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2007年11月30日

国立大学法人 東京大学
独立行政法人 科学技術振興機構

「高濃度のホウ酸に耐性を示す植物の作出に成功」

1.発表概要:

 ホウ酸(元素記号B)トランスポーター(注1)を過剰に発現させることにより、世界で初めて過剰なホウ酸(注2)に耐性を示す植物(シロイヌナズナ(注3))の作出に成功した。

2.発表内容:

 ホウ酸は植物の生育に必須である一方、高濃度に存在すると植物に毒性を示すことが知られている。また、植物には体内のホウ酸濃度を適切な範囲に調整する仕組みがあると考えられおり、これまで植物において高濃度のホウ酸が存在する条件下でホウ酸輸送や濃度維持が行われる仕組みは明らかにされていなかった。

 世界にはホウ酸を高濃度に含む土壌が存在しており、例えば半乾燥地を中心にオーストラリア(南・西オーストラリア)、西アジア(トルコ)、北米(アメリカ)、南米(チリ)等でその存在が報告されている。
 また、それらの地域では土壌中のホウ酸過剰による農業生産の低下が報告されている。例えば南オーストラリアでは、植物の生育を阻害するホウ酸を含む土壌が南オーストリアの30%(約500万ha)程度存在している。1984年の報告ではこれらの地域の高濃度のホウ酸を含む土壌では、含まない土壌と比較して約17%のオオムギの収量の減少が予想されている。
 土壌へのホウ酸の集積は、土壌生成環境による自然の要因と灌漑や工業活動での排出等の人為的な要因の双方で起こると考えられている。

 ホウ酸過剰土壌において、土壌からのホウ酸の除去が困難であることから、耐性作物品種の開発が農業生産向上の最も有効な手段と考えられ、オーストラリアではコムギやオオムギを対象とした品種改良が取り組まれている。これまでホウ酸過剰に強い品種の選抜が行われてきたものの、ホウ酸過剰に関与する分子や遺伝子の同定には至らず、ホウ素過剰耐性品種作出の決定的な手法は確立されていなかった。

 本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナのホウ酸トランスポーターの研究を通じて、植物にホウ酸過剰耐性を付与する遺伝子を初めて同定し、ホウ酸過剰耐性植物の作出への新たな道を開いた。
 本研究グループは、シロイヌナズナを用いた研究で、ホウ酸トランスポーターBOR1を世界に先駆けて同定し、2002年にNature誌に発表した。BOR1は低ホウ酸濃度の条件で、生育に必要なホウ酸を根から地上部へ効率的に運ぶための輸送タンパク質であり、BOR1は高ホウ酸濃度では分解され、ホウ酸過剰条件では働かないことが分かっていた。
 本研究ではシロイヌナズナに存在するBOR1相同タンパク質BOR4は、BOR1の場合とは異なり、高ホウ酸濃度では分解されずに細胞膜に蓄積することを見出した。また、BOR4を過剰発現する形質転換シロイヌナズナを作出したところ、根と地上部の双方でホウ酸含量の低下が見られ、ホウ酸過剰耐性を示した。野生型株がホウ酸過剰害によってほとんど生育できない10 mMホウ酸を含む培地において、根と地上部双方において大幅な生育改善を示すことを明らかにした。
 本研究で初めて同定されたBOR4は植物にホウ酸過剰耐性を付与する遺伝子であり、BOR4に相同性のある遺伝子は植物一般に広く存在している。ホウ酸過剰耐性作物の作出に向けて、BOR4遺伝子の育種の分子マーカーとしての利用や、BOR4の過剰発現方法の作物への応用が期待できる。

 なお、本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業の研究課題「ホウ素耐性生物の育成と利用」(研究代表者:藤原 徹 東京大学 生物生産工学研究センター 准教授)の一環として、日本学術振興会 特別研究員 三輪京子が中心となって行ったものである。

3.発表雑誌(日付・号):

Science 2007年11月30日号

4.問い合わせ先:

〒113-8657
東京都文京区弥生1-1-1
東京大学 生物生産工学研究センター
植物機能工学研究室
藤原 徹
電話03-5841-2407 FAX 03-5841-2408

5.用語解説:

(注1)トランスポーター(輸送体)
 生体膜に存在するタンパク質で、拡散では脂質膜を透過できない物質を透過させる働きを持つ。生物は内的環境を保つために例外なく細胞膜を持っており、外的環境の影響を受けにくくしているが、生存には外部からの必要な物質の取り込みや、不要な物質の排出が必要である。そのような取り込みや排出を担うのは膜に存在するタンパク質であり、このようなタンパク質をトランスポーターと呼んでいる。

(注2)ホウ素・ホウ酸
 元素番号5番の元素(元素記号はB)。土壌溶液中ではホウ酸B(OH)3という状態で存在している。ホウ素の植物における必要性は80年以上前から知られ、細胞壁の構造維持に働く。近年では酵母等の菌類や動物においても生育に対する有益性が認められているが、その機能は不明である。一方で、生物一般に過剰に体内に取り入れると害を及ぼす元素でもあり、抗真菌薬、ゴキブリに対する殺虫剤(ホウ酸だんご)等として利用されている。
 ヒトはホウ素を食品から摂取しており食品由来の植物性のホウ素が大部分を占める。ヒトに対するホウ素の健康増進作用とともに過剰に体内に取り入れる事による害も報告され、WHO(世界保健機関)は大人のホウ素の摂取量の安全な範囲を1日当たり1〜13mgとしている。

(注3)シロイヌナズナ
 アブラナ科の植物。ゲノムサイズが小さく(持っている遺伝子の塩基配列の総数が少なく)、容易に栽培できる等の性質を持ち、実験に良く使われ、最初に全ゲノムが解読された植物である。