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平成20年9月1日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学 大学院工学系研究科
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非等方な極低温気体分子の生成に成功

(新しいタイプの超流動・超伝導の実現に向けて1歩前進)

 JST基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院理学系研究科の上田 正仁 教授らは、同大学の大学院工学系研究科 五神 真 教授との共同研究で、極低温のリチウム原子6Li気体から非等方なリチウム分子6Li2気体を生成することに成功しました。
 近年、絶対零度付近の極低温気体が起こす「ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)注1)」や、それを構成する極低温気体についての研究が活発に行われています。
 しかし、これまでの研究は、球体衝突による等方的な相互作用をする粒子が起こすBECが中心であり、p波対称性注2)と呼ばれる非等方な粒子についての研究はあまりなされていません。p波対称性はヘリウム3の超流動で観測される特異な性質と深く関わっており、この対称性を持つ気体分子やそのBECは、今まで知られていない性質や挙動を示す可能性があります。しかし、p波対称性を持つ分子(p波分子)は安定性が良くないため、分子の生成自体が困難でBECを起こさせるためのさまざまな性質も知られていませんでした。
 本研究では、極低温リチウム原子の気体に高精度に制御した磁場を加え、フェッシュバッハ共鳴注3)を起こさせることによって従来生成が難しかったp波リチウム気体分子を作ることに成功しました。また、BECを起こさせるために必要なデータ、分子の安定性を表す分子間の衝突現象を明らかにすることにも成功しました。
 これらの成果は、今後のBECや超流動研究の加速に貢献するのみならず、新しいタイプの超流動の実現や、高温超伝導メカニズムの理解などに資するものと期待されます。
 本研究成果は、2008年9月5日(米国東部時間)発行の米国・物理科学専門誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト 「上田マクロ量子制御プロジェクト」
研究総括 上田 正仁(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間 平成17年9月~平成23年3月
 JSTはこのプロジェクトで、極低温下における原子・分子を用いて、物質パラメーターの系統的制御、量子状態や不確定性関係の極限操作技術を開拓し、その基礎の上に、マクロ量子物質の制御する「マクロ量子制御」を通じて量子物理学の新たなフロンティアの開拓を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 近年、原子や分子を絶対零度付近の極低温に冷却することにより、量子現象を肉眼で観察できるBECを起こして、量子現象の機構解明や新現象発見に用いようとする多くの試みがなされています。
 BECや粘性がゼロになる超流動現象は、ボース粒子注4)が極低温下で凝縮して起こす現象で、超流動はボース粒子であるヘリウム4の液体で最初に発見されました。その後、ヘリウム4の同位体であるヘリウム3の液体でも見いだされていますが、このヘリウム3原子はフェルミ粒子注5)であるため、2つのヘリウム3原子が「注6)」を作ってボース粒子のように振る舞う結果、超流動現象を発現しています。波動関数が等方対称性を持つヘリウム4に対して、超流動のヘリウム3の「対」は非等方のp波対称性を持ち、特異な超流動(p波超流動)など、多彩な量子現象が見られることが知られています。
 極低温の冷却気体でも、このようにボース粒子の性質を持つ「対」を作ることで、フェルミ粒子を用いたBECも実現されるようになりましたが、これまでの研究では、主にフェルミ粒子間の相互作用が等方的な衝突である系について行われてきています。
 そこで、フェルミ原子から「p波対称性を持つ対」(p波分子)を作り、その気体にBECを起こさせれば、p波超流動の機構について理解が進むばかりでなく、p波分子特有の新現象や効果が発見されるのではないかと期待されています。

<研究の成果>

 本研究では、寿命が短いと言われているp波分子について、安定な分子生成と基本的性質の解明に成功しました。
 p波分子の生成にあたっては、p波BECの実現の可能性が最も高いと期待されているリチウム原子(6Li)を用いました。リチウム原子を極低温まで冷却し、フェッシュバッハ共鳴を起こすよう磁場をかけることで、p波分子である6Li2分子を生成させました。フェッシュバッハ共鳴が起こる磁場は、幅が数10mGと狭く、高精度の磁場制御が必要です。そこで、フィードバック回路の導入などの工夫により高安定の磁場を実現しました。さらに分子に変換されなかった原子が残っていると、分子密度が急激に減少してしまうため、原子のみに吸収される共鳴光を照射し、原子が光から運動エネルギーを得て飛び出していく機構を利用して未反応の残留原子を取り除きました。図1は生成したp波分子気体の像を示しています。p波対称性を持つことは、使用した磁場の大きさや生成条件を変えた場合の観測結果などから確認しました。
 生成したp波分子の気体は、その形状や数がp波分子間の相互作用により経過時間と共に変化します。この時間変化を観測することにより、分子の基本的な性質を知ることができます。図2は気体の温度が時間とともに振動しながら熱平衡に到る様子を示しています。この観測結果から弾性散乱を求めることができました。
 また、図3は気体に含まれる原子の個数が時間とともに減衰する様子で、このグラフの傾きから非弾性散乱を求めることができます。これらの弾性散乱、非弾性散乱の値は、今回生成したp波分子気体をさらに冷却してBECを起こすために必要となる基本的なデータであり、p波分子のBEC実現に大きく近づく成果です。

