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平成20年9月11日

科学技術振興機構(JST)
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藤田保健衛生大学
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自然科学研究機構 生理学研究所(せいりけん)
Tel:0564-55-7722(広報展開推進室)

統合失調症マウスの脳に未成熟な部分を発見

− 統合失調症の新しい診断・治療法への応用に期待 −

 JST基礎研究事業の一環として、藤田保健衛生大学 総合医科学研究所の宮川 剛 教授らは、統合失調症注1)のモデルマウスで見られる脳の構造異常を世界で初めて発見しました。これは、脳の記憶をつかさどる「海馬・歯状回」注2)部分に未熟で未発達な部分があるという異常で、これが統合失調症発症の要因になっていると考えられます。
 統合失調症は人口の1%ほどの人が発症するといわれている精神の病気です。現状では、「精神症状」や「異常行動」などの症状の組み合わせで診断しており、脳の中のどこで、どのような異常が起きているのか、客観的に検査・診断する方法がありません。
 本研究グループは、統合失調症モデルマウスの行動異常と脳の構造異常に焦点を絞り研究を進めました。まず、行動異常を網羅的に調べる「網羅的行動テストバッテリー」注3)を解析した結果、カルシウムカルモジュリン依存性たんぱく質リン酸化酵素IIα(CaMKIIα)注4)ヘテロ欠損マウス注5)が統合失調症に似た行動を示すことを突き止めました。さらに、この統合失調症モデルマウスの脳で記憶をつかさどる「海馬」の「歯状回」と呼ばれる部分が、未成熟で未発達な状態である構造異常を発見しました。また、亡くなられた多くの統合失調症患者の海馬では、この未成熟な歯状回と同様な状態があることを遺伝子解析で明らかにしました。
 本研究は、日本医科大学、国立精神・神経センター、田辺三菱製薬(株)、放射線医学総合研究所、東北大学、東京工業大学、名古屋大学との共同で行われたもので、統合失調症の客観的な診断と治療法の開発に役立つものと期待されます。
 本研究成果は、2008年9月11日(英国時間)に英国の新しいオープンアクセスの科学雑誌「Molecular Brain(モレキュラー ブレイン)」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(研究総括:樋口 輝彦 国立精神・神経センター 総長)
研究課題名マウスを活用した精神疾患の中間表現型の解明
研究代表者宮川 剛
(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 教授/自然科学研究機構 生理学研究所 客員教授/京都大学 医学研究科 先端技術センター グループリーダー)
研究期間平成19年10月〜平成25年3月
 本研究領域は、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えた日本において社会的要請の強い認知・情動などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し予防・診断・治療法などにおける新技術の創出を目指すものです。上記研究課題では、精神疾患モデルマウスの脳について、各種先端技術を活用した網羅的・多角的な解析を行い、生理学的、生化学的、形態学的特徴の抽出を進め、さらに、これらのデータをヒトの解析に応用することによって、精神疾患における本質的な脳内中間表現型の解明を目指します。

<研究の背景と経緯>

統合失調症にみられる遺伝子異常
 統合失調症や双極性気分障害注6)は、人種や地域などにほとんど関係なく、総人口の約1%がかかり、十分な治療法が確立されていない深刻な精神疾患です。これら精神疾患の研究領域では、原因遺伝子同定を目指し多くの人類遺伝学的研究が行われているにもかかわらず、現在まで決定的な原因遺伝子は見つかっていません。この停滞の最も大きな原因は、精神疾患については客観的な検査や診断が難しく、「精神症状」や「行動異常」などの主観的な診断方法に頼らざるを得ないことがあげられます。また、有力な候補遺伝子が見いだされた場合でも、その遺伝子自体が治療薬の直接のターゲットになる場合は極めて少ないものと予想されます。このため本研究グループは、これまでと同じ方法で原因遺伝子を探すよりも、まず精神疾患の背景に潜む本質的な異常(疾患の「中間表現型」注7)と呼ぶ)の候補を見いだして、それを元に精神疾患を見直し、その再分類を試みることが有効な方法であると考えています。

