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平成20年1月24日

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大阪大学
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細菌べん毛たんぱく質輸送装置を駆動するエネルギーの実体を解明

――細菌べん毛を構築する主要動力源はプロトン駆動力だった――

 JST基礎研究事業の一環として、難波 啓一(大阪大学大学院生命機能研究科 教授)、南野 徹(同 助教)らは、細菌のべん毛を形成するたんぱく質輸送装置の駆動エネルギーの実体を解明しました。
 細菌の細胞表層にはべん毛と呼ばれる細長いらせん繊維状の運動器官があり、細菌の動きを推進しています。そのべん毛は次のようにして先端で成長します。すなわち、その構成たんぱく質がべん毛基部体にあるたんぱく質輸送装置注1)により、その輸送ゲートを通過し、べん毛先端まで貫通するチャネルへ選択的に送り込まれることで成長するのです。これまで、べん毛たんぱく質輸送装置を構成するたんぱく質で、ATP加水分解酵素(ATPase)注2)でもあるFliI(図2)が、べん毛たんぱく質の輸送を駆動するエンジンであるというのが定説でした。しかし、ATP加水分解反応で生じるエネルギーがどのようにべん毛たんぱく質の輸送に使われるかは、長い間の謎でした。
 本研究グループは今回、1 FliIのみが欠失した変異株ではべん毛が形成されないのに、FliIと同じく輸送装置を構成し、FliIのATPase活性を制御するFliH(図2)をFliIと一緒に欠失させると、わずかにべん毛が形成されること、2 輸送ゲートを構成するたんぱく質FlhAおよびFlhBの変異により、べん毛の形成頻度が高くなること、3プロトン駆動力注3)が消失すると輸送が起こらず、べん毛が形成されないこと――を見いだしました。これらにより、FliH(図2)とFliIは、輸送されるたんぱく質が輸送ゲートへ挿入する最初の過程だけを助けていて、その後、たくさんのエネルギーを必要とする輸送過程は、輸送ゲート自体がプロトン駆動力のエネルギーを使って推進していることを突き止めました。これは、ATP加水分解反応がエネルギー源と考えられていた定説を覆すものです。
 今後は、輸送装置の立体構造を明らかにするとともに、べん毛たんぱく質の輸送におけるたんぱく質分子の動きを詳細に計測することで、その高効率な物質輸送やエネルギー変換の仕組みの解明を目指します。その仕組みは現在の工学技術が生み出す人工機械よりケタ違いに低消費エネルギーの情報処理システムやアクチュエーターなどの設計基盤となり得ます。また、病原性細菌による感染症の予防を含めた新しい治療法の開発にも貢献できるものと期待されます。
 本研究成果は、2008年1月24日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ICORP型研究
研究プロジェクト「超分子ナノマシンプロジェクト」
研究総括難波 啓一(大阪大学大学院生命機能研究科 教授)
研究期間平成14年12月〜平成20年3月
 JSTはこのプロジェクトで、べん毛の立体構造解析と機能解析によって、超分子機能発現のしくみの解明や超分子ナノマシンの動作機構を解明することに取り組んでいます。

