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平成20年8月11日

科学技術振興機構(JST)
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理化学研究所
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テラヘルツ電磁波の超高分解能画像化に成功

(セキュリティや材料・生体検査など画期的な新画像化技術に道)

 JST基礎研究事業の一環として、理化学研究所の河野 行雄 研究員は、電波天文学・材料科学・生体分子分光学などの基礎学術分野から、セキュリティ、情報通信、環境、医療などの実用分野に至る幅広い分野での応用が期待されているテラヘルツ(THz)電磁波注1)の超高空間分解能イメージングに成功しました。
 THz電磁波は可視光を通さない物質を適度に透過すること、光子エネルギーがm(ミリ)eVでさまざまな材料の重要な領域(半導体、超伝導体、有機導体などの電子励起状態)に属することから、この電磁波の強度分布を空間的にイメージングする技術は、セキュリティ(食品検査、封筒内の毒物検査、建築物内壁の欠陥検査など)や材料・生体検査(半導体LSI断線検査、超伝導体の電流分布や生体分子のダイナミクスのイメージングなど)などへの応用が可能です。
 しかし、THz電磁波イメージング技術の実用化を進めていく上で立ちはだかっている難問は、可視光より波長が2~3桁長いこと、光ファイバーに相当する実用的な導波路が存在しないこと、市販レベルでは高感度な検出器が存在しないこと――などです。
 本研究では、光(電磁波)の回折限界注2)を超える近接場光技術注3)をTHz電磁波領域に適用し、近接場光測定に必要な全ての要素をワンチップに一体化した半導体デバイスとして作製しました。これによって、空間分解能の波長による制限を超える9μmという超高分解能、かつ高感度のTHz電磁波イメージングに成功しました。
 本研究成果は、2008年8月10日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Photonics」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 「構造機能と計測分析」
(研究総括:寺部 茂 兵庫県立大学 名誉教授)
研究課題名 「近接場THz光と電位の複合顕微鏡開発:電子輸送の新観察法」
研究者 河野 行雄(理化学研究所 基幹研究所 研究員)
研究実施場所 理化学研究所 基幹研究所
研究期間 平成17~20年度
 JSTはこの領域で、新現象の発見と解明のために欠くことのできない計測・分析技術に関して、革新技術の芽の創出を目指す研究を進めています。上記研究課題では、超高分解能を可能にする近接場THz光顕微鏡と電子の流れをマッピングする走査型電位計を組み合わせた全く新しい複合顕微鏡の構築を目指し研究を進めています。

<研究の背景と経緯>

 THz電磁波は光領域と電波領域の間(図1)にあるため、20世紀の科学技術が築いてきた光学と電子工学という既存の2大技術が単純に適用できません。THz電磁波の利用技術は、いわば発展が取り残された“最後の砦”とも言えます。ところが、THz電磁波は可視光を通さない物質でも適度に透過すること、電磁波を光子と見立てた場合の光子エネルギーがmeVでさまざまな材料の重要な領域(半導体、超伝導体、有機導体などの電子励起状態)に属することから、この電磁波の強度分布を空間的にイメージングする技術は、セキュリティ(食品検査、封筒内の毒物検査、建築物内壁の欠陥検査など)や材料・生体検査(半導体LSI断線検査、超伝導体の電流分布や生体分子のダイナミクスのイメージングなど)などへの応用が可能です(図2)。そのため、研究現場・生産現場だけでなく私たちの日常生活にも大きな恩恵をもたらすことが期待され、世界中から熱い視線が寄せられています。
 しかし、THz電磁波イメージング技術の実用化を進めていく上で、高感度検出・高空間分解能をいかに達成するかということが大きな課題でした。これには以下の事情があります。
 電磁波は波としての性質を持ち合わせるため、進行方向にある物体の背後に回り込む特徴を有しています。そのため、通常のレンズなどを用いた光学系では、光線スポットの絞りに波長程度のぼけが不可避的に生じてしまいます。これは光学顕微鏡における空間分解能を、良くても波長程度に限定することになり、このことを回折限界と言います。
 ところが、この回折限界を突破し、超高空間分解能イメージングを実現するための有効な手段が存在します。それは近接場光技術と呼ばれる手法です。可視光・近赤外光領域では、先鋭化された光ファイバーあるいは探針などを用いた微小開口や微小散乱体を利用して、同イメージング技術が確立されています。しかし、THz電磁波は可視光より波長が2~3桁長い(エネルギーは小さい)ため、近接場光技術を用いない限り必然的に波長程度(100~500μm程度)の空間分解能にとどまります。これではcm~mm単位の大きな対象物にしか適用できず、従来のTHz電磁波イメージング装置では実用面での普及は困難でした。
 もう1つの問題として、一般に空間分解能を良くするためには、微弱な電磁波検出が必要となりますが、市販のTHz電磁波検出器としてよく用いられる半導体ボロメーターは、素子の温度上昇を利用しただけであるため、感度が低いという欠点があります。
 このような事情から、高感度・高分解能なTHz電磁波イメージングは、その技術的確立が容易ではなく、現代光科学技術の中のチャレンジングな課題となっています。

