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平成20年9月23日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

東京大学 大学院理学系研究科
Tel:03-5841-8856(広報室)

水中でインジウム金属が触媒機能を発現

−環境調和・省資源を指向した新技術−

 JST基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院理学系研究科の小林 修 教授らは、インジウム金属が水中において炭素−炭素結合生成反応の触媒として機能することを発見しました。
 水のみを溶媒として用いる炭素−炭素結合生成反応は、環境にやさしい反応手法として近年活発に研究開発が行われています。これらの反応では水中で分解することなく安定に機能する触媒の存在が重要であり、本研究グループではこのような水の中で機能するルイス酸触媒注1)をすでに数多く見いだしてきました。その結果、さまざまな水中でのルイス酸触媒反応の開発することができ、また触媒的不斉合成注2)のような精密な反応制御を必要とする有機合成も水中で行うことができるようになりました。しかし、これまで用いてきた水中での触媒はいずれも金属塩で、単体の金属をそのまま使用するのは困難でした。
 インジウムは半導体の成分や液晶ディスプレイの電極などに用いられるレアメタル注3)で、単体であるインジウム金属=In(0)=は無毒なうえ水の中においても安定ですが、炭素−炭素結合生成反応においては量論量注4)反応にのみ用いられ、触媒量注5)で用いられた例はありませんでした。インジウムは世界的に生産量が限られており、省資源やコスト面から有機合成においては触媒量での使用が望ましいと言えます。
 本研究グループは今回、種々のインジウム触媒について検討を行った結果、単体のインジウム金属が水中において触媒量で機能し、重要な炭素−炭素結合生成反応であるケトンのアリル化反応を効率的に進行させることと、使用したインジウム金属が反応後の回収・再使用が可能であることを明らかにしました。また、インジウム金属触媒が触媒的不斉合成にも展開できる可能性があることも分かりました。この成果により、環境にやさしい水中での有機合成において金属単体の触媒としての活用という新たな領域が開かれ、今後、省資源を指向したレアメタルの触媒技術の確立につながると考えられます。
 本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト 「小林高機能性反応場」
研究総括 小林 修 (東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間 平成15年11月〜平成21年3月
 JSTはこのプロジェクトで、化学反応が起こる"場"をナノスケールで精密にデザインすることにより、反応場自体に高度な機能を付与し(高機能性反応場の構築)、これを活用した高効率かつ環境調和型の新プロセスの開発を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 水のみを溶媒とする有機合成反応は、有害な有機溶媒を用いない点において環境にやさしく、近年活発に研究が行われています。本研究グループはこれまでに、スカンジウムトリフラートのような水の中で分解することなく安定に機能するルイス酸触媒を数多く見いだし、アルドール反応などのさまざまな炭素−炭素結合生成反応が水中で円滑に進行することを示しました。しかし、これらのルイス酸触媒はいずれも金属の塩(陽イオンと陰イオンの対)であり、金属を単体のまま触媒として水中で利用するのは困難でした。その理由として、一般に金属の単体は水に不安定であることが多く、また触媒活性も不十分であることが挙げられます。例えば、ナトリウムやカルシウムなどの金属は安価で容易に入手可能ですが、金属単体として水に加えると極めて激しく水と反応してしまうため大変危険です。しかし、金属の単体は、陰イオン部分(ハロゲン化物イオンなど)を含まないため、金属塩に比べて原子効率の面において優れており、触媒としての活用は望ましいと言えます。
 中でもインジウムの場合は、インジウム塩が水中での安定性・毒性などに問題があるのに対し、インジウム金属(単体)は水に対して安定で無毒であり、水中の有機合成の触媒の候補としては非常に魅力的です。しかし、これまでインジウム金属を触媒量で用いた炭素−炭素結合生成反応の例は水中・有機溶媒中いずれの場合もなく、試薬として量論量以上を必要とするケースのみが報告されていました。

<研究の内容>

2−1 モデル基質を用いた水中でのアリル化反応の検討
 水のみを溶媒として、モデル基質としてケトンの一種であるアセトフェノンを用い、アリルボロネートをアリル化剤とするアリル化反応の検討を行いました(図1)。インジウム非存在下では反応は2%しか進行しませんでしたが、1当量(アセトフェノンと同じモル数)のインジウム金属(粉末)を加えると83%と高収率で反応が進行し、目的とするアリル化生成物であるホモアリルアルコールが得られました。また、用いたインジウム金属は反応後に定量的に回収できることが分かりました。
 一方、反応に用いるインジウム量の低減化の検討を行ったところ、アセトフェノンの1/1000のモル数(0.1mol%)までインジウムの量を少なくしても、90%収率でアリル化生成物が得られました。また、水を用いずに無溶媒条件で反応を行ったところ反応はわずかしか進行せず、水の代わりに一般に用いられる有機溶媒を用いても、反応の進行はほとんど見られませんでした。このことから、水がこの反応において重要な役割を果たしていることが示されました。さらに、触媒の再使用を検討したところ、3回の繰り返し使用において反応はいずれも高収率で進行し、触媒活性の低下は全く見られませんでした(図2:反応前後の反応系の様子)。

