偏光で入射した場合、出力される状態は「もつれ合って」出てくることになります。その理由は、斜め45度偏光の2つの光子は、「両方の光子とも垂直偏光」、「両方とも水平偏光」および「一方が垂直で他方は水平偏光」(2通り)の4通りの状態の重ね合わせにあるのですが、量子もつれフィルターはこのうち、「両方の光子とも垂直偏光」「両方の光子とも水平偏光」の2状態だけを透過するからです。
 この量子もつれフィルターは、偏光フィルターと同様、光子が特定のもつれ合い状態にあるかどうかの計測や、特定のもつれ合い状態にある光子の生成に用いることができます。それだけではなく、遠隔地に分配されたもつれ合い光子の状態が劣化した場合に、それを元の状態に(純化)することも可能です。このため、もつれ合い状態を用いる量子暗号の長距離化や、光子を用いた量子コンピューターに幅広く役立つものと期待されます。
 この量子もつれフィルターに関して、竹内らは2002年にその光学回路を理論的に提案していました。しかしこの回路は、4つの光子に対して、4つの量子ゲートを含む大変複雑なものでした。さらに、4つの光路を、ナノメートル(百万分の1ミリメートル)の精度で一致させる必要がありました。従来の研究では、量子ゲート数が2、あるいは古典干渉の数1が最大でした。
 今回の大規模光量子回路実現にあたっては、部分偏光ビームスプリッター注4)および変型サニャック型干渉計注5)という2つの光学系技術を用いました。これにより、垂直偏光と水平偏光を分離する必要がなくなり、経路の数を半分に減らすことができました。また、変型サニャック型の内部の2つの経路がすべて同じ光学部品を経由するため、光学部品の位置が変動した場合も、2つの経路の差は変わることがありません。このため、経路を24時間以上にわたって特別の制御なしで、ナノメートル単位で一致させることが可能となりました。さらに、互いに4つの光子がより長く「同じ状態」であるように工夫することで、光子間の量子干渉性を高めました。

<今後の展開>

 今回実現した光量子回路は、4つの量子ゲート、4つの経路干渉、4つの単一光子源を組み合わせた、光子を用いる量子回路として世界最大級のものです。今回の成果により、いわばこれまで"トランジスター"や"真空管"などの部品単体の開発に留まっていた量子情報処理が、それらの部品を組み合わせて実際にさまざまな機能を発現する「回路」が構築できる段階に入った、と言えます。
 また今回開発した量子もつれフィルターは、量子もつれ合いの生成や純化などに応用可能です。絶対安全な量子暗号の長距離化や、もつれ合い状態を利用する量子コンピューターの状態準備やエラー訂正など、さまざまな用途への応用が期待されます。
 さらに将来的には、光ICの技術と融合することで、ワンチップ光量子回路、光量子コンピューターの実現につながることも期待されます。

<参考図>

図1

図1 量子もつれフィルターの動作

A:偏光フィルターの動作。垂直偏光を持つ光子が入射した場合(左)は透過するが、水平偏光を持つ光子(中)は吸収される。斜め45度偏光(右)の場合、水平偏光の光子が2分の1の確率で出力される。
B:2つの光子に対する量子もつれフィルター。2つの光子が両方とも垂直偏光を持つ場合(左)および両方とも水平偏光を持つ場合(中)は透過するが、一方が垂直、一方が水平(中)の場合は出力されない。
C:量子もつれフィルターに、斜め45度偏光の光子2つを入力した場合。斜め45度の光子2つは、実は(i) 両方垂直 (ii) 両方水平 (iii) 一方(左)が垂直でもう一方(右)が水平 (iv) (iii)の逆の場合――の4つの状態の重ね合わせになっている。そのうち、量子もつれフィルターは (i)と(ii)の状態のみを透過するため、結局、量子もつれあい状態にある2つの光子が出力される。

図2

図2 量子もつれフィルターの理論提案
(ホフマン、竹内Phys. Rev. Lett. 88, 147901 (2002))

 2002年に提案した量子もつれフィルターの回路。この回路は、内部に3つの光子検出器を含んでおり、これら3つの検出器が、それぞれ設定された数の光子(1個、1個、および0個)を検出した場合に、量子もつれフィルターとして動作する。
 この回路は4つの量子ゲート(赤丸部分)を含んでおり、また外部からの2個の入力光子以外に、内部に2個の補助光子を含むなど、非常に複雑な構成をとっている。また光の古典的な干渉も利用しているため、4つの経路の長さを完全に一致させる必要があるなど、提案時にはその実現は非常に困難と考えられた。