遺伝子改変マウスを用いた行動解析
 近年、遺伝子改変マウスはほぼ全ての医学生物学分野で欠かせない実験動物になっており、精神医学においても例外ではありません(Arguello & Gogos, 2006)。本研究でも精神疾患の分子病態を明らかにするために生物学の最大の共通リソースである遺伝子改変マウスを活用しました。研究グループはこれまでに、多くの遺伝子改変マウスの系統について、網羅的に行動異常を検査する「網羅的行動テストバッテリー」により、遺伝子の機能探索を行ってきました(Takao, Yamasaki & Miyakawa, Neurosci Res, 2007)。2003年に本研究グループが発足して以来、多数の国内外の研究室との共同研究で90以上の異なる系統のマウスに対して一通りの網羅的行動テストバッテリーを行っています。本研究グループの宮川らは、カルシニューリンという物質が統合失調症の発症と関係していることを報告した(Miyakawa et al., PNAS, 2003; Gerber et al., PNAS, 2003)ほか、ダウン症の症状の多くを説明するメカニズムの解明(Arron et al., Nature, 2006)、パーキンソン病の発症メカニズムの新たな仮説の提唱(Ihara et al., Neuron, 2007)などを行っています。

<研究の内容>

 本研究グループは今回、「網羅的行動テストバッテリー」により、カルシウムカルモジュリン依存性酵素CaMKIIαのヘテロ欠損(CaMKIIα HKO)マウスが、精神疾患と似た行動異常を示すことを発見しました。さらに分子生物学的、神経解剖学的、神経生理学解析の結果、海馬の歯状回に構造異常が起こり、新たに生まれた神経細胞のほぼすべてが未成熟で未発達な状態になっていることが分かりました。
 また、統合失調症患者の死後脳について遺伝子解析を進めたところ、海馬で同様な状態が見られることも明らかになりました。

 以下、研究の詳細を解説します。

1.CaMKIIα HKOマウスは集団でケージに飼育すると兄弟を殺してしまう"キレるマウス"として知られている。CaMKIIα HKOマウスでは、放射状迷路で測定される作業記憶注8)が顕著に障害されていることを見いだした(図1)。

2.CaMKIIα HKOマウスでは、活動性が亢進しており、さらにその活動性には2〜3週間程度のゆっくりとした周期的な大きな波(=「気分の波」のようなもの)があることが分かりました(図2)。オスのマウスでこのような「気分の波」が報告されたことはなく、双極性気分障害でみられる「気分の波」と似ている。

3.CaMKIIα HKOマウスの脳(海馬)を摘出し、遺伝子解析を行った。このマウスの海馬では、2000以上もの遺伝子プローブ(すべての遺伝子の約4%)が週齢や経験に非依存的に顕著な発現量変化を示していた。さらにCaMKIIα HKOマウスの海馬で発現量低下の度合いの強いトップ20の遺伝子について、脳内での発現を調べたところ、このうち5つが海馬・歯状回で特異的な発現を示していた(図3)。つまり、遺伝子異常は海馬・歯状回と関連していた。

4.そこで、CaMKIIα HKOマウスの海馬・歯状回における神経新生(新しく生まれる神経細胞)を調べたところ、歯状回の成熟神経細胞のマーカーであるカルビンジンがほぼ消失している(図4)、形態が貧弱である、電気的な性質が未成熟であることなどが明らかになった。つまり、このマウスの海馬・歯状回では、ほぼすべての神経細胞が未成熟なままになっているという構造異常(=「未成熟歯状回」)があることが判明(図5)。おとなであるにもかかわらず、脳の一部がほぼ完全に未成熟であるという状態を初めて発見した。

