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平成20年11月10日

東北大学 大学院理学研究科
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
科学技術振興機構(JST)

「黒鉛超伝導体」40年来の難問解決

−鉛筆の芯が超伝導になる−

 東北大学 大学院理学研究科の佐藤 宇史 助教と同大学 原子分子材料科学高等研究機構の高橋 隆 教授らの研究グループは、40年来未解決であった「黒鉛超伝導体」のメカニズムを解明することに成功しました。
 本研究成果は、平成20年11月9日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Physics(ネイチャーフィジックス)」のオンライン速報版で公開されます。

 本成果は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費およびJST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)の研究課題「バルク敏感スピン分解超高分解能光電子分光装置の開発」(研究代表者:高橋 隆)によって得られました。

<背景>

 鉛筆の芯に使われている黒鉛(グラファイト)は、炭素原子が蜂の巣状のネットワークを形成した層状の結晶構造(図1(a))を持っており、鉛筆でなめらかに字が書けるのは、このグラファイト層の間がすべりやすく、はがれやすいためです。黒鉛自体は電気をわずかに流す半金属として知られていますが、グラファイト層の間にカリウム(K)原子を入れると、低温で電気抵抗がゼロとなる超伝導を示すことが40年前に発見されました。私たちの身の回りどこにでもある黒鉛が超伝導になるということで大きな注目を集め、その超伝導メカニズムを解明して、さらに高い超伝導温度を達成しようという研究が世界中で精力的に行われました。とりわけ、日米仏の研究者の間では相反する超伝導モデルが提案され、激しい議論が展開されましたが、そのメカニズムは依然不明のままでした。ところが2005年に、これまで絶対温度で高々2K程度であった超伝導転移温度(Tc)が、牛乳や骨に含まれているカルシウム(Ca)をグラファイト層間に入れると、一気に11.5Kまで急上昇することが報告されました(図1(b))。この発見により、「黒鉛超伝導体では高いTcは実現できない」というそれまでの常識が覆され、現在、基礎科学の立場からも、今後より高いTcを持つ物質を開発する産業応用の立場からも、この黒鉛超伝導体の超伝導メカニズムの解明が急がれています。

<研究の内容>

 本研究グループは今回、光電子分光(図2)と呼ばれる実験手法を用いて、カルシウムを入れた黒鉛超伝導体(C6Ca)中の超伝導電子の観測を試みました。光電子分光とは、物質に紫外線を照射して、外部光電効果注1)により物質外に放出される電子のエネルギーを精密に測定することで、物質内にある電子の状態を観測できる実験法です。本研究グループは、世界最高のエネルギー分解能を持つ装置を用いて、黒鉛超伝導体の超伝導電子の直接観測に今回初めて成功しました。その結果、超伝導を担う電子は、グラファイト単独層に存在するパイ電子(π電子)注2)シグマ電子(σ電子)注3)ではなく、グラファイト層が重なり合うことで層の間に新たに形成される「層間電子状態」に存在する電子であることが明らかになりました(図1(c))。また、層間に挿入されたカルシウム原子は、この層間電子状態に電子を与えると同時に、層間電子が超伝導になることを助ける働きもしていることも判明しました。この層間電子は、30年以上も前に日本の研究者により予言されながら実験的に観測できず、長い間その存在と超伝導への関与について謎のままであったものです。今回の成果は、この層間電子の存在を確認すると同時に、その超伝導への寄与を明らかにしたもので、黒鉛超伝導の長年の難問を解決したものと言えます。

<今後の展望>

 今回の研究結果に基づいて、カルシウムなどの挿入原子と炭素原子がどのように協力して高いTcを実現しているのかの研究が急速に進むものと期待されます。その結果、カルシウム以外の原子や分子を入れたり、グラファイトの炭素を他の元素で置換したりすることで、さらに高いTcを持つ超伝導体が見いだされることが期待されます。また、今回の成果をもたらした光電子分光装置の高分解能化をさらに進めることで、超伝導を引き起こしている層間電子の性質がより明らかになり、高温超伝導体などの黒鉛以外の層状超伝導体の超伝導機構の解明と、そのTc上昇に貢献するものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 (a) 黒鉛、(b) 黒鉛超伝導体、(c) 黒鉛超伝導対中のパイ電子、シグマ電子、層間電子状態


図2

図2 超伝導体の光電子分光

<用語解説>

注1)外部光電効果
 物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。

注2)パイ電子(π電子)
 グラファイト単独層の電子状態を構成している2種類の電子状態の1つ(もう1つはσ電子)で、グラファイト層平面に対して垂直に伸びた電子分布を持っています(図1(c)参照)。半金属であるグラファイトの電気伝導は、このπ電子によって担われます。

注3)シグマ電子(σ電子)
 グラファイト層内の炭素と炭素の結合方向に伸びた電子分布を持ちます(図1(c)参照)。

<お問い合わせ先>

 <研究に関すること>

佐藤 宇史 助教
東北大学 大学院理学研究科
Tel:022-795-6477
E-mail:

高橋 隆 教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
Tel:022-795-6417
E-mail:

 <JSTの事業に関すること>

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
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