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平成20年12月20日

科学技術振興機構(JST)
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理化学研究所
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細胞周期のS/G2/M期特異的に細胞のシルエットを描出することに成功

(細胞の増殖と形を可視化する技術)

 JST基礎研究事業の一環として、理化学研究所 脳科学総合研究センターの宮脇 敦史 チームリーダーらは、細胞周期のS/G2/M期にだけ細胞のシルエットを描出することができる蛍光イメージング技術を開発しました。これは、本研究チームが以前に開発した細胞周期の蛍光プローブ(Fucci)を改変したことによる成果です。
 Fucci(Fluorescent, ubiquitination-based cell cycle indicator)注1)は、2つのたんぱく質(Cdt1とGeminin)注2)が細胞周期に依存して交互にユビキチン修飾注3)を受け分解されることを利用した蛍光プローブです。このFucci蛍光シグナルは核に存在するため、細胞個々の細胞周期進行を追跡するのに都合がよいという利点があります。ところが、核の大きさや形はすべての細胞でほぼ同じなため、Fucciのシグナルだけではその細胞の種類や分化状態に関する情報を得ることができないという欠点があります。そこで、Fucciのシグナルを細胞全体に分布させることにより、細胞周期進行に応じたシグナルで細胞全体のシルエットを浮かび上がらせることを試みました。
 そして、G1期(分裂後からDNA複製前)にだけにユビキチン化されるGemininの細胞質への拡散の効率を高めることによって、S/G2/M期(DNA複製から分裂期)特異的に細胞全体を蛍光でラベルするFucciプローブを開発しました。さらに、シグナルの局在部位のみならず、シグナルの波長(色)についても多様化を図りました。このような新しいFucciプローブを活用して、胎生期の神経上皮における神経前駆細胞が、DNA複製と連関して形状を変えながら移動する様子を観察することに成功しました。細胞の種類や分化状態によって異なる形状を呈するさまざまな細胞から成るサンプルの場合でも、細胞増殖に関連する多くの現象を可視化できる可能性が膨らみつつあります。
 本研究は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「宮脇生命時空間情報プロジェクト」の阪上(旧姓・沢野) 朝子 研究員が、理化学研究所 脳科学総合研究センターの細胞機能探索技術開発チーム、小川研究ユニット、リサーチリソースセンターの協力を得て行いました。
 本研究成果は、2008年12月19日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Chemistry & Biology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト「宮脇生命時空間情報プロジェクト」
研究総括宮脇 敦史(理化学研究所 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム チームリーダー)
研究期間平成18年10月〜平成23年3月
 JSTはこのプロジェクトで、生物個体を扱うライブイメージングの技術革新と実践応用を実施し、多細胞生物における生命現象の時空間的制御の動的な理解を目指します。

<研究の背景と経緯>

 細胞は分裂を繰り返して増殖します。細胞分裂の周期は細胞周期と呼ばれます。一周期が進む過程で細胞のDNAが複製され、それを二分するように細胞分裂が起こります(図1)。生物の発生や再生においては、増殖と分化とが見事に絡み合って、組織、器官、個体が形成されていきます。そうした制御が破綻して細胞の増殖が盛んになると、がんが発生します。
 本研究グループは、細胞周期の進行に基づく細胞増殖の状況を組織、器官、個体のレベルで可視化する蛍光プローブ(Fucci)を開発してきました(Cell. Vol. 132 : 487-498, 2008)。2つのたんぱく質(Cdt1とGeminin)が細胞周期依存的に交互にユビキチン修飾を受けて分解されることを利用したものです。このプローブを導入すると、分裂後からDNA複製前の時期(G1期)にある細胞の核は赤色の、DNA複製から分裂期の時期(S/G2/M期)の核は緑色の蛍光をそれぞれ発するようになります。Fucci技術を利用して、マウスに移植されたがん細胞の浸潤・転移や、マウスの胚で起こる神経細胞の分化、移動などにおける細胞周期進行の時空間パターンを観察することに成功してきました。

 その一方で、Fucci技術に対する要求は、以下のように多様化しています。

1)元々のFucciにおいては、蛍光シグナルが核に存在するため、細胞個々の細胞周期進行を確実に追跡しやすいという利点があります。ところが、核の大きさや形はすべての細胞でほぼ同じです。従って、蛍光シグナルの核局在は、注目する細胞の種類や分化状態に関してほとんど情報を与えてくれません。しかし、細胞の増殖と分化は密接に関連しており、それらを同時に観察することが強く求められています。

