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平成19年12月14日

科学技術振興機構(JST)
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学校法人順天堂
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神経変性疾患などの主因である細胞内異常構造体形成の機構を解明

(アルツハイマーやパーキンソン、肝疾患などの予防・治療法開発に前進)

 JST(理事長 北澤宏一)と学校法人順天堂(理事長 小川秀興)は、細胞内分解システムであるオートファジー(自食作用)の欠陥によって生じる異常な細胞内封入体形成の制御機構の解明に成功しました。
 細胞内封入体注1)は、さまざまな病気において観察される特殊なたんぱく質構造体です。この構造体の構成成分には、一部の例外を除いてユビキチン化注2)たんぱく質が含まれることから、これまで封入体形成は選択的たんぱく質分解経路を担っているユビキチン・プロテアソーム系注2)の破綻による変性たんぱく質の凝集・蓄積に起因すると考えられてきました。一方、本研究グループはオートファジーのマウス遺伝学的研究から、オートファジーの不全がユビキチン陽性封入体の形成を伴った肝障害、神経変性疾患を引き起こすことを世界で最初に明らかにしました。しかし、どのようなメカニズムでユビキチン陽性封入体が形成されるのか、どのようにして疾病発症に至るのかは、今日まで全く不明でした。
 今回の研究では、オートファジーによるユビキチン結合たんぱく質p62の選択的な代謝障害が、ユビキチン陽性・p62陽性の封入体形成を引き起こすことを発見しました。さらに、p62遺伝子を欠損したマウスでは、オートファジー欠損に伴う封入体形成がほぼ完全に抑制されることを見出しました。一方、ユビキチンとp62を含む封入体は、アルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症注3)などの神経変性疾患、アルコール性肝炎、脂肪肝、肝細胞癌などの肝疾患で集中的に見出されています。
 今回の研究の成果は、封入体形成がオートファジーの減弱に起因しうること、そしてp62が封入体形成の責任分子であることを強く示唆するものであり、神経変性疾患や肝疾患の新しい予防法・治療法開発に役立つと考えられます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島正弘)の研究課題「オートファジーによる選択的代謝経路とその破綻による病態発生」(研究者:小松雅明、順天堂大学 医学部生化学第一講座 准教授、東京都臨床医学総合研究所 客員研究員)の一環として、小松が木南英紀(順天堂大学 医学部 教授/同大学院 医学研究科長)、田中啓二(東京都臨床医学総合研究所 所長代行)らのグループと共同で行ったものです。今回の研究成果は、2007年12月14日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Cell」に掲載されます。

<研究の背景と経緯>

 オートファジーは2つの過程からなっています。まず細胞外環境に応答して出現した隔離膜が伸長して、細胞質成分をランダムに取り囲んだ脂質二重膜構造体(オートファゴソーム)が形成される過程で、次いでそのオートファゴソームに加水分解酵素を含んだリソソームが融合して内容物を消化する過程が続きます。このオートファジー-リソソーム系は、オートファゴソーム内に捕捉されたたんぱく質をアミノ酸にまで分解することができる大規模分解系であり、新しい膜形成と連動している巧妙、複雑な細胞内分解機構です(図1)。この分解系は、栄養飢餓により強く誘導されて起こることから、生物の自己たんぱく質分解によるアミノ酸供給を介した究極の生存戦略と考えられてきました。しかし、最近、高等動物においてオートファジーは飢餓時のみならず、十分に栄養が供給された状態でも恒常的に起こっていることが示唆されてきました。さらに、アルツハイマー病やパーキンソン病など複数の神経変性疾患で過剰なオートファゴソーム様構造が観察されています。また、オートファジーがこれらの疾病の発症機構に関係する可能性も数多く示唆されています。これらの難治疾病はこれまで、ユビキチン-プロテアソームシステムによるたんぱく質分解機構の破綻が発症の主原因と考えられていて、オートファジーの関与については全く不明でした。
 小松が所属する田中・木南らのグループは、オートファジーのマウス遺伝学的研究から、オートファジーの不全がユビキチン陽性封入体の形成を伴った肝障害、神経変性疾患を引き起こすことを明らかにしました(The Journal of Cell Biology、169巻、425-34頁、2005年/Nature、441巻、880-4頁、2006年)。すなわち、オートファジーによるたんぱく質除去機構が、肝細胞や中枢神経系ニューロンにおいて極めて重要な役割を果たしていることを示しました。しかし、どのようなメカニズムでユビキチン陽性封入体が形成されるのか、どのようにして疾病発症に至るのかは全く不明でした。

