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平成19年12月13日

原子配列が壊れる瞬間をストロボ撮影

―100億分の1秒の短パルスX線による衝撃圧縮過程の観測に成功―

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 東京工業大学
独立行政法人 科学技術振興機構
発表の骨子

 高エネルギー加速器研究機構を中心とするグループは、結晶の原子配列がレーザーパルス照射により瞬間的に圧縮され、破壊してゆく現象を100ピコ秒(100億分の1秒)の大強度の短パルスX線で捕らえることに世界で初めて成功した。今回の成果は、材料破壊の詳細な情報を得ることができるという意味で極めて画期的なものであり、衝撃や損傷に強い材料の開発を行う上で重要な技術となることが期待される。

概要

 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、国立大学法人 東京工業大学と独立行政法人 科学技術振興機構(JST)と共同で、単結晶*1の圧縮・破壊という一度きりしか起こらない現象(衝撃圧縮過程)を、たった1発の短パルスX線*2を用いて時間分解能*3100ピコ秒で瞬間撮影することに世界で初めて成功した。また、レーザーパルス*4照射と短パルスX線照射のタイミングを変えた実験を繰り返すことにより、物質が瞬間的に圧縮され、破壊してゆく様子を観測することに成功した。これは、KEK 足立 伸一 准教授、一柳 光平 博士研究員、東京工業大学 腰原 伸也 教授、中村 一隆 准教授らのグループによる研究成果で、JST戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究の「腰原非平衡ダイナミクスプロジェクト」の一環として進められたものである。

 今回の研究成果は、米国の科学雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版に12月7日に掲載された。

背景

 「物が壊れる」という現象、例えば、ガラスのコップが割れる、卵の殻を割るといったことは日常生活の中でよく見かける現象である。このように物が壊れる際に、物質中では瞬間的にどのようなことが起こっているのだろうか。物が壊れる際には、衝撃で物質が圧縮され、変形し、ヒビが入って最終的に破壊に至る。その全プロセスは1秒よりはるかに短い時間内に起こる。このような高速の破壊現象を理解することは、日常生活のみならず、高強度のレーザーによる材料の加工、放射線損傷に強い材料の創製など、新しい材料を開発する上で極めて重要な課題である。しかしながら、このような一度きりしか起こらない現象は、同じことのやり直しが効かないために、その精密な測定は非常に困難であるとされてきた。

研究内容

 材料の圧縮・破壊の過程においては物質中の原子位置の変位を伴うため、実験的にその詳細なメカニズムを調べるためには、X線回折*5が最も有効な手法である。ただし、一般的なX線回折法は高速での現象の測定には適さないため、特殊な方法で強力な短パルスX線を発生させる必要がある。本研究は、KEKの放射光科学研究施設(PF-AR)の時間分解X線ビームラインBL-NW14Aを使い行われた(図1)。PF-ARは、常に大強度単バンチ運転*6という世界に類を見ない特徴を有しており、100ピコ秒の大強度の短パルスX線を利用した実験が可能である。BL-NW14Aは、このPF-ARの特徴を生かして設計製作された時間分解X線実験専用のビームラインであり、X線を用いたさまざまなX線解析法による物質構造の研究を目指して、KEKとJSTとの共同研究により建設された。
 実験では、硫化カドミウム単結晶試料の表面の同じ位置に高強度ナノ秒YAGレーザーパルス*7と100ピコ秒幅の短パルスX線を照射し、試料の圧縮・破壊の過程を測定した(図2)。試料は1回のレーザーパルス照射により完全に破壊されるため、同じ試料に繰り返しパルスX線を照射することはできない。しかし、BL-NW14Aで放射されるパルスX線は非常に強力なため、1発の短パルスX線の照射により、非常に明瞭なX線回折像を記録することが可能である(図3)。そこで、次の試料に照射するレーザーパルスとパルスX線の照射のタイミングをある一定時間ずらしながら測定することで、圧縮・破壊の過程を観測することが可能となった(図4)。
 この結果、レーザーパルス照射による衝撃波は、試料中を毎秒4.2キロメートル(マッハ12)という超音速で進行すること、衝撃によってこの単結晶はレーザーの進行軸方向にのみ最大4.4%圧縮されており、その瞬間圧力は最大約4万気圧にまで達することが今回初めて明らかとなった。さらに詳細な解析から、衝撃圧力波が試料の裏面に当たって反射する様子や、最大圧力到達時に試料が圧力相転移*8が起こる寸前の中間の状態に至っていること、いくつかの圧縮相が交じり合ってその比率が時々刻々と変化していることなど、衝撃圧縮過程の詳細なメカニズムが明らかとなった。
 本研究を主導した一柳 光平 博士研究員は、「今回の実験では、衝撃圧縮による最大到達圧力が相転移圧力を十分に上回っているにも関わらず、最大圧力の保持時間が短いために相転移にまで至らなかった。つまり硫化カドミウム単結晶が圧力相転移に至る直前の、数十ナノ秒以下でしか存在しない過渡的な状態が実現していることが分かった。このような状態が初めて観測されたのは本研究の大きな成果のひとつと考えている」とコメントしている。

本研究の意義

 高速な破壊現象を理解することは、材料を開発する立場から極めて重要な課題であることから、この研究成果は、材料の内部構造の破壊のメカニズムを知ることができるという意味で極めて画期的なものである。川合 將義 KEK名誉教授は本研究成果について以下のようにコメントしている。「原子炉・核融合炉やJ-PARC等の大強度高エネルギー陽子にさらされる環境で用いられる材料や、宇宙空間で使用する材料は、放射線によって損傷を受け、また、プラズマや陽子線、さらには宇宙塵による衝撃損傷を受ける。今回の技術はその損傷の初期段階(1000兆分の1秒から10億分の1秒)において、原子材料が弾き出されて欠陥を形成し拡散する過程を実験的に明らかにしたものである。材料の損傷を扱う理論等の検証や改善に役立つと考えられ、ひいては衝撃に強い材料創製のための重要な知見をもたらすことが期待される」
 本研究の100ピコ秒のX線を用いた観測技術は、次世代放射光源により実現するさらに短いパルスX線を用いた超高速測定のための基礎技術として、今後大いに発展することが期待される。

