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平成20年9月19日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

東京大学 医科学研究所
Tel:03-5449-5601 (総務課庶務係)

自己免疫寛容の鍵を握る胸腺内細胞の分化・増殖機構を解明

(さまざまな免疫病の原因解明と治療法解決に一歩)

 JST基礎研究事業の一環として、東京大学 医科学研究所の秋山 泰身 講師らは、自己の臓器への免疫反応を防御するための新しい制御機構を発見しました。
 現代社会では、多くの人が自己免疫疾患やアレルギーなどの免疫病に悩まされています。免疫病は、本来無害な物質に対して過剰な反応が起きてしまうことが原因の1つとされています。人体はこの“好ましくない”免疫反応を防ぐための機構をいくつか持っていますが、これらの機構の詳細は未だ不明です。免疫病の原因解明や治療のためにも、これらの機構の解明が望まれています。
 免疫反応に重要な働きをするT細胞注1)は胸腺で産生され、その際、通常は自己の臓器に応答するT細胞は自然に除かれます。ところが、この除去機構が異常になると自分の臓器を攻撃する免疫反応が起き、自己免疫疾患になってしまいます。最近、胸腺を構成する細胞の一部である髄質上皮細胞注2)が、この除去機構に極めて重要であることが分かってきました。しかし、髄質上皮細胞がどのようなメカニズムで分化・増殖し、機能するのかは不明でした。
 本研究では、胸腺の髄質上皮細胞の分化・増殖を制御する機構を解明するために、遺伝子欠損マウスの解析や胸腺の組織培養実験などを行いました。その結果、胸腺髄質上皮細胞の分化・増殖において鍵となるシグナル因子の同定に成功しました。本研究の成果は、未だ謎な部分が多い自己組織に対する免疫反応を回避する機構の解明に貢献すると考えられます。また、本研究で開発した髄質上皮細胞の分化・増殖法は、免疫反応を人為的に制御する研究展開への寄与が期待されます。
 本研究成果は、2008年9月18日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Immunity(イムニティ)」オンライン版で公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域「生命システムの動作原理と基盤技術」
(研究総括:中西 重忠 (財)大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名「胸腺依存的な免疫寛容を制御する基盤技術の開発」
研究者秋山 泰身(東京大学 医科学研究所 講師)
研究実施場所東京大学 医科学研究所
研究期間平成19〜22年度
 JSTはこの領域で、生命現象をシステムとして捉えて生体情報の相互作用や制御機構を統合的に解析し、動的な生命現象の基本原理の解明とそれに必要な基盤技術の創出を目指しています。
上記研究課題では、胸腺の髄質上皮細胞の分化や免疫寛容誘導メカニズムを解明し、免疫寛容を人為的に制御することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

 国民の3人に1人は、異物に過剰反応を起こすアレルギーや、自分の臓器を攻撃する自己免疫疾患などのいわゆる免疫病に罹患していると言われています。これらの免疫病は、本来は無害な物質に対して免疫反応が起きてしまうことが原因の1つとされています。健康な人間の体には、自分の組織や無害な異物に対して免疫反応が起きないようにする機構(免疫寛容)が備わっており、この免疫寛容に異常が起きた状態を免疫病と考えることができます。そのため、免疫寛容を制御する機構について明らかにすることは、アレルギーや自己免疫疾患の原因解明、治療に重要であると考えられています。
 免疫寛容を制御する機構は体のさまざまな臓器で働いていますが、その1つが胸腺にも存在します。胸腺は免疫反応に重要なリンパ球の1つであるT細胞を産生していますが、その際、自分の組織のたんぱく質に反応してしまうT細胞を除く機構が働きます。この機構に重要な働きをする細胞の1つが髄質上皮細胞で、非常に少数しか存在しませんが、ユニークな特色を持っています。具体的には、胸腺髄質上皮細胞は、通常はある臓器だけに特異的に発現するさまざまな種類のたんぱく質(臓器特異的たんぱく質、例えばすい臓でのインシュリンなど)が、微量ですが “異所的”に(ここでは髄質上皮細胞)発現注3)する性質を持っています。この臓器特異的たんぱく質の“異所的”な発現は、ヒト自己免疫疾患の原因遺伝子として同定されたたんぱく質であるAutoimmune regulatorが制御していることも分かってきました。現在、髄質上皮細胞はさまざまな種類の臓器特異的たんぱく質を産生・提示して、そのたんぱく質に対して反応するT細胞を除いてしまうことで免疫寛容を誘導し、自己免疫疾患を防いでいると考えられています(図1)。
 しかし、この髄質上皮細胞がどのような機構で分化・増殖して、免疫寛容を誘導するのかについては詳しく分かっていませんでした。本研究グループを含む多くの研究者がこの謎に挑戦した結果、1)胸腺の未熟なT細胞と髄質上皮細胞の間のコミュニケーションが重要であること、2)髄質上皮細胞内では、遺伝子発現を制御する転写因子NF−κB注4)やその活性を制御する細胞内シグナル伝達因子が重要であること――がこれまでに分かってきました。しかし、髄質上皮細胞の分化や増殖がどのような細胞外の因子を介して働き始めるのか、その鍵となる因子が不明でした。

