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2009年1月22日

独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
国立大学法人 名古屋大学

X線繊維回析でアクチンフィラメントの構造を解明

―生命の基本タンパク質「アクチン」が担う生理機能のメカニズム解明に一歩―

<本研究成果のポイント>

○構造モデルの検証やアクチン変異体解析の検証を展開、新しい詳細構造モデルを得る
○単量体から重合体へとフィラメントを構成するには、アクチン分子の平板化が必須
○1つの細胞内のあらゆる生命現象を理解する鍵を獲得

 独立行政法人 理化学研究所(野依 良治 理事長)、独立行政法人 科学技振興機構(以下JST、北澤 宏一 理事長)および国立大学法人 名古屋大学(平野 眞一 総長)は、生命維持機能を担う基本的なタンパク質の1つ「アクチン注1)」が重合し、数珠状につながってできる「アクチンフィラメント注2)」の詳細な構造を解明しました。アクチン単量体が持つねじれた2つの大きなドメインが、重合の際に相対的に回転して平板な構造になることなどが分かり、これらの構造から、謎となっていたアクチンが関わる細胞運動のメカニズムを解明できると期待されます。これは、理研 放射光科学総合研究センター X線構造解析研究チームの小田 俊郎 チームリーダーと相原 朋樹 研究員、名古屋大学 大学院理学研究科附属構造生物学センターの前田 雄一郎 教授と成田 哲博 助教、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「前田アクチンフィラメント動態プロジェクト」の岩佐 充貞 研究員が行った研究の成果です。
 アクチンは、真核細胞に多量に存在するタンパク質の1つで、細胞の運動、細胞内の運動、小器官の固定、細胞分裂など、生命の基本的な生理機能を担っています。このアクチンは、1個1個バラバラな単量体状態(G-アクチン)と、それが重合したフィラメント状態(F-アクチン)の2状態をとることが知られています。多くの細胞運動は、アクチンの単量体から重合体への変化により起こります。1942年にアクチンが発見されて以来、1950〜60年代には名古屋大学・大阪大学の大澤 文夫 名誉教授らのグループが、アクチン重合の熱力学的研究を進め、1990年にはドイツのマックスプランク医学研究所のK.C.ホームズ (Holmes)ディレクターらが、アクチン単量体の結晶構造を解明しました。現在までの重合体の構造モデルは、この単量体結晶構造を積み上げただけのモデルが使われています。
 今回、理研が所有する大型放射光施設SPring-8注3)を用いたX線繊維回析法注4)により、F-アクチンの構造モデルを構築し、低温電子顕微鏡注5)を用いたモデルの検証や、アクチン変異体解析による検証を経て、アクチンの重合に伴う構造変化は、2つの大きなドメインが相対的に回転する単純な変化である、という新しい詳細構造モデルを考案しました。これにより、フィラメントを構成するアクチン同士の結合、アクチン結合タンパク質との結合など、アクチンが担う生理機能のメカニズム解明の基盤が確立すると期待されます。
 これは、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「前田アクチンフィラメント動態プロジェクト」(研究総括:前田 雄一郎 教授)の一環として行われたもので、この研究成果は、科学雑誌『Nature』(1月22日付けオンライン版)に掲載されます。