5.さらに、CaMKIIα HKOマウスで得られた海馬・歯状回の遺伝子情報を使って、ヒトの死後脳の海馬の遺伝子発現パターンを統計学的に調査したところ、すべてのヒトは大きく分けて2つのグループに分類されることが分かった。このうちの一方のグループは、成熟神経細胞のマーカーであるカルビンジンが、もう一方のグループに比べ半分以下になっていた。さらに、このカルビンジンの少ないほうのグループに20人の統合失調症患者のうち18人が含まれていた(図6)。

6.以上より、こうした海馬・歯状回の異常が中間表現型であると考えられた。この異常に加えて他の環境要因などが加わることになり、統合失調症や双極性気分障害などの精神疾患が発症するというモデルが考えられる(図7)。


<今後の展開>

 考えられる社会的意義は、以下の通りです。

1.統合失調症をより客観的に診断することができるようになる可能性があります。
 統合失調症、双極性気分障害の患者はそれぞれ総人口の約1%程度いるといわれていますが、慢性化する症例が多く、治療効果は十分とは言えません。効果的な治療法の研究開発が重要ですが、そのためには統合失調症、双極性気分障害などの精神疾患の病態の解明と客観的な診断・分類を進める必要があります。
 例えば、本研究で明らかとなったCaMKIIα HKOマウスより得られた海馬・歯状回の構造異常と関連するいくつかの遺伝子の異常をヒトで検査することができれば、客観的に統合失調症を診断できる可能性があります。

2.統合失調症の治療法に結びつく可能性があります。
 CaMKIIα HKOマウスでは、海馬・歯状回の構造、神経細胞の発達が顕著に障害されてしまっているので、これを正常化させることができるような治療法があれば、これに対応するヒトの精神疾患の治療法に結びつく可能性があります。
 将来的には、精神疾患の生物学的な診断と、個々の患者の遺伝子異常のパターンに基づいたオーダーメード医療につなげていくことができるのではないかと考えています。

<参考図>

図1 A 図1 B

図1 CaMKIIα HKOマウスの作業記憶障害

 作業記憶を調べる8方向放射状迷路テスト(A)において、CaMKIIα HKOマウスは成績が悪く、作業記憶が顕著に障害されていることが分かりました(B)。

図2

図2 CaMKIIα HKOマウスにみられた活動性の周期的な変化

 ホームケージ内での活動量を3ヵ月間にわたり計測したところ、コントロールマウス(A,B)に比べて、CaMKIIα HKOマウス(C,D)では活動性が亢進しており、周期的な活動量の波(=「気分の波」のようなもの)が認められました。

図3

図3 CaMKIIα HKOマウスにおける海馬・歯状回特異的な変化

 CaMKIIα HKOマウスの海馬を用いて遺伝子解析を行ったところ、2000以上の遺伝子の発現に変化が認められました。さらに発現量低下の度合いの強いトップ20の遺伝子について脳内での発現部位を調べたところ、このうち5つが海馬・歯状回で特異的な発現を示していました。

図4

図4 CaMKIIα HKOマウスの海馬・歯状回における成熟神経細胞の減少

 CaMKIIα HKOマウスの海馬・歯状回では成熟神経細胞に対応する分子マーカーであるカルビンジンの発現が減少していました。

図5

図5 CaMKIIα HKOマウスにおける未成熟な海馬・歯状回

 CaMKIIαHKOマウスの海馬・歯状回では成熟神経細胞に対応する分子マーカーが減っていました。また、神経細胞は形態学的には樹状突起が短く枝分かれが少なく、電気生理学的には発火しやすく持続しない傾向があり、未成熟な神経細胞の特徴を示していました。

図6

図6 ヒト死後脳データの解析

 CaMKIIαHKOマウスで得られたバイオマーカー10個を用いてヒト死後脳データを統計学的にクラスタリングしたところ、全てのヒトは大雑把に分けて2つのグループに分類でき、さらにこのうちの1つのグループに20人の統合失調症患者のうち18人が含まれていました。統合失調症患者が多く含まれるグループでは、成熟神経細胞のマーカーであるカルビンジンの遺伝子が半分以下に減っていました。