<研究の内容>

 本研究グループは、胸腺の髄質上皮細胞の分化や増殖を制御する細胞外因子の候補として、腫瘍壊死因子(Tumor necrosis factor、TNF)ファミリー注5)に注目しました。というのは、このファミリーの一部はリンパ球で発現し、別の細胞に存在するレセプターに結合して、転写因子のNF−κBやそれを制御する因子を活性化することが知られているからです。しかし、TNFファミリーやそのレセプターの組み合わせは、これまでに20種類以上も知られていたため、まず髄質上皮細胞を含むマウス胎仔胸腺ストローマ注6)をマウス胎仔胸腺からリンパ球を除いて調製し、それにどのレセプターが発現するのかを調べました。その結果を参考にして、髄質上皮細胞の分化・増殖を制御する細胞外因子を予想し、その候補因子の遺伝子欠損マウスを解析しました。さらに、その候補因子で実際に胸腺髄質上皮細胞の分化や増殖が誘導できるか、またその誘導はこれまで分化や増殖に関わると知られている細胞内因子に依存しているかを、マウス胎仔胸腺ストローマの組織培養実験系を用いて調べました。

 得られた結果を以下にまとめます。

(1)TNFレセプターファミリーに属するReceptor Activator of NF−κB(RANK)とCD40注7)という2つの細胞表面レセプターへのシグナルが協調して働くことで、胸腺髄質上皮細胞を分化・増殖させることを発見しました(図1)。

(2)髄質上皮細胞の分化・増殖を誘導するシグナルが欠損したマウスでは、自分の臓器に反応してしまう“好ましくない”リンパ球を産生していることが分かりました(図2)。

(3)RANKやCD40へのシグナルは胸腺髄質上皮細胞の分化・増殖を誘導できること(図3)、またその誘導はこれまで知られた髄質上皮細胞を分化・増殖させる細胞内因子に依存していることを証明しました。

<今後の展開>

 本研究によって、いわば“ナゾ”であった髄質上皮細胞の分化や増殖を誘導させる因子が同定されました。この結果は、これまで不明な点が多かった自己免疫疾患発症のメカニズム解明につながる可能性があります。また、今回新たに開発した胸腺髄質上皮細胞を分化・増殖させる方法を上手く活用することができれば、髄質上皮細胞の機能を人工的に制御することが可能になります。その結果、通常とは異なる特異性を持つT細胞、例えばがん抗原に応答するT細胞などを試験管内で誘導する方法や、アレルゲン注8)に反応するT細胞を産生しないような機能を持たせた人工胸腺の開発につながるかもしれません。すなわち、胸腺髄質上皮細胞の機能を誘導する分子メカニズムをさらに詳細に解明し利用することで、自己免疫疾患の原因解明やアレルギー・がんなどの治療方法の開発へと展開する可能性があります。

<付記>

 本研究成果は、徳島大学、東京医科歯科大学、オーストリア科学アカデミ−、東京大学 医科学研究所 井上 純一郎 教授らとの共同研究で得られました。

<参考図>

図1 図1

図1 胸腺内で働く免疫寛容誘導機構の模式図

自己の臓器に反応するT細胞が胸腺で産生し分化しますが、分化途中で髄質上皮細胞と相互作用することで除かれると考えられています。髄質上皮細胞は本来は決まった臓器だけに発現するたんぱく質を微量ですが多種類発現し、それを”提示”します。そして”提示”されたたんぱく質に応答する未熟なT細胞が除去されることで、自己の臓器への免疫反応を抑制すると考えられています。本研究では、このようなユニークな性質を持つ髄質上皮細胞の分化や増殖に必要な細胞外シグナル因子の同定に成功しました。

