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平成20年9月3日

科学技術振興機構(JST)
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東京工業大学
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鉄系新超伝導物質のエピタキシャル薄膜の作製に成功

(デバイス応用へのブレークスルー)

 JST基礎研究事業の一環として、東京工業大学 フロンティア研究センターの細野 秀雄 教授と平松秀典研究員らは、鉄系の新超伝導物質のエピタキシャル薄膜注1)の作製に初めて成功しました。
 本研究グループが今年2月に発表した鉄ニクタイド系超伝導物質は、これまで超伝導を阻害すると考えられていた鉄の化合物で、超伝導体になる転移・臨界温度が32注2)と高かったことから、発表と同時に大きな関心を集めました。世界中で研究が一気に立ち上がり、これまでの半年間で発表された論文数はすでに100報を数え、国際シンポジウムが相次いで開催される状況になっています。その結果、この短期間に臨界温度は56Kという銅系酸化物超伝導体に次ぐ高い温度まで上昇し、極めて高い磁場下でも超伝導特性が消えないという特徴も見いだされています。
 こうした研究は、主に多結晶焼結体をもとに行われており、単結晶合成はまだごく限られたグループからの報告しかなく、物性測定もまだあまり進んでいません。デバイスなどへの応用展開を図るには、超伝導を示す良質の薄膜が得られることが不可欠であると考えられていますが、鉄系超伝導物質の化学組成が複雑なうえ、薄膜作製の過程で安定な状態が保たれにくいことなどの要因により、これまで実現していませんでした。
 そこで本研究グループは今回、薄膜作製に適した化学組成を選択し、パルスレーザー堆積法注3)という薄膜作製手法によってバルク体とほぼ同じ臨界温度を有する良質の薄膜を作製することに成功しました。また薄膜は、結晶の向きによる超伝導特性の差異が小さいことが判明しました。超伝導を示すエピタキシャル薄膜が得られるようになったことで、ジョセフソン素子注4)SQUID素子注5)などのデバイスへの応用への検討が一気に加速され、新物質の合成や特性の評価にも大きなメリットとなることが予想されます。
 本研究成果は、本年9月4日に中部大学(愛知県春日井市)で開催される応用物理学会2008年秋季 第69回学術講演会の特別企画「鉄系新高温超伝導体特別セッション」で発表されるとともに、応用物理学会の欧文速報誌「Applied Physics Express」で近日中に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO−SORST)
研究プロジェクト 「透明酸化物のナノ構造を活用した機能開拓と応用展開」
研究総括 細野 秀雄(東京工業大学 フロンティア研究センター 教授)
研究期間 平成16年10月〜平成21年9月
 本プロジェクトは、ERATO細野透明電子活性プロジェクト(平成11年10月〜平成16年9月)で得られた研究成果を発展させ、酸化物および関連化合物の結晶構造中に存在するナノ構造を有効に活用し、透明半導体材料、フレキシブル薄膜トランジスタ、光機能等の新機能材料を開拓しています。

<研究の背景と経緯>

 超伝導とは、ある転移温度以下で電気抵抗がゼロになる現象のことです。より高い転移温度を示す超伝導物質の探索研究が長年続けられています。本研究研究グループは2006年7月および2008年2月と続けて、鉄(Fe)を含むオキシニクタイド化合物LaFePnO(La:ランタン、O:酸素、Pn:リンやヒ素)が超伝導を示すことを、世界に先駆けて発見しました。磁性元素である鉄を含むにもかかわらずリンやヒ素と組み合わさることで超伝導を示すもので、これまでの物質科学の常識を覆す可能性が指摘されています。発見直後から、本研究グループの追試や各種物性測定、理論計算などの報告、構成元素の一部を別の元素で置換することによる超伝導転移温度レコード更新の報告がされるようになりました。また、国際シンポジウムも本年6月28・29日にJSTが主催したものを皮切りに、すでに欧州や米国で開催されるなど、新タイプの高温超伝導物質を巡る研究は世界中で激しさを増してきています。
 そのLaFePnO系化合物は、LaO層とFeAs層が交互に積層した層状構造を持つ化合物です(図1)。酸素イオン(O2-)の一部をフッ素イオン(F-)で置換することによって電子が生成し、それによって超伝導が発現すると考えられています。本年5月には、ドイツのグループが、LaFePnO系化合物と同じくFeAs層をもつが、酸素を含まない層状ヒ素化合物Ba(Sr)Fe2As2(Ba:バリウム、Sr:ストロンチウム)でも(図2)、バリウム・ストロンチウムの部分にカリウム(K)を添加することで超伝導転移が観察されることを突き止めました。さらにこれらの化合物では、鉄イオン(Fe2+)の一部をコバルトイオン(Co2+)に置き換えることでも超伝導現象が現れることが、ドイツや米国の研究グループから報告されています。
 このように本研究グループの発表以来、類似物質の超伝導体が数多く報告される一方、こうした研究報告のほとんどは、多結晶焼結体(セラミックス)についてのものでした。これまでの超伝導の研究がそうであったように、この分野での次なる関心の1つとして、「高品質で大きなサイズの試料は作ることはできるか?」ということがあります。基礎物性を正確かつ精密に測定することはもちろん非常に重要ですが、デバイス応用の上では、高品質・大サイズ試料作りは欠かせない技術です。この疑問に応える最も効果的な方法の1つが、高品質なエピタキシャル薄膜の作製です。本研究グループによる2006年7月の発表から2年経っても、どのグループからも報告がなされていませんでした。

<研究の内容>

 本研究グループでは、高品質なエピタキシャル薄膜作製を目指して、パルスレーザー堆積法(PLD法)を用いて、まずフッ素添加LaFeAsO薄膜の作製を試みました。ところが、この化合物の薄膜成長は極めて難しく、品質の悪い無配向の薄膜すら作ることが困難なことが明らかとなりました。そこで、まずPLD法に利用するターゲットと呼ばれる薄膜の元になる多結晶体の高純度化に注力する一方、ターゲットに照射する光源もNd:YAGレーザーの第二高調波注6)となる緑色の可視光を利用することによって、LaFeAsOエピタキシャル薄膜作製に成功し、本年8月8日にオランダで開催された第25回低温物理国際会議における鉄系超伝導に関する緊急特別セッションの基調講演で発表しました。しかし、このようにエピタキシャル薄膜が作製できたものの、超伝導転移は示さなかったため、さらなる改善が必要でした。
 そこで今回の研究では、LaFeAsO薄膜成長実験で培ったエピタキシャル薄膜作製技術を利用し、まずターゲット物質をコバルト添加SrFe2As2に設定しました。そしてこの物質を、PLD法により、(La, Sr)(Al,Ta)O3(略してLSAT;Al:アルミニウム、Ta:タンタル)基板上に堆積させ、エピタキシャル薄膜を作製することに成功しました。そして、鉄系超伝導体では初めて、エピタキシャル薄膜において超伝導転移を観察することができました。

 今回の成果のポイントを以下に示します。

(1)LSAT基板上に作製したコバルト添加SrFe2As2エピタキシャル薄膜の電気伝導度測定では、超伝導転移温度20Kを示し(図3)、これまでにバルク体試料に対して報告されているものとほぼ同じであることが分かりました。(薄膜にするとほとんどの場合、転移温度はバルク試料よりも低下していまいます。これは薄膜は結晶をいったんバラバラにして作るためで、高品質な試料でないと同じ温度になりません)。

(2)磁場に対する抵抗率の変化によると(図4)、9テスラの高磁場においても超伝導状態は保持されており、高い臨界磁場を有することを示しています。磁場を結晶のc軸(FeAs面に垂直な方向)に平行に印加した場合とa軸(FeAs面に平行な方向)に平行に印加した場合を比較すると違いが小さいことから、その異方性が小さいことが示されました。異方性が小さいことは線材などを作る時に有利になります。