<研究の内容>

 研究グループは、一般に非選択的分解経路と考えられていたオートファジーに、選択的分解基質としてユビキチン結合たんぱく質p62があることを、プロテオーム解析から突き止めました。p62はシグナル伝達を担う多彩な分子群と相互作用することから、スカフォールドたんぱく質注4)と考えられていますが、その詳細な機能は未だに不明です。また、p62は骨パジェット病注5)の原因遺伝子産物として同定されており、実際にp62遺伝子欠損マウスは破骨細胞分化に異常を示し、2型糖尿病を発症することが報告されています。さらに、アルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患、肝炎・肝細胞癌の細胞内に確認される封入体の主要構成成分でもあることから、p62がさまざまな疾病発症に関与することが強く示唆されてきました。
 オートファジーによるp62の代謝の意義を検討するため、マウスの肝臓もしくは脳においてオートファジー必須遺伝子Atg7注6)を欠失させた結果、p62は肝臓、脳で蓄積、不溶化し、最終的にp62陽性の封入体形成が確認されました。また、Atg7 遺伝子欠損のマウス肝臓、脳において、ユビキチン化たんぱく質はp62の増加に比例して蓄積し、ほぼ全ての封入体がユビキチン・p62陽性でした(図2)。このことから、ある種のユビキチン化されたたんぱく質はp62に捕捉され、オートファジーにより選択的に分解されている可能性が示唆されました。
 さらに研究グループは、封入体形成おけるp62の役割を検討するために、Atg7およびp62遺伝子の両方を欠失したマウスを作製した結果、オートファジー不全により出現する封入体は、 p62遺伝子の同時欠失によってほぼ完全に消失することが明らかになりました(図3)。このことは、神経変性疾患や肝疾患で観察される封入体形成がオートファジーの減弱に起因しうること、そしてp62が封入体形成の責任分子であることを強く示唆しています。また、Atg7とp62遺伝子欠損マウスでは、Atg7遺伝子のみ欠損させた時に起こる肝肥大や肝障害が抑制されました。これらのことは、オートファジーを介したp62の適切な代謝(p62のたんぱく質レベルの調整)、すなわち、細胞内におけるp62の過不足ないレベルの維持が疾病発症を抑制することを意味します(図4)。

<今後の展開>

1 本研究結果は、ユビキチン-プロテアソーム系の異常こそがアルツハイマー病やパーキンソン病、ハンチントン病など多数の神経変性疾患の発症の主要原因と考えられていることに疑義を提起するものです。

2 今後、オートファジーの選択的基質であるp62モニター系が確立できれば、疾病発症と分子レベルの動態の同時観察が可能となり、発症メカニズム解明の大きな武器になると考えられます。

3 オートファジーによるp62の代謝を促進もしくは抑制する化合物の開発ができれば、神経変性疾患や肝疾患、肝細胞癌、糖尿病の発症を予防することが可能になるものと期待されます。

<参考図>

図1 オートファジー

図1 オートファジー

 栄養飢餓やグルカゴンなどホルモンの刺激により、隔離膜と呼ばれる単膜構造体が伸長し、オルガネラを含む細胞質成分を取り囲んだ脂質二重膜構造体オートファゴソームが形成されます。オートファゴソームは速やかにリソソームと融合しオートリソソームとなり、その内容物はリソソーム内加水分解酵素によりアミノ酸にまで分解されます。この分解経路の基本的な役割は、飢餓時におけるアミノ酸などの栄養素の供給であり、この機能は酵母からヒトの細胞に至るまで、普遍的に保存されています。他方、高等動物においては、細胞内に侵入した細菌除去などの自然免疫、抗原提示を介した獲得免疫の他、細胞内に生じた不必要たんぱく質のクリアランス(細胞内浄化)等にも重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあります。

図2 オートファジー欠損に伴う細胞内ユビキチン-p62陽性封入体形成過程
図2 オートファジー欠損に伴う細胞内ユビキチン-p62陽性封入体形成過程

図2 オートファジー欠損に伴う細胞内ユビキチン-p62陽性封入体形成過程

(A) 肝臓Atg7遺伝子欠損マウスにおける、ユビキチン、p62およびLDH注7)抗体によるウエスタンブロット。左パネル:界面活性剤可溶性分画、右パネル:界面活性剤不溶性分画。Atg7遺伝子欠損後、ユビキチン化たんぱく質とp62は比例的に蓄積し、不溶化しました。
(B) 肝臓Atg7遺伝子欠損マウスにおける、ユビキチンおよびp62抗体による二重免疫染色。ユビキチン化たんぱく質(緑)およびp62(赤)陽性の封入体が確認されました。スケールバー:10μm。

