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2008年3月17日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

単一物質でできた熱膨張がゼロのセラミック開発に成功

−超微細加工など精密プロセス分野での利用に期待−

本研究成果のポイント
○マイナス膨張性マンガン窒化物の成分元素と作製条件を最適化し実現
○室温を含む広い温度領域で熱膨張がゼロに
○歪みや欠陥が入りにくく機能が安定、作製プロセスが簡素で安価な理想の材料

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST)(北澤宏一理事長)は、室温で熱膨張がゼロとなる、単一の物質でできたセラミックの開発に成功しました。理研中央研究所(茅幸二所長)高木磁性研究室の竹中康司客員研究員(名古屋大学准教授)と高木英典主任研究員による研究成果で、JST戦略的創造研究推進事業・ナノテクノロジー分野別バーチャルラボのチーム型研究(CREST)「高度情報処理・通信の実現に向けたナノ構造体材料の制御と利用」(研究総括:福山秀敏東京理科大学教授)の研究課題「相関電子コヒーレンス制御」(代表:永長直人東京大学教授)の一環としても進めてきたものです。
 通常、物質は温度が上昇すると体積が大きくなります。これが「熱膨張」と呼ばれる現象です。グラスに熱湯を注ぐと割れるなど、日常生活で普通に見ることができます。これに対し、研究チームはこれまでに「逆ペロフスカイト」という構造を持つマンガン窒化物が、通常とは逆に、温度の上昇とともに体積が小さくなる「負膨張」と呼ばれる性質を示すことを発見していました。この成果をもとに、構成元素の種類や比率、作製条件を最適化し、室温を含む70℃幅にわたる温度領域で熱膨張がゼロになる、マンガン窒化物だけで構成したセラミック材料を開発しました。
 従来のゼロ膨張材料は、マイナスの熱膨張を持つ物質とプラスの熱膨張を持つ物質とを混合した複合材料です。それに比べ、開発したゼロ膨張材料は、特定の成分を持つマンガン窒化物一種だけでできているため、1)歪みや欠陥が入りにくく機能が安定する、2)作製プロセスが簡素で製造コストが低く抑えられる、という点で理想的です。単一物質であるがゆえに窒化物特有の硬さを最大限に発揮し、超微細加工など、従来の材料では対応できなかった、大きな力のかかる精密プロセス分野でも利用できる点で画期的です。産業技術が高度に発達した現代では、半導体デバイス製造や液晶製造、超精密・微細加工、精密光学機器など多くの分野で、低膨張材料、究極的にはゼロ膨張材料に対する強い要請があり、各種産業機器の構造部材・部品として、今後の幅広い利用が見込まれます。
 本研究は、3月26日から武蔵工業大学世田谷キャンパス(東京都世田谷区)で開催される日本金属学会2008年春期(第142回)大会で発表されます。

1.背景

 近年における産業技術の高度な発達は、熱膨張※1といういわば固体材料の宿命ともいえる物性すら、制御・抑制することを求めています。例えば、長さ10センチメートルの鉄は、温度が1℃上がると1.2マイクロメートル(1マイクロは100万分の1)伸びます。一般的な感覚からすればほんのわずかですが、例えばナノメートル(1ナノは10億分の1)というレベルの高精度が求められる半導体デバイス製造や、部品のわずかな歪みが機能に深刻な悪影響を与える精密機器などの分野では、この程度のわずかな伸びでも致命的になります。このため、例えば精密加工機械、半導体製造装置※2、精密光学機器、高精度計測機器など実に多くの産業分野で、低膨張材料、究極的にはゼロ膨張材料への強い要請があります。しかし、現在主流のガラス系ゼロ膨張材料は、強度的に負荷のかかる用途には利用できず、価格も著しく高い、といった欠点があり、その利用が大きく制限されていました。

2.研究手法

 竹中客員研究員らは、2005年に「逆ペロフスカイト」という構造(図1)を持つマンガンの窒化物Mn3XNが、室温で大きなマイナスの熱膨張(図2)を持つことを発見しました(2005年12月13日にプレス発表 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/051213/index.html)。この負膨張は、磁気転移温度※3で生じる不連続的な体積の減少を、図1でXの位置にある銅(Cu)や亜鉛(Zn)の一部をゲルマニウム(Ge)や錫(Sn)で置き換えることにより、100℃程度の温度幅でじわじわと生じるようにして実現したものでした(図3)。
 この負膨張性マンガン窒化物の大きな特徴は、構成元素の組み合わせや比率を変えることで、単一組成の物質として熱膨張特性を自在に制御できることにあります。この点に着目し、本研究では、組成に加え、作製時の温度や窒素ガス濃度といった条件も最適化することで、単一組成のマンガン窒化物だけで「室温ゼロ膨張」を実現しました。
 竹中客員研究員らのこれまでの成果で、ゲルマニウムや錫の置換量を増すにつれ、負膨張の大きさ(傾き)が小さくなり、ゼロに近づくことがわかっていましたが、構成元素の調整だけでは熱膨張をゼロにすることができませんでした。そこで、まず作製する際の加熱処理温度を見直し、これまでの800℃より高温で熱処理したところ、元素置換だけでは実現できないゼロ膨張が実現できました。具体的には、線膨張係数※4αが、室温を含む70℃幅にわたる温度領域で、測定限界以下である|α|<0.5マイクロ/℃となりました(図4)。また、より窒素成分が少ないガス中で熱処理することでも、ゼロ膨張が実現することがわかりました。図5に示すMn3(Cu0.5Sn0.5)Nの場合、アルゴン1気圧の条件で熱処理すると、やはりゼロ膨張、|α|<0.5マイクロ/℃、を示しました。

