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平成20年4月16日

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脳の左も右も「右脳」なマウスを発見

(脳の左右差を決めるメカニズム解明へ一歩)

 九州大学 大学院理学研究院の伊藤 功 准教授と自然科学研究機構 生理学研究所の重本 隆一 教授の研究グループは、脳の左も右も「右脳」の性質を持つマウスを発見しました。今後、脳の左右差を決めるメカニズムの解明に役立つものと考えられます。
 研究グループが注目したのは、ダイニンというたんぱく質に異常がある iv マウスと呼ばれる突然変異マウス。このマウスの赤ちゃんは、50%の確率で体の中身が全て逆転していますが(心臓が右にあるなど)、残りの半分は体の中身が左右正常に生まれてきます。しかし、この iv マウスの体の左右が正常であろうと反対であろうと、記憶に重要な脳の神経回路は、左も右も「右脳」の性質を持っていることがわかりました。これによって、脳の左右差が体の中身とは異なる独自のメカニズムでつくられていることもわかりました。
 本研究成果は、on line科学誌「PLoS ONE」に平成20年4月16日付け(米国:太平洋標準時)で掲載され、広く一般公開されます。
 URL:http://www.plosone.org/doi/pone.0001945

 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)の研究課題「記憶の脳内表現と長期定着のメカニズム」(研究代表者:重本 隆一)、および生理学研究所一般共同研究「脳の左右差に関する統合的研究」(研究代表者:伊藤 功)の一環として行われました。

<背景>

 私たちの身体は左右非対称に形成されています。例えば、心臓や胃は身体の左側にあり、左右の肺はその大きさや形が異なります。また、私たちの脳は左右の半球に分かれており、左半球は言語や論理的思考において、右半球は音楽や直感的思考において重要な働きをすることなどがよく知られています。最近の研究によって、内臓器官を身体の左右適切な位置へ非対称に配置する分子機構が詳しくわかってきました。しかし、脳の構造や機能に左右差を生み出すメカニズムに関してはまだほとんど知られておらず、それを分子レベルで研究すること自体、非常に困難だと考えられていました。
 本研究グループは最近、マウスの海馬1)図2)を用いた研究から、その神経回路には記憶の形成に重要な働きをする分子(NMDA受容体NR2Bサブユニット2))が左右非対称に分布することによって、神経回路の構造や機能が左右非対称になることを明らかにしました(図5)。これを手がかりとして、脳の左右差を生み出す機構を分子レベルで研究することが可能になりました。

<研究成果>

 今回本研究グループは、突然変異によって内臓の配置が正しいもの(内臓正位)と配置が逆転しているもの(内臓逆位)とが1対1の割合で生まれるマウス( iv マウス3))(図4)を用い、その海馬神経回路におけるNR2Bサブユニットの分布やNMDA受容体の特徴を分析しました。その結果、内臓正位、逆位に関係なく iv マウスの海馬では左右の非対称性が消失し、左右の海馬がともに右海馬の性質を示すように変化(右側異性4))していることがわかりました(図6)。同じマウスにおいて、突然変異の影響が脳と内臓とで異なるということは、左右の非対称性を生み出すメカニズムが脳と内臓で異なっていることを意味しています。また、この研究によって本研究グループが示したNR2Bサブユニットのシナプス5)分布やNMDA受容体の機能特性などが、脳の左右差に関する異常を調べる上で、鋭敏で定量性のある指標として有用であることもわかりました。

<今後の展開>

  iv マウスの脳がどのようにして右側異性を示すようになるのか、その詳しいメカニズムはまだ明らかになっていません。しかし、次のような可能性は考えられます。受精後、発生のごく初期のころ、マウスの胚(胎児)は左右対称で、体の両側がともに"右"の性質を持っています。その後、左右差の形成機構が起動することによって、胚の左側に右側とは異なる性質が出現し、身体の左右が確定します。すなわち、マウスの胚が初期値(デフォルト)として持っている性質は"右"なのです。従って、 iv マウスでは左脳を表す性質を発現できなくなったために、すべての神経細胞が初期値である"右"の性質を維持し続けており、その結果左右の脳半球がともに右脳の性質を示している、と考えることができるかもしれません。
 今後、このような解釈が正しいかどうかも含め、脳の左右差形成機構に関する分子レベルの研究が盛んになるでしょう。また、脳の左右差が維持される機構の解明も大切です。左右差の形成機構と維持機構は同じであるのか、異なるのかも興味深い問題です。これらの研究が進展すれば、内蔵と脳で非対称性の形成機構が異なることの意味も明らかになっていくでしょう。

<参考図>

図1

図1 ヒトの脳の模式図


図2

図2 マウスの脳の模式図


図3

図3 シナプスの模式図


図4

図4 iv mouse


図5

図5 海馬神経回路の非対称性 模式図

A:シナプス後細胞を中心とした表現。左の錐体細胞とその軸索を赤で、右のそれらを青で示した。直線は同側入力を、波線は反対側入力を表している。
B:入力を中心とした表現。シナプス後細胞は左右どちらにあってもかまわないので、真ん中に黒で表した。この表現では同側入力、反対側入力の区別もない。その他はAと同様。


図6

図6  iv マウス脳の右側異性 模式図

iv マウスでは左脳を表す性質が消失し、両側の海馬がともに右の性質を示している。

<掲載論文名>

"Right isomerism of the brain in inversus viscerum mutant mice"
(内臓逆位の変異マウスにおける脳の右側異性)
doi: 10.1371/journal.pone.0001945

<用語解説>

1)海馬
左右脳半球に一対存在する脳領域。ヒトやマウスが新しいことを記憶する時に重要な働きをする。(図1図2

2)NMDA受容体NR2Bサブユニット
NMDA受容体は神経伝達物質受容体の一種であり、記憶の形成に重要な働きをすることが知られている。NR2B サブユニットはNMDA受容体の重要な構成タンパク分子である。NMDA受容体はシナプスに存在している。

3) iv マウス
ダイニンというモーターたんぱく質分子をつくる遺伝子に変異を持つ自然突然変異マウス。(図4

4)右側異性
形態形成の異常の一種。左が消失し、左右が共に右となること。

5)シナプス
神経細胞同士の接合部位。シナプス前細胞から放出された神経伝達物質はシナプス後細胞の受容体と結合し情報を伝える。(図3

<お問い合わせ先>

伊藤 功 (いとう いさお)
九州大学 大学院理学研究院 生物科学部門 統合生物学講座 生体物理化学研究室
〒812-8581 福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
Tel:092-642-2631
Fax:092-642-2645
E-mail:

重本 隆一 (しげもと りゅういち)
自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質研究系 脳形態解析研究部門
〒444-8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5-15-1
Tel:0564-59-5279
Fax:0564-59-5275
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