2)他の蛍光色素(特に緑色蛍光たんぱく質や赤色蛍光たんぱく質)との兼ね合いから、元々の赤色/緑色の組み合わせ以外の蛍光を発するFucciプローブも求められています。


<研究の内容>

1)Fucci蛍光シグナルを細胞全体に分布させる試み
 S/G2/M期を蛍光でラベルするFucciプローブはGemininのユビキチン修飾部位を含んでいます。本研究グループは、この部位からさらに核局在シグナルを除くことにより、細胞全体に分布するS/G2/M期プローブ〔Fucci(N+C)〕を作製することに成功しました(図2)。分布が「核プラス細胞質」に広がったことでプローブ機能の変化が危惧されましたが、S/G2/M期特異性は失われていませんでした。本研究グループはその仕組みを調べるために免疫組織染色実験を行い、その結果、Gemininをユビキチン修飾する酵素が核内に限局することを明らかにしました(図3)。また、FRAP(蛍光褪色後回復実験)などを行い、このプローブが核と細胞質の間をさかんに往復していることを明らかにしました。すなわち、Fucci(N+C)は細胞内を巡回しながらG1期特異的に核内でユビキチン化され、速やかに細胞全体で分解されると考えられます。

2)Fucci蛍光プローブの多色化
 Gemininを含むプローブ(S/G2/M期プローブ)に関して、緑色以外に黄色(mVenus注4))と極赤色(mCherry注5))のものを作製しました。さらにそれぞれについて核に局在するタイプのものと、細胞全体に分布するタイプのものを作製しました(図2)。
 Fucciプローブのバリエーションが増大したことで、さまざまな要求に応える準備ができました。そして、マウスの胎生期・神経上皮における神経前駆細胞注6)が細胞周期とともに分化や移動を進める様子について、それら細胞のシルエットをS/G2/M期に浮び上がらせることで可視化することに成功しました(図4)。

<今後の展開>

1)Fucci(N+C)
 細胞の形状と増殖を同時にモニターする技術は、ますます盛んになると考えられます。例えば、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)においては、増殖とともに外来刺激によって分化が誘導されます。神経細胞や筋肉細胞をはじめ、細胞の形状は分化の程度に従ってさらに複雑になっていくため、その過程を観察するための技術が必要になると考えられます。発生学や再生医療でFucci(N+C)が大いに活用されることが期待されます。

2)多色化
 新しいFucciの黄色や極赤色は、世界中に普及している緑色蛍光たんぱく質や赤色蛍光たんぱく質のシグナルと区別することができます。Fucciと別の蛍光プローブとの組み合わせによる多角的蛍光イメージングがますます盛んになり、マルチカラーイメージングを促進するべき分光イメージングの技術開発がさらに進められるものと思われます。また、Fucciの多色化に伴って、さまざまな蛍光たんぱく質を供給する企業が細胞増殖イメージングの領域に進出するといった、産業への波及効果も期待されます。

<参考図>

図1

図1 細胞周期

 細胞周期は分裂が起こるM(mitosis)期、DNAの複製が起こるS(synthesis)期、それぞれの間をつなぐG1期、G2期からなる。分裂により2つになった娘細胞が、G1期を経て、DNA複製を行い(S期)、遺伝情報を倍加させて再び分裂期(M期)に突入して2つの細胞になる。増殖が盛んな細胞ではこの細胞周期が回転して細胞数を増やしていくが、神経細胞のように分化した細胞では、細胞周期は停止している。

図2
図2
図2

図2 新しい色でS/G2/M期をハイライトするFucciプローブ

(左)新しいS/G2/M期特異的Fucciプローブの構造および蛍光顕微鏡像。G:[緑色蛍光たんぱく、mAG] 、Y:[黄色蛍光たんぱく、mVenus]、R: [極赤色蛍光タンパク、mCherry]、N:[核局在]、NC:[核および細胞質局在]、C:[細胞質局在]、NES:核外排出シグナル(スケールバー:10μm)。
(右)細胞周期プロファイル。それぞれを恒常的に発現する細胞を核染色(Hoechst33342染色)してFACS解析したデータから、各々の細胞周期特異性を示す。