図3 Atg7、p62遺伝子の同時欠損による封入体の消失

図3 Atg7、p62遺伝子の同時欠損による封入体の消失

(A) 肝臓特異的Atg7(上パネル)およびAtg7、p62遺伝子欠損マウス(下パネル)におけるユビキチン抗体による免疫染色像。スケールバー:100μm。
(B) 脳特異的Atg7(上パネル)およびAtg7、p62遺伝子欠損マウス(下パネル)におけるユビキチン抗体による免疫染色像。p62の同時欠損により、封入体(矢頭)の消失が確認されました。スケールバー:100μm。

図4 p62たんぱく質レベルと病態発症

図4 p62たんぱく質レベルと病態発症

(A) p62は、ジンクフィンガードメイン(Zinc)、ユビキチン会合ドメイン(UBA)などを介しRIP、TRAF6、ユビキチン化たんぱく質等と相互作用します。また、N末端Phox and Bem1p(PB1)ドメインを介して、PB1を持つ他のたんぱく質(aPKCsやp62自身)とヘテロオリゴマーもしくはホモオリゴマーを形成します。過剰なp62は、PB1ドメインを介して自己凝集・封入体化することが知られています。オートファジーによるp62の適切な代謝は、封入体形成を制御すると考えられます。
(B) オートファジーによるp62の代謝およびp62の発現調整は、ユビキチン陽性封入体形成を制御しうる。また、肥満、破骨、肝細胞や神経細胞の恒常性維持とも関連する可能性があります。

<用語解説>

注1)細胞内封入体
 アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症などさまざまな神経変性疾患における脳内の病変所見で確認されるたんぱく質が凝集した構造体。たんぱく質の異常凝集過程がこれらの疾患の発症に深く関係していると考えられています。これら封入体は、細胞毒性を発揮する可溶性変性たんぱく質やオリゴマーを無毒化するために形成されるという考えが支配的になりつつありますが、未だ議論の余地があります。

注2)ユビキチン化、ユビキチン-プロテアソーム系
 生体内で不要となったたんぱく質や変性したたんぱく質は、E1、E2、E3の3種類の酵素を介してユビキチンが付加(ユビキチン化)されます。ユビキチン化されたたんぱく質は、主にたんぱく質分解酵素複合体プロテアソームに運ばれ分解されます。

注3)筋萎縮性側索硬化症
 運動ニューロンの変性により重篤な運動障害をきたす神経変性疾患で、現在までに有効な治療法は確立されていません。家族性と弧発性がありますが、ともに運動ニューロン内に封入体が観察されます。

注4)スカフォールドたんぱく質
 複数の経路を制御しうる分子とその下流分子に結合することで、適切な下流分子にのみシグナルを伝える足場たんぱく質の総称。

注5)骨パジェット病
 骨吸収の異状な亢進と、それに続く旺盛な骨形成を特徴とする代謝性骨疾患であり、国内ではまれな疾患です。しかし、欧米諸国では骨粗鬆症に次いで罹患頻度が高い代謝性骨疾患であり、その罹患頻度には地域差があります。

注6)Atg7
 オートファゴソーム形成に必須なAtg結合システムの活性化酵素。

注7) LDH
 乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase)の略。細胞質に存在する可溶性のたんぱく質であり、可溶性・不溶性たんぱく質分画の指標となります。

<掲載論文名>

"Homeostatic levels of p62 control cytoplasmic inclusion body formation in autophagy-deficient mice"
(p62のたんぱく質レベルは、オートファジー欠損マウスにおける封入体形成を制御する)
doi: 10.1016/j.cell.2007.10.035

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 「代謝と機能制御」研究領域
(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名 オートファジーによる選択的代謝経路とその破綻による病態発生
研究者 小松 雅明(順天堂大学 医学部 生化学第一講座 准教授、東京都臨床医学総合研究所 先端研究センター 客員研究員)
研究場所 東京都臨床医学総合研究所 先端研究センター
研究期間 平成18年10月~平成22年3月

<お問い合わせ先>

小松 雅明(コマツ マサアキ)
東京都臨床医学総合研究所 客員研究員
(順天堂大学 医学部 生化学第一講座 准教授)
〒113-8613 東京都文京区本駒込3-18-22
TEL:03-3823-2105 (5325)
FAX:03-3823-2237
E-mail:

田中 啓二(タナカ ケイジ)
東京都臨床医学総合研究所 所長代行
〒113-8613 東京都文京区本駒込3-18-22
TEL:03-4463-7592
FAX:03-3823-2237
E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
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