<研究の背景>

 細菌の細胞表層にはべん毛と呼ばれる細長いらせん型繊維状の運動器官があります。約30種類のたんぱく質で構成された超分子注4)ナノマシンで、極微小の回転モーターとスクリュープロペラのような構造をしています。細胞膜を貫通する基部体、細胞外に伸びるフック、そしてべん毛繊維――の3つの部分構造で構成されていて、1 基部体は直径40nm長さ50nmの回転モーターで、べん毛を動かすエンジンとして働き、2 べん毛繊維は直径23nm長さ十数ミクロンのらせん状の繊維で、プロペラのように回転して細菌の動きを推進し、3 フックは直径18nm長さ55nmのユニバーサルジョイントとして、基体部とべん毛繊維をつないでモーターの回転をプロペラに伝えます。べん毛が構築され細胞外に長く伸びる際には、べん毛を構成するたんぱく質が次々にべん毛先端のキャップ直下へ運ばれて結合します(図1)。
 べん毛基部体が細胞内に露出する部分の中心部には、独自のべん毛たんぱく質輸送装置があります(図1)。べん毛たんぱく質は、この輸送装置によって基部体中央基底部にある輸送ゲートを通過し、べん毛の中心軸に沿ってべん毛先端まで貫通する直径2nmの細長いチャネルの中へ選択的に送り込まれます(図2)。その際、このべん毛たんぱく質輸送装置は細胞外のべん毛構築状況をモニターし、フック基部体の構築完了前後で配送するたんぱく質を切り替えることで、べん毛の自己構築過程に必要なエネルギーと物質資源の無駄を減らし、べん毛形成を効率的に進めます。
 FliIはこのべん毛たんぱく質輸送装置を構成するたんぱく質の1つで、生体内のさまざまな化学・力学反応機構にとってのエネルギー供給源である、ATP加水分解酵素(ATPase)の1つでもあります。FliI遺伝子が欠失した変異株の細菌ではべん毛が形成されないため、十数年前のFliI ATPaseの発見以来、FliIがべん毛たんぱく質の輸送を駆動するエンジンであるというのが定説でした。この定説は、約1年前に本研究グループが解明したFliIの分子構造が、ミトコンドリアや細菌のATP合成酵素で回転モーターでもあるF1-ATPase注5)とそっくりだったことからも、それが裏打ちされたものと考えていました。しかし、ATP加水分解反応で生じるエネルギーがどのようにべん毛たんぱく質の輸送に使われるのか、という長い間の謎は残ったままでした。

<研究内容と成果>

 本研究グループは今回、1 FliIのみが欠失した変異株ではべん毛たんぱく質が輸送されず、べん毛が形成されないのに、FliIと同じく輸送装置を構成し、FliIのATPase活性を制御するFliHをFliIと一緒に欠失させると、わずかにべん毛が形成されること、2 輸送ゲートを構成する膜貫通型たんぱく質注6)のFlhAおよびFlhB(図2)の変異により、べん毛の形成頻度が高くなること、3 carbonyl cyanide m-chlorophenylhydrazone注7)を用いて細胞膜を横切るプロトン駆動力を消失させると、輸送が起こらずべん毛が形成されないこと――を見い出しました。これらの結果から、FliHとFliIは、輸送されるたんぱく質のN末端注8)を輸送ゲートへ挿入する過程(細い糸の先端を小さな針穴に通すという難しいステップ)だけを助けており、その後、輸送されるたんぱく質をほぐしながらチャネル内に送り込む過程(たんぱく質立体構造形成のために折り畳まったポリペプチド鎖をほどいて細いチャネルに送り込むという、たくさんのエネルギーを必要とする輸送過程)は、輸送ゲート自体がプロトン駆動力のエネルギーを使って推進していることが明らかになりました。
 べん毛たんぱく質の輸送の仕組みをまとめると図3のようになります。最初、輸送ゲートは閉じています(図3A)。輸送されるべん毛たんぱく質(図3A)で輸送基質と書かれた黒い塊)は、細胞内で合成された後にいったん折り畳まって立体構造を形成していますが、N末端とC末端注8)の数十アミノ酸残基はほどけていて(図3A)でNおよびCと表示したひも状の部分)、そのN末端をFliHとFliIが捉えます(図3A)。細胞内にはべん毛たんぱく質を結合していないFliHとFliIもたくさんあるので、それらも一緒に集まって、FliIは6分子でリング状の構造を形成し、FliHの助けで輸送ゲートに結合して輸送ゲートを開けます(図3B)。その際、FliIのリングの真ん中にはべん毛たんぱく質のほどけたN末端が結合しているので、それが開いた輸送ゲートに挿入されます(図3B)。その後、FliIのATP加水分解反応によってFliIのリング構造が不安定になり、FliHとFliIが輸送ゲートからはずれ、輸送ゲートがプロトン駆動力を使ってべん毛たんぱく質の立体構造を解きほぐしながら、べん毛の中心軸チャネル内へ継続的に送り込みます(図3C)
 本研究は、FliIのATP加水分解反応がべん毛たんぱく質輸送にとって必須であるという定説を覆すとともに、生体内での他のたんぱく質やイオンの膜透過輸送反応において、現在一般的に支持されているATP加水分解による駆動の仕組みとは全く異なる動作をするものであることを示しました。ただし、プロトン駆動力がどのように使われるのかはまだ分かっていません。その仕組みについては今後の研究を待たなければなりません。

