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平成20年6月10日

科学技術振興機構(JST)
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理化学研究所
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骨を吸収する細胞である破骨細胞の新しい分化機構を発見

−生体内では今まで知られていなかった破骨細胞の分化機構が働いていた−

 JST基礎研究事業の一環として、独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センターの御子柴 克彦 グループディレクターと慶應義塾大学 医学部の松尾 光一 准教授は、骨吸収活性をもつ破骨細胞の新しい分化制御機構を発見しました。
 骨粗鬆症患者は高齢化が進むにつれて増加傾向にあり、日本の骨粗鬆症人口は現在、1,000万人以上といわれています。骨粗鬆症をはじめとする骨疾患は現代社会の大きな問題であり、骨疾患の早期原因究明・新規治療薬の開発が望まれています。正常な骨形成では、骨の形成と吸収がバランスよく行われています。しかし、このバランスが崩れ、破骨細胞による骨の吸収が骨形成よりも過剰に行われると骨は脆くなり、老化の特徴の1つでもある骨粗鬆症へと発展します。そこで、破骨細胞の制御機構を明らかにすることは非常に重要な課題と考えられています。
 これまでの多くの研究成果により、破骨細胞の分化や活性化に細胞内カルシウム動態が深く関わっていることが明らかとなっています。本研究グループは長年、この細胞内カルシウム動態に重要なたんぱく質であるイノシトール1、4、5-三リン酸受容体(IP3R)の研究を行っており、IP3Rノックアウトマウスを用いて破骨細胞の研究を行いました。これまでの知見から、IP3Rノックアウトマウスでは破骨細胞の分化に異常があるために骨の吸収が低下し、骨が硬いマウスとなることが期待されていましたが、予想に反してIP3Rノックアウトマウスの骨は正常でした。
 本研究では、IP3Rノックアウトマウスの骨が正常である理由を明らかにするために解析を続け、細胞内カルシウム動態に依存しない破骨細胞の新規分化メカニズムを発見しました。これは骨疾患の原因究明・治療薬開発に大きく貢献するものです。
 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」の電子版で2008年6月9日の週(米国東部時間)に公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)
研究課題名 「カルシウム振動」
研究総括 御子柴 克彦((独)理化学研究所 脳科学総合研究センター グループディレクター)
研究期間 平成18年1月〜平成22年12月
 上記研究課題では、小胞体に存在して細胞内カルシウムの動員に重要な役割を果たすIP3受容体というカルシウムチャネルに焦点をあて、カルシウム振動の発振メカニズムとその機能の解明を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 骨粗鬆症をはじめとする骨疾患は現代社会の大きな克服課題であり、骨疾患の早期原因究明・新規治療薬の開発が望まれています。そのため近年、破骨細胞の分化における研究が精力的になされ、破骨細胞の分化を制御する機構が分子レベルで次々と明らかにされています。その研究成果から、破骨細胞の分化には転写因子NFATc1が必須な分子であることが明らかになりました。
 転写因子NFATc1は自身のリン酸化状態によって細胞内での所在する場所が変化します。転写は細胞の中の核と呼ばれる構造内で行われますが、NFATc1はリン酸化されている状態では核外にあり、脱リン酸化されて核内へ移行し、転写を行うことができるようになります。また、NFATc1のリン酸化状態を制御するカルシニューリン(Calcineurin)という脱リン酸化酵素は、細胞内カルシウムによって制御されていることが知られています。つまり、NFATc1による転写は細胞内カルシウムによって大きな影響を受けると考えられます(図1)。
 さらに、破骨細胞の分化誘導時にはカルシウムオシレーション注1)が観察されるという報告もされています。これらの知見から、破骨細胞の分化はカルシウムオシレーションでNFATc1が活性化されることによって制御されているのではないか、つまり、破骨細胞内のカルシウム濃度の制御機構を明らかにすれば破骨細胞の分化の制御機構をより詳細に明らかにできるのではないかと誰もが予想し、多くの研究者が破骨細胞の分化におけるイノシトール1、4、5-三リン酸受容体(IP3R)の役割に注目しました。
 IP3Rは細胞内のカルシウム貯蔵庫である小胞体からカルシウムを放出するチャネルとして働く分子です。IP3Rは細胞内のカルシウム濃度、カルシウム動態に大きな影響を与え、その結果、受精、発生、記憶・学習といった多岐にわたる生命現象において重要な役割を担っていることが報告されています。
 そこで、破骨細胞においてもIP3Rが細胞内カルシウム動態の制御に重要な役割を果たしているのではないかと考え、本研究では、破骨細胞の分化におけるIP3Rの役割を明らかにするためにIP3Rノックアウトマウスを用いて行いました。

