JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成20年3月21日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

理化学研究所
Tel:048-467-9272(広報室)

弱磁場で電気分極の制御や電流の発生を実現

(マルチフェロイック材料の実用化に向けて一歩前進)

 JSTのERATO十倉マルチフェロイックスプロジェクトの一環として、東京大学 大学院工学系研究科の十倉 好紀 教授らは、理化学研究所フロンティア研究システムとの共同研究により、酸化鉄を主原料とするマルチフェロイック物質の一種が300ガウスの弱磁場下で強誘電性を示すとともに、磁場の方向を変化させることで、その強誘電分極の大きさ・方向を自在に制御できることを発見しました。マルチフェロイック物質とは強磁性と強誘電性を併せ持つという特徴を有する物質ですが、その物質群の中でも一般的な磁石で到達できる程度の弱い磁場を用いた電気分極の制御という例はこれまでになく、本研究において世界で初めて達成されました。
 本研究で用いたマルチフェロイック物質であるY型六方晶フェライト注1Ba2Mg2Fe12O22は、以下の利点・特徴を備えています。

1 フェライト磁石で到達できる数百ガウスという弱磁場を用いた電気分極の生成・制御が可能です。
2 反復的な磁場反転によって変位電流が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれた物質(ナノ発電機)とみなすことができます。
3 強誘電性を誘起する磁気秩序相が比較的高温(〜-78℃)まで安定であり、改良を加えることにより室温で動作する可能性があります。

 本研究は、室温・弱磁場で電気分極を自在に制御できるマルチフェロイック材料の開発に向けた重要な設計指針を与えると同時に、近年盛んに研究が行われているらせん磁性体における電気磁気効果注2のメカニズム解明につながるものと期待されます。
 将来的には、微小磁場で分極が制御できるため磁気センサー素子としてのデバイスへの応用、電場で磁化が制御できる可能性があることからメモリー素子としての応用も期待されます。また、ナノ発電機としての側面を活用すれば、例えば毛細血管内で動作する超小型モーターに対し、体外からの振動磁場を用いて電力供給することを可能にする技術に繋がります。
 本研究成果は、2008年3月21日(米国東部時間)発行の米国科学誌「Science」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト 「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」 
研究総括 十倉 好紀 東京大学 大学院工学系研究科 教授、理化学研究所 フロンティア研究システム 交差相関物性科学研究グループ グループディレクター
研究期間 平成18〜平成23年度
 JSTはこのプロジェクトで、磁化と電気分極の強い相関を持つマルチフェロイック物質の創製と、その物性を説明する学理の構築を総合的に行うことで、材料の新たな設計指針を見出しつつ、もの作り手法の高度化と合わせて、新規材料群の開拓を行っています。

<研究の背景>

 強磁性体と強誘電体は、それぞれ自発磁化と自発分極を有しており、前者は磁場により、後者は電場によりその向きを変えることができます。磁化を生み出すスピンや電気分極のもととなる電荷は、電子が持つ独立な自由度ですが、まれに両者が強く相関した物質が存在します。特に強磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質は、磁場による電気分極の制御、あるいは電場による磁化の制御を利用した新しいメモリー素子のような革新的な電子デバイスとして応用される可能性があり、有望な次世代電子材料として、現在盛んに研究されています。
 2003年にTbMnO3において巨大電気磁気効果が発見されたことで、新規マルチフェロイック物質の開発機運がより一層高まりました。このTbMnO3は低温でサイクロイド型らせん磁気秩序注3)を示し、これに誘発されて強誘電分極が生じていることから、同様な磁気構造を持つ磁性体が、新規マルチフェロイック物質として実験・理論の両面から注目を集めています。しかし、サイクロイド型らせん磁気構造をもつ系はまれであると同時に、通常磁気転移温度が低く、電気磁気効果が顕著となる磁場は数テスラ(数万ガウス)程度と、実用化するにはさらに大幅な改良が必要とされていました。
 そこで当プロジェクトが注目したのが、広い用途で利用されている六方晶フェライトのY型に分類されるBa2Mg2Fe12O22です。同じ構造のBa0.5Sr1.5Zn2Fe12O22では、1万ガウス程度の磁場下で強誘電性を示すことが報告されていますが、これは超伝導磁石を使わない限り到達できないほど強磁場であり、もっと弱い磁場で動作する物質が望まれています。

<研究の成果>

 Y型六方晶フェライトBa2Mg2Fe12O22は室温では普通の磁石(強磁性的)ですが、-78℃以下になると、磁性のもととなるスピンが六方晶軸を中心としたらせん状の構造をもつようになります。スピン流を考慮したモデルによると、このようならせん磁気秩序は強誘電分極を生み出すことはできませんが、弱い磁場を用いてらせん軸を傾け、サイクロイド的なコニカル磁気構造を安定化すれば(図2右端)、強誘電分極の発現が期待されます。このような観点から、らせん磁性体であるBa2Mg2Fe12O22の単結晶を作製(図1)し、各温度での磁化測定や電気分極の磁場依存性を調べました。
 本研究では、-268℃でBa2Mg2Fe12O22に対して六方晶軸と垂直な面内に300ガウス程度の磁場をかけると、強磁性と同時に強誘電性が誘起されること、さらに磁場の方向を変えることで強誘電分極の大きさや方向を自在に制御できることを発見しました。