図3

図3 今回実現した量子もつれフィルター光量子回路

 PPBS A、PPBS Bは部分偏光ビームスプリッターで、PPBSAは垂直偏光を完全に反射し、水平偏光に対しては50%を透過、50%を反射する。図下部にある信号光子はS1とS2から入力され、回路の中を巡った後、再び図下部にあるS1outとS2outから出力される。検出器 A1とA2で同時に光子1個を検出した場合、量子フィルターとして動作する。
 部分偏光ビームスプリッターによって、経路の数が理論提案に比べて半分に削減され、また変型サニャック干渉計により、非常に安定な経路干渉が実現できた。

図4

図4 量子もつれフィルター実験結果

A:理想的に動作した場合(理論)。2つの光子が両方水平(HH)、および両方垂直(VV)の場合、それぞれの状態がそのまま(HH,VV)出力される確率が1であるが、一方が水平で他方が垂直(HVまたはVH)の場合には、いずれの偏光でも出力されない。
B:量子もつれフィルターの実験結果。入力された2つの光子が両方水平(HH)、および両方垂直(VV)の場合に比べて、一方が水平で他方が垂直(HVまたはVH)の場合には、透過する確率が大幅に減少しており、量子もつれフィルターがこのような光子対をブロックしていることが分かる。

<用語解説>

注1)(量子)ゲート
 古典的な情報処理では、0または1の値をとる「ビット」に対して、「ゲート」と呼ばれる基本操作を行っていくことで情報を操作します。1つのビットの値を反転させる「ノットゲート」や、2つの入力ビットの値が両方1の場合だけ、1を出力する「アンドゲート」などがあります。またその操作を行うデバイスは「ゲート(素子)」と呼ばれます。一方、量子情報処理では、0と1の重ね合わせ状態をとる「量子ビット」に対して、「量子ゲート」操作を行います。古典的な情報処理と同様、1つの入力量子ビットの状態を変化させる「回転ゲート」や、制御量子ビットと信号量子ビットという2つの量子ビットに対し、制御量子ビットが1の時のみ、信号量子ビットの値を反転させる「制御ノットゲート」などがあります。

注2)量子もつれ合い(Quantum Entanglement)
 2つの異なるシステム間で相関した状態が2つ以上あり、それらが(量子において複数の状態が同時に成立する)量子重ね合わせ状態にあること。例えば今回の研究の場合、「2つの光子がともに垂直偏光」という状態と、「2つの光子が共に水平偏光」という全く異なる2つの状態の量子重ね合わせ状態です。

注3)半透鏡(ビームスプリッター)
 入射したレーザー光などの光を2つ(場合によってはそれ以上)に分割する光学装置。半透鏡に入射した光は、一部は反射し、一部は透過して分割されます。反射光と透過光の強さがほぼ1:1の場合はハーフミラーとも呼ばれます。一般向けとしては、光ピックアップ、反射型液晶プロジェクター、光通信機器などに使われています。

注4)部分偏光ビームスプリッター
 2005年の「コンパクトな量子ゲート」を実現する際に開発した、入射する偏光ごとに反射率が異なるビームスプリッター。

注5)変型サニャック型干渉計
 2007年の「4つのもつれ合い光子を用い、標準量子限界をうち破る」実験において開発した光学系技術です。
 通常の干渉計(マッハツェンダー干渉計など)では、レーザー光などを入力部の半透鏡に入射し、それが2つの経路に分割されます。光は波でもあるので、それらの分割波が出力部の半透鏡で合波される際に、それぞれの経路の長さの差によって生じる位相差により、干渉が生じます。その干渉結果は、出力での光強度として得られます。ただし、安定した干渉状態を保つためには、双方の経路の長さ(経路長)をナノメートルオーダーで、長時間(24時間)一致させ続けなければなりませんが、通常の干渉計ではそれぞれの経路で別々の光学部品を経由するため、双方の経路長を一致させ続けるのは非常に困難です。
 これを解決するのが変型サニャック型干渉計(図3)です。経路は双方で異なっているものの、それらの経路がまったく同じ光学部品を経由するため、たとえいずれかの光学部品の位置が、温度変化や振動でずれて経路長が変化しても、その経路長の差(位相差)はほとんど変化しません。このようにして今回、実験で要求される非常に高い安定性が実現されました。

<論文名>

"An Entanglement Filter"
(量子もつれフィルター)
doi: 10.1126/science.1167182

<お問い合わせ先>

 <研究に関すること>

竹内 繁樹(タケウチ シゲキ)
北海道大学電子科学研究所 教授(兼 大阪大学産業科学研究所 招へい教授)
〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘8−1(大阪大学産業科学研究所 内)
Tel:06-6879-8548 Fax:06-6876-3448
E-mail:

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瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
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