1.背景

(1)タンパク質アクチンの重要性
 アクチンは、真核細胞に多量に含まれているタンパク質の1つです。1942年、ハンガリーの生化学者FB.シトラウプ(FB.Strub)が筋肉組織から発見しました。発見後間もなく、アクチン溶液に塩を添加すると、アクチンが重合してらせん状の安定な長い繊維状の組織(フィラメント)を形成することや、アクチンには生体のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)が結合していること、さらに、そのATPは、重合に際して分解されることが明らかにされました。
 1950〜60年代、大澤らのグループは、熱力学の観点から実験を行い、アクチンが、1個1個バラバラの単量体状態(G-アクチン)と、それが数珠状につながったフィラメント状態(F-アクチン)とを絶えず行き来し、この重合反応が"水が氷になる"というような相変化であることを示しました(図1)。ちょうどそのころ、アクチンが、筋肉以外の細胞にも普遍的に存在することが示されました。1970年代には、F-アクチンの一端で重合、もう一端で脱重合し、長さが変わらずフィラメントが移動する現象(トレッドミリングと呼ばれる)が、抽出されたアクチンで見つかりました。後にこの現象は、抽出・精製された系だけでなく、細胞内でも一般的に見られる過程であることが分かりました。
 現在では、ATP分解を伴ったアクチンの重合・脱重合が、細胞運動、例えば、フィロポディア(糸状仮足)注6)ラメラポデリア(葉状仮足)注7)の駆動力として認知されており、アクチンモーターと呼ばれています。アクチンは細胞運動だけでなく、細胞の形態維持、細胞内装置の固定、細胞分裂、記憶、転写など色々な場面で働いています。例えば記憶は、神経細胞上のスパインと呼ばれるとげ状の小さな突起が、刺激で活性化されたアクチンによって膨張し、隣の神経細胞と結合をつくることで獲得されます。このようなアクチンを中心としたシステムは、精巧にアクチン結合タンパク質によって制御されています。もしこの制御が壊れて、例えばがん化すると、隣と接着していなければならない細胞が自由に動き出し、転移の原因となります。
 アクチンを中心としたシステムの状態変化が、細胞の基本的な機能や病気と深く関係しており、その機構や制御の解明・応用が現代生物学・医学の潮流の1つになっています。また、アクチンはどの細胞にも存在する、普遍的で保存的なタンパク質分子です。「1タンパク質1機能」と考えられているタンパク質がほとんどですが、アクチンは「1タンパク質多機能」であり、細胞を理解する鍵であると考えられます。

(2)アクチンの構造研究
 アクチンは、発見された直後から構造研究が始まりました。1947年イギリスの物理学者アストベリー(W.T.Astbury)らは、アクチン凝集体を乾かしてX線回折を行い、約3Å(オングストローム)の周期性をもつ反射を確認し、アクチン凝集体が、きちんと並んだ分子の複合体であることを明らかにしました。これからアクチン単量体が重合したF-アクチンの構造解析研究がスタートしました。1963年、イギリスのハンソン(J.Hanson)とローリー(J.Lowy)は、電子顕微鏡を用いて、F-アクチンは数珠状に並んだアクチン単量体からなるひも(ストランド)2本が、お互いに巻きついた構造であることを突き止め、基本的な分子配置を初めて明らかにしました。
 アクチン単量体の結晶構造は、それから27年後の1990年に、ドイツの構造学者ホームズ(K.C.Holmes)のグループが明らかにしました。同時に彼らは、この結晶構造をもとに、F-アクチンのフィラメント構造モデルも提案しました。このF-アクチンの構造モデルは広く受け入れられ、アクチン研究をリードしてきました。しかし、このモデルでは、アクチンの基本的機能に関するいくつかの疑問に答えることができず、より詳細なモデルが望まれていました。例えば、アクチンがATPを加水分解する反応は、重合によって活性化されますが、そのメカニズムがどのようになっているのか? 何がF-アクチンの安定性を決めているのか? 塩を入れるとなぜアクチンは重合するのか?――などです。そこで研究チームは、F-アクチンの新しい構造モデルの構築を目指しました。

2.研究手法と成果

 F-アクチンの長さは、不均一なため、良質な結晶を作れず、通常用いられるX線結晶構造解析法で解析することができません。そこで研究チームは、F-アクチンが自発的に液晶状に配向する性質を活用し、X線繊維回折法を用いました。この手法を用いると、X線結晶構造解析法と同じように、原子レベルの分解能で構造モデルを構築できますが、F-アクチンの結晶ではなく、F-アクチンが配向した試料が必要になります。そのため研究チームは、F-アクチンを高配向させるために磁場を活用しました。タンパク質は、酸素、炭素、水素、窒素原子で構成された有機物であり、金属のような強磁性体(磁石)ではありません。しかし、タンパク質は、磁場を感じる電子を含んでおり、F-アクチンの場合、磁場の向きに電子が沿う性質を持っています。研究チームは、磁石の強さが18テスラの超伝導電磁石(図2)を活用し、F-アクチンを奇麗に配向させることに成功しました。
 F-アクチン試料の配向は、磁場から出すと徐々に悪くなりますが、SPring-8は、その強力なX線の活用により、配向が悪くなる前に測定を完了できます。また、X線の平行性も高いので、X線回折点の広がりも狭く、くっきり、はっきりとしたパターンを撮ることができます。さらに、SPring-8のビームラインの測定はバックグランド・ノイズも少なく、理想的なX線回折パターンを得ることができます。
 得たX線回折パターンからF-アクチンの立体構造を抽出しますが、それにはいくつかの方法が考えられます。研究チームは、もとになるG-アクチンの立体構造を活用し、この立体構造を変形したモデルを作成して、実験から得られたX線回折パターンと比較する方法を用いました。具体的には、アクチン分子が変形しやすい方向を計算し、その方向に変形させた結果得られるX線回折パターンのシミュレーションと、実験のX線回折パターンを徐々に合わせる操作を繰り返し行い、フィラメント内のアクチン分子の構造を探索しました。その結果、モデリングに使用したアクチンの立体構造によらずに、実験のパターンをよりよく説明できるモデルを構築するこができました。さらに、分子動力学的手法などを用いたモデルの精密化も行いました。この構造モデルはSPring-8キャンパスにある低温電子顕微鏡を使用して独立に得たF-アクチンの再構成像と一致していました。