本研究で得られた主な成果を以下に示します。

(1)フラックス法を用いてY型六方晶フェライトBa2Mg2Fe12O22の単結晶を作製(図1)し、各温度で磁化・分極の磁場依存性を調べることで、この物質の磁気相図を明らかにしました(図2)。
(2)六方晶軸と垂直な面内に電場と磁場を印加すると、六方晶軸と磁場に垂直な方向に強誘電分極が発生し、さらに電場を切った状態で300ガウス程度の弱磁場を多方向に回転させることで、分極の大きさや方向を自在に制御できることを発見しました(図3)。
(3)コイル内を貫く磁束密度が時間変化すると、コイルに誘導電流が流れます(電磁誘導)。本研究で観測された磁場誘起の変位電流は、特異的なスピンの配列に由来するものであり、言うなればナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれた物質を発見したということになります(図4)。
(4)弱磁場による電気分極の方向制御は、誘起された円錐型の磁気構造が磁場の方向にかかわらず安定し、らせん状のスピンの回転方向が一定に保たれているという描像で説明されます(図5)。これは、理論的な考察とも一致しており、らせん磁性体における電気磁気効果のメカニズム解明につながるものと期待されます。

<今後の展開>

 今後は、元素置換や単結晶試料の高品質化によって、らせん磁気秩序転移温度を室温まで上昇させると同時に、室温近傍でもリーク電流が流れない程度に抵抗を増大させ、室温で動作するマルチフェロイック物質の開発を目指します。

<参考図>

図1

図1 本研究で作製されたBa2Mg2Fe12O22単結晶([001]面)の写真


図2

図2 Ba2Mg2Fe12O22の結晶構造と[001]方向に伝搬ベクトルを持つ磁気構造の模式図

 室温ではフェリ磁性(強磁性の一種)ですが、-78℃以下の温度でらせん型になり、-223℃以下では円錐型になります。右端の磁気構造は、磁場によって円錐が[001]に対して斜めに傾いた状態を表しており、紙面に対して垂直(奥が正)に電気分極が生じます。

図3

図3 回転磁場による電気分極の制御

 300ガウスの磁場を[001]を中心に回すと、分極も同じ面内で回転します(左上)。一方、[120]を中心として磁場を回すと、分極の方向はそのままで大きさが変化します(右上)。
 10000ガウスの磁場を用いると、[001]面内で回転した場合はやはり分極も回転しますが(左下)、[120]面内で回転すると強誘電分極が消失します(右下)。測定は-268℃で行いました。

図4

図4 磁場を[100]方向で振動させた場合の、変位電流・電気分極・磁場の時間変化

 測定は-268℃で行いました。

図5

図5 磁場を[100]方向で振動させた場合のスピン構造の時間変化(上段)
と磁場・電気分極の時間変化を表した模式図

 円錐上の矢印は、伝搬ベクトル方向に沿ってスピンが回転する方向を示しています。

<用語解説>

注1) Y型六方晶フェライト
 BaFe12O19(マグネトプランバイト型; M型)に代表される六方晶フェライトは重要な磁性材料であり、その微粒子は垂直磁気記録材料として利用されています。M型の他に構造がやや異なるW型、Y型、Z型、などがあり、高周波(GHz)デバイスとして利用されています。

注2) 電気磁気効果
 物質に電場をかけることで磁化が誘起される、あるいは磁場によって電気分極が誘起される現象を指します。反磁性、常磁性などの非磁性状態にある場合、あるいは結晶構造が反転中心をもつ場合には、この効果は現れません。

注3) らせん磁気秩序
 結晶中の磁気モーメントが、特定の方向(伝搬ベクトル:通常は特定の結晶軸方向)に沿ってらせん状に回転している磁気構造をとった状態を指します。らせん磁気秩序状態では磁性イオン間に複数の交換相互作用が働き、最近接イオン間の相互作用とより長距離に及ぶ相互作用が競合するために出現します。結晶磁気異方性によっては、磁気モーメントが、らせんの回転面からずれているために自発磁化を伴うコニカル(円錐の)磁気秩序状態をとる場合もあります。

<論文名>

“Low Magnetic-Field Control of Electric Polarization Vector in a Helimagnet”
(らせん磁気構造をもつ磁性体における電気分極ベクトルの弱磁場制御)
doi: 10.1126/science.1154507

<お問い合わせ先>

金子 良夫(かねこ よしお)
独立行政法人 科学技術振興機構
ERATO 十倉マルチフェロイックスプロジェクト 技術参事
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel: 048-467-9785 Fax: 048-462-4703
E-mail:

石渡 晋太郎(いしわた しんたろう)
独立行政法人 理化学研究所
フロンティア研究システム 交差相関物性科学研究グループ
交差相関物質研究チーム 研究員
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel: 048-462-1111 (内線: 6365) Fax: 048-462-4703
E-mail:

小林 正(こばやし ただし)
独立行政法人 科学技術振興機構 
戦略的創造事業部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail: