本研究で開発した物質は、従来からよく知られているチタン酸バリウムにカルシウムを添加して結晶化させたものです。チタン酸バリウムは第二次世界大戦中の日本やアメリカ、ドイツでそれぞれ独自に開発された歴史を持つ代表的な強誘電体注2)で、製法の改良により日本のお家芸とも言える物質となり、日本のエレクトロニクス産業の1つの基盤となっています。しかし、カルシウムを含むチタン酸バリウムは、約50年前にその粉末焼結体が日本で開発された後、ほとんど研究されていませんでした。
本プロジェクトは、チタン酸バリウムを改めて新しい観点で研究したところ、広いカルシウム濃度分布でのチタン酸バリウム単結晶化に成功しました。同単結晶が巨大な電気歪特性と誘電率の優れた温度特性を示すことを突き止めました。
本研究成果は、アクチュエーター素子材料の非鉛化やコンデンサーなどの改良につながるものと思われます。
本研究成果は、2008年6月6日(米国東部時間)発行(予定)の物理科学専門誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日中に公開されます。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究 | ||
研究プロジェクト | : | 「腰原非平衡ダイナミクスプロジェクト」 |
研究総括 | : | 腰原 伸也(東京工業大学 フロンティア研究センター 教授) |
研究期間 | : | 平成15~20年度 |
<研究の背景>
エレクトロニクス製品などでは、環境対策として有害な鉛などを含まない材料の使用が求められてきており、これまでにさまざまな部品を非鉛系材料に置き換える研究開発が推進されてきました。電気信号を機械的動作に変換するアクチュエーター素子は、インクジェットプリンターのインク射出、超音波診断装置などの医療器械の主要な部品として各種エレクトロニクス製品に多数応用される重要な部品です。しかし、現在のところ、鉛を含むPZT注3)の使用が主流で、非鉛系材料への置き換えは進んでいません。
本プロジェクトでは強誘電体であるチタン酸バリウムに非平衡注4)な要因を作り、その結果として新たな物性を創出・制御するという新しい切り口に基づく物質探索を行ってきました。本研究では、結晶母体のほとんどの原子イオンをイオン半径が異なるイオンに置換することで、新たな非平衡状態を作り、次世代のエレクトロニクスを支える非鉛系材料を創出することを目指してきました。
<研究の成果>
本プロジェクトの符 徳勝 研究員は、カルシウム置換量が広い範囲(2%~34%)でのチタン酸バリウム単結晶化に成功しました。そして、その置換体すべてについて、PZT(10KV/cmの電界で0.5%の歪)に匹敵するほど電気歪特性が改善されていることを見出しました。特にカルシウムを7%含む結晶では、電界歪は0.63%という巨大な値が観測されました(図1)。その理由として次のことが考えらます。
結晶構造を考えるとカルシウムイオンはバリウムイオンと置換されます。それによってカルシウムイオンはバリウムイオンに比べてイオン半径が小さいので結晶構造に隙間ができ、カルシウムイオンが結晶的な中心位置から特定の方向(〔113〕方向)に少しずれた位置で安定することが理論的計算で示されています。結晶中の酸素イオンとカルシウムイオンの対で作る分極の方向が結晶軸と平行ではなく、電界を加えるとそれぞれの分極が電界に平行になろうとしてイオンが変位するため、大きな電気歪特性を示したと考えられます(図2)。
本研究のもう1つの成果として、摂氏マイナス5℃だった相転移温度注5)がカルシウム添加により、大幅に低下したことが挙げられます。チタン酸バリウムを利用する上で問題となる現象として、室温に近い温度で構造相転移を起こしてしまうため、実用温度域での誘電率がわずかな温度の変化で大きく変化したり(コンデンサーの容量などの重要な電気特性がわずかな温度変化で変わってしまう)、結晶構造変化に伴う結晶のひび割れを起こしたりすることがありました。この相転移温度の大幅な低下は、23%のカルシウム濃度を持った新物質で初めて確認され(図3)、23%以上の結晶では120℃の高温からマイナス270℃の広い温度領域で、巨大かつ温度依存性のほとんどない誘電率を示しました(図4)。この新物質によって、素子応用で極めて重要な温度特性の抜本的な改善への可能性が見出されたのです。
<今後の展開>
非平衡状態を強制的に作り出す本プロジェクトの方針は、新規物質探索研究として効果的であったと考えています。本研究によって小さなイオンの局所的な変位が圧電・強誘電体材料の性能改善に非常に有効であることが示されました。この結果は、水が沸騰する温度から絶対零度近くまでの広範な温度域で動作するコンデンサー材料実現の可能性も同時に意味しています。この手法によって、環境に優しく幅広い環境に柔軟に対応できる非鉛系の「グリーン材料」の開発に新たな展開が期待できます。
<参考図>