 アクチン分子は、2個の大きなドメインに囲まれたATPを結合する溝(クレフト)を持っています(図3)。通常のG-アクチンの結晶構造(図4左)ではこのクレフトは閉じており、さらに、2個の大きなドメインはお互いにねじれています。今回得た構造モデル(図4右)では、F-アクチン分子もクレフトは閉じていますが、2個の大きなドメイン間のねじれは解消し、平板な構造となっていました。
 この構造解析から、アクチンの重合に伴う構造変化は、2つの大きなドメインが相対的に回転する単純な変化であることが分かりました。詳細に構造を検討したところ、このアクチン分子の平板化は、フィラメント形成に必須であることが推察できます。また、平板化の回転軸にあたる部分には、ATPの加水分解に必須なアミノ酸があり、この平板化とATP加水分解反応の活性化は密接に関係していると思われます。ATPのエネルギーを利用して駆動力を発生するアクチンモーターのメカニズムが明らかになると期待されます。

3.今後の期待

 今回のF-アクチンの構造は、謎であったアクチンに関する基本的疑問の解明に手がかりを与えるだけでなく、アクチン結合タンパク質との詳細な相互作用を議論するための基盤を与えるものです。例えば、ミオシン注8)とアクチンとの相互作用で収縮する骨格筋では、ミオシンの結晶構造は複数判明していましたが、F-アクチンの構造が詳細に分かっていなかったため、筋収縮メカニズムは原子レベルで理解されていません。同様に、アクチンを中心としたシステム(アクチン細胞骨格)を制御する、複数のアクチン結合タンパク質(フォルミン、ゲルゾリン、コフィリンなど)の結晶構造はすでに解明されていますが、それらがどの様にF-アクチンと相互作用をするのか理解されていません。F-アクチンの詳細構造モデルにより、これらの現象を原子レベルで解明することができ、筋肉や細胞運動の研究が飛躍的に加速されると期待できます。また、アクチン細胞骨格を制御するタンパク質の異常により起こる疾病(例えば、ウィスコット・アルドリッチ症候群注9))の理解などに役立つと期待できます。

<補足説明>

注1) アクチン
 真核細胞に最も多量に含まれるタンパク質で、進化的に離れた酵母とヒトのアクチンを比較するとアミノ酸の一致度は80%程度とアミノ酸配列の保存性が高い。分子量は42KDa(キロダルトン)でヌクレオチド1個と2価イオン1個を結合している。アクチンは普遍的で保存性の高いタンパク質であり、遺伝から細胞運動まで広範囲な細胞機能を担っている。

注2) アクチンフィラメント
 アクチンは単量体の状態とそれが数珠状に結合したフィラメントの状態の2状態をとる。このフィラメントはらせん構造をしており、13個分子で6回巻きほぼ同じ配置に戻る。分子間の間隔は27.5Å程度である。筋肉では、このアクチンフィラメントにトロポミオシンとトロポニンが結合した安定なフィラメントがミオシンと相互作用して、すべり運動や力を発生する。このアクチンフィラメントがアクフィブな状態である。一方、トレッドミリングを駆動力とする細胞運動では状態転移自体に機能的意味がある。

注3) 大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)
 理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の大型放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間1万4千人以上の研究者が利用している。