<今後の展開>

 p波分子は安定性に問題があり、今回生成したリチウムp波分子についても、BECを起こすためにはさらに温度を下げる必要があります。今後は、本研究で測定した弾性・非弾性散乱レートをもとに、不安定なp波分子の寿命を延ばす方法や冷却速度を速める工夫をすることで、リチウムp波分子を用いたBECや超流動を実現することが期待されます。またこれらの現象の観測は、BECや超流動、超伝導の研究の更なる発展に貢献するものと思われます。

<参考図>

図1

図1 p波分子気体の影

 生成したp波分子気体の様子を表す像です。色は密度を表し、赤から青に変わると密度は高くなります。形は生成条件によって変化しますが、p波分子ができない条件下で観測すると影が写らなくなることなどにより、この像がp波分子によるものであることを確認しました。

図2

図2 気体の振動

 p波分子の形成後、気体は膨張と収縮を繰り返します。横軸の保持時間0~20ミリ秒付近までに数回の振動があり、その後、縦軸の温度がほぼ一定(熱平衡状態)になっていることが分かります。この緩和過程より弾性散乱係数が求められました。

図3

図3 分子数の減少

 赤丸は分子数の時間変化を表しています。200ミリ秒ほどで1/10程度にまで減少していることが分かります。p波分子以外の粒子では、数秒~数十秒の保持時間を示すものがあり、p波分子の寿命の短さが分かります。また、このグラフの傾きから非弾性散乱係数を求めることができました。
 なお、青線は分子にならなかった原子を除去しなかった場合の実験結果であり、原子との衝突によって急速にp波分子が減少していく様子が分かります。本研究では、この未反応原子を取り除くことによってp波分子の減少を抑えています。

<用語解説>

注1)ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)
 レーザー光を使った冷却技術などを駆使して気体を絶対零度付近まで冷却すると、全く同じ状態を取るようになったマクロ(巨視的)な数の粒子の波が重なりあって、あたかも1つの巨大な波のように振る舞う特異な現象です。量子力学的な現象を肉眼で観測できる非常に珍しい現象で、超流動や超伝導など極低温下で起こる現象と深く関連していることが知られています。

注2)p波対称性
 軌道角運動量がh/2π(hはプランク定数)の場合の波動関数が示す空間対称性で、空間の方向によって異なる性質を示す非等方性を持ちます。超流動を起こすヘリウム3原子対も、この対称性を持っています。

注3)フェッシュバッハ共鳴
 2つの原子の衝突の際に中間状態として現れる共鳴状態で、磁場をかけることによって実現させることができます。
 この中間状態においては原子の束縛状態が形成されており、フェルミ粒子である2つの原子が束縛状態になると、ボース粒子の性質を持つようになります。

注4)ボース粒子
 量子力学的な自由度を示すスピンの値が1,2,3,,と整数の値をとり、同じ1粒子状態に複数の粒子が存在できる粒子。BECはボース粒子が極低温で起こす特異な現象で、超流動や超伝導に深く関わっています。

注5)フェルミ粒子
 スピンの値が1/2,3/2,5/2,,の値をとる粒子で、同じ1粒子状態に複数の粒子は存在できません。電子、陽子、中性子などはフェルミ粒子です。

注6)対
 2つのフェルミ粒子が相互作用によって対を作ると、合計のスピンが整数値をとるようになり、ボース粒子と同様な性質を持つようになります。超伝導では、2個の電子がクーパー対と呼ばれる対を組んでいます。

<論文名>

“Collisional Properties of p-Wave Feshbach Molecules”
(p波フェッシュバッハ分子の散乱特性)
doi: 10.1103/PhysRevLett.101.100401

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
上田 正仁(ウエダ マサヒト)
東京大学 大学院理学系研究科 教授
(科学技術振興機構 上田マクロ量子制御プロジェクト 研究総括)
〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16 東京大学工学部9号館 313号室
Tel:03-5841-1523 Fax:03-5841-1524
E-mail:

<JSTの事業に関すること>
小林 正(コバヤシ タダシ)
科学技術振興機 構戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
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<報道担当>
科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
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東京大学 大学院工学系研究科 広報室
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