<今後の展開>

 べん毛繊維構成たんぱく質であるフラジェリンは1秒間に約20分子程度運ばれると見積もられていて、これは毎秒10,000アミノ酸残基に相当します。輸送装置はプロトン駆動力を巧みに利用して、このように高速に、しかも高いエネルギー効率でべん毛たんぱく質の輸送を行っています。今後、X線結晶構造解析や極低温電子顕微鏡像解析によって、輸送装置の立体構造を明らかにするとともに、1分子計測技術を用いてべん毛たんぱく質輸送におけるたんぱく質分子の動きを詳細に計測することで、その高効率な物質輸送の仕組み、そしてエネルギー変換の仕組みの解明を目指します。その基本的な仕組みは、将来のバイオナノデバイスやバイオナノマシン創製と産業応用に向けた基盤情報となり、現在の工学技術が生み出す人工機械よりケタ違いに低消費エネルギーの情報処理システムやアクチュエーターなどの設計基盤として役立つと期待され、地球環境の将来を守る有効な手段になる可能性を秘めています。また、べん毛たんぱく質輸送装置は、赤痢菌やペスト菌、サルモネラ菌、病原性大腸菌O157など、病原性細菌の病原性因子分泌装置と遺伝的にも機能的にも構造的にも高い類似性があり、両者はタイプ3たんぱく質輸送装置注9)と呼ばれています(図4)。そのため、今回の研究で明らかになったべん毛たんぱく質輸送装置の動作の仕組みは、病原性細菌による感染症の予防を含めた、新しい治療法の開発にも貢献できるものと期待されます。

<参考図>

図1 べん毛で泳ぐ細菌の模式図と細菌べん毛の模式図

図1 べん毛で泳ぐ細菌の模式図と細菌べん毛の模式図

 サルモネラ菌や大腸菌は数本のべん毛を細胞周辺から延ばし、束にして回転させて泳ぎます。べん毛はらせん型のスクリュープロペラで、らせんのピッチは2.5μm、直径は0.5μm。それぞれの根元に回転モーターを持っています。べん毛は大まかに回転モーターである基部体、ユニバーサルジョイントであるフック、プロペラのように動くべん毛繊維――の、3つの部分構造で構成されています。(CM;細胞膜/PG;ペプチドグリカン層/OM;外膜)

図2. べん毛たんぱく質輸送装置の模式図

図2. べん毛たんぱく質輸送装置の模式図

 べん毛たんぱく質輸送装置は、6種類の膜貫通型たんぱく質(FlhA、 FlhB、 FliO、 FliP、 FliQ、 FliR)と3種類の細胞質性たんぱく質(FliH、FliI、 FliJ)から成り、べん毛基部体の細胞内に面した部分の中心に存在すると考えられています。膜貫通型のたんぱく質は複合体を形成し、輸送ゲートとして機能します。 FliIはATPaseとして働き、FliHはFliIのATPase活性を制御するとともにFliIと輸送ゲートの結合を助け、FliJは輸送基質であるべん毛たんぱく質の細胞内での凝集を防いで輸送を促進します。(CM; 細胞膜/PG;ペプチドグリカン層/OM;外膜/PMF;プロトン駆動力/ H+;プロトン/ N;N末端/C;C末端)