<研究の内容>

 上記の問題を解決するために、本研究では回折限界を超える高分解能の可能性を持つ近接場THz光イメージングの開発に取り組みました。当初は、可視光や近赤外光領域で通常よく用いられる先鋭化された探針を用いる方法を検討しましたが、十分なS/N(シグナル・ノイズ比)を確保すること、近接場光とそれ以外の背景光を区別すること、の2点が困難でした。そこで発想を全く変えて、近接場光測定に必要な全てのコンポーネント(アパーチャー、近接場プローブ、検出器)が半導体(GaAs/AlGaAsヘテロ構造)ワンチップに集積化された特殊なデバイスを考案・開発し、そのデバイスにより近接場光のみを高感度に検出することを試みました。
 近接場光測定の成否は、本来局在しており、かつ強度の弱い近接場光をいかに効率よく検出器まで導くかが鍵となりますが、今回作製したデバイス(図3)の以下の2つの巧妙な工夫により課題を解決しました。
 1つ目は、アパーチャーのすぐ背後に近接場プローブを配置したことです。このプローブの存在により、波長よりも十分小さなサイズのアパーチャー部に発生した近接場光の電場分布(本来は一部分に局在している)をプローブ先端で遠方まで広げることができます。
 2つ目の工夫は、検出器としてプローブからすぐ下(60nm下)に存在する2次元電子ガス(GaAs/AlGaAsヘテロ界面に存在)を用いたことです。電磁波の強度分布は2次元電子ガスの電圧変化により読み取る仕組みになっています。このデバイスでは、プローブによって空間的に引き延ばされた近接場光をすぐ間近にある検出器で直接的に検出することができます。これらのことから、金属製プローブによる近接場THz電場の空間変調とも言える効果により、2次元電子ガスの検出感度を格段に高めることが可能となります。これは、従来にはなかった全く新しい手法です。
 さらに、このデバイスにはもう1つ重要な利点があります。それは、近接場光以外の電磁波は2次元電子ガスの下を通り抜けていくだけなので、その影響を避けられることです。従来は、近接場プローブを用いて、透過あるいは散乱された電磁波を遠方の検出器で読み出す手法が用いられていました。これに比べて、本デバイスでは、背景光の影響を受けず、高効率な検出が期待できます。
 この効果を検証するために、有限要素法注4)によってTHz電磁波の電場分布を計算しました(図4)。近接場プローブがあるものとないものとを比較したところ、前者ではプローブの存在によって、本来アパーチャー部に局在する近接場光が空間的に広がっている様子を確認することができました。また、実際にTHz電磁波透過/不透明のLine & Space試料に対するTHz電磁波透過強度分布を測定した結果(図5)、アパーチャー+プローブでは、アパーチャーのみの場合に比べて明確なプロファイルが観測でき、上記の大きな電場引き込み効果を確認することができました。
 この実験から得られた空間分解能は約9μmであり、この値は、使った電磁波214.6μmの波長に対して約24分の1に相当し、アパーチャー径(8μm)にほぼ一致します。この結果は、今回開発した検出器一体型プローブによって、波長に依存しない、回折限界を突破した近接場THz光イメージングが実現されたことを示しています。