【本件に関する問い合わせ】
<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人
高エネルギー加速器研究機構

物質構造科学研究所
准教授 足立伸一
Tel:029-879-6022

広報室長 森田洋平
Tel:029-879-6047

<JSTに関すること>
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
Tel:03-3512-3528

図1
図1 実験の概要を示す模式図。硫化カドミウム(CdS)単結晶の試料面上で、8ナノ秒(10億分の8秒)の高強度Nd:YAGレーザーパルス(波長1064nm, パルス当たりのエネルギー0.86J/pulse)と、大強度放射光施設PF-ARから放射される100ピコ秒(100億分の1秒)のパルスX線を同じ位置に照射し、CdS単結晶の衝撃圧縮過程のX線回折測定を行った。レーザーパルスとパルスX線の間の遅延時間は蓄積リングのRF信号を元に制御される。遅延時間を系統的に変化させて測定した回折像を連続的につなぐことにより、物質が瞬間的に圧縮され、破壊されてゆく逐次過程を観測した。

図2
図2  CdS単結晶の衝撃圧縮過程のX線回折測定のイメージ図。レーザーパルス(赤色の楕円で表示)が先行してCdS単結晶に入射し、単結晶の中で衝撃圧縮が誘起される。レーザーパルスから特定の時刻だけ遅れて、100ピコ秒のパルスX線(青色の楕円で表示)がCdS単結晶に入射し、衝撃圧縮中の単結晶のX線回折像が撮影される。レーザー−パルスX線間の遅延時間を変化させながらこの測定を繰り返すと、連続した動画が得られる。

図3
図3 100ピコ秒(100億分の1秒)の短パルスX線で撮影したCdS単結晶のX線回折像を、レーザー−パルスX線間の遅延時間にそって連続的に並べた図。1枚1枚の回折像は、それぞれたった1発の短パルスX線で撮影されている。

図4
図4 レーザーパルスとパルスX線の入射の遅延時間を系統的にずらしながら測定した回折パターンの時間変化。(201)、(302)はそれぞれ観測された回折点の指数である(図3に表示)。回折強度を動径方向に積分してプロットした。それぞれの回折点は衝撃圧縮により広角側(円の外側)に向かって引き伸ばされた後に、元の方向に戻っているのが分かる。この回折点の動きから、単結晶中で伝わる衝撃波の速度と衝撃圧縮の最大圧力が見積もられた。

用語解説

*1 単結晶
 結晶とは原子の配列が空間的に繰り返しパターンを持つような物質であり、1個の固体全体にわたって同じ繰り返しパターンを持つものを単結晶、単結晶の集合体を多結晶と呼ぶ。単結晶のX線回折は結晶格子内の各原子の配置について非常に多くの情報を与える。

*2 短パルスX線
 放射光リング中で周回している電子は、周期的な加速を受けることにより集団化(バンチ化)し、進行方向に数センチ程度の長さの集団となって周回している。これを電子バンチと呼ぶ。電子バンチが磁場中を通過すると電子バンチの長さに相当する時間幅のパルスX線が放射される。ほぼ光速で移動している長さ3センチの電子バンチから、100ピコ秒の時間幅のパルスX線が放射される。

*3 時間分解能
 空間を測定するための目盛りの細かさを空間分解能というのに対して、時間方向の目盛りの細かさを時間分解能という。時間が3桁短くなるごとに単位の呼び方が変わり、ミリ秒(1000分の1秒)、マイクロ秒(100万分の1秒)、ナノ秒(10億分の1秒)、ピコ秒(1兆分の1秒)、フェムト秒(1000兆分の1)という単位が使用される。100ピコ秒は100億分の1秒である。測定の空間分解能がものさしの目盛りの幅で決まるように、測定の時間分解能は測定に使用するパルスの時間幅で決まる。

*4 レーザーパルス
 連続的に光を放射するレーザーを連続光レーザーと呼ぶのに対して、短い時間幅のパルスを放射するレーザーをパルスレーザーと呼ぶ。マイクロ秒からフェムト秒まで広い時間範囲のパルスレーザーが実用化されている。短い時間幅の中にエネルギーを集中させることが出来る点が特徴である。

*5 X線回折
 X線が結晶格子によって回折される現象のこと。 1912年にマックス・フォン・ラウエがこの現象を発見し、X線の正体が波長の短い電磁波であることを明らかにした。逆にこの現象を利用して物質の結晶構造を調べることができる。X線回折の結果から結晶内部で原子がどのように配列しているかを決定する手法をX線単結晶構造解析法あるいはX線回折法という。

*6 大強度単バンチ運転
 1個の電子バンチ(電荷の束)のみを蓄積リングに周回させる運転モードを単バンチ運転と呼ぶ。特に1個の電子バンチの中に多くの電荷を蓄積した場合を大強度単バンチと呼んでおり、PF-ARでは常に大強度単バンチ運転が実現している。

*7 高強度ナノ秒YAGレーザーパルス
 ナノ秒のパルス幅を持つパルスレーザーの総称。ネオジムイオンをYAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット結晶)に入れたNd:YAGレーザーがナノ秒高強度レーザーの代表である。

*8 圧力相転移
 圧力により、化学的、物理的に均一な物質の相が他の形態の相へ転移すること。