2−2 触媒活性種の検討
 触媒活性種を知るために、インジウムの単体のほか、さまざまなインジウム化合物を用いて水中でアリル化反応を行いました。その結果、酸化数注6)がゼロのIn(0)が活性種であると結論付けられました。さらに反応機構に関する考察も行いました。

2−3 水中でのケトンのアリル化反応における基質一般性の検討
 モデル基質であるアセトフェノンで検討した最適の反応条件において、さまざまなケトンで反応を行い、本反応系の基質一般性の検討を行いました(図3)。その結果、さまざまな芳香族ケトン・複素環ケトン・脂肪族ケトンにおいて、高い収率で目的とするホモアリルアルコールを得ることができました。

2−4 立体選択的反応への展開
 さらなる反応範囲の拡大を目指し、メチル基を有するアリルボロネートをアリル化剤として反応を行ったところ、メチル基に隣接した炭素原子がケトンのカルボニル炭素に結合した生成物が得られました(図4上式)。この結果は反応機構を考える上で興味深い知見です。また、高いジアステレオ選択性注7)で反応が進行していることも明らかになりました。
 反応系の不斉配位子を加えることで触媒的不斉合成を試みたところ、中程度ながらエナンチオ選択性注8)の発現が見られました。この結果は水中でのケトンの触媒的不斉アリル化反応において最も良いものでした(図4下式)。

<今後の展開>

 本研究においては、水中においてインジウム金属(単体)を触媒として炭素-炭素結合生成反応を行うことに成功しました。インジウムはレアメタルであることから省資源を考える必要がありますが、今回の反応系ではインジウムは使用量が触媒量で済み、回収・再使用が可能であるため実用性の期待の高いものであると考えられます。
 また、触媒量で機能するインジウム金属が触媒として水中で機能するという発見ができたことは、環境にやさしい水中での有機合成において、これまでの金属塩を用いたルイス酸とは異なる触媒を発見した点で大きな意義があると言えます。この知見は水中での有機合成を大きく発展させる指針となるものであり、今後は水を溶媒とする環境にやさしい化学プロセスが今後ますます発展し、化成品や医薬品の合成へ応用されていくものと強く期待されます。

<参考図>

図1

図1 モデル基質による検討

 インジウムの使用量をアセトフェノンに対して減らしていっても、高い収率で目的とするホモアリルアルコールが得られることを示しています。

図2

図2 反応前(左)および反応後(右)の反応系の写真

 反応前のインジウムは粉末状(左)ですが、反応後には塊状(右図の矢印部)になります。再使用しても活性の低下は見られません。

図3

図3 さまざまなケトンを用いるアリル化反応

 さまざまなケトンを用いてもアリル化反応が高い収率で進行することを示しています。

図4

図4 水中での立体選択的アリル化反応

 本反応系では反応が立体選択的に進行します。

<用語解説>

注1)ルイス酸触媒
 反応分子の構造に含まれる酸素や窒素などの原子から電子を受け取ることにより触媒作用を示す触媒。

注2)触媒的不斉合成
 少ない量の不斉触媒を用いて生成物の一方の鏡像体を多く得る合成手法。不斉とは、鏡に映した像が元の像と重なり合わない性質(右手と左手の関係)。

注3)レアメタル
 希少な金属。電子材料や機能性材料に用いられることが多いが、近年の需要の増加で価格の高騰が起きているものが多い。

注4)量論量
 原料の分子と同数の分子の触媒を必要とする場合、その必要量を(化学)量論量という。

注5)触媒量
 触媒分子数が原料に比べて少量ですむ場合、その量を触媒量という。

注6)酸化数
 原子の電子密度を知る目安の値。単体の場合はゼロになる。

注7)ジアステレオ選択性
 立体選択性の1つ。ジアステレオマー(立体異性体の一種)同士における選択性。

注8)エナンチオ選択性
 立体選択性の1つ。エナンチオマー(鏡像体)同士における選択性。

<論文名>

" Catalytic Use of Indium(0) for Carbon-Carbon Bond Transformations in Water: General Catalytic Allylations of Ketones with Allylboronates"
(水中での炭素-炭素結合変換のためのゼロ価インジウムの触媒的使用:アリルボロネートによるケトンの一般的な触媒的アリル化反応)
doi: 10.1021/ja804182j

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
小林 修(コバヤシ シュウ)
科学技術振興機構 ERATO小林高機能性反応場プロジェクト 研究総括
(東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻有機合成化学研究室 教授)
〒113-0033 文京区本郷 7-3-1
Tel:03-5841-4790 Fax:03-5684-0634
E-mail:
<JSTの事業に関すること>
小林 正(コバヤシ タダシ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地三番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<報道担当>
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