<今後の展開>

 本研究で開発したデバイスは半導体ワンチップのみの構造であり、各要素間の光学的・機械的調整が不要で信頼性・実用性が高く、今後、半導体デバイス検査、食品検査、基礎物性研究など多くの用途への普及が期待できます。高分解能・高感度の達成を目指し、さらなる改良を加えることで、将来、さまざまな分野への応用が期待されます。

<参考図>

図1

図1 THz電磁波の特徴

提供:川瀬 晃道(名古屋大学 教授/理化学研究所 客員主幹研究員)

●セキュリティ
封筒内の毒物検査
図2
提供:川瀬 晃道
●農業
植物のリアルタイム水分モニタリング
(生命活動・鮮度計測)
図2
提供:川瀬 晃道
小川雄一(東北大学大学院
農学研究科 准教授)
●非破壊検査
スペースシャトル外壁
タイル内部の欠陥検査
図2
提供:NASA
●医療
皮膚がん・乳がん診断
図2
●食品
異物混入防止検査
図2
●ICカード
カード偽造防止検査
図2
提供:理化学研究所テラヘルツイメージング研究チーム

図2 THz電磁波イメージングのさまざまな応用


図3(a) 図3(b)

図3 開発した近接場THz光イメージングデバイスの光学写真(a)と概念図(b)


図4

図4 有限要素法によるTHz電磁波(電場)分布の計算結果

アパーチャーのみの場合(a)とアパーチャー+プローブの場合(b)

図5

図5 近接場THz光イメージングデバイス走査によるTHz電磁波透過分布測定

アパーチャー+プローブの場合(赤線)とアパーチャーのみの場合(青線)

<用語解説>

注1)テラヘルツ電磁波(THz=1012Hz)
 振動数1012Hz の領域に属する電磁波のこと。THz電磁波が可視光を通さない物質を適度に透過すること、光子エネルギーがmeVでさまざまな物質・材料の重要なエネルギー領域に属することから、人体検査や材料評価などの分野で強力な計測ツールとなることが期待されている。

注2)回折限界
 電磁波は、進行方向を遮る物体の背後に回り込んで伝わる性質を持つ(回折)。従って、電磁波にとっては波長以下のサイズの物体は(電磁波との相互作用がない限り)区別がつかない(回折限界)。

注3)近接場光技術
 自由空間を伝搬せずに局在した電磁場を総称して近接場光(あるいはエバネッセント光)と呼ぶ。これは、波長よりも小さなサイズの穴に光照射された場合の穴の背後、光がプリズムを反射する時の反射面などにおいて発生する。近接場光には「波長」という概念が適用されず、近接場光のサイズは発生部における構造物の形状によって決定される。この特徴を利用することで、波長よりも十分小さい領域に近接場光を発生させることが可能である。この近接場光を照射あるいは検出することによって、回折限界を超える、極めて高い解像度の光学像を得ることができる。近接場光の強度は、空間中を伝搬する光に比べて非常に弱いため、一般に近接場光測定には高感度な検出器が必要とされる。

注4)有限要素法
 厳密解を得ることが難しい微分方程式を数値的に解く方法の1つ。流体解析、熱流解析、電磁場解析など多くの自然現象や人工物の解析において重要な手法となっている。計算の対象となる領域を多数の小領域に分割して計算する。図4の結果は電磁場計算(マックスウェル方程式)に基づいている。

<掲載論文名>

“An on-chip near-field terahertz probe and detector”
(オンチップ近接場THzプローブ結合検出器)
doi: 10.1038/nphoton.2008.157

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
河野 行雄(カワノ ユキオ)
理化学研究所 基幹研究所
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番地1号
Tel:048-462-1111(内線)8427 Fax:048-462-4659
E-mail:

<JSTの事業に関すること>
白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:

<報道担当>
科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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理化学研究所 広報室 報道担当
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