DIC
図3
S/G2/M-R(NC)
図3
αAPC2-Alexa488
図3
α20S-Alexa633
図3

図3 ユビキチン化酵素APC/C およびプロテアソームの局在

 S/G2/M-R(NC) を恒常的に発現するHeLa細胞に、E3ユビキチン化酵素APC/C複合体のコアたんぱく質であるAPC2およびプロテアソーム複合体の20Sサブユニットそれぞれに対する抗体で免疫染色を行った。
 S/G2/M-R(NC)シグナルを極赤色、APC2の染色像を緑色、20Sプロテアソームの染色像をシアン色で示す(スケールバー:10μm)。
 プロテアソームは細胞全体に局在しているのに対して、ユビキチン化酵素は核内に限局しているのが分かる。

図4A
図4B 図4C

図4 神経前駆細胞のシルエットを描出

胎生13日マウス脳にS/G2/M-R(NC)遺伝子を導入し、24時間後に観察した。Tuj1: 成熟神経細胞のマーカー。 Tuj1 で染色される神経細胞はすでに細胞周期を逸脱しているために、S/G2/M-Fucciの蛍光とは重ならない。
B・CS/G2/M-R(NC)蛍光陽性のさまざまな神経前駆細胞。それらの形および位置より、将来脳室面分裂、非脳室面分裂のいずれの分裂運命を辿るのか、識別が可能である。

<用語解説>

注1)Fucci (Fluorescent, ubiquitination-based cell cycle indicator)
 細胞周期進行を可視化する蛍光プローブ。G1期の可視化には、Cdt1たんぱく質の一部を、S/G2/M期の可視化には、Gemininたんぱく質の一部を用いている。初代FucciはG1期の核を赤色に、S/G2/M期の核を緑色に光らせる。Fucciは恒常的に発現させることで安定に細胞周期を可視化することができる。トランスジェニック個体の作製も可能であり、発生および再生研究への応用が期待されている。

注2)Cdt1とGeminin
 GemininはDNA複製のライセンス化阻害因子。S期に突入し、一度複製が開始されたゲノムの複製開始地点に再びライセンス化因子が結合しないように機能することで、正常なDNA複製の監視役をしている。S期に発現量が増加し、複製と同時にCdt1(Cdc10 dependent transcript 1の略。DNA複製のライセンス化制御因子)と結合して、複製開始地点からCdt1を引きはがすことで機能阻害をすると考えられている。M期からG1期にかけては、ユビキンチン−プロテアソーム系により分解されるため、Cdt1によるライセンス化が可能になる。

注3)ユビキチン修飾
 ユビキチンは、たんぱく質を分解に導く目印として作用し、プロテアソームはユビキチンで修飾されたたんぱく質を選択的に破壊する細胞内装置である。たんぱく質のユビキチン化には、各々のたんぱく質を特異的に認識するユビキチン化酵素が働いており、細胞周期特異的に機能するものも多い。S/G2/M-Fucciのユビキチン修飾は、APC/Ccdh1により導かれている。

注4)mVenus
 2002年に理研脳科学総合研究センター・細胞機能探索技術開発チーム(宮脇敦史チームリーダー)により開発された蛍光たんぱく質。現存する蛍光たんぱくの中でも特に明るい特性を示す(蛍光たんぱくの明るさの指標となる、モル吸光係数、量子収率ともに好成績を示す)。

注5)mCherry
 2004年に、Roger Y Tsien らにより開発された極赤色蛍光たんぱく質。世の中で1番多用されているGFPとスペクトル分離しやすい蛍光波長特性を持つために、組み合わせての使用が可能。

注6)神経前駆細胞
 神経細胞への分化能を保持した細胞。発生初期の脳原基において多く存在しており、細胞周期も回転している。その細胞周期の"場"と"タイミング"により運命が決定されていく様が、最近のいくつかの研究により明らかになってきている。マウスの場合、胎生13日から14日(図4)では、多くの神経前駆細胞が脳室面から脳膜面へと突起を伸ばし、分裂へ向けた運動を行っている。前駆細胞は分裂に関して、脳室面で行う場合と、脳室面ではない場所で分裂を行う場合との2通りに分類される。これらの運命を、分裂前にその細胞の形とFucciによる細胞周期情報とから知ることができる。

<論文名>

"Tracing the silhouette of individual cells in S/G2/M phases with fluorescence"
(S/G2/M 期特異的に細胞のシルエットを描出する)
doi: 10.1016/j.chembiol.2008.10.015

<お問い合わせ先>

 <研究に関すること>

宮脇 敦史(ミヤワキ アツシ)
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「宮脇生命時空間情報プロジェクト」 研究総括
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番1号
Fax:048-467-5924
E-mail:

 <JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
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 <報道担当>

科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
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