<今後の展開>

 これまでの鉄系超伝導体の研究対象の多くが多結晶バルク体試料で、単結晶に関する報告もまだ出始めたばかりです。
 今回、鉄系超伝導体においてもエピタキシャル薄膜が得られることが明確になったことで、その基礎物性測定の幅が大きく広がることは確実であると考えられます。また、ジョセフソン素子をはじめとする超伝導デバイス試作などの応用に向けた検討が一気に加速する可能性があり、鉄系超伝導体研究の新たな道が切り開かれたものと思われます。

<参考図>

図1

図1 LaFeAsOの結晶構造

 LaO層とFeAs層が交互に積層した層状構造を持ちます。

図2

図2 Ba(Sr)Fe2As2の結晶構造

 LaFeAsOと同じFeAs層を持った化合物です。

図3

図3 LSAT基板上に堆積したコバルト添加SrFe2As2エピタキシャル薄膜の抵抗率測定

 挿入写真は薄膜試料。光が反射する場合(上)は金属光沢が見え、真上から見る(下)と黒く見えます。

図4

図4 LSAT基板上に堆積したコバルト添加SrFe2As2エピタキシャル薄膜の抵抗率測定

 左は磁場をc軸に垂直な方向にかけた場合で、右は磁場をa軸に平行な方向にかけた場合です。その異方性は大きくないことが分かりました。

<用語解説>

注1)エピタキシャル薄膜
 基板となる結晶と特定の結晶学的方位関係を保ちつつ、堆積成長させた薄膜のことを指します。

注2)K(ケルビン)
 温度を表す単位。通常使われる温度の単位である℃(摂氏)とは、次の関係式で結び付けられます。
 C = K−273.15
水の融点は、273.15K、液体窒素の沸点は、77K(−196℃)にあたります。

注3)パルスレーザー堆積法
 パルス状のレーザー光を、ある一定の間隔でターゲット材料に照射することで、ターゲットから原子 (分子)の引き剥がし(アブレーション)を行い、ターゲットに対向する基板上に薄膜を形成する成膜方法のことを指します。

注4)ジョセフソン素子
 2つ の超伝導体の間を絶縁体や常伝導金属薄膜によって接合したものです。素子に電流を流すと、ある電流値までは2つの超伝導体間にトンネル電流が流れ電圧は発生しませんが、これを超えると2つの超伝導体間に電圧が発生し、その電圧に比例した周波数の振動電流が発生します。この現象を応用したものがジョセフソン素子で、そのスイッチング速度がシリコン半導体より速いため、夢のコンピューターの高速素子として期待されています。近年ではテラヘルツ波の発振器としても期待が高まりつつあります。

注5)SQUID素子
 超伝導量子干渉素子(Superconducting QUantum Interference Device)ともいいます。ジョセフソン接合を用いた素子であり、微小な磁場を測定・検出するために使われます。

注6)第二高調波
 もとになる光の2倍の周波数(波長では1/2)をもった光のことを指します。光が非線形光学結晶と強く相互作用することによって、このような現象が生じます。

<論文名および著者名>

" Superconductivity in Epitaxial Thin Films of Co-Doped SrFe2As2 with Bilayered FeAs Structures, and their Magnetic Anisotropy "
(FeAs二層構造をもつコバルト添加SrFe2As2のエピタキシャル薄膜における超伝導およびその磁気異方性)
Hidenori Hiramatsu, Takayoshi Katase, Toshio Kamiya, Masahiro Hirano, and Hideo Hosono
doi: 10.1143/APEX.1.101702

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
細野 秀雄(ホソノ ヒデオ)
東京工業大学 フロンティア研究センター 教授
〒226-8503 神奈川県横浜市緑区長津田町4259
Tel:045-924-5359 Fax: 045-924-5339
E-mail:

平野 正浩(ヒラノ マサヒロ)
JST ERATO−SORST「透明酸化物のナノ構造を活用した機能開拓と応用展開」グループリーダー
〒226-8503 神奈川県横浜市緑区長津田町 4259
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<JSTの事業に関すること>
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<報道担当>
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