図3. ATPaseとプロトン駆動力の役割

図3. ATPaseとプロトン駆動力の役割

 (A)FliHとFliIの複合体はFliJと輸送されるべん毛たんぱく質を結合し、FliH/FliI/FliJ/輸送基質複合体を形成します。(B)この複合体が輸送ゲートに結合する際に、FliIは6分子でリング構造を形成し、その真ん中に結合したべん毛たんぱく質のN末端を輸送ゲート内へ挿入します。(C)その後、FliIのATP加水分解反応によってFliH、FliIおよびFliJは輸送ゲートから解離し、輸送ゲートはプロトン駆動力をエネルギー源として残りの長いポリペプチド鎖を解きほぐしつつ、べん毛中心軸に沿ってべん毛先端まで貫通するチャネル内へ送り込む継続的なプロセスを駆動します。

図4. べん毛たんぱく質輸送装置と病原性因子分泌装置の構造比較

図4. べん毛たんぱく質輸送装置と病原性因子分泌装置の構造比較

 両者はタイプ3たんぱく質輸送装置に分類され、構成するたんぱく質のアミノ酸配列も似ており、全体の立体構造もよく似ています。

<用語解説>

注1)たんぱく質輸送装置
 生体膜を透過させてたんぱく質を細胞外へ送るための装置。

注2)ATP加水分解酵素(ATPase)
 ATP(アデノシン三リン酸の略称。生物界でもっとも普遍的に使われる高エネルギー低分子化合物)を加水分解する酵素の一般名称で、生体内のさまざまな化学・力学反応機構のエネルギー供給源として働く。

注3)プロトン駆動力
 細胞膜の内外に生じる電位差や水素イオンの濃度勾配によって形成されるポテンシャルで、べん毛モーターの高速回転や、F0F1-ATP合成酵素の回転によるATP合成機構の駆動エネルギーとしても使われる。

注4)超分子
 複数の分子が共有結合以外の結合(配位結合、水素結合など)や比較的弱い相互作用により秩序だって集合した複合体。

注5)F1-ATPase
 ミトコンドリアに多く存在し、回転モーターとして動作することによりATPの合成および加水分解活性を持つ超分子酵素複合体。

注6)膜貫通型たんぱく質
 細胞膜や細胞内小器官膜など、脂質2重層で構成される厚さ6nmほどの膜を貫通する形で働くたんぱく質の一般名称。細胞内と細胞外の間など、膜越しの物質やイオンの輸送、情報の伝達交換をつかさどる。

注7)Carbonyl cyanide m-chlorophenylhydrazone
 プロトン(H+イオン)に特異的に反応する脂溶性分子で、細胞膜のプロトン透過性を増加させることにより、細胞膜を横切るプロトン駆動力を消失させる能力を持つ。

注8)N末端、C末端
 ポリペプチド鎖(アミノ酸が数十個以上つながった鎖状の高分子)の両末端にはアミノ基(NH2)とカルボキシル基(COOH)があり、それぞれN末端、C末端と呼ばれる。

注9)タイプ3たんぱく質輸送装置
 病原性細菌が宿主細胞に感染する際、まずこの装置を使って病原性因子たんぱく質を宿主細胞内に注入し、宿主の細胞膜骨格の構造を乱して細菌の侵入を可能にする。

<論文名>

"Distinct roles of the FliI ATPase and proton motive force in bacterial flagellar protein export"
 (細菌べん毛たんぱく質輸送におけるFliI ATPaseとプロトン駆動力の役割分担)

<お問い合わせ先>

難波 啓一(なんば けいいち)
大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1−3
Tel:06-6879-4625 Fax:06-6879-4652
E-mail:

愛宕 隆治(あたご たかはる)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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