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平成21年1月1日

東京大学医科学研究所
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科学技術振興機構(JST)
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「ピロリジルtRNA合成における翻訳の直交性の分子構造基盤」

 東京大学(総長 小宮山 宏)およびJST(理事長 北澤 宏一) は、22番目の天然アミノ酸といわれているピロリジンがタンパク質合成に組み込まれる際に、他のtRNAやアミノアシルtRNA合成酵素と反応することなく翻訳の直交性を保つことで、30億年前に遺伝暗号の拡張が行われたメカニズムを解明しました。
 本成果は、濡木 理(東京大学医科学研究所 教授、JST 戦略的創造研究推進事業 発展研究=SORST= 研究者)によるもので、英国科学誌「Nature」オンライン版に2009年1月1日(日本時間)付で発表されます。

<発表内容>

 DNAに刻み込まれた遺伝情報はメッセンジャーRNA(mRNA)に転写され、さらにリボソームにおいて、mRNAの3つ組の塩基からなるコドンが、トランスファーRNA(tRNA)を介して、1つのアミノ酸に置き換えられることでタンパク質が合成されます(遺伝暗号の翻訳)。タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されますが、各々に対応して20種類のアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)が存在し、特異的なアミノ酸とtRNAを認識し結合することで、正確な遺伝暗号の翻訳を行っています。
 すべての生命の起源と言われ30億年前から生息していた古細菌の中から、メチルアミンを材料として呼吸を行い、代謝によりメタンを生成するメタン古細菌が発生し、大気中のメタンを増加させることにより、地球の氷河期からの温暖化を促進させたと考えられています。この古細菌においてメタン代謝を行う酵素は、触媒部位に「22番目の天然アミノ酸注1)」といわれるピロリジンが存在し、酵素活性を担っています。このタンパク質へのピロリジンの取り込みには、ピロリジルtRNA合成酵素(PylRS)という特別なaaRSが関与し、tRNAPylアンバーサプレッサー注2)に直接ピロリジンを結合させます。しかし、PylRSおよびtRNAPylサプレッサーが、他のtRNAやaaRSと誤って反応しない(翻訳の直交性注3))メカニズムはわかっていませんでした。
 本研究では、Desulfitobacterium hafnienseという細菌由来のPylRSとtRNAPylの複合体の立体構造をX線結晶構造解析注4)によって決定しました(図1)。トリプトファン合成酵素遺伝子にアンバー終止コドンを導入したトリプトファン要求性の大腸菌株を作製し、D. hafniense PylRSとtRNAPylの遺伝子を形質転換したところ、ピロリジン存在下で大腸菌の生育が認められたため(図2)、D. hafniense PylRSとtRNAPylは大腸菌内で翻訳の直交性を保持しつつ機能することをつきとめました。さらに、tRNAPylサプレッサーは通常のtRNAと二次構造が大きく異なり、他の通常のtRNAでは立体障害によって認識されませんでしたが、tRNAPylサプレッサーではL字型の立体構造を支えるコアと呼ばれる領域が非常にコンパクトになることにより、PylRSはこのコア領域を直接認識していることが明らかになりました(図3)。以上より、PylRSとtRNAPylが翻訳の直交性を維持するメカニズムの構造基盤を解明しました。
 近年、サプレッサーtRNAに非天然のアミノ酸を結合させるaaRS変異体を作製し、非天然型アミノ酸をタンパク質に取り込ませるバイオテクノロジーが盛んになっています。この場合も、変異体aaRSが通常のアミノ酸やtRNAを認識せず、翻訳の直交性を保持することが前提となっています。本研究から、自然は30億年前からこのようなバイオテクノロジーを生命の中で行ってきたことが明らかとなりました。本研究の成果に基づいて、さらに遺伝暗号を拡張し、新しいアミノ酸をタンパク質に取り込ませて、新しい機能を持たせることが可能になると考えられます。

<参考図>

図1

図1 PylRSとtRNAPylの複合体の立体構造

 PylRSは2量体を形成しており、これに2分子のtRNAが結合しています。

図2

図2 トリプトファン要求性大腸菌株にPylRSとtRNAPylの遺伝子を形質転換した相補性実験

 培地にピロリジンを加えたところ、メタン古細菌由来(図中の1の部分)あるいはD. hafniense由来(図中の2の部分)のPylRSとtRNAPylの遺伝子を形質転換した場合のみ、コロニーが生えています。

図3

図3 PylRSのコア結合領域によるtRNAPylのコアの認識

 tRNAPylのコンパクトなコアを認識して他のtRNAから識別することで翻訳の直交性を保持しています。

<用語解説>

注1)天然アミノ酸
 通常のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸。

注2)tRNAPylアンバーサプレッサー
 普段はアミノ酸をコードしていないアンバー終止コドンを認識するtRNA。

注3)翻訳の直交性
 aaRSが自分に特異的なアミノ酸やtRNA以外の基質と反応しないこと、かつ、tRNAが自分に特異的なアミノ酸やaaRS以外と反応しないこと。

注4)X線結晶構造解析
 タンパク質などの生体高分子化合物の結晶を調整し、その結晶に対しX線を照射することで、立体構造を決定する手法。

<論文名>

「Pyrrolysyl-tRNA synthetase:tRNAPyl structure reveals the molecular basis of orthogonality」
(ピロリジルtRNA合成における翻訳の直交性の分子構造基盤)
doi: 10.1038/nature07611

<お問い合わせ先>

濡木 理
〒108-8639 東京都港区白金台 4-6-1
東京大学医科学研究所 染色体制御分野 教授
Tel:03-6409-2125, 2126 Fax:03-6409-2127
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