図2 図2

図2 自己の臓器(肝臓)に応答するリンパ球の検出実験

髄質上皮細胞が異常なマウスからリンパ球を含む脾臓細胞を調整し、別のマウスに移入しました。その結果、移入されたマウスは重篤な自己免疫疾患様の状態になりました。写真は肝臓の様子(左の2つの写真)と移入したマウスの血清にある肝蔵に対する抗体を検出した実験結果(右の写真)です。肝臓のたんぱく質に対する免疫反応が起きることで肝臓の形が変形し、内部が傷害受けている様子がわかります。右の写真では肝臓のたんぱく質に対する抗体を緑色の蛍光で検出しています。

図3

図3 髄質上皮細胞を分化・増殖させる胸腺組織培養法

マウス胎仔胸腺を組織培養し、リンパ球を除くことで、上皮細胞など胸腺の構造を支える細胞だけ(胸腺ストローマ)にします。その後、TNFファミリーのメンバーであるRANKリガンドやCD40リガンドを含む培地で培養すると成熟した髄質上皮細胞(蛍光色素で赤く染色)が分化・増殖します。

<用語解説>

注1)T細胞
 免疫反応の際に働くリンパ球の一種です。通常は別のリンパ球であるB細胞に指令を出して病原体に対する抗体産生を促したり、ウイルスに感染した細胞を殺したりすることで、病原体に対する防御反応を行います。

注2)髄質上皮細胞
 胸腺は大きく分けて外側にある皮質部分と内側にある髄質部分に分かれます。髄質上皮細胞は胸腺の髄質部分に存在する上皮細胞の一種です。胸腺はほとんどがリンパ球でできていますが、髄質上皮細胞などリンパ球以外の細胞は胸腺の構造そのものを支える上でも重要です。

注3)異所的な発現
 たんぱく質の中には特定の臓器だけに発現するものがあります。そのようなたんぱく質が別の臓器で発現することを「異所的な発現」と呼びます。

注4)転写因子NF−κB
 DNAの決まった配列に結合することで遺伝子発現を制御するたんぱく質、転写因子の1つです。炎症反応や免疫反応など細胞がさまざまな刺激を受ける場面で、遺伝子発現を制御する誘導型の転写因子です。

注5)腫瘍壊死因子ファミリー
 細胞と細胞の間のコミュニケーションの際に機能するサイトカインと呼ばれるたんぱく質の一群です。似た構造を持つ多くの類似体があり、ファミリーを形成しています。別の細胞の表面に存在する各々のレセプターを介して、最終的にその細胞の分化や増殖を誘導します。ファミリーの中で最初に見つかったものが腫瘍を壊死する因子として同定されたためこの名前がついていますが、現在、多くは腫瘍の壊死とは関連がないと考えらえています。

注6)胸腺ストローマ
 胸腺はほとんどがリンパ球でできていますが、胸腺の構造そのものを支える細胞群を総称してストローマと呼んでいます。上皮細胞や繊維芽細胞からなります。マウスの胎仔の胸腺を特殊な溶液で処理すると、リンパ球などを除いて胸腺ストローマにすることができます。

注7)Receptor Activator of NF−κB(RANK)とCD40
 腫瘍壊死因子ファミリーに対応したレセプターファミリーに属するたんぱく質です。細胞表面でそれぞれのリガンド(腫瘍壊死因子ファミリーに属する)と結合し、分化や増殖など細胞にさまざまな変化をもたらします。

注8)アレルゲン
 アレルギーの原因となる物質をアレルゲンと呼びます。例えば杉花粉アレルギーなどは杉花粉の中のたんぱく質に対する免疫応答が原因です。本来はそのたんぱく質がアレルゲンですが、杉花粉自体をアレルゲンと呼ぶ場合もしばしばあります。

<掲載論文名>

“The tumor necrosis factor family receptors RANK and CD40 cooperatively establish the thymic medullary microenvironment and self-tolerance”
(腫瘍壊死因子ファミリーのレセプターであるRANKとCD40は胸腺髄質の環境と自己免疫寛容を協調して制御する)
doi: 10.1016/j.immuni.2008.06.015

<お問い合わせ先>

 <研究に関すること>

秋山 泰身(アキヤマ タイシン)
東京大学 医科学研究所 講師
〒153-0063 東京都港区白金台4丁目6番1号
Tel:03-5449-5276 Fax:03-5449-5421
E-mail:

 <JSTの事業に関すること>

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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 <報道担当>

科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
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