図7
図7

図7 CaMKIIα HKOマウスの"未成熟な歯状回"という中間表現型

 遺伝子改変から行動異常にいたる経路のモデル。精神疾患モデルマウスでは、遺伝子改変によって遺伝子発現・信号伝達系・神経回路など脳内のさまざまなレベルで異常が起こり、最終的に精神疾患様の行動異常が生じると考えられます。

<用語解説>

注1)統合失調症
 幻覚や妄想、引きこもり、認知機能障害などさまざまな症状が出る精神疾患。有病率は約1%と報告されている。かつては精神分裂病と呼ばれていたが、2002年に日本精神神経学会が名称を変更。

注2)海馬・歯状回
 記憶をつかさどる海馬の一領域で海馬への情報入力に重要な役割を果たしている。近年、成体においても毎日数千の神経細胞が生まれてくる場所であることが明らかにされた。生まれてきた神経細胞は、刺激を受け活動することにより成長し、1〜2ヵ月で「成熟神経細胞」となり海馬の回路に組み込まれ役割を果たすことができる。それまでは「未成熟神経細胞」と呼ばれ、成熟したものとは形状・性質が顕著に異なることが知られている。

注3)網羅的行動テストバッテリー
 遺伝子改変マウスの感覚、運動、情動、睡眠・リズム、注意、学習・記憶、社会的行動などさまざまな行動領域を解析するために用いられている行動テストを組み合わせたもの。効率の良い網羅的な解析を可能としている。自然科学研究機構 生理学研究所では行動様式解析室を開設し、共同研究体制を整えている。

注4)カルシウムカルモジュリン依存性たんぱく質リン酸化酵素IIα(CaMKIIα)
 神経細胞に豊富に存在し、たんぱく質のリン酸化に関与している。記憶などの高次神経機能の制御や種々の細胞機能の調節に重要な役割を果たす。

注5)ヘテロ欠損マウス
 ヒトを含め、有性生殖を行う生物の多くは両親からそれぞれの遺伝情報を受け取るので、各遺伝子について父母由来の2つを持つことになる。マウスで、ある遺伝子の片方を欠いた状態のものをヘテロ欠損マウスと呼ぶ。

注6)双極性気分障害
 躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患であり、気分障害の1つである。躁うつ病とも言う。躁状態の時には、易怒性(怒りやすいこと)や作業記憶障害がみられる。有病率は約1%であるとされている。

注7)中間表現型
 遺伝的に規定される要因の大きい生物学的特徴を指し、遺伝子と表現型の間に位置づけられる。統合失調症の中間表現型として、作業記憶の障害が知られている。

注8)作業記憶
 状況の変化や作業の進行に応じて、必要な情報の処理と保持を行う記憶機能。長期的・継続的に有効な情報に関する記憶(参照記憶)に対して、その時点で一時的に有効な情報に関する記憶。マウスでは8方向放射状迷路を用いて作業記憶を調べることができる。

<論文名>

"Alpha-CaMKII deficiency causes immature dentate gyrus, a novel candidate endophenotype of psychiatric disorders"
 (α-CaMKII欠乏により引き起こされる未成熟歯状回−精神疾患の新たな中間表現型−)
doi: 10.1186/1756-6606-1-6

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
宮川 剛(ミヤカワ ツヨシ)
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1番地98
Tel:0562-93-9383 Fax:0562-92-5382
E-mail:

<JST事業に関すること>
金子 博之(カネコ ヒロユキ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066 E-mail:

<報道担当>
科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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藤田保健衛生大学 法人本部 広報部
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1番地98
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自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
准教授 小泉 周(コイズミ アマネ)
〒444-8585 岡崎市明大寺町字西郷中38
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