注4) X線繊維回折法
 液晶状にフィラメントが配向したゾルを調製し、そのゾルにX線を当てその回折パターンを記録して、フィラメント構造を明らかにする手法。回折パターンとして線状の構造が観察される。この回折パターンから構造を得る方法は、大きく分けて2つある。1)結晶構造解析法と同様に、電子密度図を作成してから構造モデルの構築を行う方法、2)知られている構造情報を用いて初期モデルを作成し、モデルから計算されるパターンと実験から得られたパターンを比較して、モデルを逐次的に改造していく方法―である。この手法の代表例としてタバコモザイクウイルスの構造解析が知られている。

注5) 低温電子顕微鏡
 電子線を用いて、液体ヘリウムあるいは液体窒素温度に冷却した試料を観察する方法。低温では電子線損傷を低く抑えることができるため、生体試料を用いる場合に有用である。以前から使われていた、試料をウランのような重原子で染めて観察する方法より、ありのままのタンパク質を観察できる利点があるが、コントラストが低い欠点がある。解析法には、らせん再構成法、単粒子解析法、2次元結晶法、トモグラフィ法がある。

注6) フィロポディア(糸状仮足)
 糸状仮足とは、浮遊性細胞の運動様式の1つで、アクチンフィラメントの平行な束と、さまざまなアクチン結合タンパク質とからできた構造、生体膜から突き出した仮足を形成する。細胞間のシグナル伝達、化学誘因物質への誘導、創傷治癒などの接着において重要な役割を果たす。

注7) ラメラポデリア(葉状仮足)
 葉状仮足とは、浮遊性細胞の運動様式の1つで、アクチンフィラメントがアクチン結合タンパク質により枝分かれし、盤状に生体膜から突き出した仮足を用いて運動する。がん細胞の浸潤や神経細胞の成長円錐で観察される。

注8) ミオシン
 ミオシンはアクチンフィラメントと相互作用し、ATPを加水分解しながらフィラメントに沿って移動するモータータンパク質である。このアクチンとミオシンの相互作用で筋肉は収縮する。筋肉以外の細胞からも発見されている。

注9) ウィスコット・アルドリッチ症候群
 X連鎖劣性遺伝形式をとる免疫不全の病気で、原発性免疫不全症候群として分類される。主な症状としては血小板減少、易感染性、難治性湿疹が有り、悪性腫瘍を併発することもある。

<参考図>

図1

図1 アクチンの重合・脱重合


図2

図2 超伝導電磁石


図3

図3 F-アクチンの構造モデル

F-アクチンのモデル(便宜的に13分子描いてある。)とそれを構成するF-アクチン分子を表す。F-アクチンの分子ではATPは加水分解されており、その分解産物であるADP:アデノシン2リン酸(赤)を結合している。
図4に示すように、アクチン分子は2個の大きなドメインを持ち、そのドメイン間にヌクレオチド(ATPあるいはADP)を結合するクレフトがある。図のクレフトは閉じている。
図4
図4

図4 F-アクチンを構成するアクチン分子とG-アクチンの比較

緑と水色はドメインを表し、アクチンが2個の大きなドメインから出来ていることを示している(上図)。ヌクレオチドを結合するクレフトはG-アクチン、F-アクチン・サブユニットとも閉じている。下図では、赤線は緑のドメインの向きを表し、黒線は水色のドメインの向きを表している。G−アクチンではこの2個のドメインは赤い矢印をもつ直線の回りに約20度ねじれている。一方、F-アクチンを形成したアクチン分子(F-actinサブユニット)では、赤線と黒線が重なり、そのねじれが解消されている。つまり、この2個の大きなドメインを赤い矢印をもった軸の周りにお互いに約20度回転することでG-アクチンに重ねることがでる。

<報道担当・問い合わせ先>

 <研究に関する問い合わせ先>

独立行政法人 理化学研究所播磨研究所 放射光科学総合研究センター 構造生理学研究グループX線構造解析研究チーム チームリーダー
小田 俊郎(オダ トシロウ)
Tel:0791-58-1823 Fax:0791-58-1879
※JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「アクチンフィラメント動態プロジェクト」のアクチンフィラメントの構造と動態グループ・グループリーダー兼任

播磨研究推進部 企画課
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