3.研究成果

 従来用いられているゼロ膨張材料は、マイナスの熱膨張を持つ物質と、通常のプラスの熱膨張を持つ物質とを組み合わせてできた複合材料です。この場合、著しく熱膨張の異なる物質同士で安定した界面を形成する必要があり、そのため作製プロセスが複雑で、製造コストがかかり、製品価格が大変高くなるという欠点があります(図6a)。今回開発したゼロ膨張材料は、特定の組成を持つマンガン窒化物一種だけでできており、1)界面が安定なため歪みや欠陥が入りにくく、機能が安定する、2)作製プロセスが簡素であり製造コストが低減化される、という点でまさしく理想的です(図6b)。また、作製条件の見直しと同時に組成の最適化を進めることで、これまで熱膨張特性制御のため添加していたゲルマニウム(Ge)のような高価な元素を一切使わず、マンガン(Mn)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、錫(Sn)といった安価で環境に優しい元素だけで作製することが可能となりました。この点も、タングステン(W)のような希少で高価な元素を用いている既存の材料に比べて大きな優位性となります。
 従来用いられている高精度のゼロ膨張を実現している材料は、ほとんどの場合、タングステン酸ジルコニウム(ZrW2O8)やシリコンの酸化物などの負膨張材料を用いたガラス系の複合材料で、強度不足から大きな力のかかる用途には利用できませんでした。これに対し、開発した材料は、マンガン窒化物単独で構成することにより、窒化物特有の硬さを最大限発揮した高強度のゼロ膨張セラミック材料となっており、格段に用途が広がると考えられます。

4.今後の期待

 新たに開発した「単一物質ゼロ膨張セラミックス」は、従来のゼロ膨張材料が対応できなかった、部材に大きな力がかかるプロセス分野でも利用が可能であり、例えば精密工作機械の構造材料・部品などとして加工精度の飛躍的向上を果たすなど、ナノテクノロジーはじめ次世代産業技術を支える基盤材料として、今後の広汎な実用が期待できます。例えば、高集積半導体デバイス製造の分野では、世代が更新されるたびに集積度が増して回路の線幅が狭くなり、要求される熱膨張抑制もますます厳しくなっています。この材料は、組成の最適化をさらに進めることで、既存の低膨張材料では対応しきれない「究極のゼロ膨張」を実現する可能性を秘めています。

<報道担当・問い合わせ先>
(問い合わせ先)
独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 高木磁性研究室
  客員研究員   竹中 康司(たけなか こうし)
   TEL:048-467-9348 FAX:048-462-4649
本務先:国立大学法人名古屋大学
  大学院工学研究科 結晶材料工学専攻 准教授
   TEL:052-789-3853 FAX:052-789-4463

独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
  安藤 利夫(あんどう としお)
   TEL:03-3512-3527 FAX:03-3222-2068

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
   TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

独立行政法人科学技術振興機構 広報・ポータル部広報課
   TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432


<補足説明>

※1 熱膨張
通常、物質は、圧力一定のもと温度を上昇させると体積が大きくなる。これを「熱膨張」という。固体を構成する原子同士が「パウリの排他律」と呼ばれる自然法則のため極端に近づけないことに由来する。このため、温度が上昇して原子の熱振動が激しくなるにつれて、原子間距離が大きくなる(非調和性)。これが熱膨張を生み出す。

※2 半導体製造装置
半導体露光装置、ステッパーとも呼ばれる。半導体デバイスは、シリコンウエーハに光学的手法による回路プリントと、エッチングなどのプロセスを、多色刷り印刷のように交互に何度も繰り返しながら作製する。その過程で回路線幅に比べて十分に小さなレベルで熱膨張を抑えない限り、デバイスの製造はできない。そのため、半導体デバイス製造では、製造装置全体を厳格な温度管理下に置くと同時に、各種の低膨張材料をその部材として利用している。現在市販のデバイスで線幅60ナノメートル、最近ようやく量産が開始された次世代半導体で線幅45ナノメートル、その次が線幅32ナノメートルとされ、こうした微細加工の高度化に伴い、ますます高い精度の熱膨張制御が求められている。

※3 磁気転移温度
通常、物質は十分高温では「常磁性」という磁性を持たない状態であるが、ある温度以下で「強磁性」などの磁性を示すようになる。その温度が「磁気転移温度」である。マイナス膨張性マンガン窒化物Mn3XNの場合、低温の「反強磁性」と呼ばれる磁性状態が高温の常磁性へ変化する際に、大きな体積の減少を示す。

※4 線膨張係数
固体材料の熱膨張は、通常、線熱膨張としてΔL/L0=(LL0)/L0で評価される。本質的には、長さあるいは体積の温度変化を示す物理量である。それを温度微分して得られる数値、すなわち、線熱膨張の傾きが、線膨張係数αであり、線熱膨張の温度変化に対する割合を意味する。α(T )=(dL /dT )/L0で定義される。ここで、Tは温度、L は温度Tでの長さ、L0 は基準温度での長さ。L0で割ることにより、試料の寸法によらない物質固有の値となる。例えば、「10センチメートルの鉄は温度が1℃上がると1.2マイクロメートル熱膨張する」は「鉄の線膨張係数αは12マイクロ/℃である」と表現される。

図1

図1 逆ペロフスカイト構造Mn3XN


図2

図2 代表的な負膨張組成Mn3Cu1-xGexNの線熱膨張


図3

図3 負膨張材料開発の概念図


図4

図4 代表的なゼロ膨張組成の線熱膨張1


図5

図5 代表的なゼロ膨張組成の線熱膨張2


図6

図6 単一物質ゼロ膨張の優位性