図1 歪と電場の関係
置換量が7%の結晶では、最大で0.63%の歪が得られている。


図2 Ca原子の変位と結晶エネルギーの関係

図3 相転移温度とカルシウム置換量の関係

図4 置換量23%の結晶と純粋なチタン酸バリウム結晶(BTO)の誘電率の温度依存性。
<用語解説>
注1)電気歪特性(圧電性)
外部から電圧を印加することで、物体が歪を発生し変形する特性。また、逆に物体を変形させれば、電圧が発生する。特に、電圧と歪の関係が比例する場合を圧電(ピエゾ)効果と呼ぶ。
注2)強誘電体
イオン結晶などではプラスイオンとマイナスイオンを対とする電気双極子を考えることができるが、通常は結晶の対称性により相互に打ち消し合って結晶全体では電気双極子がないように見える。しかし、対称性が低下すると打ち消しが完全ではなくなり、結晶全体で電気双極子の総和(分極)が発生する。これを自発分極と呼び、この性質をもつ物質を強誘電体と呼ぶ。強誘電体では誘電率が大きな物質が数多く存在し、コンデンサーなどの材料に使われている。
注3)PZT
チタン酸ジルコン酸鉛の一般的な呼び名。その名前から判るように鉛が含まれているが、圧電素子としての特性に優れておりエレクトロニクス製品のさまざまな部品材料として使われている。これに匹敵する特性の非鉛系材料の開発が進んでいないのが現状である。
注4)非平衡
非平衡は幅広い概念であるが、ここでは安定なイオンが占めるべき位置からずれた位置に別の種類のイオンを置き、このずれた位置のイオンが総合的に結晶の不安定さ(非平衡状態)を作り出すことにより、外部電場や圧力への敏感な応答が可能になる。
注5)相転移温度
何らかの理由により結晶の対称性が変化する特定の温度のこと。例えば、チタン酸バリウムでは対称性の高い立方晶の温度領域では強誘電性が発現しないが、120℃の相転移温度以下で対称性の低い正方晶に相転移して、強誘電体となる。この結晶ではさらに氷点下5℃で斜方晶に、次にマイナス100℃付近で菱面体晶に相転移する。カルシウム置換でこれら低温の相転移がさらに低温に押し下げられ、23%で相転移しなくなる。
<論文名>
"Anomalous phase diagram of ferroelectric (Ba,Ca)TiO3 single crystals with giant electromechanical response"
(巨大電気歪応答を示す強誘電体(Ba,Ca)TiO3単結晶の異常な相図)
doi: 10.1103/PhysRevLett.100.227601
<お問い合わせ先>
<研究内容に関すること>
大門 正博(ダイモン マサヒロ)
独立行政法人 科学技術振興機構
ERATO 腰原非平衡ダイナミクスプロジェクト 技術参事
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
Tel: 029-879-6185 Fax: 029-879-6187
E-mail:
<JSTの事業に関すること>
小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:
<報道担当>
独立行政法人 科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:
国立大学法人 東京工業大学 総務部 評価・広報課
〒152-8550 東京都目黒区大岡山2-12-1-E3-3
Tel: 03-5734-2975 Fax:03-5734-3661
E-mail:
国立大学法人 東京大学 大学院理学系研究科 理学系広報室
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1 理学部1号館1階
Tel: 03-5841-8856 Fax:03-5841-1035
E-mail: