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平成19年11月28日

科学技術振興機構(JST)
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東北大学
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様々な半導体材料に適応する縦型量子ドットの新しい製造法を開発

(量子情報処理技術開発に新たな道)

 JST(理事長 北澤 宏一)と東北大学(総長 井上 明久)は、III-V族化合物半導体注1)(In,Ga)As[インジウムガリウム砒素]を用いて、新しい作製方法による極微細3次元MOS(Metal / Oxide / Semiconductor)ゲート構造を持つ縦型量子ドット注2)を試作し、縦型量子ドットの電子スピン注3)をゲート印加電圧と外部印加磁場によって正確に制御できることを確認しました。

 縦型量子ドットは「人工原子」とも呼ばれ、ゲート電圧によってドット中の電子数を0から1個ずつ正確に制御することができます。この構造は、単一電子のスピンを調べるのに理想的なデバイスの1つであるとともに、将来の電子スピンを量子ビットに用いた革新的な量子情報処理技術を担うデバイスとして期待されています。

 しかし、従来の縦型量子ドット構造では金属とIII-V族化合物半導体の間に自然に形成されるショットキーゲート注4)を用いていたため、ドーピング量の高い半導体や狭バンドギャップ半導体注5)など、ショットキー耐圧が低い構造には適用できず、これまでの研究では母体となる半導体材料に制約がありました。

 今回、原子層堆積法(ALD : Atomic Layer Deposition) 注6)を用いることによって縦型量子ドットに高均一で高耐圧なAl2O3ゲート絶縁膜を形成し、さらに中空配線によるドレイン電極を用いた新しい作製方法でMOSゲート構造を持つ狭バンドギャップ(In,Ga)As縦型量子ドットを試作しました。そして、従来のショットキーゲート構造を持つ縦型量子ドットと同様に、量子ドット中の電子スピンの状態を正確に制御できることを確認しました。加えて強い磁場を印加した実験で、ドット中の電子スピンが従来のGaAs系デバイスの約10倍の大きな有効g値注7)を持つことも確認しました。

 本研究を応用することで、様々な半導体材料を母体とした量子ドットの作製と、量子ドットデバイスの性能に材料固有の特性を反映させることが可能になります。この成果は、今後量子物理研究の発展に寄与するだけでなく、量子情報処理技術の進展につながるものと期待されます。

 本研究は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「大野半導体スピントロニクスプロジェクト」(研究総括:大野英男 東北大学 電気通信研究所 教授) と同研究所大野研究室との共同で行われました。研究成果は、2007年12月3日(米国東部時間)発行の米国学術誌「Applied Physics Letters」に掲載されます。なお、開発試作した素子の電子顕微鏡写真が同表紙に掲載されます。

<研究の背景>

 量子ドットは、磁場や電圧などの外部変数を用いてドット中の電子数や電子のとる状態(軌道とスピン)を厳密に制御できることから、量子物理の研究対象として注目されるとともに、応用の面でも電子スピンを量子ビットとして用いる量子情報処理などの革新的な技術への応用が注目されています。
 縦型量子ドットは1990年代後半、NTTの樽茶清悟(現東京大学教授)らのグループの研究以来、半導体低次元構造におけるスピン量子物理を研究する格好の舞台として様々な物理現象を実証してきました〔S. Tarucha, D. G. Austing, T. Honda, R. J. van der Hage, and L. P. Kouwenhoven, Phys. Rev. Lett. 77, 3613 (1996). 〕。その特徴は、ゲート電圧によってドット中の電子数を完全にゼロにした状態から1つずつ電子を出し入れすることが可能であり、それぞれの電子のとる状態は量子力学の基本法則を良く再現できるということです。実際の原子において確認される電子軌道の閉殻構造や第一フント則といった物理法則を、人工的に半導体中に閉じ込められた電子が良く再現することから、縦型量子ドットは、別名人工原子とも呼ばれています。しかし、従来の縦型量子ドット構造では、半導体とゲート金属の間に自然に形成されるショットキーゲート構造を採用していたため、狭バンドギャップ半導体のようなショットキー耐圧が低い材料には適用できず、量子ドットの母体となる半導体はGaAs系の材料に限られていました。

<成果の内容>

 本研究では、ALDを用いることで3次元的な凹凸を持つ縦型量子ドットに高均一、高耐圧なAl2O3ゲート絶縁膜を形成し、さらに中空配線によるドレイン電極を用いた新しい作製方法でMOSゲート構造を持つ狭バンドギャップ(In,Ga)As縦型量子ドットを試作しました。そして、従来のショットキーゲート構造を持つ縦型量子ドットと同様に、量子ドット中の電子スピンの状態を正確に制御できることを確認しました。
 本研究で作製された縦型量子ドットの電子顕微鏡写真を図1aに示します。約5μmの中空ドレイン配線の先に直径約300nmの円柱状の縦型量子ドットが接続されています。量子ドット部分は、図1bの模式図に示すように側壁をAl2O3絶縁膜およびゲート金属によって覆われており、側面よりゲート電圧が印加可能なMOSゲート構造が形成されています。このドットの極低温での電気伝導特性を図2に示します。図2において中心部分に連なっている菱形の領域は、クーロンダイヤモンドと呼ばれ、それぞれの菱形がドット中に1個ずつ電子が出入りしていることに対応しています。完全に電子がなくなりクーロンダイヤモンドが現れない領域では、ドット中の電子がゼロとすると、それぞれのゲート電圧での電子数をクーロンダイヤモンドの数をゼロから数えていくことで決定できます。
 このようにして電子数を決定された縦型量子ドットにおいて、電子軌道の閉殻構造、第一フント則といった人工原子的な振る舞いを確認できました。さらにこの縦型量子ドットに強磁場を印加することで、量子ドット中の電子スピンのゼーマンスピン分離を観測しました。ゼーマンスピン分離の大きさは、印加磁場に比例しており、その係数は有効g値と呼ばれる材料、構造に依存した定数となります。すなわち、絶対値の大きな有効g値を持つ材料中では、比較的小さな印加磁場によって大きなスピン分離を生じることが期待されます。本研究で測定された狭バンドギャップ縦型量子ドット中の電子の有効g値の絶対値は、GaAs系の材料で、知られている値の約10倍であることがわかりました。

<今後の展開>

 本研究で開発された新しい量子ドットの作製方法を応用することで、バンドギャップや有効g値、有効質量といった母体の半導体材料に強く依存したパラメーターを任意に制御できる縦型量子ドットの作製が可能になります。本研究結果は、今後量子物理研究の発展に寄与するだけでなく、量子情報処理技術の進展につながるものと期待されます。

<参考図>

図1 中空ドレイン配線MOS構造縦型量子ドットの走査型電子顕微鏡像(a)
図1 縦型量子ドット部分の断面模式図(b)

図1 中空ドレイン配線MOS構造縦型量子ドットの走査型電子顕微鏡像(a)と、
縦型量子ドット部分の断面模式図(b)

図2 縦型量子ドットの極低温における電気伝導特性

図2 縦型量子ドットの極低温における電気伝導特性

中心部分に連なる白い菱形の領域は、量子ドットに電子1個が出入りすることに対応している。

<用語解説>

注1)III-V族化合物半導体
 電子デバイスにおいて最も広く用いられている半導体は、IV族半導体であるSiですが、それに対してIII族原子であるIn、Ga、AlとV族原子であるP、As、Nなどを組み合わせた半導体をIII-V族化合物半導体と呼びます。III-V族化合物半導体は、発光ダイオードやレーザーなどの発光素子に応用されています。さらにこの材料の組み合わせによって発現する量子閉じ込め効果を積極的に利用したデバイス、量子物理の研究対象としても広く利用されています。

注2)縦型量子ドット
 電気伝導における電流の担い手である電子を数10[nm]程度の非常に狭い領域に閉じ込めた時、電子の量子力学的な特性が顕著に現れます。このようなデバイスは量子ドットと呼ばれ、電子1個の特性を評価するためのデバイスとして様々な研究がなされています。通常の半導体微細加工技術を用いて作製された量子ドットには、大別して“横型”と“縦型”の2種類あります。本研究において試作した“縦型量子ドット”は、電子の制御性や閉じ込め形状の制御性が高いなどの利点があります。

注3)電子スピン
 電子を量子ドット中に閉じ込めると電子1つずつの特性が顕著に表れますが、それぞれの電子はアップスピンとダウンスピンの2種類のスピンの状態を持ちます。近年では、この2種類のスピンを量子情報処理の基本単位である量子ビットに用いようという研究が盛んに行われています。

注4)ショットキーゲート
 半導体と金属を接合させた時、その材料の組み合わせによってショットキーバリアと呼ばれる電気の流れない絶縁層が界面に形成されます。この絶縁層を利用したゲート構造は、ショットキーゲートと呼ばれ、その作成の容易さから量子ドットの電子数を制御するゲートとして、広く用いられてきました。しかしながら原理的にドーピング量が高い半導体やショットキーバリアの低い狭バンドギャップ半導体には適用できないという問題があります。

注5)狭バンドギャップ半導体
 すべての半導体は、バンドギャップと呼ばれる電子が存在できないエネルギー領域を持ちます。これは個々の材料に依存したパラメーターであり、作製されたデバイスの特性に大きな影響を与えます。バンドギャップエネルギーが大きな半導体は、ワイドギャップ半導体と呼ばれるのに対して、小さな半導体は狭バンドギャップ半導体と呼ばれます。通常用いられるGaAsのバンドギャップエネルギーは、1.52 [eV]であるのに対して、本研究で作製したInGaAsは、Inの組成を56%と高くすることで、0.78 [eV]とGaAsの約半分のエネルギーギャップを実現しています。

注6)原子層堆積法
 原子層堆積法は、Alの原料ガスと酸素の原料である水を基板表面で交互に反応させ1原子層ずつAl2O3絶縁膜を堆積させます。本手法を用いる利点は、3次元的な基板構造に対しても高均一で高耐圧な絶縁膜を厚さの制御性が良く形成できる点です。また誘電率が高い絶縁膜(high k材料)を簡便に成膜できることから電子デバイスへの応用上も大変注目されている手法です。

注7) 有効g値
 半導体中の電子は、アップスピンとダウンスピンの2種類のスピンを持ちます。磁場がない環境では、これら2つの状態は同じエネルギーを持ちますが、強磁場を印加した環境下では、ゼーマンスピン分離という現象が起こり、有効g値に比例したエネルギーの分裂が生じます。つまり有効g値の絶対値が大きい材料ほど、外部印加磁場に対してアップスピンとダウンスピン間のエネルギー差が大きく変化します。GaAsの有効g値の絶対値は約0.4であるのに対して、本研究で得られた狭バンドギャップInGaAsの有効g値は約4.0でした。

<論文名・著者名>

“A few-electron vertical In0.56Ga0.44As quantum dot with an insulating gate”
(絶縁膜ゲートを持つIn0.56Ga0.44As 縦型量子ドット)
T.Kita and D.Chiba, Y.Ohno, H.Ohno
doi: 10.1063/1.2818712

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究領域 :「大野半導体スピントロニクスプロジェクト」
研究課題名 :大野 英男(東北大学 電気通信研究所 教授)
研究期間 :平成14年11月 〜 平成20年3月

<お問い合わせ先>

大野 裕三(おおの ゆうぞう)
東北大学 電気通信研究所 附属ナノ・スピン実験施設
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
Tel/ Fax: 022-217-5555
E-mail:

松寺 久雄(まつてら ひさお)
科学技術振興機構 大野半導体スピントロニクスプロジェクト
〒980-0023 宮城県仙台市青葉区北目町1-18ピースビル北目町5階
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小林 正(こばやし ただし)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
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