<研究の内容>

 本研究では、以下の2つの方法で破骨細胞の分化誘導を比較しました。

1.RANKL+M-CSF添加による破骨細胞の分化(単独培養方法)
 マウス骨髄由来の細胞に、精製された可溶型RANKL注2)M-CSF注3)を加えて培養液中で約1週間培養し、分化を誘導するもので、破骨細胞の単独培養法です。

2.骨芽細胞による破骨細胞の分化(共存培養方法)
 マウス骨髄由来の細胞と骨芽細胞注4)をビタミンD3存在下で約1週間共培養し、骨芽細胞が提示するRANKLを利用して破骨細胞の分化を誘導します。破骨細胞と骨芽細胞の共存培養法で、単独培養よりも、より生体内に近い状態であると考えられています。

 マウスの破骨細胞と骨の解析にあたっては、マウスの大腿骨の切片を作製し、その切片内の破骨細胞を分化した破骨細胞が赤色に染める染色法(TRAP染色)を用いて標識し、一定面積における破骨細胞数を数えました。骨密度はマイクロCTを用いて計測しました。
 哺乳類のIP3Rにおいては、type1、type2、type3の3つのサブタイプが報告されていますが、本研究グループは野生型と各サブタイプのIP3Rノックアウトマウスの破骨細胞を用いました。
 ノックアウトマウスを用いて破骨細胞の単独培養を行うことにより、破骨細胞にはIP3R type2と type3が発現しており、このうちtype2が最も多く発現していることを明らかにしました。さらに、IP3R type2をノックアウトした細胞は、破骨細胞の単独培養法では分化が著しく阻害されること、RANKL刺激によるカルシウムオシレーション、およびNFATc1の活性化(核内移行)が起こらないことを突き止めました。
 これらの結果から、RANKL添加によって観察されるカルシウムオシレーションにはIP3R type2が必須であること、さらに今までの知見と同様に、カルシウム/カルシニューリン/NFATc1というシグナル経路が阻害されると、破骨細胞の分化が妨げられることが判明しました(図2)。
 次に、RANKL添加による破骨細胞の分化誘導よりも生体内の状態に近いと考えられる骨芽細胞による破骨細胞の分化誘導を行い、IP3R type2のノックアウトマウス細胞の分化状態を解析しました。
 その結果、RANKL添加による分化誘導時とは異なり、骨芽細胞との共存培養による分化誘導時には、IP3R type2のノックアウトマウス細胞でもNFATc1が核内に移行し、破骨細胞への分化が認められました。さらに骨芽細胞との共存培養下で分化したIP3R type2のノックアウトマウスの破骨細胞内カルシウム動態の観察の結果、NFATc1が活性化しているにも関わらず、カルシウムオシレーションが全く観察されませんでした。
 この骨芽細胞との共存培養時にのみ活性化されるカルシウム非依存的な破骨細胞の分化シグナルの存在は、カルシニューリンの阻害剤FK506を用いても確認できました。
 さらに、共存培養の実験結果を裏づけるように、IP3R type2のノックアウトマウスおよびIP3R type2とtype3のダブルノックアウトマウスの大腿骨では、分化した破骨細胞が数多く観察されました。
 本研究は、カルシウム/カルシニューリンというシグナル経路が破骨細胞の分化に必須であろうという従来の考え方を覆し、生体内では現在まで全く報告のなかったカルシウム/カルシニューリン非依存的な破骨細胞の分化メカニズムが機能することを初めて明らかにしたこと、生体内の破骨細胞の分化において、カルシウム依存的および非依存的なシグナル経路が共に存在するという全く新しい概念(図3)を提示したことに意義があります。

<今後の展開>

 本研究の最も重要な点は、従来の破骨細胞の分化メカニズムの考え方を覆し、生体内の破骨細胞の分化において、カルシウム非依存的な分化メカニズムが存在するという全く新しい概念を提示した点です。
 近年、骨形成における研究が盛んに行われているといっても、骨疾患の原因は未だに分からないことが多いのが実情です。例えば、免疫抑制剤などの深刻な副作用として骨密度の低下が起きることが知られていますが、今までの破骨細胞の分化における研究による知見では、その原因を説明できませんでした。
 しかし、本研究で明らかにしたカルシウム/カルシニューリン非依存的な破骨細胞の分化機構の存在を考えることは、現在までの原因究明へのアプローチ方法に転換期を与え、その原因究明へとつながる第一歩となるかもしれません。
 今後はこの新しい破骨細胞の分化メカニズムの詳細な分子機構を明らかにすることを目指し、その成果が、骨疾患の原因究明・新規治療薬の開発において、大きな貢献をし得るものと考えています。

<参考図>

図1
不活性化状態のNFAT:リン酸化されて細胞質に局在  不活性化状態のNFAT:リン酸化されて細胞質に局在
活性化状態のNFAT:脱リン酸化されて核に局在  活性化状態のNFAT:脱リン酸化されて核に局在

図1 転写因子NAFTc1の活性化メカニズム

 転写因子NFATc1は、自身のリン酸化状態によって転写活性が制御されています。細胞内のカルシウム濃度が何らかの刺激によって上昇すると、脱リン酸化する酵素であるカルシ二ューリンがNFATc1を活性化します。脱リン酸化されたNFATc1は核内へ移行し、NFATc1による転写が行われます。このように、転写因子NFATc1の活性は細胞内カルシウム濃度上昇によって引き起こされるリン酸化状態の変化と、それに伴う細胞内でのNFATc1の移行によって制御されています。

図2

図2 単独培養時の破骨細胞の分化メカニズム

 単独培養時にはNFATc1の活性化はIP3R type 2を介したカルシウムシグナルに依存しています。従って、IP3R type 2をノックアウトした細胞ではNFATc1が活性化されず、破骨細胞の分化が阻害されます。Immunoreceptorsは、免疫受容体です。

図3
細胞内カルシウム依存的な分化機構
本研究で発見された細胞内カルシウム非依存的な分化機構

図3 生体内における破骨細胞の分化メカニズム

 これまでは、カルシウム依存的な経路で全ての骨形成が決まるとin vitroの実験結果から信じられていましたが、本研究によって、生体内では細胞内カルシウム依存的および非依存的な経路の2つのシグナル経路が破骨細胞の分化を制御していることを世界で初めて明らかにしました。

<用語解説>

注1)カルシウムオシレーション
細胞内カルシウム濃度が一定の間隔で上下する現象。

注2)RANKL
破骨細胞刺激因子。

注3)M-CSF
マクロファージ(貧食細胞塊)コロニー刺激因子。主に単球系細胞の増殖・分化を刺激するサイトカイン(破骨細胞刺激因子)です。M-CSFは、RANKLとともに破骨細胞の分化誘導に必須な因子です。

注4)骨芽細胞
骨形成を担う細胞。骨芽細胞が分化するとカルシウムなどの沈着が起き、骨が形成されていく。

<掲載論文名>

"Osteoblasts induce Ca2+ oscillaition-independent NFATc1 activation During osteoclastogenesis"
(破骨細胞分化過程において骨芽細胞は、カルシウムオシレーション非依存的なNFATc1の活性化を誘導する。)

<お問い合わせ先>

 <研究に関すること>

御子柴 克彦(ミコシバ カツヒコ)、黒田 有希子(クロダ ユキコ)
独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番地1号
Tel:048-467-9745 Fax:048-467-9744
E-mail: (御子柴)、(黒田)

 <JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

 <報道担当>

独立行政法人 科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

独立行政法人 理化学研究所 広報室 報道担当
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番地1号
Tel:048-467-9272 Fax:048-462-4715